食堂のおばあちゃん物語

みどり

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カエデの冒険

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社員食堂の今日のメニューはカレーだった。


食堂には日替わり定食しかなく


セルフうどん店のようなスタイル。


水曜日は食堂スタッフは休みで


近所の商店街の飲食店が厨房で自慢の腕を振るっていた。


一応、毎月メニュー表はあるが、ここに食べに来る者たちは


そんなものを見ず、今日は何かと楽しみにしていた。


今日は深海(フカミ)カフェの『特製フカミカレー』だった。


カエデの前に並ぶ男性スタッフたちが手にしているのは


大皿に高々と盛られたご飯。


その上にたっぷりとかけられたカレーが皿から溢れそうでギリギリ収まっている


まるで火山から溶岩が流れ出たように見える。




「カエデさんはどうします?」


「小で。」



事務所スタッフは交代で食事を取る。


カエデは日の当たらないカウンター席に座ると


カレーを食べ始めた。


「カレーが食べたいと思ったら、カレーが出てくるなんて不思議。」


(今日のメニューはカレーです。)


今では子どもたちも家を出て食卓も静かになった。


子どもたちが小さかった頃を思い出す。




「今日はいつもと違って、夏野菜カレーを作ろうか!」


「いや、普通のでいいよ。」


「オレも定番がいいよ。」


「母さんは肉じゃがとか定番を作ってくれたらいいよ。冒険しないで。」


家事が得意ではないカエデは家族から期待されていない気がしていた。


働いているカエデに代わって夫の母・トミが台所に立っていた。


トミの作るご飯はどれもみな美味しかった。


家族も同然のスタッフたちの食事や


暑い夏には冷たい麦茶も大量に作っていた。


汗だくのカエデと違って、トミはいつも涼しそうな顔をしていた。



「今日はリゾット作ってみようかな!」


「どうしたの急に?」


「何もないけど。」


「母さんは冒険しなくていいよ。オレらは定番が好きなんだよ。」


「そうだよ。定番が1番美味しいんだよ。
 ねぇ、ばーちゃん、オレ夜カルボナーラ食べたい!」


「カルボナーラねぇ。家でできるかしら?」


「できる。できる。ばーちゃんならできるよ!」




カエデは余計なことまで思い出してしまい


腹を立てながら事務所に戻ってきた。


「みっちゃん、私ちょっと冒険に行って来る!」


「行ってらっしゃい。」



数分後


カエデの夫・カイが事務所に入って来た。


「あれ?カエデは?」


「冒険に出かけましたよ。」


「冒険⁉︎どこへ?」


「たぶん、お昼寝だと思いますけど。
 時間には戻って来ると思いますよ。何かご用でしたら私が代わりに。」


「目を閉じたら冒険に出られるなんて、羨ましいねぇ。
 あ、いいよ。別に大した用じゃないから。」


そもそもカエデには隠し味の発想は無かった。



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