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国民の本音

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 クラリッサが去ってから一週間後、城の前には大勢の国民が押し寄せていた。何かの祝福に駆けつけたわけではなく、門の前を占拠する全員の表情には怒りが見える。

「な、なんだ!? なぜあんなに集まっているんだ!?」

 今朝目が覚めてみると、の話ではなく、数日かけて集まったのだ。門番が声を荒げても誰一人帰ろうとはせず、皆が手に紙を握りしめて声を上げている。巻き起こるシュプレヒコールは遠くて聞こえないが、文句を言っているのはわかるため怪訝な顔をする父親の横にウォレンが立った。

「あの紙は……事前告知した紙っぽいね」

 カーテンの隙間から双眼鏡を差し込んで国民たちの様子を見ると手に握っているのが国民にダークエルフによる契約反故のため森を燃やすと記した告知のビラだと判明すれば父親がウォレンの胸ぐらを勢いよく掴んだ。

「だから言っただろう! 私は告知には反対だったんだ! お前がしなければ国民から反感を買うと言うからしたのに、その結果がこれだぞ!」
「でも、告知せずに行ったことを他国が知れば間違いなく批判は受けると思うよ。国は民あってのものというのは全世界共通だろうからね」
「ッ! お前……こうなることがわかった上で……」

 次男は自分には反抗しないと思って信用しきっていた父親はあまりに冷静に話す息子はここまでわかってのことだったのだと遅い後悔に怒りをこみ上げさせるが、門の外に集まる国民の様子を見に行った使用人が大慌てで戻ってくると胸ぐらを掴んでいた手を離して振り返った。

「報告しろ!」
「国王を出せと言っています! 説明しろと!」

 上がっている声が説明を求める声であることに苛立ちを隠せず地団駄を踏み、手にしていた杖を床に投げつけた。

「あいつらは字が読めんのか!? そこに書いてあることが全てだろうが! 他になんの説明をしろと言うんだ!!」
「国王の言葉で説明が欲しいんだと思うよ」
「エヴァン! お前が行け!」
「国王を出せって言って俺が出たら逃げたと思われると思うけどな」
「ぐぅうッ!」

 国民からの評判を気にする父親にとって激怒している状態の国民を更に激怒させることだけは避けたい。エヴァンに責任を押し付けようにも逃げたと怒りを買えば評判は下がってしまう。良い国王を演じてきた自信があるからこそ、国民の負の感情は買わないようにと不満を抱えながらも正装に着替えて門へと向かった。

「これこれ、このような所まで遥々どうしたと言うのだ?」

 人の良さそうな微笑みを浮かべながら優しい声で問いかけると国民たちの声は一際大きくなる。

「どういうことだ!」
「な、なんだ!?」

 まさか開口一番怒鳴り声が飛んでくると思ってもいなかっただけに驚きを隠せず後ずさり、門の隙間から腕を伸ばして紙を見せつけるように上下に動かす男がまた怒鳴る。

「ダークエルフの森を燃やすってどういうことだ!」

 何をそんなに怒っているのか理解できないものの、日頃の不満ではないことに安堵して咳払いをしたあと、微笑みを戻して口を開いた。

「モレノスの王族は代々、ダークエルフと協定を交わしてきた。人間がダークエルフに干渉しない代わりにダークエルフは森から出ないと。その約束をダークエルフは破ったのだ。森から出ただけではなく、我が娘クラリッサにまで手を出していた。これは断じて許されることではない」

 ザワつく国民たちの様子に気を良くした国王は更に声を高くする。

「ダークエルフは約束も守れぬ野蛮な生き物。モレノスにあの森があるだけで皆の心から不安は消えないだろう。此度の契約違反のこともあり、私はあの森を焼き払うことにしたのだ。これは皆のためでもある。どうか理解してほしい」

 最高の王様だろうとニヤつきそうになるのを堪えてキメ顔を作って見せるも、聞こえてきたのは絶賛の声や拍手ではなく荒れた声だった。

「燃えるのは森だけで済むのか!? 街にも火の手が迫る可能性はないのか!?」
「煙で商売どころじゃないわよね!? その間の賃金は保障してもらえるの!?」
「俺たちはどこに逃げれば良いんだ!?」
「シェルターはあるのか!?」

 矢継ぎ早に飛んでくる生活の保障を問う声に国王の頭の中には子供たちに向けるような言葉が繰り返されているが表情には出さない。困ったような顔で手を揺らしながら落ち着けと宥めるも国民の感情は止まらない。

「こんなの受け入れられるわけないだろ! 何が森を燃やすだよ! ダークエルフたちは大人しくしてんじゃねぇか!」
「そうよ! 森を燃やすなんて野生動物を解き放つようなもんじゃないのさ!」
「そうだそうだ! 俺たちの誰かが被害に遭ったらどうしてくれるんだよ! こんなことになるとは思わなかった、じゃ済まないんだぞ!」

 ウォレンが危惧していたことを国民も危惧しており、焼き払いを国が行うと言うのなら安全も生活も保障してもらわなければ困ると大勢が一斉に訴え始め、門番はあまりの騒音に思わず耳を押さえるほど。
 ダークエルフたちから被害を受けていない国民たちからすれば森を焼き払ったことで逃げてきたダークエルフが国を滅茶苦茶にしたらどうするんだと何度も問いかけるも国王は答えない。

「なんとか言ってくれよ!」
「皆も親ならわかるだろう。娘が手篭めにされていたことを許すことはできない」
「娘一人のために俺たち国民を危険にさらそうってのか!?」
「鑑賞用王女とか言って見せ物にしてたアンタが娘のためなんて言葉を使うな!」
「そうよそうよ! 娘が鑑賞用なんて呼ばれたら私だったら絶対に許さない!」

 他国にまで鑑賞用王女という称号が轟いているのだから国民にも、とは思っていたが、まさかそれが受け入れられていないとは思ってもいなかった。クラリッサの美しさを見れば誰もがその呼び名に納得するものだと思っていた国王にとってこれは耳を疑うレベルの批判。

「大体アンタは貴族しか得をしない政策ばかりで俺たち国民のことなんざ何一つ考えてくれちゃいねぇんだ!」
「なっ! そ、そんなことはない! 私はいつも民のことを考えて……」
「嘘をつくな! ならどうして俺たちは今もこんなに苦しい生活を強いられてるんだよ! 俺たちは貧しい中でも高い税を払って今日、明日しか考えられねぇ毎日を送ってるってのにアンタら王侯貴族はパーティー三昧だ! そこに使う金を国民のために使おうとは思わないのか!」
「引退しろ!!」

 大勢の中から誰かが一際大きな声で発した言葉に場は一瞬だけ静まり返ったが、その言葉を皆が待っていたように賛同の声を上げ始める。

「そうだ! 思いやりのない国王にはもう我慢の限界だ! 引退しろ!」
「退任だ!」
「国民のことを考えられない国王なんざ俺たちには必要ない!」

 一斉に巻き起こる引退のシュプレヒコール。自分はこの国の王として長年尽くしてきたと自負していた国王にとって国民たちからの意見は想像もしていなかったもので耐え難いもの。
 信じられない言葉が全身を震わせるほど束となってぶつけられることに怯え、膝の力が抜けて尻餅をついた。

「森を燃やすな!」
「国民を守れ!」
「無能な王は必要ない!」
「引退しろ!」

 ダークエルフの森を燃やせば国民たちは絶賛すると思っていた。ダークエルフを追い出してくれた素晴らしい国王だと歓喜の声が聞こえてくるはずだったのにと目の前の光景が信じられず、一人一人の顔を見ても誰も微笑んではいない。怒りばかりの表情にどうすればいいのかもわからず、辺りを見回して身代わりにさせるエヴァンの姿を探すもエヴァンは一緒に来てはいなかった。

「す、全ては息子エヴァンの考えだ!」

 大声で告げた言葉で国民の声が止まったことに安堵したのも束の間、猛犬の鳴き声のようにまた反論の声が上がる。

「決定権はアンタにしかないだろ!! 誰が提案したことでもアンタが承認したならアンタのせいだ! 息子のせいにするんじゃねぇ!」
「今更逃げようったってそうはいかねぇぞ!」

 握っていた紙を丸めて門の隙間から投げ入れる国民たちから守るべく使用人が前に立つと使用人の顔や身体に丸められた紙が当たる。痛みはないが、何発も飛んでくるのが鬱陶しい。
 こんな王でなければこんな目に遭うこともなかったのにと使用人たちは心の中でそう思いながらも目を閉じてグッと耐えていた。

「わ、私のせいじゃない! 全てはエヴァンの責任だ! あいつが国王になったらモレノスはもっとひどい国になるんだぞ! それをわかっているのか!?」
「娘と貴族にしか興味のないアンタよりマシだ!! さっさと引退しろ!!」

 掴まれた門が揺れ始めたことに慌てて立ち上がった国王は使用人に声をかけることなくその場から逃げていった。
 子供たちの姿を見ても怒鳴りつけることはせず横を通り過ぎて部屋にこもって鍵をかけた。国民の怒りを目の当たりにした国王は殺されるのではないかとベッドの中に潜り込んで身体を震わせる。
 自分は良い国王だったはず。それを理解できない低脳な国民が悪いのであって自分は何も悪くはない。親として娘を自慢することの何が悪い。鑑賞と称されるだけの美しさがある娘をそう呼ばせて何が悪いんだと暗闇の中で呟き続けた。

「兄さんの出番だよ」
「茶番劇とわかってて出るのは結構キツイな」
「実行係なんでしょ?」
「リズも一緒に行ってあげる」
「お前はややこしくするだけだから行くな」

 これから怒る国民の前に出るエヴァンの隣に立ったリズの腕を掴んで引き寄せるダニエルがリズの口を手で覆う。なんでも喋ってしまうリズが出て茶番劇さえも台無しにしては困るのだ。

「気持ちだけ受け取っとく。ありがとな」

 リズの頭を撫でると親指を立てたサムズアップだけが返ってくる。
 その場で一度だけ深呼吸をしてから背筋を正し、父親がさっきまで立っていた場所へ向かった。

「上手くいくかな?」

 心配するロニーとは反対にウォレンは笑顔を見せる。

「いかなくてもいいよ。僕たちは一度徹底的に落ちてやり直さなきゃいけないのかもしれない。それは僕たちが父親が見せる面倒さから逃げるために全てをクラリッサに押し付けて彼女を犠牲にし続けた罰なんだって受け止めるんだ」

 誰もがそれに頷き、エヴァンがどう出るかを見守ることにした。上手くいこうと失敗しようと、どんな結末になろうと全て受け入れる覚悟はできていた。

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