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愛の姿
しおりを挟む音楽が流れ始め、扉一枚挟んだ向こうに愛する人が、愛すべき人がいる。二人は同じタイミングで息を吸って吐き出した。
「行こうか」
「はい」
父親の言葉に頷いたのを合図に扉はゆっくり開かれる。
起立して振り返った者達のザワつきは音楽をのみこむほどで、視線は全てフローリアに注がれた。
「美しい……」
「あれがフローリア王女……」
「ヴィンセント様がお選びになられただけはある……」
一歩ずつ足を踏み出し歩く先にヴィンセントがいる。色が違うだけでいつもと変わらないように思うもやはりどこか違う。フローリアにとっても今日は特別な日で、毎日毎日飽きもせず愛の言葉を綴って愛を伝え続けてくれた人のもとへ歩いていく。
不思議と涙がこぼれそうだった。
ヴィンセントの前まで到着するとデズモンドは暫くヴィンセントを見つめていたが何も言わなかった。
数日前から『何と言えばいいんだ?』とずっと迷っていたのに結局何かを口にする事はなく黙ってフローリアをヴィンセントに渡した。
「キレイだよ、とても」
「嬉しいです」
「今すぐ君を抱えて馬車に乗り込み遠いどこかへ行ってしまいたい。美しい君を独り占めしたぐらいだ」
「ふふっ、式が終わったら独り占めしてください」
「そうだね。絶対そうする」
ゴホンと咳払いをした神父に二人の意識はそっちに向いた。
「神への祈りを」
神父が愛の祈りを読み上げる間、フローリアは目を閉じヨナスの顔を思い浮かべていた。
———ヨナス様、今日、フローリアは結婚致します。何故この仕事を私に任せてくださったのか、今でもわかりません。ヨナス様の事ですからきっと何かお考えがあって任せてくださったのだと思います。ですから私はヨナス様がおっしゃられたように人間として生き、ずっと興味があった人間の〝愛〟を学ぼうと思っています。見守っていてください。
「病める時も———」
神父の言葉に顔を上げるといつの間にか愛の祈りが終わっていた。
「健やかなる時も、愛をもって支え合うことを誓いますか?」
顔を見合わせた二人はどちらからともなく手を握り
「「誓います」」
声を揃えた。
「では指輪の交換を」
ヴィンセントが用意した指輪がフローリアの指に通されていく。ウィルが伝えた指輪のサイズはピッタリで、真剣な顔をしていたヴィンセントの表情が途端に笑顔に変わる。
小さく震えていたヴィンセントの手。それが無性に胸にむず痒さを覚えさせフローリアは離れていく手を思わず握った。
「フローリア?」
「……後で、言います」
何を言おうとしたのか、何をしようとしたのか、自分でも説明がつかない行動に慌てそうになるがそれを堪えてゆっくり手を離した。
神父の『よろしいですか?』に頷けば相変わらず少し震えを持つ手がフローリアのベールをゆっくりと上げる。
薄布一枚がなくなっただけで距離が一気に近くなった気がしてフローリアは胸を押さえた。
澄み渡る空の色をした瞳と深い海の色をした瞳が見つめ合い顔を近付ける。額を合わせるためではなく、笑い合って顔が近くなっているわけでもない。
これはキスをするため。
二人にとって初めてのキス。唇と唇が触れ合う感触は額や手の甲にされるものとは全く違うものでフローリアの肩が小さく跳ねるがヴィンセントは離れない。
「王子、ヴィンセント王子」
予定よりずっと長いキスに会場が変な空気になると神父が恐る恐る声をかけた事でようやくヴィンセントの唇が離れた。
「愛してるよ」
フローリアの頬に触れて額、瞼、頬にキスの雨を降らせるヴィンセントの中からは結婚式の進行表は消えたも同然。
「ヴィンセント王子、それは後でお願いします」
このままにしておけばいつまでもこうしているだろう雰囲気を察知した神父の呼びかけで動きを止めるも触れた手は離さず視線は全てフローリアに向けられている。
「何を見てるんだい?」
「今日の教会を目に焼き付けておこうと思って。普段の教会も素敵ですけど、今日は特別に装飾された教会ですから目に焼き付けておかなきゃ勿体ない」
教会をゆっくりと見回すフローリアは嘘は言っていないが、別のものをずっと探していた。
もしかしたら今日だけは見えるのではないかと僅かな期待を抱いていたが、何も見えなかった。
「今日はきっと天使達が祝福してくれているだろうね」
「え……?」
驚いた顔を見せるフローリアに微笑みながら頬を手の甲で撫でると一緒に天井を見上げたヴィンセントがまるで天使が見えているかのように手を伸ばした。
「天使は人間が幸せになる瞬間に祝福に来てくれるらしい。ラッパを吹きにとか、天使の息吹とか、キスとかね。だから幸せになる僕達の結婚式にも来てくれてるんじゃないかなって思ったんだ」
意外な言葉だった。神を崇拝しているのなら天使を信じてもおかしくはないのに、心を見透かしたような言葉をくれるからフローリアはたまらずヴィンセントの胸に額を押し当てた。
「ねえ、さっき何を言おうとしたの?」
「……内緒です」
「教えてよ」
囁く声が耳をくすぐりフローリアを身じろがせる。逃がさないように抱きしめながら教えてとねだるヴィンセントに顔を上げると一瞬触れるだけのキスが降ってきた。
「教えてくれないとキスで窒息させるよ?」
「それは困ります」
「じゃあ教えて」
ロマンチックな脅しだと笑いながら内緒話をするように口の横に手を添えるとそれに合わせてヴィンセントの耳が寄ってくる。
「手を震わせながら指輪をくださったヴィンセント様が愛おしいと感じたんです」
「バレ、てた?」
「はい」
バレていないと思っていただけに恥ずかしくなったヴィンセントは背を丸めてフローリアの肩に額を置いた。
大事なシーンではスマートにと何万回と行ったシミュレーション通りにいかず、手が震えてしまった。指輪を落とさなかったのが奇跡だと思うほど手に力が入っていなかった。
「この素敵な指輪、とっても嬉しいです」
「君が僕のものだっていう証だよ。そしてコレは僕が君のものだって証だ」
細く長い指につけられた結婚指輪。飽きるほど見た指輪の交換シーンを自分が経験し、そして死んでも付けることになる指輪があるのは不思議だった。
人間として生きる事になり一つ一つ経験していく人生は素晴らしいと思った。
ただ一つ、来ている天使が見えない事だけが寂しかった。
「準備が整いました」
「ああ」
「準備って?」
「すぐにわかるよ」
何の事かわからないまま一緒に歩き、目の前に扉が開くと眩しさに目を細めそうになったが目の前に広がる光景にフローリアは目を見開いた。
「フローリア様!」
「ヴィンセント様ぁ!」
「ご結婚おめでとうございます!」
来た時にはいなかった国民達が数えきれないほど集まり、祝いの言葉をかけてくれる。弾けるような笑顔と共に振られる手にフローリアは恐る恐る手を振り返した。
「もっと君の可愛い笑顔を見せてあげなきゃ」
慣れたように手を振るヴィンセントのウインクに頷き、ヴィンセントの真似をして手をさっきよりも強く振る。それだけで歓声は大きくなる。
「キャー!」
祝福の声が黄色い声に変わったのは空から降る白い羽根が見えた時だった。
「これは……」
何故羽根が舞っているのかわからないフローリアにヴィンセントが肩を抱き寄せ、降ってくる羽根を手に乗せ目を細めた。
「これはフェザーシャワーといってね、天使の羽根で悪魔を追い払い、新郎新婦に幸せを運ぶって意味があるんだ」
多くの結婚式を見てきたつもりだったがフェザーシャワーを見るのは初めてだった。
初めてヨナスを見た時もこんな風に羽根が舞っていた事を思い出した。
「天使の姿は見えないけど、天使が祝福してくれている気になればいいなと思って用意したんだ」
人間ではない自分が人間を愛するのは不可能だと思う事もあった。愛を知るには膨大な時間がかかるだろうとも。もしかすると一生知ることなど出来ないかもしれないとさえ思っていた。だが———
「愛しています」
涙と共に零れ落ちた言葉に嘘はなかった。
ただただ嬉しくてたまらなかった。
驚いた顔を見せるヴィンセントはその場でまたキスをした。触れるだけの軽いものではない、しっかりと重ねる深いもの。
周りから湧き上がる歓声に皆が見ているとわかっているがヴィンセントはやめなかった。少し背伸びをして応えるように唇を重ねるフローリアも同じだった。
「今日、僕達は結婚した。皆に見守られ祝福されながら夫婦になった。皆の笑顔を嬉しく思う」
唇が離れるのを待っていたかのようにすぐに渡されたマイクが何用であるか思い出したヴィンセントはゴホンと一度咳払いをしてから感謝を述べた。
その横でフローリアに渡された巨大な風船。何なのかわからず紐を握るフローリアの手に手を添えると導くように手を上へあげ、手を開いた。
大空へと飛んでいく風船を皆が見上げてその行く先を見守っていると———
———パンッ
大きな音が聞こえ、飛んでいた風船が消えた。
「すごーい!」
「花吹雪だわ!」
「きれー!」
風船があった場所から大量の花びらが姿を現し空を舞う。風に舞い、色と香りを国中に運んでいく。
空を舞う羽根と花びらのコンビネーションにフローリアは胸がいっぱいになり涙が止まらなかった。
「これは嬉しい涙?」
「幸せの涙です」
「それならよかった」
空へ両手を伸ばしながら喜びに満ち溢れた笑顔を見せる国民達を見ていると胸が温かくなり涙が溢れる。
これが人々の言う〝幸せ〟であるのなら人間になってよかったと心から思えた。
「僕達の結婚を心から祝福してくれた皆に神のご加護を」
ヴィンセントの言葉と笑顔に大きな歓声、拍手は暫く鳴りやまなかった。
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