ポンコツ天使が王女の代わりに結婚したら溺愛されてしまいました

永江寧々

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祝福と加護

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「おかえりなさい、二人とも」
「ただい……あ……」

 国を出る時に会ったエミリアはアーサーと一緒だった。だが今はアーサーだけではなく腕に赤ん坊を抱いている。それも二人。

「赤ちゃん……」
「そう、双子だったの」

 フローリアはあまりの感動に呼吸の仕方を忘れそうになった。息が止まりそうなほど清らかで無垢な存在に手は前後に動くだけで伸びない。
 当たり前に祝福をし続けてきたのに、キスも何度もしたはずなのに今更触れていいのか戸惑ってしまう。

「さあ、キスしてあげて」
「わ、私が?」
「ええ」

 震える足を一歩ずつ前に出して傍に寄ると柔らかい香りがした。
 二回深呼吸をして顔を見るとふやふやと手足を動かす姿に不思議と涙が溢れる。

「あなた達に神の祝福を」

 二人の額に口付けを落とすと癖でフーッと息を吹いた。

「あ、ごめんなさい。息なんてかけてしまって」
「あの人のキスよりずっとキレイだからいいのよ」
「おい、やめないか」
「ごめんなさいね。出産直後に嫌味言われてムカついてるの」
「もう一週間以上前の話だろ」
「ごめんなさいね、蛇みたいな性格で。ムカついてるの」

 変わりなく見える夫婦だが、どこかエミリアの当たりがキツく思え、ヴィンセントを見上げると苦笑しながら首を振っていた。
 その雰囲気を察知したのか赤ん坊が泣き始めた事で二人はようやく動き始めた。

「もっとゆっくり歓迎したいけどごめんなさい。ミルクの時間みたい」
「ミルク?」
「母乳よ。見る?」
「いいんですか!?」
「もちろん。ヴィンセントは来ないで」
「行かないよ。でもすぐ返して」

 約束はしないと笑ってエミリアは二人をベビーカーに乗せて押していく。
 双子用のベビーカーは何度か教会で見た事があるものの、その時とは全くの別物と思える豪華なもので、クロフォード家の跡取りのためにと作られた特注品。

「あなたも双子を産めばきっと楽しいわよ」
「どうやって産むのですか?」
「えっと……それは……出産日になったらポンッと生まれてくるの。神様が与えてくださるものだからね」
「待ち遠しいです!」

 エミリアは嘘をついた事を心の中で謝った。だが、どうやって子供を作るのか知らなかったフローリアに子供がどこから出てくるのかという話をする気にはなれなかった。
何より、それで怯えでもしたらヴィンセントに何を言われるかわからないというのがあった。

「で、子供は出来そう?」
「はい!」
「おおっと、それは話を聞きたいような聞きたくないような」
「ふふっ、とても素敵でしたよ」
「あーやっぱり聞くのはやめとく。甘くて吐いちゃいそうだから」
「大丈夫ですか? お水をお持ちしましょうか?」

 実の弟ではないとしても家族であるヴィンセントが夜の営みをどんな風にしていたのかなど想像したくもなかった。
 あの美しい人間は神ではなく人間で、しかも男。夢中になる妻相手に獣になる事は何らおかしい事ではないが想像はしたくない。
 何より語られるだけで吐いてしまいそうだと遠慮した。

「一ヵ月も二人きりなんてうんざりしなかった?」
「いいえ? とても楽しかったです。自分達で洗濯をして、洗い物をして」
「料理は?」
「料理はマーヤさんが来てくださったんです」
「正解ね」

 それだけを心配していたためマーヤが来たと聞いて安堵する。

「私達にはああいう生活が合っているという話をしたんです」
「あの子は特にでしょうね」
「はい」

 フローリアの表情と声色から何か考えている事には気付いたが、今はそれに対してイエスともノーとも言ってはやれなかった。
 二人の人生は二人で決めればいいと思うが、王族という称号が邪魔をする。
 好きな男とどこかへ逃げて一般市民として質素な生活をしたいという願望はエミリアにもあった。だがそれを叶えられると思ったことは一度もない。
 自分が逃げれば国同士の関係にヒビが入る。自分が生贄になる事で国が平和でいられるならその方がいいと諦めていたから。

「何をしているのですか?」
「母乳をあげるのよ」
「ぼにゅう?」
「ここからミルクが出るの。赤ちゃんの栄養になるミルクがね」

 胸を出したというのにフローリアは背中を向けるどころか近付いてくる。
 赤ん坊が一生懸命母乳を飲む姿を鼻息がかかりそうな距離を見つめては上から右から左からと覗き込んでは不思議そうな顔で「はー」と声を漏らす。

「ヴィンセント様みたいですね」
「ちょっとやめて」

 普通は逆。赤ん坊みたいだと言うのにフローリアはこの光景を今初めて見るためヴィンセントが先になったのだが、エミリアは鳥肌が立つほどゾッとする言葉に聞こえた。

「あなたのその胸なら三人ぐらい育てられそうね」
「三人欲しいねって言ってるんです」
「頑張って」

 ヴィンセントが子供の話をするのはエミリアにとって意外だった。ずっとフローリアと二人でも構わないと言うタイプだと思っていたから。
 子供がいれば今とは違う母の顔が見られるという利点もあるためそのせいかと思えば今回の旅行は成功だったと微笑ましくなった。
 一ヵ月という長い期間を二人だけで暮らせるのかとずっとアーサーと心配していたが徒労だったと。

「冬はアーサー様と一緒に一ヵ月ほど旅行に行かれてはいかがですか?」
「絶対に嫌」
「え?」

 ハッキリと即答で拒否したエミリアに聞き間違いかと目を瞬かせるフローリアに笑顔を向ける。

「アーサーと二人で一ヵ月も暮らしたら息が詰まってオエッ」
「オエ?」
「やる事ないし、話す事もなくなる。今年からこの子達がいるから別宅で過ごすわ」

 フローリアにはわからなかった。フローリア達は何もない島で一ヵ月一緒に暮らしても苦痛を感じなかった。やる事は作ったし、話は尽きなかった。でもエミリアはやる前からありえないと言う。
 フローリアは首を傾げながらエミリアを見つめた。

「あなた達の方が珍しいのよ。ヴィンセントは変わってるし、あなたも変わってるから」
「そうでしょうか?」
「二十四時間片時も離れず一ヵ月も一緒にいるなんて考えられないわよ」
「でも子供は授かりましたよね? 愛し合って」

 どうすれば神が子供を授けてくれるのか知ったフローリアはエミリア達も同じ事をしたのだから愛し合っているはずだと指摘するとエミリアは苦笑を浮かべる。

「ええ、愛してるわ。でも愛してるから片時も離れずいられるかっていうとそうじゃない。離れてる時間があるから相手をちゃんと愛せるの」
「なるほど」
「わかってないわね?」
「んー……だって、ずっと一緒にいたいと思うんです。あの人の隣にいたいって」

 ヴィンセントがベタ惚れしているのかと思っていたが意外にもフローリアもベタ惚れで、運命の相手なのだと実感する。
 同じ政略結婚であるはずなのに自分達とは違う愛の形にエミリアは少し羨ましくなった。

「お名前は?」
「この子がアレックス。この子がエリオット」
「可愛い名前」
「そうでしょ。アレックスが熱出るぐらい悩んで決めた名前なの」
「アーサー様が?」
「子供の名前は親がつけるのよ」

 エミリアと話すと初めての事だらけで感心と混乱に頭がグルグルと回る。

「神様がつけてくださると思ってた?」
「はい」
「ふふっ、でしょうね」

 神の啓示があるのだと思っていたフローリアにとって親がつけるというのは衝撃で二人の赤ん坊の顔をジッと見つめる。

「アレックス。エリオット。素敵な名前をつけてもらったね」

 こんなに清らかな存在は知らないと目を細め表情が緩くなるフローリアは心から髪の祝福を願った。
 この二人が幸せな未来を歩めるよう祈りを捧げる。

「そろそろいいかな?」
「ホント、自分の事しか考えない男ね」
「入ってもいい? もうしまった?」
「フローリア、あんな男捨てた方がいいわよ」
「ふふっ」

 ノックをして開口一番がそれかと眉を寄せるエミリアからのアドバイスに笑いながらドアを開けに行くと声の主が立っており、すぐ抱きしめられた。

「独り占めしないでほしいんだけど」
「どの口が言ってるわけ?」
「僕は夫だからいいんだ」
「私は姉なんだけど」
「僕より下」
「どっちが上か拳でわからせましょうか?」

 すぐに拳を作るエミリアに両手を上げて降参ポーズを見せるヴィンセント。二人の仲の良さがフローリアは好きだった。
 今思えばレオは弟のようだったがこんな風に軽口を叩き合う事はなかった。もっとしておけばよかったかと今になって後悔する。

「今年から狩りはなしにしようって父さんにお願いするつもりなんだ」
「とても素敵だと思います」
「義姉さんには残念なお知らせになるけど」
「狩りが出来ないぐらい何でもないわよ。それも今年は出るつもりなかったし」
「あの人の狩りの腕はすごいよ。百発百中」

 そんな風には見えないが、銃を持っているエミリアを想像すると意外にもすんなり納得のいくものだったため否定はしなかった。
 人間が楽しむために命を奪うのはおかしいと言うフローリアをヘレナは批判し続けた。肉や魚が食べられない事も『命を粗末にしている』といつも批判する。だがフローリアからすれば命を奪わなければいいだけの話であって食べられない方が悪いのではない。
 ヘレナとは考え方が合わず対面するだけで苦痛を感じていた。

「またあの人が喚き散らすわよ」
「いいよ。言わせておけば」
「強くなったわねぇ」
「僕には守護天使がついてるから」
「はいはい」

 この二人と一緒にいると本当に砂を吐きそうだと黒目を上に向ければ「連れて帰っていい」と言うもヴィンセントは赤ん坊に近付いて顔を覗き込んだ。

「可愛いね」
「ええ、とっても」

 二人並んで見ているだけで神の加護よりずっと効果がありそうだと思いながらも言うと調子に乗るため黙っていた。

「僕達の子供はもっと可愛いだろうね」
「出ていけ」

 余計な事しか言わない義弟を蹴飛ばして出ていくよう言えばヴィンセントはフローリアの肩を抱いて嬉しそうに出ていった。
 笑顔を見せるようになったのはいいが、遠慮がなくなったと悪い部分も出てきた事に眉を寄せるがやはり笑ってしまう。

 二人の性格上、これから大きな困難にぶつかるだろう事はエミリアでさえ見えている。それをどう乗り越えていくのか心配だった。
 優しすぎる人間は生きづらい世の中であり、この家はそれを象徴しているようなものだ。
 叶うなら彼らに神のご加護をと願わずにはいられなかった。


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