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エリスローズは仮眠する
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「エリー!」
三回目の帰宅時、一番に出迎えてくれたのはロイだった。
スラムにいたときは夜中しか甘えてこなかったロイが今では帰るたびに甘えん坊な顔を見せている。
シオンやメイがいても関係ないという風に抱きついてくるのをエリーが抱き上げるとすぐに肩に顔を埋めた。
「エリーだ」
噛み締めるように呟くロイに頬を擦り寄せながら歩くと中から家族が出てくる。
「おかえり、エリー」
ただいまと口だけ動かして笑顔を見せるエリスローズだが、出てきたシオンとメイが馬車に近付いていくのを目を追う。
「あのおにーちゃんは?」
「にーには?」
二人は今回もリオンが来ると思って待っていたのだろう。だが今日は一緒ではない。
『リオン様はお仕事が忙しくて今日は一緒じゃないの』
口の動きだけでは何を言っているかわからないだろうが、首を振っているエリーを見て二人の表情がわかりやすいほどガッカリする。
彼らはまたリオンと一緒にあの楽しい時間を過ごせると思ったのだ。
きっと何日も前から、いや、別れた日から次の時を楽しみにしていたかもしれない。
「ふぇっ……えぇぇえ……」
「メイ、おにーちゃん忙しいんだって」
「やーっ! にーに、いっしょ!」
「お仕事だよ。おとーさんたちもそうだったろ?」
「やーっ!」
絵本の読み聞かせは両親ではできない。
リオンの膝に乗って何度も何度も同じ本を読んでもらっていたメイはそれだけで楽しかったのか、今日をまた楽しみにしていた。
それはシオンも同じだろうが、メイが泣き始めるとメイを抱きしめて慰めに徹する。
『ごめんね』
エリスローズは昨日の夜、今日のことを考えて眠れなかった。
もしかしたらメイとシオンは今日を楽しみにしているかもしれない。リオンを連れて行けば喜ぶかもしれないと。
だが、あんな風に別れてから今日まで一度も会っていないのだ。
部屋を訪ねて今日のことを話そうかとも思ったのだができなかった。
リオンも行きたいと言いにくることはなかったし、エリスローズが誘うこともなかった。
だからそのまま来てしまった。そして案の定、メイは大声で泣き出した。
「エリーよりあんな奴がいいのかよ」
ロイの不機嫌そうな声にシオンがビクッと肩を跳ねさせてメイを抱き上げ距離を取る。
まるでロイに怯えているように見える様子にエリスローズが首を傾げる。
「もともと帰ってくんのはエリーだけだろ! アイツのことなんか待ってんじゃねぇよ!」
『ロイ』
「お前らがそんな顔したらエリーが悲しむってわかんないのかよ! エリーが帰ってきて嬉しくないのかよ!」
「ち、違うよ。そうじゃないよ。おねーちゃんが帰ってきてうれしいよ」
「だったらエリーに挨拶する前にアイツ探してんじゃねぇよ!」
「ご、ごめんなさい……」
ロイは口は悪いが弟妹には優しかった。こんな風に怒鳴ることなどほとんどなかったのにとエリスローズは驚きを隠しきれない。
唇を震わせながら謝るシオンに眉を下げるとロイを地面に下ろして目の前に膝をつく。
『シオン』
名前を呼ばれているのはわかったのか真っ直ぐ目を見てエリスローズの言葉を待つ。
『ただいま』
「おかえり……ごめんなさいッ」
謝る必要などないし、泣く必要などもっとない。
涙するシオンをメイごと抱きしめながら背中を撫でると何度もごめんなさいと謝ってくる。
一番楽しかったことをまた楽しみにするのは当たり前のことで間違いじゃない。
ロイにとってリオンは邪魔者でしかなく、一緒にいて楽しかったわけではないためエリスローズだけ帰ってきたことが嬉しかったのだが、弟たちがそうではなかったことに怒りを感じている。
ロイの歓迎は嬉しい。シオンたちの前でも甘えてくれるようになったことは感動すらしている。
だが、シオンたちにまでそれを強要はできない。自分が帰ってくるだけではダメなのかと思う気持ちもあれど、ロイと過ごしている姉と自分たちのために時間を使ってくれるリオンではリオンを優先する気持ちもわかる。
『ロイ、おいで』
シオンの額に口付けて立ち上がるとロイに手を差し出して一緒に中へと入る。
しっかり握られた手が離れないと言っているようで、その可愛さに頬が緩む。
「ごめんね、エリー。この子たち、王太子が来るのをずっと楽しみにしてたの」
ソファーに腰掛けると護衛からノートを受け取って紙にペンを走らせる。
『いいの。遊んでくれる人がいると楽しいもの。仕方ないわ』
兵士が読むエリーの言葉に両親は苦笑しか出てこない。
両親からしても出稼ぎに行っている姉が帰ってきたことにまず喜ぶべきだと思っているのだが、二人はこの三ヶ月でエリーがいないことに慣れてしまった。
いない寂しさに慣れてしまえば楽しかった思い出が頭を支配する。それが期待に変わってしまい、現実にならなかったことに落胆する。
申し訳ないと謝る両親に何度も首を振ればロイがエリスローズの膝に腰掛ける。
『これ、先に渡しておくね』
「いつもありがとう、エリー」
『美味しいもの食べて元気でいてくれればそれでいいの』
「ありがとうね」
両親はごめんねとは言わない。娘がその言葉を嫌っていることを知っているから。
ありがとうと言ってもらえるだけでエリスローズは嬉しい。彼らの笑顔のために、この生活のために頑張っているのだから。
『顔色、悪くない? 大丈夫?』
「エリーはまだ若いからわからないだろうけど、私たちぐらいの年齢になると少しのことで疲れが出てしまうようになるんだ」
「すぐ疲れが出るのにすぐ取れることはないのよね。歳はとりたくないわ」
「君の美しさはあの日のままだよ」
「あなたもよ」
二人で惚気合う様子にエリスローズは額に手を当てながら首を振って笑う。
お金がなくてもそれについて罵倒し合うことは一度もなかった。お金がないのが当たり前だからかもしれないが、それでも近所には「食べる物がない」と言い合う夫婦はたくさんいた。
両親は自分たちの運命を受け入れ、その中で愛と幸せ見つけて生きてきた。
これは城の中では絶対に味わえないものだと実感する。
「ずーっと二人でああやって言い合ってんだよな」
「ロイもいつかわかる。愛する人が見つかれば言わずにはいられないんだよ」
「俺はエリーと結婚するからいーんだよ」
「お前が二十歳になったらエリーは二十九歳だぞ?」
「だからなんだよ。俺はエリーの全部を大事にすんの。見た目とか年齢とかどーだっていーし」
「はっはっはっ! そうかそうか! どーだっていーか!」
愉快そうに声を上げて笑う父親がロイに手を伸ばして頭を撫でる。強めに撫でるせいでロイの身体が揺れ、その手はすぐにロイによって払われた。
「俺はエリーにファーストキスやったから嫁にもらうんだ」
ギョッとした顔で見る両親にエリスローズが苦笑しながら頷くと背を向けていたロイが向き合うように反転して抱きつく。
「ま、ロイたちのファーストキスはお父さんたちが奪ってるけどな」
「は?」
「赤ちゃんの頃に奪っちゃった」
「そんなのカウントしねーし!」
「あらぁ、でもキスだったのよねぇ」
「うん、あれは間違いなくキスだったな」
「絶対違う! そんなのナシ!」
エリスローズは目の前に広がる光景がただただ嬉しかった。
今までなら両親がロイをこんな風にからかうことなどほとんどなかった。
いつも我慢させてばかりのロイには申し訳ないという気持ちでいっぱいだったから。
それでも今は毎日一緒に過ごしているからか、ちゃんとした親子になっている。
「ちなみにエリーのファーストキスもお父さんたちが奪ってる」
「ふざけんな! そんなわけねーだろ!」
「本当なんだなぁ」
『そこまでにしてあげて』
手を出して軽く揺らすエリスローズの仲裁に両親が声を上げて笑う。
シオンは不思議そうに二人を見遣り、メイはシオンの腕の中で眠っている。
帰るたびに何かが変わっている家族を見るのがエリスローズの楽しみで、それはもはやご褒美にも近かった。
自分が使うお金がないことなどどうだっていい。食事が質素なこともどうだっていい。味方がいないこともどうだっていい。
彼らが幸せであるならそれでいいのだ。
「でもエリー、疲れてるんじゃない?」
『王太子妃って結構仕事が多いの。慣れないことばかりだから疲れてる』
「ちゃんと眠れてるの?」
『ふかふかのベッドに寝転べばいつ寝たか記憶にないぐらいすぐに寝ちゃう』
「それはわかるなぁ。ベッドはすごいよ」
床に寝転んで寝るだけだったスラム街の人間にとってベッドは贅沢すぎる物だった。
それを堪能していることが聞けただけでエリスローズは安堵する。
「少し寝てきたら?」
『でも今日は勉強見てあげようと思っ……ふああ……って』
「横でそんな欠伸されちゃシオンが気を遣うじゃない。少し寝てきなさい」
せっかく帰ってきたのにと苦笑するもここ数日あまり眠れていないこともあって欠伸が頻発する。
行きなさいと有無を言わさない視線の圧力に負けて立ち上がるもロイはしがみついたまま降りないためそのまま一緒に上がることにした。
「俺が添い寝してやる」
一緒に寝たいだけのくせにと笑いながらも書かないと伝えられないため肩を揺らして笑い、そのまま部屋へと入っていく。
相変わらず何も増えていないシンプルな部屋。
リオンがたくさん持ってきてくれた物があっただろうに、全部シオンとメイに渡してしまったのだろう。
『読める?』
「読める」
ベッドに座って文字を書いてみるとロイはすぐに頷いて声にして読んだ。
『リオン様がね、ロイはすごく賢いって言ってたよ』
「あんな奴に褒められても嬉しくねーし」
『ロイをお城に呼んで勉強させたいって。そしたら今よりずっと賢くなるだろうって言ってた』
「……エリーと一緒にいられるなら行ってやっても……」
行くと言い切らなかったロイに首を傾げるとロイが目を閉じて横になった。
「やっぱ無理。アイツの顔なんか見たくない。つーか、クソ野郎がいる場所になんか行きたくねーもん」
『そうだね』
「あ……エリーが俺たちのために頑張ってくれてんのは知ってるから」
自分が行きたくないという場所に姉が行っているのに対して今のは失言だったと気付いたロイが慌てて起き上がって弁解する。
子供らしく育ってくれればいいのにシオンもロイもそうはいかなかった。
そこらの大人たちよりもずっと周りを見て気を遣う子供に育ってしまった。
『お姉ちゃんは後悔してないの。ロイたちがここで元気に過ごしてくれてるってだけで頑張ろうって思えるから』
「俺が大人になったらエリーを嫁にして一生苦労させないだけ稼ぐから」
ギュッと抱きついてくるロイの目標はいつだって変わらない。
そのまま抱きしめて横になるとロイの柔らかな髪に頬を寄せる。
「俺、いっぱい手紙書くからさ。エリーが寂しくないように毎日手紙書くから読んでよ」
頷いたエリスローズに嬉しそうに笑うロイは一ヶ月に一度のこの時間をずっと楽しみに待っていた。
本当はベッドに横になって二人だけで話がしたい。でも今はエリスローズの疲れを取ることが優先だと動かずいると暫くして小さな寝息が聞こえてくる。
「エリー」
声をかけても顔は動かない。
「俺、すぐ大人になるから。そしたら俺がエリーを守ってやるから」
今はまだ守ってもらうことしかできないもどかしさの中で生きなければならない。
身長だって低しい、筋肉もない。軽々と抱き上げられてしまう子供の身体。
どんなに口が回ろうと頭が良かろうと子供は子供。満足に働くこともできないのだ。
早く大人になりたい。エリーを好きだと気付いてからはそればかり願っている。
お姉ちゃんだと言って弱い部分を見せないこの人を早く包みこめるようになりたかった。
上半身を起こして見るエリスローズの寝顔は確かにどこか疲れているように見えて心配になる。
スラム街の人間が王宮で楽な暮らしができているはずがないのにエリスローズはいつも笑顔を見せる。
早く自分が守る側になりたいと願いながらエリスローズの唇に口付け、腕の中に潜り込んでロイも眠りについた。
三回目の帰宅時、一番に出迎えてくれたのはロイだった。
スラムにいたときは夜中しか甘えてこなかったロイが今では帰るたびに甘えん坊な顔を見せている。
シオンやメイがいても関係ないという風に抱きついてくるのをエリーが抱き上げるとすぐに肩に顔を埋めた。
「エリーだ」
噛み締めるように呟くロイに頬を擦り寄せながら歩くと中から家族が出てくる。
「おかえり、エリー」
ただいまと口だけ動かして笑顔を見せるエリスローズだが、出てきたシオンとメイが馬車に近付いていくのを目を追う。
「あのおにーちゃんは?」
「にーには?」
二人は今回もリオンが来ると思って待っていたのだろう。だが今日は一緒ではない。
『リオン様はお仕事が忙しくて今日は一緒じゃないの』
口の動きだけでは何を言っているかわからないだろうが、首を振っているエリーを見て二人の表情がわかりやすいほどガッカリする。
彼らはまたリオンと一緒にあの楽しい時間を過ごせると思ったのだ。
きっと何日も前から、いや、別れた日から次の時を楽しみにしていたかもしれない。
「ふぇっ……えぇぇえ……」
「メイ、おにーちゃん忙しいんだって」
「やーっ! にーに、いっしょ!」
「お仕事だよ。おとーさんたちもそうだったろ?」
「やーっ!」
絵本の読み聞かせは両親ではできない。
リオンの膝に乗って何度も何度も同じ本を読んでもらっていたメイはそれだけで楽しかったのか、今日をまた楽しみにしていた。
それはシオンも同じだろうが、メイが泣き始めるとメイを抱きしめて慰めに徹する。
『ごめんね』
エリスローズは昨日の夜、今日のことを考えて眠れなかった。
もしかしたらメイとシオンは今日を楽しみにしているかもしれない。リオンを連れて行けば喜ぶかもしれないと。
だが、あんな風に別れてから今日まで一度も会っていないのだ。
部屋を訪ねて今日のことを話そうかとも思ったのだができなかった。
リオンも行きたいと言いにくることはなかったし、エリスローズが誘うこともなかった。
だからそのまま来てしまった。そして案の定、メイは大声で泣き出した。
「エリーよりあんな奴がいいのかよ」
ロイの不機嫌そうな声にシオンがビクッと肩を跳ねさせてメイを抱き上げ距離を取る。
まるでロイに怯えているように見える様子にエリスローズが首を傾げる。
「もともと帰ってくんのはエリーだけだろ! アイツのことなんか待ってんじゃねぇよ!」
『ロイ』
「お前らがそんな顔したらエリーが悲しむってわかんないのかよ! エリーが帰ってきて嬉しくないのかよ!」
「ち、違うよ。そうじゃないよ。おねーちゃんが帰ってきてうれしいよ」
「だったらエリーに挨拶する前にアイツ探してんじゃねぇよ!」
「ご、ごめんなさい……」
ロイは口は悪いが弟妹には優しかった。こんな風に怒鳴ることなどほとんどなかったのにとエリスローズは驚きを隠しきれない。
唇を震わせながら謝るシオンに眉を下げるとロイを地面に下ろして目の前に膝をつく。
『シオン』
名前を呼ばれているのはわかったのか真っ直ぐ目を見てエリスローズの言葉を待つ。
『ただいま』
「おかえり……ごめんなさいッ」
謝る必要などないし、泣く必要などもっとない。
涙するシオンをメイごと抱きしめながら背中を撫でると何度もごめんなさいと謝ってくる。
一番楽しかったことをまた楽しみにするのは当たり前のことで間違いじゃない。
ロイにとってリオンは邪魔者でしかなく、一緒にいて楽しかったわけではないためエリスローズだけ帰ってきたことが嬉しかったのだが、弟たちがそうではなかったことに怒りを感じている。
ロイの歓迎は嬉しい。シオンたちの前でも甘えてくれるようになったことは感動すらしている。
だが、シオンたちにまでそれを強要はできない。自分が帰ってくるだけではダメなのかと思う気持ちもあれど、ロイと過ごしている姉と自分たちのために時間を使ってくれるリオンではリオンを優先する気持ちもわかる。
『ロイ、おいで』
シオンの額に口付けて立ち上がるとロイに手を差し出して一緒に中へと入る。
しっかり握られた手が離れないと言っているようで、その可愛さに頬が緩む。
「ごめんね、エリー。この子たち、王太子が来るのをずっと楽しみにしてたの」
ソファーに腰掛けると護衛からノートを受け取って紙にペンを走らせる。
『いいの。遊んでくれる人がいると楽しいもの。仕方ないわ』
兵士が読むエリーの言葉に両親は苦笑しか出てこない。
両親からしても出稼ぎに行っている姉が帰ってきたことにまず喜ぶべきだと思っているのだが、二人はこの三ヶ月でエリーがいないことに慣れてしまった。
いない寂しさに慣れてしまえば楽しかった思い出が頭を支配する。それが期待に変わってしまい、現実にならなかったことに落胆する。
申し訳ないと謝る両親に何度も首を振ればロイがエリスローズの膝に腰掛ける。
『これ、先に渡しておくね』
「いつもありがとう、エリー」
『美味しいもの食べて元気でいてくれればそれでいいの』
「ありがとうね」
両親はごめんねとは言わない。娘がその言葉を嫌っていることを知っているから。
ありがとうと言ってもらえるだけでエリスローズは嬉しい。彼らの笑顔のために、この生活のために頑張っているのだから。
『顔色、悪くない? 大丈夫?』
「エリーはまだ若いからわからないだろうけど、私たちぐらいの年齢になると少しのことで疲れが出てしまうようになるんだ」
「すぐ疲れが出るのにすぐ取れることはないのよね。歳はとりたくないわ」
「君の美しさはあの日のままだよ」
「あなたもよ」
二人で惚気合う様子にエリスローズは額に手を当てながら首を振って笑う。
お金がなくてもそれについて罵倒し合うことは一度もなかった。お金がないのが当たり前だからかもしれないが、それでも近所には「食べる物がない」と言い合う夫婦はたくさんいた。
両親は自分たちの運命を受け入れ、その中で愛と幸せ見つけて生きてきた。
これは城の中では絶対に味わえないものだと実感する。
「ずーっと二人でああやって言い合ってんだよな」
「ロイもいつかわかる。愛する人が見つかれば言わずにはいられないんだよ」
「俺はエリーと結婚するからいーんだよ」
「お前が二十歳になったらエリーは二十九歳だぞ?」
「だからなんだよ。俺はエリーの全部を大事にすんの。見た目とか年齢とかどーだっていーし」
「はっはっはっ! そうかそうか! どーだっていーか!」
愉快そうに声を上げて笑う父親がロイに手を伸ばして頭を撫でる。強めに撫でるせいでロイの身体が揺れ、その手はすぐにロイによって払われた。
「俺はエリーにファーストキスやったから嫁にもらうんだ」
ギョッとした顔で見る両親にエリスローズが苦笑しながら頷くと背を向けていたロイが向き合うように反転して抱きつく。
「ま、ロイたちのファーストキスはお父さんたちが奪ってるけどな」
「は?」
「赤ちゃんの頃に奪っちゃった」
「そんなのカウントしねーし!」
「あらぁ、でもキスだったのよねぇ」
「うん、あれは間違いなくキスだったな」
「絶対違う! そんなのナシ!」
エリスローズは目の前に広がる光景がただただ嬉しかった。
今までなら両親がロイをこんな風にからかうことなどほとんどなかった。
いつも我慢させてばかりのロイには申し訳ないという気持ちでいっぱいだったから。
それでも今は毎日一緒に過ごしているからか、ちゃんとした親子になっている。
「ちなみにエリーのファーストキスもお父さんたちが奪ってる」
「ふざけんな! そんなわけねーだろ!」
「本当なんだなぁ」
『そこまでにしてあげて』
手を出して軽く揺らすエリスローズの仲裁に両親が声を上げて笑う。
シオンは不思議そうに二人を見遣り、メイはシオンの腕の中で眠っている。
帰るたびに何かが変わっている家族を見るのがエリスローズの楽しみで、それはもはやご褒美にも近かった。
自分が使うお金がないことなどどうだっていい。食事が質素なこともどうだっていい。味方がいないこともどうだっていい。
彼らが幸せであるならそれでいいのだ。
「でもエリー、疲れてるんじゃない?」
『王太子妃って結構仕事が多いの。慣れないことばかりだから疲れてる』
「ちゃんと眠れてるの?」
『ふかふかのベッドに寝転べばいつ寝たか記憶にないぐらいすぐに寝ちゃう』
「それはわかるなぁ。ベッドはすごいよ」
床に寝転んで寝るだけだったスラム街の人間にとってベッドは贅沢すぎる物だった。
それを堪能していることが聞けただけでエリスローズは安堵する。
「少し寝てきたら?」
『でも今日は勉強見てあげようと思っ……ふああ……って』
「横でそんな欠伸されちゃシオンが気を遣うじゃない。少し寝てきなさい」
せっかく帰ってきたのにと苦笑するもここ数日あまり眠れていないこともあって欠伸が頻発する。
行きなさいと有無を言わさない視線の圧力に負けて立ち上がるもロイはしがみついたまま降りないためそのまま一緒に上がることにした。
「俺が添い寝してやる」
一緒に寝たいだけのくせにと笑いながらも書かないと伝えられないため肩を揺らして笑い、そのまま部屋へと入っていく。
相変わらず何も増えていないシンプルな部屋。
リオンがたくさん持ってきてくれた物があっただろうに、全部シオンとメイに渡してしまったのだろう。
『読める?』
「読める」
ベッドに座って文字を書いてみるとロイはすぐに頷いて声にして読んだ。
『リオン様がね、ロイはすごく賢いって言ってたよ』
「あんな奴に褒められても嬉しくねーし」
『ロイをお城に呼んで勉強させたいって。そしたら今よりずっと賢くなるだろうって言ってた』
「……エリーと一緒にいられるなら行ってやっても……」
行くと言い切らなかったロイに首を傾げるとロイが目を閉じて横になった。
「やっぱ無理。アイツの顔なんか見たくない。つーか、クソ野郎がいる場所になんか行きたくねーもん」
『そうだね』
「あ……エリーが俺たちのために頑張ってくれてんのは知ってるから」
自分が行きたくないという場所に姉が行っているのに対して今のは失言だったと気付いたロイが慌てて起き上がって弁解する。
子供らしく育ってくれればいいのにシオンもロイもそうはいかなかった。
そこらの大人たちよりもずっと周りを見て気を遣う子供に育ってしまった。
『お姉ちゃんは後悔してないの。ロイたちがここで元気に過ごしてくれてるってだけで頑張ろうって思えるから』
「俺が大人になったらエリーを嫁にして一生苦労させないだけ稼ぐから」
ギュッと抱きついてくるロイの目標はいつだって変わらない。
そのまま抱きしめて横になるとロイの柔らかな髪に頬を寄せる。
「俺、いっぱい手紙書くからさ。エリーが寂しくないように毎日手紙書くから読んでよ」
頷いたエリスローズに嬉しそうに笑うロイは一ヶ月に一度のこの時間をずっと楽しみに待っていた。
本当はベッドに横になって二人だけで話がしたい。でも今はエリスローズの疲れを取ることが優先だと動かずいると暫くして小さな寝息が聞こえてくる。
「エリー」
声をかけても顔は動かない。
「俺、すぐ大人になるから。そしたら俺がエリーを守ってやるから」
今はまだ守ってもらうことしかできないもどかしさの中で生きなければならない。
身長だって低しい、筋肉もない。軽々と抱き上げられてしまう子供の身体。
どんなに口が回ろうと頭が良かろうと子供は子供。満足に働くこともできないのだ。
早く大人になりたい。エリーを好きだと気付いてからはそればかり願っている。
お姉ちゃんだと言って弱い部分を見せないこの人を早く包みこめるようになりたかった。
上半身を起こして見るエリスローズの寝顔は確かにどこか疲れているように見えて心配になる。
スラム街の人間が王宮で楽な暮らしができているはずがないのにエリスローズはいつも笑顔を見せる。
早く自分が守る側になりたいと願いながらエリスローズの唇に口付け、腕の中に潜り込んでロイも眠りについた。
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