エリスローズの瞳に映るもの

永江寧々

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エリスローズは同情する

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「こないだのこと……本当にごめん。エリーナの代わりをしてくれる君にちゃんと全部話しておくべきだったんだ」

 改めて謝罪するリオンにエリスローズが頷く。

「彼女のような人間を王太子妃として認めている僕を軽蔑するだろうって思ってた。でもそれは当然のことだよね。置き手紙だけして一ヶ月消えてまた当たり前のように戻ってくるのを認めてるんだから僕が最低の人間であることは間違いないんだ」

 それにもエリスローズは頷く。

「エリーナの代わりとして暮らすようになってわかっただろうけど、両親はエリーナを溺愛してる。オリヒオの恩恵を受けているからこそエリーナがどんなことをしても許してしまう──いや、許さなければならないんだ。エリーナはほとんどの使用人を味方につけてると言っても過言じゃない。自分が手に入れた装飾品を渡すことで媚びを売るように仕向けてる。僕にとってもあの場所はひどく居心地の悪いものだ」

 膝の上で手を組み、それに力をこめて話すリオンが何かしらの強い思いを抱いているのは伝わってくるが、エリスローズにとってそれはどうでもいい話。
 どんな事情があろうと許していることに変わりはないし、愛していないから放置していると彼は言った。それが本音だろう。

「僕は本当は君のような聡明な女性が好きなんだ」

 ピクッとエリスローズの眉が動く。

「愛に包まれた穏やかな女性と一生を過ごしたいとずっと思っていた。エリーナは僕の顔だけが好きで僕の中身はつまらない男だと言った。当然だ、僕は彼女の好みではないから。でもそれは僕だって同じなんだ。同じ部屋にいながらも互いに好きな本を読んで、時々その本の感想を言い合ったり、一緒に暖炉の前に座って話をするだけの穏やかな時間を過ごせる人がいい。だから僕は君に嫌われたくなかった」

 こっちを見るリオンにエリスローズはハッキリと首を振る。あからさまに大きなため息をついて。
 ノートを開いてペンを取ったエリスローズが書く字を目で追う。

『エリーナ様が帰ってきた翌日から同じ部屋で本を読んで過ごすような時間の使い方をするようになったらどうします?』
「どう……って……」
『あなたの手を引いて暖炉の前に座って互いが読んでいた本の感想を交換しようと言うエリーナ様をあなたは愛しますか?』
「それは……」

 そんなことはありえない話で考えたこともなかった。
 正直に話しても結局は嫌われてしまうのかと心臓が異常に大きく脈打つことに不安を感じているリオンはまたノートから目が離せなくなる。

『私が喋れるようになったとして、あなたの話を聞かなずに喋り続けるような女でもあなたは私に嫌われたくないと言ってくれますか?』

 詰問のようなやり方にリオンが黙り込む。

『私は静かに本を読むようなタイプじゃないんです。弟たちと追いかけっこをしたりボールで遊んだりするほうが好きなんです。暖炉の前に座るより皆で集まって暖を取り合うほうが好き。あなたの理想の女性とは程遠いんです』
「それはあくまでも僕の理想であって君にそれを押し付けようとは思ってない。君は今のままでじゅうぶん魅力的なんだ」
『私が喋れないからそう思うんです』
「違う!」

 大声で否定するリオンにエリスローズがペンを走らせようとするのを手を掴んで止めた。

「確かに……君が喋れないことは大きいかもしれない。こうして紙の上でやりとりする特別感に酔っているのかもしれない。でも、それだけじゃないんだ。君が家族に向ける笑顔や愛情、我慢強さ、君が持つ賢さ……その全てが君の魅力なんだよ。僕はそこに惹かれてる」

 何度も口にする言葉にエリスローズは目を閉じて首を振る。

「わかってる。僕は王太子で既婚者だ。他の女性に惹かれたなんて言っちゃいけない。でも、君に嫌われたくない理由はこれしかないから……」

 伝えないこともできた。だが、それを選択するには遅すぎた。
 たった三ヶ月の間に膨れ上がった気持ちは止められないほど大きくなっている。
 妻が他の男と寝ているのだから自分だって、とは思っていない。
 ただ、エリーナが戻るまでの夢を見ているのだ。エリーナが戻ればまた色のない世界へと戻らなければならないのだから。

「僕も自分のために君を巻き込んでいるにすぎないんだ。自分の欲望のために良い男を演じようとしてた。君の気持ちを無視して」

 スラム街の人間に可哀想だと言われることほど侮辱的なことはないだろう。生まれながらにして王太子の称号を得た男がゴミ捨て場で生まれた女から同情されるなどあってはならないことだ。
 だがエリスローズがリオンに抱いた感情は間違いなく同情。
 生まれると同時に得たのは王太子の称号だけではなく、不自由はないが自由もない一生もそう。
 好きな女を見つけて恋に落ち、永遠に結ばれるというおとぎ話のような話はあり得ないのだ。
 見つけたとしても自分は既に既婚者で、その相手を得る方法は愛人にするしかない。
 それも相手が承諾しなければ叶わない話。
 
「君をどうこうしようとは思ってない。愛人になってくれなんて言わないし、エリーナとは離婚できないから正妻にも迎えられない。ただ、君を想うことだけは許してほしい」

 キラキラ輝く王子様のような姿をしていながらその中身は全くキラキラしていない。
 優しすぎる哀れな男。

「エリー?」

 エリスローズの手を握ったままの手にエリーの反対側の手が触れる。
 顔を上げるリオンが情けない顔でエリスローズを見ると苦笑にも近い微笑みが向けられていた。 

『私は弟たちが自立するまで恋をするつもりはないんです。だから何があろうとあなたの気持ちに応えることはできません』
「わかってる」
『でも、エリーナ様が戻られるまでならあなたの妻として振る舞うことはできます』

 手を離してペンを取った手が綴る言葉にノートからエリスローズへともう一度顔を上げるリオンが驚いた顔をする。

『彼女が戻るまで利用してください』

 揺れる瞳に戸惑いが見えるが、リオンは断りはしなかった。
 エリスローズから言ってくれた言葉を今ここで断ればもう二度と訪れないチャンスだ。
 これは単なる同情であり、彼がいることで家族の安全と安心が守られていることへの感謝を表すためのこと。
 媚びの売り方ならダンに散々習った。
 どうすれば男が上機嫌になるのかも酒場の男たちでわかっている。
 それが王太子のような上品な人間に通用するかはわからないが、どうせ期間限定なのだからこれも仕事だと思おうと開き直ることにした。

「君はそれでいい……って聞くのは今更おかしなことかもしれないけど、僕と夫婦として振る舞うのは嫌じゃないのかい?」
『本当に今更です。恋愛をしたことがないのでどこまであなたの期待通りにできるかわかりませんが、理想の振る舞い方を教えてください。その通りにしますから』
「そんなの、ないよ。君が妻として僕に接してくれればそれでいい。構えないでくれたらいいんだ」

 いつも構えているつもりはなかったが、相手がそう感じていたということは無意識にそういう態度を取っていたのだろう。
 エリスローズにとってリオンは優しい味方ではあるが、最低な人間でもあるという変えられない決定打があるため態度に出ていたのかもしれないと自分で納得した。

『ただし、二つだけ条件があります』
「なんだい?」
『キスと夜の営みはナシ。手を繋ぐことやハグは大丈夫です』
「ああ、うん、そうだね。わかった」

 しようと思っていたのかと問いたくなるような反応だが、少しシュンとする様子がやはりシオンに似ていて笑ってしまう。

「多くは望まないよ。君がこうして笑ってくれてるだけで僕は幸せなんだから。身代わりの女性ではなく、僕の妻として扱っていいことが嬉しくてたまらないよ」
『でも、外で必要以上の接触をすると王妃様の耳に入りますから部屋の中だけというのはいかがでしょう?』
「気にしなくていいよ。どうせ君を追い出すことはできないんだし、もし王妃に呼ばれたら彼女のもとに行く前に僕に言って。一緒に行くから」
『守ってくれます?』
「夫だからね」

 心強い言葉ではあるが、どこまで逆らえるのかがわからない以上はあまり期待しないようにしている。
 期待すれば落ちていく穴は深くなるばかりであることをエリスローズは知っているから微笑みだけ返した。
 
「じゃあまずは隣に座ってもいい?」
『狭いので却下です』
「でも夫婦で馬車に乗れば並んで座るのは常識だよ?」
『……じゃあ、いいですよ』

 そういう常識はないが、利用してと言ってくれたエリスローズの優しさを利用することにした。
 過度なスキンシップは禁止。夫婦というのも仮であって本物ではない。
 本当の妻が戻ってくるまでのごっこ遊びのようなもの。
 それでもリオンは嬉しかった。
 もしかしたら明日終わるかもしれない日常を大事にしたいと隣に座り、城に着くまでずっと指を絡め手を握っていた。
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