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エリスローズは賛同する
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「ロイ、おはよう」
「エリー、おはよう」
『おはよう、ロイ。リオン様にご挨拶は?』
「え? ああ、いたのか。気付かなかったー」
四度目の帰宅時、当たり前のようにいるリオンをロイは視界に入れないようにしていた。
ハッキリと聞こえたのに無視をして隣を通り過ぎてエリスローズに抱きつくロイは促されてようやく顔を向ける。
不満げな表情で見られることに苦笑しながらもリオンにとって一ヶ月に一回の訪問は息抜きではなく癒しとなっていた。
「シオンすごいな。もう他の絵本が読めるようになってるじゃないか」
シオンとメイが楽しみにしているから連れてこないというわけにもいかなくなり、ロイは不満げだがエリスローズがリオンにくっついていなければそれでいいと文句は少なくなった。
シオンとメイが当たり前のようにリオンの膝に乗って嬉しそうに笑う姿を見ているとエリスローズも嬉しくなる。
『これ、今月分』
「ありがとう、エリー」
「こんなにたくさん……本当にありがとう」
喜びよりも申し訳なさが勝っている笑顔を見るのは辛いが、それでもこれは必要なことだからとエリスローズは何も言わない。
大事に金庫にしまいに行く父親を見送ってから母親にノートを見せる。
『ちゃんと使ってる?』
母親側に回り込んだロイがエリスローズの字を読む。
「そんなに使う必要がない生活してるって言ったでしょ?」
だが、あまりにも変わらなすぎるのが不気味と言えば不気味。
確かにリオンの配慮で尽くしてもらっている家族は必要な物は全部用意されているため欲しい物などないのかもしれないが、それにしても四ヶ月前と何も変わらない、小物一つ増えていないことに苦笑が滲む。
「いつかはここを出なきゃいけないんだからお金は貯めておいたほうがいいだろう?」
『それはそうだけど、もっと食べる物を贅沢に変えるとか──』
「もうじゅうぶんすぎるほど贅沢な暮らしをしてるんだからこれ以上贅沢をするとバチが当たる」
戻ってきた父親が優しい笑顔で首を振る。
「人はそれぞれ身の丈に合った生き方をするようになっていると言っただろう? これは身の丈に合っていない生活だ」
『でもこれは皆に与えられた権利よ』
「そうだとしても、お前が稼いでくれたお金で好き勝手する権利はないさ」
『私は気にしないわ』
「私たちが気にするんだよ。お前だってお城で贅沢三昧なんてしてないだろう?」
『そうだけど……』
ほらねと笑う父親にエリスローズは肩を竦める。
自分とて両親が稼いで渡してくれた金を好き勝手使える自信はない。大事にしまっておくだろう。
だがそれは少額だからであって、小袋の中から金貨何枚かを取り出して好きなように使ってもバチは当たらないのに絶対にそうしようとはしない。
優しいが頑固者の二人に言うことを聞いてもらうのは教会で神に会うぐらい難しいことだった。
「いいじゃん。足りなかったらアイツに持って来させようぜ」
『ロイ』
「なんだよ。いーじゃん。勝手について来るんだし」
「今日はチョコレート持ってきたのにロイにそんなこと言われるのは悲しいな」
「チョコ……」
単語を聞いただけでごくりと喉を鳴らすロイがエリスローズの手を引いてリオンに近付く。
「リオンお兄ちゃん、チョコちょうだいって言えたらあげる」
「フザっけんな! なんで俺がお前を兄ちゃんって呼ばなきゃいけないんだよ!」
「皆のお兄ちゃんになりたいな」
「いらねーよ! 俺には姉と弟と妹がいりゃいーの! お前はお呼びじゃない!」
ロイの言葉にリオンが笑う。あぐらをかいて座っていた身体が前に傾くほどおかしそうに笑う理由がわからず、ロイがエリスローズを見上げて自分の頭を軽く指差す。
それにはエリスローズもわからないという意味を含んで首を振った。
「いやごめん、バカにしてるとかじゃなくてさ、ロイは賢いよ。本当に城に呼んで勉強させたい。この子は良い教育を受ければ学者にだってなれそうだ」
すごいね!と目を輝かせるエリスローズの顔を見るのは嬉しいが、ロイはやはり乗り気にはなれなかった。
「口ばっかの王太子の口車にゃ乗らねー」
「もしロイが本気で勉強したいなら僕が国王に掛け合うよ」
家族以外には当たりがキツいロイが素直に勉強するかどうか心配ではあった。なにより、エリスローズの頭の中には児童養護施設を訪ねた際に見た両手を鞭で叩くあの光景が頭から離れない。
あれはあの場所だけの教育方法ではなく、王太子であるリオンまでそういう罰を受けていたのだからロイが城に来て教育を受ければ同じ罰を受けることになる。
それに、教師がカーラであればいいが、それ以外の者だった場合、不必要な差別発言を受けることになるのではないかと心配するエリスローズはロイを抱き上げて首を振った。
「エリーは俺が勉強するの反対か?」
もう一度首を振るとソファーに腰掛けてペンを取った。
『ロイが勉強できるのは嬉しいし、学者にもなれるって言われたのもすごく嬉しいよ。でもね、ロイは人が嫌いでしょ? お城に慣れるか心配なの』
「エリーがいればいいし」
『私もお仕事があるし、ずっとは一緒にいられないよ?』
「部屋にいるし。俺もう本だってちょっと読めるんだぜ。本読んでりゃ退屈しないし」
ロイがそう言うならロイの決断に従おうと決めたエリスローズがリオンを見るとメイとシオンを下ろしたリオンが立ち上がってロイに近付く。
「じゃあロイも城に──」
「行かねーけどな」
まさかの返事に目を瞬かせる二人。
流れ的にロイも一緒に来るのだと思っていた二人はどういうことだと顔を見合わせたあと、同時にロイを見る。
「メイとシオンが──」
開いた口を閉じたロイにエリスローズが首を傾げる。
「寂しがるだろ。エリーが帰ってこなくなったのに俺まで帰ってこなくなったらコイツら寂しくて毎日泣いてるだろうし」
「それはあるね……」
二人の面倒を見てきたのはロイ。
今は両親がいると言ってもロイがいなくなっても平気というわけではない。
メイはいないことに泣くだけだろうが、シオンは変に考えすぎるところがあるため一人ずついなくなってしまうのではないかと思いかねない。
かといって彼らがしっかりするのを待っている間にロイの成長を逃してしまうかもしれないと思うと難しい判断だとエリスローズは悩んでしまう。
「ロイの考えもわかるけど、君を城に呼んであげられるのはエリーが城にいる間だけなんだ。彼女がエリーナの身代わりに来てくれていることを条件に君との交渉を進めようと思っているからね」
「別にできなきゃできないでいーし。俺がスラム出身だってことは変わんねーしな。学者なんかなれるわけねーもん」
「やってみなきゃわからないさ」
「お前の無責任な嫁が帰ってきてエリーが必要無くなったら俺も一緒に追い出されんのにどうやって学者になるってんだよ」
ロイの言葉にリオンが黙る。
学者になるためには賢さだけではなく勉強が必要。
所持金から教科書やノートは変えても教師を雇い続けられるかはわからない。
これから育ち盛りを迎える子供が三人いる中でどこまでロイのために使ってやれるかわからない現実が両親の表情を歪める。
「俺は十六歳になったら働くんだよ。働いて皆を食わせる。学者なんかにゃならねー」
全ては環境のせい。働かなければ生きていけない環境にいるのは皆同じだが、学校に行く選択ではなく働く選択をしなければならない環境に生まれたことはけして幸せなことだとは言えない。
「金持ちのお前にはわかんねーだろうな」
返す言葉もない。
『ロイ、言いすぎ』
「人の良さそうな顔していい加減なこと言う奴は大嫌いだ」
「あはは……二人はよく似てるね」
苦笑するリオンが傍に置いていた箱を開けて中身を見せるとメイとシオンがリオンを囲む。
「チョコ!?」
「ちょちょ!?」
目を輝かせるシオンとプラスアルファで涎を垂らすメイが期待の眼差しをリオンに向ける。
一つ取って二人に差し出すとそれを掴んで喜ぶ二人は両親に駆け寄って見せる。
「一緒に食べてやって」
「ありがとうございます」
両親に寄って二人に差し出すと頭を下げてから二人も一粒取った。
一緒に食べようと子供たちを膝に乗せて幸せの瞬間を共有する四人の姿にロイもエリスローズも目を細める。
「君たちもどうぞ」
「エリーのはこれな」
ハートの形をしたチョコレートが真っ赤な包装紙に包まれているのをロイが取ってエリスローズに渡す。
「俺の気持ち」
はにかむロイの愛らしさにたまらず強く抱きしめて頬を寄せるとそのまま頬にキスをする。
「僕にはしてくれないのになぁ」
「当たり前だろふざけんなクソ野郎ぶっ飛ばすぞ!」
息継ぎもなく早口で怒鳴りつけるロイにリオンが苦笑する。
「言っとくが、エリーは俺のだからな。俺と結婚すんだから手ぇ出すなよ」
「姉弟だろう?」
「だからなんだよ。俺らには法律なんか関係ねーんだよ」
「倫理の問題だと思うけど」
「俺以外がエリーを幸せにするとかムリだから。お前なんか絶対にムリ。大体お前嫁いるだろ浮気者! エリーは俺の──わわわわわわ」
どんどん回るロイの口にリオンの苦笑が止まらない。
見かねたエリスローズがロイの口に手を当てて手のひらで唇を何度も叩き振動させる。
赤ん坊の頃によくやったと懐かしくなったエリスローズが後ろからロイを強く抱きしめた。
「なんだよ、甘えてんのか?」
嬉しそうに笑って振り返るロイの言葉にエリスローズも笑顔で頷く。
「いいよ。今日は俺がエリーを甘やかしてやるから」
エリスローズの腕を解いてソファーの上で立ち上がると振り返って真正面から抱きしめた。
細い小さな身体が抱きついてくると少し心配にはなるが、これもすぐに変わっていくのだろうと今しかない瞬間を記録するように抱きしめた。
「ロイ、僕のことも抱きしめてくれない?」
「お前はそこの柱でも抱きしめてろ」
「冷たいなぁ。お兄ちゃん泣いちゃうぞ」
「勝手に泣いてろ。あと兄ちゃんじゃねーから」
「グスン……」
無視することもできるのに相手にするロイも悪い気はしていないのではないかとエリスローズは思った。
「にーにメッ!」
「なんだよメイ。お前のにーには俺だろ。そいつを庇うのか?」
「メッ! なーてる」
「お前がにーにを捨てるならにーにどっか行っちゃうからな」
「……ふえっ……ぇええ……」
嘘泣きに騙されたメイがリオンに駆け寄りハグをするとロイがそれに意地悪を仕掛けるが、まだ三歳のメイはそれが冗談だとわからず泣いてしまう。
慌てて降りてメイを抱き上げると慣れたように揺らすロイにエリスローズが笑う。
「ごめんごめんごめんごめん! 嘘だよ! にーにが悪かった! ひどいこと言ったな。ごめんな。泣かないでよ」
焦っているのはロイだけで両親だけでなくシオンも笑っている。
よく見慣れた光景。ここに来るとエリスローズは不思議とここに現実逃避に来ているような気分になる。
実家に帰ってきているはずなのに、実家はあの辛い城で、ここは現実逃避ができる別荘のよう。
そこに家族全員が集まって笑顔に溢れている。
エリスローズは今とても幸せだった。
「エリー、またな。今度はちゃんと甘やかしてやるから」
『楽しみにしてる』
珍しく馬車の傍までやってきたロイが近くで手を振る。あれからずっとメイを抱っこしたままなためエリスローズを甘やかすことができなかったことを悔やんでいた。
メイもロイを真似て近くで手を振り笑顔を見せる。涙はない。
「ロイ、来月はハグしてくれるって期待してるから」
「するわけねーだろ。つか来んな」
「楽しみにしてる」
「俺はしてない!」
ゆっくりと走り出す馬車。
今日は久しぶりに笑顔のまま別れることができた。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、また明日から嫌な生活が始まる。
「決めたよ」
首を傾げるエリスローズの手を握るリオン。
「ちゃんとこの国のことを自分の足と目で見に行く。王になる者が人形のままじゃダメだ。自分で考えて動かなきゃこの国に未来はないも同然だよね」
今更だとは思ったが、それでも国のトップになる前に思ったのは良いことなのではないかとも思った。
「協力してくれるかい?」
エリーナが帰ってくればどうなるかわからないが、いつか、ロイたちが大人になったときに今より少しでも良い方に向かっていればいいと願うエリスローズは賛同するように笑顔で頷いた。
「エリー、おはよう」
『おはよう、ロイ。リオン様にご挨拶は?』
「え? ああ、いたのか。気付かなかったー」
四度目の帰宅時、当たり前のようにいるリオンをロイは視界に入れないようにしていた。
ハッキリと聞こえたのに無視をして隣を通り過ぎてエリスローズに抱きつくロイは促されてようやく顔を向ける。
不満げな表情で見られることに苦笑しながらもリオンにとって一ヶ月に一回の訪問は息抜きではなく癒しとなっていた。
「シオンすごいな。もう他の絵本が読めるようになってるじゃないか」
シオンとメイが楽しみにしているから連れてこないというわけにもいかなくなり、ロイは不満げだがエリスローズがリオンにくっついていなければそれでいいと文句は少なくなった。
シオンとメイが当たり前のようにリオンの膝に乗って嬉しそうに笑う姿を見ているとエリスローズも嬉しくなる。
『これ、今月分』
「ありがとう、エリー」
「こんなにたくさん……本当にありがとう」
喜びよりも申し訳なさが勝っている笑顔を見るのは辛いが、それでもこれは必要なことだからとエリスローズは何も言わない。
大事に金庫にしまいに行く父親を見送ってから母親にノートを見せる。
『ちゃんと使ってる?』
母親側に回り込んだロイがエリスローズの字を読む。
「そんなに使う必要がない生活してるって言ったでしょ?」
だが、あまりにも変わらなすぎるのが不気味と言えば不気味。
確かにリオンの配慮で尽くしてもらっている家族は必要な物は全部用意されているため欲しい物などないのかもしれないが、それにしても四ヶ月前と何も変わらない、小物一つ増えていないことに苦笑が滲む。
「いつかはここを出なきゃいけないんだからお金は貯めておいたほうがいいだろう?」
『それはそうだけど、もっと食べる物を贅沢に変えるとか──』
「もうじゅうぶんすぎるほど贅沢な暮らしをしてるんだからこれ以上贅沢をするとバチが当たる」
戻ってきた父親が優しい笑顔で首を振る。
「人はそれぞれ身の丈に合った生き方をするようになっていると言っただろう? これは身の丈に合っていない生活だ」
『でもこれは皆に与えられた権利よ』
「そうだとしても、お前が稼いでくれたお金で好き勝手する権利はないさ」
『私は気にしないわ』
「私たちが気にするんだよ。お前だってお城で贅沢三昧なんてしてないだろう?」
『そうだけど……』
ほらねと笑う父親にエリスローズは肩を竦める。
自分とて両親が稼いで渡してくれた金を好き勝手使える自信はない。大事にしまっておくだろう。
だがそれは少額だからであって、小袋の中から金貨何枚かを取り出して好きなように使ってもバチは当たらないのに絶対にそうしようとはしない。
優しいが頑固者の二人に言うことを聞いてもらうのは教会で神に会うぐらい難しいことだった。
「いいじゃん。足りなかったらアイツに持って来させようぜ」
『ロイ』
「なんだよ。いーじゃん。勝手について来るんだし」
「今日はチョコレート持ってきたのにロイにそんなこと言われるのは悲しいな」
「チョコ……」
単語を聞いただけでごくりと喉を鳴らすロイがエリスローズの手を引いてリオンに近付く。
「リオンお兄ちゃん、チョコちょうだいって言えたらあげる」
「フザっけんな! なんで俺がお前を兄ちゃんって呼ばなきゃいけないんだよ!」
「皆のお兄ちゃんになりたいな」
「いらねーよ! 俺には姉と弟と妹がいりゃいーの! お前はお呼びじゃない!」
ロイの言葉にリオンが笑う。あぐらをかいて座っていた身体が前に傾くほどおかしそうに笑う理由がわからず、ロイがエリスローズを見上げて自分の頭を軽く指差す。
それにはエリスローズもわからないという意味を含んで首を振った。
「いやごめん、バカにしてるとかじゃなくてさ、ロイは賢いよ。本当に城に呼んで勉強させたい。この子は良い教育を受ければ学者にだってなれそうだ」
すごいね!と目を輝かせるエリスローズの顔を見るのは嬉しいが、ロイはやはり乗り気にはなれなかった。
「口ばっかの王太子の口車にゃ乗らねー」
「もしロイが本気で勉強したいなら僕が国王に掛け合うよ」
家族以外には当たりがキツいロイが素直に勉強するかどうか心配ではあった。なにより、エリスローズの頭の中には児童養護施設を訪ねた際に見た両手を鞭で叩くあの光景が頭から離れない。
あれはあの場所だけの教育方法ではなく、王太子であるリオンまでそういう罰を受けていたのだからロイが城に来て教育を受ければ同じ罰を受けることになる。
それに、教師がカーラであればいいが、それ以外の者だった場合、不必要な差別発言を受けることになるのではないかと心配するエリスローズはロイを抱き上げて首を振った。
「エリーは俺が勉強するの反対か?」
もう一度首を振るとソファーに腰掛けてペンを取った。
『ロイが勉強できるのは嬉しいし、学者にもなれるって言われたのもすごく嬉しいよ。でもね、ロイは人が嫌いでしょ? お城に慣れるか心配なの』
「エリーがいればいいし」
『私もお仕事があるし、ずっとは一緒にいられないよ?』
「部屋にいるし。俺もう本だってちょっと読めるんだぜ。本読んでりゃ退屈しないし」
ロイがそう言うならロイの決断に従おうと決めたエリスローズがリオンを見るとメイとシオンを下ろしたリオンが立ち上がってロイに近付く。
「じゃあロイも城に──」
「行かねーけどな」
まさかの返事に目を瞬かせる二人。
流れ的にロイも一緒に来るのだと思っていた二人はどういうことだと顔を見合わせたあと、同時にロイを見る。
「メイとシオンが──」
開いた口を閉じたロイにエリスローズが首を傾げる。
「寂しがるだろ。エリーが帰ってこなくなったのに俺まで帰ってこなくなったらコイツら寂しくて毎日泣いてるだろうし」
「それはあるね……」
二人の面倒を見てきたのはロイ。
今は両親がいると言ってもロイがいなくなっても平気というわけではない。
メイはいないことに泣くだけだろうが、シオンは変に考えすぎるところがあるため一人ずついなくなってしまうのではないかと思いかねない。
かといって彼らがしっかりするのを待っている間にロイの成長を逃してしまうかもしれないと思うと難しい判断だとエリスローズは悩んでしまう。
「ロイの考えもわかるけど、君を城に呼んであげられるのはエリーが城にいる間だけなんだ。彼女がエリーナの身代わりに来てくれていることを条件に君との交渉を進めようと思っているからね」
「別にできなきゃできないでいーし。俺がスラム出身だってことは変わんねーしな。学者なんかなれるわけねーもん」
「やってみなきゃわからないさ」
「お前の無責任な嫁が帰ってきてエリーが必要無くなったら俺も一緒に追い出されんのにどうやって学者になるってんだよ」
ロイの言葉にリオンが黙る。
学者になるためには賢さだけではなく勉強が必要。
所持金から教科書やノートは変えても教師を雇い続けられるかはわからない。
これから育ち盛りを迎える子供が三人いる中でどこまでロイのために使ってやれるかわからない現実が両親の表情を歪める。
「俺は十六歳になったら働くんだよ。働いて皆を食わせる。学者なんかにゃならねー」
全ては環境のせい。働かなければ生きていけない環境にいるのは皆同じだが、学校に行く選択ではなく働く選択をしなければならない環境に生まれたことはけして幸せなことだとは言えない。
「金持ちのお前にはわかんねーだろうな」
返す言葉もない。
『ロイ、言いすぎ』
「人の良さそうな顔していい加減なこと言う奴は大嫌いだ」
「あはは……二人はよく似てるね」
苦笑するリオンが傍に置いていた箱を開けて中身を見せるとメイとシオンがリオンを囲む。
「チョコ!?」
「ちょちょ!?」
目を輝かせるシオンとプラスアルファで涎を垂らすメイが期待の眼差しをリオンに向ける。
一つ取って二人に差し出すとそれを掴んで喜ぶ二人は両親に駆け寄って見せる。
「一緒に食べてやって」
「ありがとうございます」
両親に寄って二人に差し出すと頭を下げてから二人も一粒取った。
一緒に食べようと子供たちを膝に乗せて幸せの瞬間を共有する四人の姿にロイもエリスローズも目を細める。
「君たちもどうぞ」
「エリーのはこれな」
ハートの形をしたチョコレートが真っ赤な包装紙に包まれているのをロイが取ってエリスローズに渡す。
「俺の気持ち」
はにかむロイの愛らしさにたまらず強く抱きしめて頬を寄せるとそのまま頬にキスをする。
「僕にはしてくれないのになぁ」
「当たり前だろふざけんなクソ野郎ぶっ飛ばすぞ!」
息継ぎもなく早口で怒鳴りつけるロイにリオンが苦笑する。
「言っとくが、エリーは俺のだからな。俺と結婚すんだから手ぇ出すなよ」
「姉弟だろう?」
「だからなんだよ。俺らには法律なんか関係ねーんだよ」
「倫理の問題だと思うけど」
「俺以外がエリーを幸せにするとかムリだから。お前なんか絶対にムリ。大体お前嫁いるだろ浮気者! エリーは俺の──わわわわわわ」
どんどん回るロイの口にリオンの苦笑が止まらない。
見かねたエリスローズがロイの口に手を当てて手のひらで唇を何度も叩き振動させる。
赤ん坊の頃によくやったと懐かしくなったエリスローズが後ろからロイを強く抱きしめた。
「なんだよ、甘えてんのか?」
嬉しそうに笑って振り返るロイの言葉にエリスローズも笑顔で頷く。
「いいよ。今日は俺がエリーを甘やかしてやるから」
エリスローズの腕を解いてソファーの上で立ち上がると振り返って真正面から抱きしめた。
細い小さな身体が抱きついてくると少し心配にはなるが、これもすぐに変わっていくのだろうと今しかない瞬間を記録するように抱きしめた。
「ロイ、僕のことも抱きしめてくれない?」
「お前はそこの柱でも抱きしめてろ」
「冷たいなぁ。お兄ちゃん泣いちゃうぞ」
「勝手に泣いてろ。あと兄ちゃんじゃねーから」
「グスン……」
無視することもできるのに相手にするロイも悪い気はしていないのではないかとエリスローズは思った。
「にーにメッ!」
「なんだよメイ。お前のにーには俺だろ。そいつを庇うのか?」
「メッ! なーてる」
「お前がにーにを捨てるならにーにどっか行っちゃうからな」
「……ふえっ……ぇええ……」
嘘泣きに騙されたメイがリオンに駆け寄りハグをするとロイがそれに意地悪を仕掛けるが、まだ三歳のメイはそれが冗談だとわからず泣いてしまう。
慌てて降りてメイを抱き上げると慣れたように揺らすロイにエリスローズが笑う。
「ごめんごめんごめんごめん! 嘘だよ! にーにが悪かった! ひどいこと言ったな。ごめんな。泣かないでよ」
焦っているのはロイだけで両親だけでなくシオンも笑っている。
よく見慣れた光景。ここに来るとエリスローズは不思議とここに現実逃避に来ているような気分になる。
実家に帰ってきているはずなのに、実家はあの辛い城で、ここは現実逃避ができる別荘のよう。
そこに家族全員が集まって笑顔に溢れている。
エリスローズは今とても幸せだった。
「エリー、またな。今度はちゃんと甘やかしてやるから」
『楽しみにしてる』
珍しく馬車の傍までやってきたロイが近くで手を振る。あれからずっとメイを抱っこしたままなためエリスローズを甘やかすことができなかったことを悔やんでいた。
メイもロイを真似て近くで手を振り笑顔を見せる。涙はない。
「ロイ、来月はハグしてくれるって期待してるから」
「するわけねーだろ。つか来んな」
「楽しみにしてる」
「俺はしてない!」
ゆっくりと走り出す馬車。
今日は久しぶりに笑顔のまま別れることができた。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまい、また明日から嫌な生活が始まる。
「決めたよ」
首を傾げるエリスローズの手を握るリオン。
「ちゃんとこの国のことを自分の足と目で見に行く。王になる者が人形のままじゃダメだ。自分で考えて動かなきゃこの国に未来はないも同然だよね」
今更だとは思ったが、それでも国のトップになる前に思ったのは良いことなのではないかとも思った。
「協力してくれるかい?」
エリーナが帰ってくればどうなるかわからないが、いつか、ロイたちが大人になったときに今より少しでも良い方に向かっていればいいと願うエリスローズは賛同するように笑顔で頷いた。
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