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リオン・レッドローズは憤激する
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「誰だテメー」
名乗ってもいない名前を知っている時点で不気味だと警戒心露わに問いかけるも男は何も答えず、ロイに駆け寄って抱き上げた。
幼子に“高い高い”をするように天井に向かって腕を伸ばし見上げる男の嬉しそうな表情の理由がわからず二人は困惑する。
「この十年、ずっとお前に会いたいと願い続けてきた。願えば叶うなんて甘い夢は見ちゃいなかったが、今こうして叶ったことを思えば願い続けた甲斐があるってもんだ」
噛み締めるようにそう呟く男に何が何だかわからず固まっていると床に下ろされ、膝をついた男に再び抱きしめられる。
聞きたいことが泉のように湧き上がってきたロイが口を開くよりも先にリオンが男に話しかけた。
「伯父さん、コリンを知ってるの?」
伯父さんと呼ばれた男にロイが怪訝そうな表情を向けるのは、この男がリオンの親族であることがわかったから。
そんな男がなぜ自分の名前を知っているのかがわからない。
「コリン? 知らねぇな。誰だ?」
「彼の──」
「俺の父さんだよ」
ロイが答えると男は驚いた顔をしたあと、少し寂しげに笑って「そうだよな」と呟いた。
「なんで俺の名前知ってんだよ。俺はテメーになんざ会ったことねーぞ」
一番の疑問をぶつけると男は少し迷ったような表情で頭を乱暴に掻き、床に胡座をかいて座る。
「お前の名前はロイで間違いないんだな?」
「こっちが先に聞いてんだよ」
「おっと、こいつは失礼。俺はアレン。リオンの父親の兄貴だ」
アレンと名乗った男がリオンの父親の兄だとして、それが自分を知っている理由にはならないとロイは怪訝な表情を向け続ける。
リオンとて自分を知らなかったのだから叔父とやらが知っているはずがないと。
「で、お前さんは自己紹介してくれないのか?」
「人の名前呼んだ奴に自己紹介なんかいるのかよ」
「ああ……ロイ、お前に会いたかった。こんな近くにいたなんてな。灯台下暗しとはよく言ったもんだ。アイツめ、隠してやがったな」
一人で納得したように喋るアレンに事情説明を願いたい二人は顔を見合わせて肩を竦める。
「伯父さんはスラム街に行ったことがあるのかい?」
「スラム街? いや、ない……が……まさか……」
何かに気付いたように口を押さえて驚きと絶望に満ちた顔でロイを見るアレンが伸ばす手をロイが強く払った。
「お前……スラム街にいたのか……?」
「だったらなんだよ。スラム街で生まれ育ったんだから当然だろ」
全くわからない現状に苛立つロイがぶっきらぼうに答えるとアレンは額に手を当てておかしそうに笑いながら床に倒れた。
「伯父さん?」
「ははっ……ははははははっ……はーっはっはっはっはっはっ! そりゃ見つからねぇわけだわ! 見つかるはずねぇよな! はっはっはっはっはっはっはっ!」
今まで何度か会ってきたが、こんなに笑うアレンを見るのは初めてでリオンも戸惑ってしまう。
元々豪快な笑顔を見せる人物ではあったが、こんな風に声を上げて笑うことはなかった。
「はー……そうか……スラム街にな……」
ゆっくり笑いを引かせたアレンは天井を見上げながら呟く。その声があまりにも寂しげであるため、リオンはなんと声をかけていいのかわからず暫く黙っていた。
「で、一人遊びは終わったのかよ」
自問自答しては百面相を披露するアレンに遠慮することなくロイが問いかけるとアレンが起き上がる。
改めてロイの顔を真っ直ぐ見つめるアレンの手がロイの手を握る。
「やめろ気持ち悪い!」
「大きくなったな」
まるで過去に一度会ったことがあるかのような言い方に警戒したロイが数歩下がって距離を取る。
「スラム街に行ったことがねーテメーと会ったことあるわけねーだろ。いい加減なこと言ってんじゃねーぞ」
「会ってるんだよ、お前がスラム街に行く前にな」
「…………は?」
「え? お、伯父さん、それはどういう──」
二人が驚きの表情を見せるもその続きを邪魔するように部屋に駆け込んできたランドル国王とエヴリーヌ王妃。
「に、兄さんどうしてここに!」
「来賓室に来るはずじゃ!」
王族としての品位は欠片もなく、二人は息を切らせながらアレンに大声で問いかける。
ロイの存在を確認したエヴリーヌが表情を歪め、慌ててアレンを見て部屋に向かうよう手で促した。
「お部屋とお酒を用意していますのでどうぞこちらに!」
「今は酒って気分じゃねぇんだわ。愛しの──」
「兄さん! 話があるんだ! 大事な話が! だからすぐにこっちへ来てくれ!」
焦っているというより必死な二人に肩を竦めてはロイに振り向き、額に口付けようとしたが、ロイが更に数歩下がることで避けられてしまう。
「ま、俺も話があることだしな。色々聞きたいことがあんだわ、テメーらに」
二人が大袈裟なほど肩を跳ねさせる理由は何か、リオンは知らない。
「リオン、お前の部屋の前に使用人が並んでいたけど、一体何をするつもりなの!?」
「ああ、忘れてた。話を聞くだけです」
「余計なことはしないでちょうだい! お義兄様が帰ってきて忙しいんだから! すぐに解放しなさい!」
「いいから伯父さんと一緒に行ってください。大事な話があるんでしょう?」
すっかり反論するようになってしまった息子に苛立ちながらも今はそれを叱っている場合ではないと足早に夫と義兄を追いかけていく。
リオンとロイがまた二人きりに戻りはしたが、二人ともさっきまでとは全く違う感情を抱えていた。
「……アイツ、なんなんだよ……」
「僕の伯父──」
「それは聞いた。じゃなくて、俺がスラムに行く前に会ってるってどういうことだって話だよ。なんで俺を知ってんだ……」
戸惑うロイをどう励まそうかと迷いながら、とりあえず背中を撫でようとするリオンの手もアレン同様、拒まれた。
「やることあんだろ。さっさと行けよ」
「でもロイ……」
「行けって! お前が居ても俺の疑問は解決しねーだろ」
混乱している状況を無理矢理解決しようとしても無駄なことはこの九ヶ月間で自分が一番よくわかっている。
湧きあがってきた疑問はそれを運んできた人間にしか解決できない。
アレンに聞けばわかることだが、今行ったところでロイがそこにいることを許さない人間が二人いる。
再びアレンが戻ってくるのを待ったほうがいいだろうと判断して、リオンは何も言葉をかけずに部屋を出ていった。
「意味わかんねーよ……」
考えたくない。知りたくない。なのに頭が勝手に答えを見つけようと働いてしまう。
本を読もうと開いたところで内容は頭に入ってこず、ベッドに寝転んでエリスローズの残り香に顔を埋めても幸せな気分にはならない。
「エリーに会いたい……」
帰ってくるのは夕方だと言っていた。
エリスローズが帰るまで二時間もある。
だがこのまま一人で部屋にいるとおかしくなりそうだと部屋を飛び出した。
部屋ではなく外でエリスローズを待とうと考え、廊下を走っているとリオンの部屋のほうから声が聞こえてくる。
何をしているんだと角からこっそり覗くと使用人たちがズラリと並んでいるのが見えた。
「じゃあ僕が今までエリーにって渡していた物は全て君たちのおやつになっていたわけだね?」
「申し訳ございませんッ!!」
「僕が聞きたいのは謝罪じゃなくて理由だよ。どうしてエリーに渡してくれなかったのかな? エリーに渡してって言った僕の言葉、理解できなかった?」
「そ、それは……」
「バーバラ、説明を」
指名されたバーバラが怯えながらも前に出て頭を下げる。
教育係から外されたエリーを一番嫌っていたのはバーバラ。
メイド長である彼女の命であれば全員が従うのも無理はないと考えるが、だからといって、今のリオンはどんな理由があろうと彼らを赦すつもりはなかった。
「お、王太子殿下が彼女に贈る物は彼女には身に余る物ばかりです。彼女たちがここで贅沢を覚えるというのは彼女たちのためにならないのではと思い──」
「バーバラ、手を」
静かに指示される行動にバーバラが青い顔で両手を出した。震えている。
「ッ!」
ヒュンッと鳴るほど速く振り下ろされた鞭がバーバラの手を叩く。
鋭い痛みが走ったことに顔が歪むも悲鳴は上げなかった。
「使用人である君たちがそれを食べることは身に余ることではないと?」
「それ、は……」
「僕はね、彼女に、彼女たちに食べさせたかったんだよ。エリーとロイに喜んでもらいたくて贈っていたんだ。世の中にはこんなにも素晴らしい物がある、美味しい物があるんだと知ってほしかったから」
「で、ですが、王妃様より三度の食事以外に余計な物は食べさせないよう──」
「ああ、そうだ。その三度の食事は毎度メインディッシュを省いていたそうじゃないか。肉も魚もスラム街の者にはそれも身に余る物だと思って出さなかったのかい?」
「わ、私は──」
「それを決めたのは? シェフ? そんなわけないよね? だってシェフは僕に言ったんだから。いつも残さず食べてくれると。ね? シェフ?」
目の前に出てきたシェフは頭を下げるのではなく土下座をする。
ガタガタと震えながら「申し訳ございません!」と悪夢にうなされているように連呼するシェフの背中にリオンの鞭が振り下ろされる。
痛みに悲鳴を上げたシェフが悲鳴を上げる。
「全員手を出せ。やった者もやっていない者も連帯責任だ」
いくらザワついても逃れることはできない。
これから襲いくる痛みに怯えながら手を震わせる使用人たちに無情にも振り下ろされる鞭が廊下に響き渡る。
カーラに勉強を教えてもらっているロイはまだあの鞭の痛みを知らない。
だが、聞いているだけで痛いと顔を歪める。
「彼女は僕に縋り付いてここに入ってきたわけじゃない。こっちから頼みに行ったんだ。契約が交わされたのだとしても彼女がいなければ大事になっている問題を僕たちは抱えている。彼女がいてくれるから助かっている。なら、彼女には誠心誠意尽くすのが君たちの役目じゃないのか?」
「わ、私たちの仕事はエリーナ様にお仕えすることで、偽物の世話なんて……」
「はあ……僕はね、どんな人間だって受け入れるべきだと思ってる。どんな人間だって愛されるべきだし、差別されるべきではないと。でもね、君のような頭の悪い人間は大嫌いだ。君たちは使用人であってエリーナの専属じゃない。それさえもわかっていないなんて驚きだよ……本当に……」
「ッ! お、お許しください!」
「君はもう明日から仕事に来なくていい。君のような差別主義者がここで働いてると思うと恐ろしいよ」
「そんなっ! お許しください! 王太子殿下、もう二度と差別は行いません! 彼女たちにも誠心誠意尽くします! ですからどうかクビだけは! クビだけはお許しください!」
「他に彼女に差別を行った者は?」
リオンの問いに誰も手を上げなかった。
だが、自分だけ地獄には落ちないと涙でメイクが落ち、ぐちゃぐちゃになった顔で女は共犯者を一人ずつ指差して罪状を暴露していく。
使用人たちの暴露合戦に廊下には怒声が響き渡る。
「エリー……」
ロイもわかっている。リオンがどれだけ優しい男なのか。
だからこそ受け入れたくない。もしエリスローズがリオンを好きになったとしたら、それを渋々ながらにも受け入れてしまいそうだから。
こういう厳しさもちゃんと持っているしっかりした男だからこそロイは心を許してしまいたくなかった。
今はただ、エリスローズに会いたい。
外に出たロイは噴水の前に座って、そこでエリスローズを待つことにした。
名乗ってもいない名前を知っている時点で不気味だと警戒心露わに問いかけるも男は何も答えず、ロイに駆け寄って抱き上げた。
幼子に“高い高い”をするように天井に向かって腕を伸ばし見上げる男の嬉しそうな表情の理由がわからず二人は困惑する。
「この十年、ずっとお前に会いたいと願い続けてきた。願えば叶うなんて甘い夢は見ちゃいなかったが、今こうして叶ったことを思えば願い続けた甲斐があるってもんだ」
噛み締めるようにそう呟く男に何が何だかわからず固まっていると床に下ろされ、膝をついた男に再び抱きしめられる。
聞きたいことが泉のように湧き上がってきたロイが口を開くよりも先にリオンが男に話しかけた。
「伯父さん、コリンを知ってるの?」
伯父さんと呼ばれた男にロイが怪訝そうな表情を向けるのは、この男がリオンの親族であることがわかったから。
そんな男がなぜ自分の名前を知っているのかがわからない。
「コリン? 知らねぇな。誰だ?」
「彼の──」
「俺の父さんだよ」
ロイが答えると男は驚いた顔をしたあと、少し寂しげに笑って「そうだよな」と呟いた。
「なんで俺の名前知ってんだよ。俺はテメーになんざ会ったことねーぞ」
一番の疑問をぶつけると男は少し迷ったような表情で頭を乱暴に掻き、床に胡座をかいて座る。
「お前の名前はロイで間違いないんだな?」
「こっちが先に聞いてんだよ」
「おっと、こいつは失礼。俺はアレン。リオンの父親の兄貴だ」
アレンと名乗った男がリオンの父親の兄だとして、それが自分を知っている理由にはならないとロイは怪訝な表情を向け続ける。
リオンとて自分を知らなかったのだから叔父とやらが知っているはずがないと。
「で、お前さんは自己紹介してくれないのか?」
「人の名前呼んだ奴に自己紹介なんかいるのかよ」
「ああ……ロイ、お前に会いたかった。こんな近くにいたなんてな。灯台下暗しとはよく言ったもんだ。アイツめ、隠してやがったな」
一人で納得したように喋るアレンに事情説明を願いたい二人は顔を見合わせて肩を竦める。
「伯父さんはスラム街に行ったことがあるのかい?」
「スラム街? いや、ない……が……まさか……」
何かに気付いたように口を押さえて驚きと絶望に満ちた顔でロイを見るアレンが伸ばす手をロイが強く払った。
「お前……スラム街にいたのか……?」
「だったらなんだよ。スラム街で生まれ育ったんだから当然だろ」
全くわからない現状に苛立つロイがぶっきらぼうに答えるとアレンは額に手を当てておかしそうに笑いながら床に倒れた。
「伯父さん?」
「ははっ……ははははははっ……はーっはっはっはっはっはっ! そりゃ見つからねぇわけだわ! 見つかるはずねぇよな! はっはっはっはっはっはっはっ!」
今まで何度か会ってきたが、こんなに笑うアレンを見るのは初めてでリオンも戸惑ってしまう。
元々豪快な笑顔を見せる人物ではあったが、こんな風に声を上げて笑うことはなかった。
「はー……そうか……スラム街にな……」
ゆっくり笑いを引かせたアレンは天井を見上げながら呟く。その声があまりにも寂しげであるため、リオンはなんと声をかけていいのかわからず暫く黙っていた。
「で、一人遊びは終わったのかよ」
自問自答しては百面相を披露するアレンに遠慮することなくロイが問いかけるとアレンが起き上がる。
改めてロイの顔を真っ直ぐ見つめるアレンの手がロイの手を握る。
「やめろ気持ち悪い!」
「大きくなったな」
まるで過去に一度会ったことがあるかのような言い方に警戒したロイが数歩下がって距離を取る。
「スラム街に行ったことがねーテメーと会ったことあるわけねーだろ。いい加減なこと言ってんじゃねーぞ」
「会ってるんだよ、お前がスラム街に行く前にな」
「…………は?」
「え? お、伯父さん、それはどういう──」
二人が驚きの表情を見せるもその続きを邪魔するように部屋に駆け込んできたランドル国王とエヴリーヌ王妃。
「に、兄さんどうしてここに!」
「来賓室に来るはずじゃ!」
王族としての品位は欠片もなく、二人は息を切らせながらアレンに大声で問いかける。
ロイの存在を確認したエヴリーヌが表情を歪め、慌ててアレンを見て部屋に向かうよう手で促した。
「お部屋とお酒を用意していますのでどうぞこちらに!」
「今は酒って気分じゃねぇんだわ。愛しの──」
「兄さん! 話があるんだ! 大事な話が! だからすぐにこっちへ来てくれ!」
焦っているというより必死な二人に肩を竦めてはロイに振り向き、額に口付けようとしたが、ロイが更に数歩下がることで避けられてしまう。
「ま、俺も話があることだしな。色々聞きたいことがあんだわ、テメーらに」
二人が大袈裟なほど肩を跳ねさせる理由は何か、リオンは知らない。
「リオン、お前の部屋の前に使用人が並んでいたけど、一体何をするつもりなの!?」
「ああ、忘れてた。話を聞くだけです」
「余計なことはしないでちょうだい! お義兄様が帰ってきて忙しいんだから! すぐに解放しなさい!」
「いいから伯父さんと一緒に行ってください。大事な話があるんでしょう?」
すっかり反論するようになってしまった息子に苛立ちながらも今はそれを叱っている場合ではないと足早に夫と義兄を追いかけていく。
リオンとロイがまた二人きりに戻りはしたが、二人ともさっきまでとは全く違う感情を抱えていた。
「……アイツ、なんなんだよ……」
「僕の伯父──」
「それは聞いた。じゃなくて、俺がスラムに行く前に会ってるってどういうことだって話だよ。なんで俺を知ってんだ……」
戸惑うロイをどう励まそうかと迷いながら、とりあえず背中を撫でようとするリオンの手もアレン同様、拒まれた。
「やることあんだろ。さっさと行けよ」
「でもロイ……」
「行けって! お前が居ても俺の疑問は解決しねーだろ」
混乱している状況を無理矢理解決しようとしても無駄なことはこの九ヶ月間で自分が一番よくわかっている。
湧きあがってきた疑問はそれを運んできた人間にしか解決できない。
アレンに聞けばわかることだが、今行ったところでロイがそこにいることを許さない人間が二人いる。
再びアレンが戻ってくるのを待ったほうがいいだろうと判断して、リオンは何も言葉をかけずに部屋を出ていった。
「意味わかんねーよ……」
考えたくない。知りたくない。なのに頭が勝手に答えを見つけようと働いてしまう。
本を読もうと開いたところで内容は頭に入ってこず、ベッドに寝転んでエリスローズの残り香に顔を埋めても幸せな気分にはならない。
「エリーに会いたい……」
帰ってくるのは夕方だと言っていた。
エリスローズが帰るまで二時間もある。
だがこのまま一人で部屋にいるとおかしくなりそうだと部屋を飛び出した。
部屋ではなく外でエリスローズを待とうと考え、廊下を走っているとリオンの部屋のほうから声が聞こえてくる。
何をしているんだと角からこっそり覗くと使用人たちがズラリと並んでいるのが見えた。
「じゃあ僕が今までエリーにって渡していた物は全て君たちのおやつになっていたわけだね?」
「申し訳ございませんッ!!」
「僕が聞きたいのは謝罪じゃなくて理由だよ。どうしてエリーに渡してくれなかったのかな? エリーに渡してって言った僕の言葉、理解できなかった?」
「そ、それは……」
「バーバラ、説明を」
指名されたバーバラが怯えながらも前に出て頭を下げる。
教育係から外されたエリーを一番嫌っていたのはバーバラ。
メイド長である彼女の命であれば全員が従うのも無理はないと考えるが、だからといって、今のリオンはどんな理由があろうと彼らを赦すつもりはなかった。
「お、王太子殿下が彼女に贈る物は彼女には身に余る物ばかりです。彼女たちがここで贅沢を覚えるというのは彼女たちのためにならないのではと思い──」
「バーバラ、手を」
静かに指示される行動にバーバラが青い顔で両手を出した。震えている。
「ッ!」
ヒュンッと鳴るほど速く振り下ろされた鞭がバーバラの手を叩く。
鋭い痛みが走ったことに顔が歪むも悲鳴は上げなかった。
「使用人である君たちがそれを食べることは身に余ることではないと?」
「それ、は……」
「僕はね、彼女に、彼女たちに食べさせたかったんだよ。エリーとロイに喜んでもらいたくて贈っていたんだ。世の中にはこんなにも素晴らしい物がある、美味しい物があるんだと知ってほしかったから」
「で、ですが、王妃様より三度の食事以外に余計な物は食べさせないよう──」
「ああ、そうだ。その三度の食事は毎度メインディッシュを省いていたそうじゃないか。肉も魚もスラム街の者にはそれも身に余る物だと思って出さなかったのかい?」
「わ、私は──」
「それを決めたのは? シェフ? そんなわけないよね? だってシェフは僕に言ったんだから。いつも残さず食べてくれると。ね? シェフ?」
目の前に出てきたシェフは頭を下げるのではなく土下座をする。
ガタガタと震えながら「申し訳ございません!」と悪夢にうなされているように連呼するシェフの背中にリオンの鞭が振り下ろされる。
痛みに悲鳴を上げたシェフが悲鳴を上げる。
「全員手を出せ。やった者もやっていない者も連帯責任だ」
いくらザワついても逃れることはできない。
これから襲いくる痛みに怯えながら手を震わせる使用人たちに無情にも振り下ろされる鞭が廊下に響き渡る。
カーラに勉強を教えてもらっているロイはまだあの鞭の痛みを知らない。
だが、聞いているだけで痛いと顔を歪める。
「彼女は僕に縋り付いてここに入ってきたわけじゃない。こっちから頼みに行ったんだ。契約が交わされたのだとしても彼女がいなければ大事になっている問題を僕たちは抱えている。彼女がいてくれるから助かっている。なら、彼女には誠心誠意尽くすのが君たちの役目じゃないのか?」
「わ、私たちの仕事はエリーナ様にお仕えすることで、偽物の世話なんて……」
「はあ……僕はね、どんな人間だって受け入れるべきだと思ってる。どんな人間だって愛されるべきだし、差別されるべきではないと。でもね、君のような頭の悪い人間は大嫌いだ。君たちは使用人であってエリーナの専属じゃない。それさえもわかっていないなんて驚きだよ……本当に……」
「ッ! お、お許しください!」
「君はもう明日から仕事に来なくていい。君のような差別主義者がここで働いてると思うと恐ろしいよ」
「そんなっ! お許しください! 王太子殿下、もう二度と差別は行いません! 彼女たちにも誠心誠意尽くします! ですからどうかクビだけは! クビだけはお許しください!」
「他に彼女に差別を行った者は?」
リオンの問いに誰も手を上げなかった。
だが、自分だけ地獄には落ちないと涙でメイクが落ち、ぐちゃぐちゃになった顔で女は共犯者を一人ずつ指差して罪状を暴露していく。
使用人たちの暴露合戦に廊下には怒声が響き渡る。
「エリー……」
ロイもわかっている。リオンがどれだけ優しい男なのか。
だからこそ受け入れたくない。もしエリスローズがリオンを好きになったとしたら、それを渋々ながらにも受け入れてしまいそうだから。
こういう厳しさもちゃんと持っているしっかりした男だからこそロイは心を許してしまいたくなかった。
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