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エリスローズは納得する
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ドクンッと大きく跳ねる心臓にめまいがした。
おかしなことではない。むしろ捨て子に親がいるのは当然のこと。
シオンもメイも捨て子なのだからどこかに親がいる。生死不明なだけ。
だからこうして自分が親だと言う人間が現れても驚くべきことではないのに、エリスローズは不安に支配されそうになっていた。
「そりゃ驚くわな。当然だ。俺だって目の前にこうしてロイが現れたことに驚いてるんだからな」
一番驚いているのはロイだろう。
いきなり現れた男がまるで自分を知っているかのように名を呼び、親しげな間柄であるかのように抱きしめてきた。
スラム街から出たことがないロイにとっては奇妙なことでしかない。
なにより、そんな男が自分の父親だと名乗れば困惑するのも無理はない。
『ロイ、お部屋に──』
「いい。ここにいる。別にそいつの話聞いたってなんも変わらねーし」
このまま聞かせていていいものか迷ったエリスローズがロイに部屋に戻ることを提案するもロイは首を振って拒否した。
「十年間、ずっと会いたかったって言ったよな?」
「そうだ。この十年、一度だってお前を忘れたことはなかった」
「スラム街に捨てておいてか? ハッ、笑わせんなよ」
「捨てたのは俺じゃない。お前を産んだ母親──」
「俺の母親はテメーが知ってる女じゃねーよ」
「そうだったな。悪い。捨てたのはお前を産んだ女だ」
素直に謝罪して訂正するアレンが悪い男ではないことはロイにもエリスローズにもわかった。
「お前を産んだのは昔ここで働いてたメイドだ」
「気まぐれに遊んでやったってのか?」
「本気だった。俺が初めて心から愛した女だ」
「なんで捨てさせた」
「捨てさせたんじゃねぇよ。他国の王族から招待されたイベントから帰ったらアイツはもういなかった。生まれてすぐのお前の顔は今でも昨日見たみてぇに思い出せる。それぐらい可愛かったし、それぐらい愛してた」
愛する男がいるのに、待っていれば帰ってきたのにどうして捨てたのか、エリスローズにはわからない。
「弟に聞いても知らんわからんの一点張りで何も答えやがらねぇから手当たり次第に探したんだ。国中の教会、アイツの親や友人をも訪ねたが、誰一人居場所を知る者はいなかった。売られたかと他国にも連絡を取ってみたが、そういう取引はないとなんの情報も得られないまま十年が過ぎた」
「貧困街やスラム街には目も向けなかったわけか」
鼻で笑うロイにアレンが首を振る。
「愛した男との子をスラム街に捨てる女がいるなんて誰が想像するってんだよ」
アレンの言葉にロイが黙る。
誰も想像できるはずがない。愛し合っている相手の子供を妊娠し、その子は王家の血を継ぐ者。それをスラム街に置き去りにするなんて想像できるはずがないとエリスローズは目を閉じた。
どんな思いで手放したのだろう。どんな思いで離れたのだろう。
想像するだけで胸が張り裂けそうなほど辛い。
「でも実際、お前はスラム街で育てられたんだよな」
「違う。俺はスラム街で生まれたんだ。こんな腐った場所じゃねーよ」
手を伸ばしていたアレンを拒絶するようにエリスローズの背後に回ったロイが吐き捨てるように告げるとアレンが苦笑する。
リオンとよく似た顔だと思った。
「なんで俺の名前がロイだって知ってんだよ」
「お前が生まれる前、男だったらロイと名付けるって俺が言ったんだ。ゆりかごの中に手紙でも残してたのか?」
淡い期待にエリスローズは閉じた目を開けられない。
「スラム街にいる人間が字を読めると思ってんならおめでたいな」
「ああ……そうか……」
手紙が入っていたとしても両親は字が読めないのだから意味はない。
「だが、逆にすごいことだと思わないか? お前を育ててくれた両親は──」
「育ててくれた両親じゃねー。俺の両親だ。妙な言い方すんな」
ずっと焦がれていた息子にようやく会えたアレンにとってロイは今、目に入れても痛くないほど愛おしい存在として立っているのだろうが、ロイは違う。
アレンにどんな事情があって、自分が捨てられた事情にどんな背景があったとしても関係ない。スラム街で生まれ育ったロイにとって両親はコリンとフィーネの二人だけ。
アレンは他人でしかないのだ。
「俺の父親はコリンだけだ」
「わかってる。父親ぶるつもりはねぇよ」
その言葉にロイも警戒心を緩めてエリスローズを見上げる。
クイクイッとドレスを引っ張られてようやく目を開けたエリスローズに両手を伸ばすロイ。
それに微笑みながら抱き上げるとノックが聞こえ、ドアを開けて使用人たちが中へと入ってくる。
部屋に設置してあるテーブルを廊下へと出してから新しい長テーブルが運び込まれ、その上にはアレンが要求した以上の物が並んでいく。
果物はもちろんのこと、クッキー、キャンディ、チョコレート、サラダに鍋ごと運ばれてきたスープ。何事かと驚くエリスローズにアレンが笑顔を見せる。
「こう見えて大食いなもんでな。ちまちま出されるのは性に合わん。だから俺はいつもこうして好きなときに好きな物を好きなだけ食べられるよう持ってこさせるんだ」
見たままだけどと思いながらも頷くとロイの腹の虫が響く。
「腹減ったよな、ロイ」
「……別に」
「そうか。でもまあ、さっきも言ったように腹減ってんだわ。付き合ってくれよ。俺だけじゃ食べきれねぇからな」
「……まあ、いいけど」
返事はするがエリスローズから離れようとしないロイが視線を向けてくるためそのままテーブルに寄ると「すぐに次をお持ちしますので、ご自由にお取りください」と頭を下げる使用人にロイは舌を出す。
リオンやアレンがいる前では絶対に横柄な態度は見せない。仰々しいほどの態度がロイは気に入らない。
エリスローズがそれに慣れてしまっているのも嫌だった。
「なんで飯と一緒にこんなもん持ってこさせてんだよ、悪趣味だな」
「言っただろ、好きなときに好きな物を好きなだけ食べられるようにだって」
これぞまさに贅沢の極みだと二人は思った。
決まった時間に出てくるのではなく、用意された物を好きなときに好きなだけ食べられるのだから二人には考えられないことだった。
「飢えた民への施しもなく贅沢三昧っていい身分だな」
「王族だからな」
その返事がロイの表情を歪ませる。
「お前らを見下してるつもりはないし、偉ぶるつもりもねぇよ。平等って言葉はおかしいのかもしれねぇが、貧富の差ってのは人間だけじゃなく生きとし生けるもの全てについて回るもんだ。人間に生まれず虫に生まれりゃ害もないのに殺されちまう。良い場所で生まれりゃ食うに困らんのは犬も人間も同じ。生まれる場所は選べねぇ以上は今を受け入れて生きるしかねぇ。それはお前が一番よくわかってることじゃないか?」
「だから飢え死にする奴はそれも運命だと思って受け入れろってのか?」
「そうだ」
カッとなったロイが近くにあったクッキーを掴んでアレンに投げつけるとエリスローズが思いきり尻を叩いた。
そのまま床に下ろして手を叩くと眉を下げたロイが「ごめん」と謝るが、アレンを見る目はすぐにキツくなる。
「お前みてーなクソ野郎が親じゃなくてよかったわ」
「スラム街での生活は幸せだったのか?」
「幸せだったよ。俺はあの人たちが両親でよかったって心から思ってる」
「そうか」
それを聞いたアレンは悔しげでも寂しげでもなく心から安堵したような表情で笑った。
十年間、どこにいるのか、生きているのか死んでいるのかさえわからない息子を思い続けた父親の顔だった。
『今までどちらに?』
「世界中を旅して回ってた。信じないだろうが、お前を探し続けてたんだよ」
ロイは返事をしなかった。
「信じてくれとは言わねぇさ。俺はお前がこうして生きていて、元気に過ごしてるってわかっただけで嬉しいんだ」
「……あっそ」
複雑な胸中にあるロイにとってアレンという男は困惑の種でしかない。
だが、突き放すことができないのはもしかすると何か引っ掛かりがあるからなのではとエリスローズは思った。
「ほら、次々運ばれてくるからどんどん食え!」
アレンの言う通り、パスタやサンドイッチ、ステーキなどが山盛りで運ばれてきた。
少しでもテーブルを揺らせば落ちてしまうのではないかと思うほど隅から隅まで並べられた数々の料理にロイは呆けている。
積まれている皿を一枚取ったアレンが二人の傍に寄ってパスタを大盛りよそう。
「この肉団子は絶品だぞ。トマトソースが最高なんだ」
「エリー、食べる?」
「そうね。食べましょうか」
これは食べてはいけないものではない。出された物であり、許可されている物。
自分がここで遠慮すればロイも食べないだろうとエリスローズは迷うことなく頷いた。
その瞬間、嬉しそうに目を輝かせて皿を二枚取りに行ったロイが手招きをするのに合わせて近付き、皿を受け取る。
ロイの皿にはステーキ肉が何枚も乗っているのを見てエリスローズは申し訳なくなった。
だが、自分から肉を出してほしいとメイドやシェフに願ったところで良い返事はもらえなかっただろう。
自分がもっと上手くやっていればよかったのかもしれないと今になって思う情けなさに苦笑しているとロイがジッとこちらを見つめていることに気付いた。
「アイツのこと、タイプ?」
唐突な問いかけに目を瞬かせるエリスローズだが、すぐに声なき笑い声を上げて肩を揺らす。
「そ、そんなに笑うなよ!心配してんだからな!」
今は皿を持っているためノートは持っていない。
何を変な心配しているんだと笑うエリスローズは違うと伝えるために首を振る。
「だよな。まあ、おっさんだもんな。エリーの好みじゃない」
「俺のことか?」
「そうだよ、おっさん」
「ロイと四十五も離れてりゃおっさんだよな」
思っていたより年上だと驚くエリスローズにアレンが笑う。
「子供を作ってもいいと思うぐらい心を預けられたレディになかなか会えなくてな。時間がかかっちまったのよ」
そんな恋ができたらどんなにいいだろうと少し憧れながらも自分にはそんな日は来ないだろうと小さく首を振るエリスローズが何を考えているのかわからず唇を尖らせるロイがエリスローズの手を握る。
「エリーは俺の嫁になるんだからな」
何年経っても変わらないその言葉にエリスローズが笑顔で頷く。
「お前はもう見つけたのか?」
「当たり前だろ。俺は五年前から愛を見つけてんだよ」
「へえ、そりゃ驚きだ。べっぴんさん捕まえたな」
「やんねーからな。狙うんじゃねーぞ」
「ちと若すぎるな。おっさんの対象外だ」
安堵するロイがエリスローズの手を引いてソファーに向かう。
「エリー、肉たくさん取ったから一緒に食おうぜ」
最初から切ってあるため手間がない。
それをフォークで突き刺してエリスローズの口に運ぶロイと素直に口を開けて食べるエリスローズ。
「お前さんの教育が良かったのかねぇ」
口元を手で隠しながらエリスローズが首を振る。
我慢させてばかりの自分の教育が良かったはずがない。
「口、動かしていいぜ。読めるから」
肉を飲み込んで口を拭いてからエリスローズが口を開く。
『ロイはとても優しくて賢い子なんです。私たちはロイに我慢させてばかりで申し訳ない気持ちでいっぱいなぐらい。彼のおかげで救われたことがたくさんあります』
「ロイは支えになってたか?」
『彼がいなかったら私は今頃どうなっていたかわかりません。どこまで頑張れたかさえも』
「そうか。ならよかった」
聞けば聞くほど安堵の笑みが深まるアレンと何を話しているのかわからないロイが悔しげに唇を尖らせる。
「なんの話してんだよ」
「お前がめちゃくちゃ良い子だって話だよ」
「嘘つけ。いい加減なこと言うな」
『本当よ』
「……エリーにだけだし」
短い言葉ならわかったロイが少し俯いてはにかんだ。
「俺は暫くここに滞在予定だからロイと過ごすつもりだ」
「勝手に決めてんじゃねーぞ」
「リオンもエリーも仕事がある。一人でどう過ごすつもりだ?」
「テメーにゃ関係ねーだろ」
「まあそうだが、俺も暇だから付き合ってくれ」
リオンはアレンの子供なのではないかと思うほどアレンもロイに対して怒らない。
そうやって受け止められてしまうとロイも牙を見せ続けることはできず、大人しくなる。
『一人でいるよりロイの味方になってくれる人と一緒にいてくれたほうが安心できるんだけどな』
エリスローズの唇の動きを読んだアレンがロイに伝えると疑いの眼差しを向けるもエリスローズが頷くとすぐに眉が下がる。
「エリーがそう言うなら……」
良い子だと頭を撫でるエリスローズの手にロイが嬉しそうに笑って肉を頬張る。
肉団子やスパゲティも口周りを汚しながら一生懸命食べる姿など見ているだけでエリスローズは幸せだった。
「ほら、エリーも食えってば」
あれこれと口に運んでくるロイに合わせて食事を進めながらエリスローズは胸の奥にある小さな不安を今は芽吹かないよう願いながらそのまま奥へとしまいこんだ。
おかしなことではない。むしろ捨て子に親がいるのは当然のこと。
シオンもメイも捨て子なのだからどこかに親がいる。生死不明なだけ。
だからこうして自分が親だと言う人間が現れても驚くべきことではないのに、エリスローズは不安に支配されそうになっていた。
「そりゃ驚くわな。当然だ。俺だって目の前にこうしてロイが現れたことに驚いてるんだからな」
一番驚いているのはロイだろう。
いきなり現れた男がまるで自分を知っているかのように名を呼び、親しげな間柄であるかのように抱きしめてきた。
スラム街から出たことがないロイにとっては奇妙なことでしかない。
なにより、そんな男が自分の父親だと名乗れば困惑するのも無理はない。
『ロイ、お部屋に──』
「いい。ここにいる。別にそいつの話聞いたってなんも変わらねーし」
このまま聞かせていていいものか迷ったエリスローズがロイに部屋に戻ることを提案するもロイは首を振って拒否した。
「十年間、ずっと会いたかったって言ったよな?」
「そうだ。この十年、一度だってお前を忘れたことはなかった」
「スラム街に捨てておいてか? ハッ、笑わせんなよ」
「捨てたのは俺じゃない。お前を産んだ母親──」
「俺の母親はテメーが知ってる女じゃねーよ」
「そうだったな。悪い。捨てたのはお前を産んだ女だ」
素直に謝罪して訂正するアレンが悪い男ではないことはロイにもエリスローズにもわかった。
「お前を産んだのは昔ここで働いてたメイドだ」
「気まぐれに遊んでやったってのか?」
「本気だった。俺が初めて心から愛した女だ」
「なんで捨てさせた」
「捨てさせたんじゃねぇよ。他国の王族から招待されたイベントから帰ったらアイツはもういなかった。生まれてすぐのお前の顔は今でも昨日見たみてぇに思い出せる。それぐらい可愛かったし、それぐらい愛してた」
愛する男がいるのに、待っていれば帰ってきたのにどうして捨てたのか、エリスローズにはわからない。
「弟に聞いても知らんわからんの一点張りで何も答えやがらねぇから手当たり次第に探したんだ。国中の教会、アイツの親や友人をも訪ねたが、誰一人居場所を知る者はいなかった。売られたかと他国にも連絡を取ってみたが、そういう取引はないとなんの情報も得られないまま十年が過ぎた」
「貧困街やスラム街には目も向けなかったわけか」
鼻で笑うロイにアレンが首を振る。
「愛した男との子をスラム街に捨てる女がいるなんて誰が想像するってんだよ」
アレンの言葉にロイが黙る。
誰も想像できるはずがない。愛し合っている相手の子供を妊娠し、その子は王家の血を継ぐ者。それをスラム街に置き去りにするなんて想像できるはずがないとエリスローズは目を閉じた。
どんな思いで手放したのだろう。どんな思いで離れたのだろう。
想像するだけで胸が張り裂けそうなほど辛い。
「でも実際、お前はスラム街で育てられたんだよな」
「違う。俺はスラム街で生まれたんだ。こんな腐った場所じゃねーよ」
手を伸ばしていたアレンを拒絶するようにエリスローズの背後に回ったロイが吐き捨てるように告げるとアレンが苦笑する。
リオンとよく似た顔だと思った。
「なんで俺の名前がロイだって知ってんだよ」
「お前が生まれる前、男だったらロイと名付けるって俺が言ったんだ。ゆりかごの中に手紙でも残してたのか?」
淡い期待にエリスローズは閉じた目を開けられない。
「スラム街にいる人間が字を読めると思ってんならおめでたいな」
「ああ……そうか……」
手紙が入っていたとしても両親は字が読めないのだから意味はない。
「だが、逆にすごいことだと思わないか? お前を育ててくれた両親は──」
「育ててくれた両親じゃねー。俺の両親だ。妙な言い方すんな」
ずっと焦がれていた息子にようやく会えたアレンにとってロイは今、目に入れても痛くないほど愛おしい存在として立っているのだろうが、ロイは違う。
アレンにどんな事情があって、自分が捨てられた事情にどんな背景があったとしても関係ない。スラム街で生まれ育ったロイにとって両親はコリンとフィーネの二人だけ。
アレンは他人でしかないのだ。
「俺の父親はコリンだけだ」
「わかってる。父親ぶるつもりはねぇよ」
その言葉にロイも警戒心を緩めてエリスローズを見上げる。
クイクイッとドレスを引っ張られてようやく目を開けたエリスローズに両手を伸ばすロイ。
それに微笑みながら抱き上げるとノックが聞こえ、ドアを開けて使用人たちが中へと入ってくる。
部屋に設置してあるテーブルを廊下へと出してから新しい長テーブルが運び込まれ、その上にはアレンが要求した以上の物が並んでいく。
果物はもちろんのこと、クッキー、キャンディ、チョコレート、サラダに鍋ごと運ばれてきたスープ。何事かと驚くエリスローズにアレンが笑顔を見せる。
「こう見えて大食いなもんでな。ちまちま出されるのは性に合わん。だから俺はいつもこうして好きなときに好きな物を好きなだけ食べられるよう持ってこさせるんだ」
見たままだけどと思いながらも頷くとロイの腹の虫が響く。
「腹減ったよな、ロイ」
「……別に」
「そうか。でもまあ、さっきも言ったように腹減ってんだわ。付き合ってくれよ。俺だけじゃ食べきれねぇからな」
「……まあ、いいけど」
返事はするがエリスローズから離れようとしないロイが視線を向けてくるためそのままテーブルに寄ると「すぐに次をお持ちしますので、ご自由にお取りください」と頭を下げる使用人にロイは舌を出す。
リオンやアレンがいる前では絶対に横柄な態度は見せない。仰々しいほどの態度がロイは気に入らない。
エリスローズがそれに慣れてしまっているのも嫌だった。
「なんで飯と一緒にこんなもん持ってこさせてんだよ、悪趣味だな」
「言っただろ、好きなときに好きな物を好きなだけ食べられるようにだって」
これぞまさに贅沢の極みだと二人は思った。
決まった時間に出てくるのではなく、用意された物を好きなときに好きなだけ食べられるのだから二人には考えられないことだった。
「飢えた民への施しもなく贅沢三昧っていい身分だな」
「王族だからな」
その返事がロイの表情を歪ませる。
「お前らを見下してるつもりはないし、偉ぶるつもりもねぇよ。平等って言葉はおかしいのかもしれねぇが、貧富の差ってのは人間だけじゃなく生きとし生けるもの全てについて回るもんだ。人間に生まれず虫に生まれりゃ害もないのに殺されちまう。良い場所で生まれりゃ食うに困らんのは犬も人間も同じ。生まれる場所は選べねぇ以上は今を受け入れて生きるしかねぇ。それはお前が一番よくわかってることじゃないか?」
「だから飢え死にする奴はそれも運命だと思って受け入れろってのか?」
「そうだ」
カッとなったロイが近くにあったクッキーを掴んでアレンに投げつけるとエリスローズが思いきり尻を叩いた。
そのまま床に下ろして手を叩くと眉を下げたロイが「ごめん」と謝るが、アレンを見る目はすぐにキツくなる。
「お前みてーなクソ野郎が親じゃなくてよかったわ」
「スラム街での生活は幸せだったのか?」
「幸せだったよ。俺はあの人たちが両親でよかったって心から思ってる」
「そうか」
それを聞いたアレンは悔しげでも寂しげでもなく心から安堵したような表情で笑った。
十年間、どこにいるのか、生きているのか死んでいるのかさえわからない息子を思い続けた父親の顔だった。
『今までどちらに?』
「世界中を旅して回ってた。信じないだろうが、お前を探し続けてたんだよ」
ロイは返事をしなかった。
「信じてくれとは言わねぇさ。俺はお前がこうして生きていて、元気に過ごしてるってわかっただけで嬉しいんだ」
「……あっそ」
複雑な胸中にあるロイにとってアレンという男は困惑の種でしかない。
だが、突き放すことができないのはもしかすると何か引っ掛かりがあるからなのではとエリスローズは思った。
「ほら、次々運ばれてくるからどんどん食え!」
アレンの言う通り、パスタやサンドイッチ、ステーキなどが山盛りで運ばれてきた。
少しでもテーブルを揺らせば落ちてしまうのではないかと思うほど隅から隅まで並べられた数々の料理にロイは呆けている。
積まれている皿を一枚取ったアレンが二人の傍に寄ってパスタを大盛りよそう。
「この肉団子は絶品だぞ。トマトソースが最高なんだ」
「エリー、食べる?」
「そうね。食べましょうか」
これは食べてはいけないものではない。出された物であり、許可されている物。
自分がここで遠慮すればロイも食べないだろうとエリスローズは迷うことなく頷いた。
その瞬間、嬉しそうに目を輝かせて皿を二枚取りに行ったロイが手招きをするのに合わせて近付き、皿を受け取る。
ロイの皿にはステーキ肉が何枚も乗っているのを見てエリスローズは申し訳なくなった。
だが、自分から肉を出してほしいとメイドやシェフに願ったところで良い返事はもらえなかっただろう。
自分がもっと上手くやっていればよかったのかもしれないと今になって思う情けなさに苦笑しているとロイがジッとこちらを見つめていることに気付いた。
「アイツのこと、タイプ?」
唐突な問いかけに目を瞬かせるエリスローズだが、すぐに声なき笑い声を上げて肩を揺らす。
「そ、そんなに笑うなよ!心配してんだからな!」
今は皿を持っているためノートは持っていない。
何を変な心配しているんだと笑うエリスローズは違うと伝えるために首を振る。
「だよな。まあ、おっさんだもんな。エリーの好みじゃない」
「俺のことか?」
「そうだよ、おっさん」
「ロイと四十五も離れてりゃおっさんだよな」
思っていたより年上だと驚くエリスローズにアレンが笑う。
「子供を作ってもいいと思うぐらい心を預けられたレディになかなか会えなくてな。時間がかかっちまったのよ」
そんな恋ができたらどんなにいいだろうと少し憧れながらも自分にはそんな日は来ないだろうと小さく首を振るエリスローズが何を考えているのかわからず唇を尖らせるロイがエリスローズの手を握る。
「エリーは俺の嫁になるんだからな」
何年経っても変わらないその言葉にエリスローズが笑顔で頷く。
「お前はもう見つけたのか?」
「当たり前だろ。俺は五年前から愛を見つけてんだよ」
「へえ、そりゃ驚きだ。べっぴんさん捕まえたな」
「やんねーからな。狙うんじゃねーぞ」
「ちと若すぎるな。おっさんの対象外だ」
安堵するロイがエリスローズの手を引いてソファーに向かう。
「エリー、肉たくさん取ったから一緒に食おうぜ」
最初から切ってあるため手間がない。
それをフォークで突き刺してエリスローズの口に運ぶロイと素直に口を開けて食べるエリスローズ。
「お前さんの教育が良かったのかねぇ」
口元を手で隠しながらエリスローズが首を振る。
我慢させてばかりの自分の教育が良かったはずがない。
「口、動かしていいぜ。読めるから」
肉を飲み込んで口を拭いてからエリスローズが口を開く。
『ロイはとても優しくて賢い子なんです。私たちはロイに我慢させてばかりで申し訳ない気持ちでいっぱいなぐらい。彼のおかげで救われたことがたくさんあります』
「ロイは支えになってたか?」
『彼がいなかったら私は今頃どうなっていたかわかりません。どこまで頑張れたかさえも』
「そうか。ならよかった」
聞けば聞くほど安堵の笑みが深まるアレンと何を話しているのかわからないロイが悔しげに唇を尖らせる。
「なんの話してんだよ」
「お前がめちゃくちゃ良い子だって話だよ」
「嘘つけ。いい加減なこと言うな」
『本当よ』
「……エリーにだけだし」
短い言葉ならわかったロイが少し俯いてはにかんだ。
「俺は暫くここに滞在予定だからロイと過ごすつもりだ」
「勝手に決めてんじゃねーぞ」
「リオンもエリーも仕事がある。一人でどう過ごすつもりだ?」
「テメーにゃ関係ねーだろ」
「まあそうだが、俺も暇だから付き合ってくれ」
リオンはアレンの子供なのではないかと思うほどアレンもロイに対して怒らない。
そうやって受け止められてしまうとロイも牙を見せ続けることはできず、大人しくなる。
『一人でいるよりロイの味方になってくれる人と一緒にいてくれたほうが安心できるんだけどな』
エリスローズの唇の動きを読んだアレンがロイに伝えると疑いの眼差しを向けるもエリスローズが頷くとすぐに眉が下がる。
「エリーがそう言うなら……」
良い子だと頭を撫でるエリスローズの手にロイが嬉しそうに笑って肉を頬張る。
肉団子やスパゲティも口周りを汚しながら一生懸命食べる姿など見ているだけでエリスローズは幸せだった。
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