エリスローズの瞳に映るもの

永江寧々

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エリスローズは復活する

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「野良猫がたくさん来てたらしい。そのうちの一匹が喧嘩で深手を負い、それを手当てした際に引っ掻かれてできた傷にソイツの血液が入って感染したのかもしれねぇって話だ」

 事後処理は全てアレンがしてくれた。
 兵士たちにはコリンたちがどうなったのかは口外するなと命令を出した。ランドルたちにさえ知らせるなと。
 医者の見解の説明に対してエリスローズが頷くとアレンはそれ以上深く説明はしなかった。
 何も知らない男が知ったような口を利くのは彼女たちにとって侮辱にも等しいと判断したからだ。

「国王陛下がお呼びです」
「行くか。こんな腐った場所にいたら脳みそまで腐りそうだ」

 立ち上がったアレンの袖を引っ張ったエリスローズがノートを見せる。

『スラム街に戻ります。今日までありがとうございました』
 
 その内容に呆れたような顔でため息をつくアレンがエリスローズの頭を乱暴に撫でる。

「たかが十九年……二十歳になったんだったか? 俺の半分も生きてねぇガキが物分かり良い面してんのは気に入らねぇな」

 苛立った言い方に戸惑うエリスローズは乱れた髪を手で直しながら不安げに目だけでアレンを見上げると顎を掴まれ、強制的に顔を上げられる。
 ズイッと近付いた顔に思わず顔を引こうとするも動けない。

「俺は勝手ながらお前らの父親と約束したんだよ。この命に代えても必ず幸せにするってな。スラム街に戻るだあ? 許すわけねぇだろ。お前らの幸せはそこにはねぇよ」
『でも──』

 顔の横まで上げたノートをひったくって床に投げ捨てたアレンがロイを抱えて二人の顔を交互に指差す。

「何度も言うが、俺は父親ぶるつもりはねぇ。比べられても勝てねぇってわかってるのに比べられんのは嫌だしな。負け試合に挑むほどタフじゃねんだわ」

 首を傾げて言葉を待つエリスローズの頭を今度は優しく撫で

「だから保護者としてお前らと暮らす」

 驚いた顔をするエリスローズが首を振る。

「わーかってる。お前さんは二十歳で立派な大人だ。成人済みで、ロイを養うこともできるって言いたいんだろ? でもな、それじゃダメなんだよ。スラムで生きててお前らが今までペストにかからなかった事自体が奇跡だってこと忘れんな。戻ってもしお前らが死んだら俺はお前らの家族にどう詫びりゃいいってんだ?」
「テメーのためかよ……」

 呟くロイにアレンは力強く頷く。

「そうだ、俺のためだ。俺はお前の父親と約束した。それを守らなきゃならねぇ。お前の父親にはなれなかった男だけど、約束だけは守れる男でいてぇのよ。だからお前らの保護者として一緒に生きさせてくれ」

 家にあった貯めていた金は袋に菌が付いていたら意味がないからと一緒に燃やしてしまった。それをアレンが同額を払ってくれたためロイと二人で暮らしていくのに問題はない。
 だが、金は無限ではないためいつか底をつく。その不安から逃れるためにエリスローズはまた働きに出るだろう。
 そうするとロイが一人の時間が増えてしまうため、今、最も避けなければならない問題はそこ。
 アレンが一緒に暮らしてくれるのであればロイも一人にならずに済む安心もある。
 しかし、そこまで甘えていいのだろうかという迷いもあった。

「別にエリーと二人でいいし……」

 呟くロイにアレンはロイに自分のほうを向かせて額を合わせる。

「ロイ、お前が姉ちゃんを守れるようになるまで最低でも五年はかかる。大人になりたいって叫ぼうとその現実は変わらん。だから大人になるまでの五年間、お前は姉ちゃんに存分に甘えろ。そんで、五年経ったら今度はお前が姉ちゃんを甘やかせ。それまでは俺がお前らを守ってやるから」

 守りたいと思い続けているのに子供だから何も守れていない。
 家族四人を失った日もエリーは泣かなかった。自分だけが泣きじゃくって抱きしめられていた。
 抱きしめて、泣いていいって言えたはずなのにと唇を震わせる。

「あんまガキの頃から片意地張って生きなくていんだよ。大人になりゃ甘えにくくなんだから甘えられるときに目一杯甘えとけ。そのほうが姉ちゃん喜ぶぞ。な? エリー」

 ロイが顔を上げてエリスローズを見ると同意するように頷いて微笑んでいる。

「ごめん、エリー。守れなくてごめん。甘えてばっかでごめんッ」

 両手を伸ばして涙するロイを抱きしめると頬や頭に口付けて頭ごと抱き抱える。
 ずっとアレンと同じことを思ってきた。でもロイは聞いてくれなかった。自分が甘えれば負担がかかると思っていたから。
 アレンという男が保護者になってくれるのであればエリスローズが働く必要はない。
 ようやくゆっくりとできるのだ。

「もう少しだけ、甘えてもいい?」

 自ら甘えると口にしたロイにエリスローズは嬉しそうに笑って頷いた。
 それだけでまた涙を溢れさせるロイがしがみついてしゃくり上げる。
 
「あのー……国王陛下が……」
「わーってるよ。呼んでんだろ? ったく、空気読めねぇ男はモテねぇぞ」

 鬱陶しそうに手を振って追い払いながらアレンが部屋を出るとエリスローズも後をついていく。

「……兄さん、同席しないでくれと頼んだはずだが」
「わかったって返事してねぇだろ。俺がいちゃマズイことでもあんのか?」
「そういうわけではないが……」

 気まずそうに視線を逸らしたランドルが咳払いをしてからエリスローズを見た。

「お前の家族の不手際でリオンの別荘が燃えたそうだな?」

 エリスローズが顔を上げるもアレンが口を開く。

「おいおい、勝手なこと言ってんじゃねぇよ。ありゃリオンが燃やしたんだぜ」
「なっ!? 何を言ってるんだ! あそこはエリーナとの思い出の場所だぞ! リオンが燃やすはずがないだろう!」
「だーかーら燃やしたんだよ。王太子妃としての役目を放棄して一年も帰ってこなかった女との思い出の場所なんかいらねぇんだとよ」
「そ、そんなはずない!」
「リオンに聞きゃいいさ。わかることだ」

 信じられないと喚くランドルにアレンは肩を竦める。
 リオンにこの話を持ちかけたとき、リオンは驚きもしなかった。むしろ自分もそう説明するつもりだったとさえ言ったのだ。
 だからアレンも嘘をつく。あとはリオンが上手くやるはずだと信じているから。

「それよりさっさとコイツから奪ったもん返せ」
「なんで兄さんが仕切るんだ」
「いちいち反論してねぇで黙って返せよ。殴られてぇのか?」

 体格が違いすぎるアレンに拳を構えられるだけでランドルは怯えてしまう。これはもう幼い頃から染みついた癖のようなものだ。
 既に待機している魔法使いがエリスローズの前に立つとロイが床に降りる。
 杖の先が光り、縛りつけられていたような感覚がエリスローズの中から消えた。

「エリー?」

 目を閉じているエリスローズを心配そうに見上げるロイの声に目を開けて顔を向けるとロイが嬉しそうに笑う。

「エリーだ! エリーの目だ!」
「おー、青よりずっといいじゃねぇか。赤い瞳はキレイだよな」
「惚れんなよ」
「わかんねぇなぁ。惚れるかもなぁ」
「フザっけんな!」
「けんッ……!」
「エリー!?」

 喧嘩しないと注意しようとするも喉が詰まったように声が出てこず、苦しげに顔を歪めたエリスローズを心配するロイに大丈夫だと手を振る。

「一年も喋ってなかったんだ、喉が弱ってんだよ。これからリハビリすりゃすぐ喋れるようになる」

 声を奪われただけだったため戻してもらえばすぐに喋れるようになると思っていたのだが、甘かったかと苦笑するエリスローズは暫くはノートとペンが必要な状況から抜け出せそうにないと首を振った。

「忌々しい姿から解放されたわけだし、俺も帰るわ」
「贅沢三昧させてやったのにお礼もなしだなんて、育ちがわかるわね」
「黙れクソババア」
「なっ!? なんですって!?」
「やーめとけ、ロイ。王族侮辱罪が適用されるぞ。コイツら横暴だからな。テメーらがしたことが悪も正義で通そうとする奴らだ」
「兄さん!」
「よくもそんなことが! 誰に言ってるかわかってるの!? 義兄様でも許しませんよ!」
「コイツ始末しろって吐き捨てたクソ女に言ってんだよッ!!」

 注意するどころか笑って楽死んでいたアレンが途端に声を荒げた。
 そのあまりに大きな怒声にランドルもエヴリーヌも声が出ず、小刻みに身体を震わせている。

「そ、そんなこと言ってません!」
「まさかスラム街に捨ててるとは思わなかったよなぁ? 俺もそうなんだわ。この国にいたのに無駄に十年も探し回っちまった」
「な、何を理由にそんなことを!?」
「アイツが妊娠したときも散々追い込んだもんな? 知らねぇとでも思ってんのか? 精神的に追い込みやがって……テメーのガキを跡取りにするためなら手段なんざ選ばねぇクソ女だよテメーはッ!!」

 アレンの怒りはロイを戸惑わせる。
 自分はずっといらないから捨てられたのだと思っていた。だが、アレンが現れて探し回っていたと言われ、本当は殺されるはずだったと聞いた今、複雑だった。
 殺せと命じられても殺せなかった。だが教会に預けることもできない。預ければバレる可能性が高い。だから国が鑑賞しない下層へと捨てに行った。
 貧しい場所に捨てても誰も拾わないかもしれない。でも誰かが拾って育てるかもしれない。そう考えてのことだと思うと愛があったのだと戸惑ってしまう。

「王位を継げば一生親に褒めてもらえると兄貴に土下座までして王位を譲ってもらった男と、一抹の不安も残さないためにガキを始末しろと命じるクソ女が支配する国に未来なんざねぇよ。親の言いなりにしかなれねぇ息子と股を開くしか能がねぇ嫁。ハハッ、あまりのクズさに笑えてくるぜ」

 嫌味な笑い声を響かせたあと、アレンはロイに向き直った。

「リオンはどうした?」
「仕事だってよ」
「相変わらず真面目ちゃんやってんのか。自ら茨の道を選ぶとは、バカな奴」
「リオンはバカじゃねーよ。ウザいけど、それなりの奴だし」

 ハッキリとは言わないもののロイもリオンには感謝していた。
 ここで暮らしていけたのも、別荘が燃えたことを責められなかったこともリオンが助けてくれたからだ。
 エリスローズに好意を抱いているため良い奴とは言いたくないロイの最大限の感謝の言葉。

「リオンに言ってやれよ。喜ぶぜ」
「言ったし」
「ホントかよ」

 ロイの額を小突いて笑うアレンが手を差し出すと唇を尖らせながらも乱暴に手を当てて繋ぐ。

「兄さんが家族ごっことはな」
「あ?」

 バカにしたような言い方に振り返るとランドルが笑っていた。良い笑みではなく挑発するような歪んだ笑み。

「ゴミとして育っていようと我が子は可愛いか? 兄さんのような人間が父親面するなんて世も末だ」
「ランドル、お前どうした? どっかで頭ぶつけたか?」
「だってそうだろう? 兄さんの女遊びの激しさに父さんたちは困ってた。メイドを妊娠させたときなんて絶望していたんだぞ。メイドごときに熱を上げるなんてレッドローズ家の恥だと言ってな」
「おいおい、なんの取り柄もねぇ女を嫁にもらったテメーが言うのかよ」
「エヴリーヌがあのメイドより劣っている部分などない」
「若さ、器用さ、賢さ、可愛さ、優しさ、魅力……どれもお前の嫁にはねぇものだろうが」

 怒りに震えるエヴリーヌが立ち上がってアレンを指差す。

「全て私のほうが上です! 卑しい出自のメイドより私が劣ってるなどとよくもそんないい加減なことが言えますね!」
「だから嫌いなんだよ、王族も貴族も。出自が卑しけりゃなんなんだよ。テメーらは皿の洗い方も知らねぇじゃねぇか」
「そんなことする必要がないからな!」
「する必要がないからしない。それがテメーらなんだよ。ここのがスラム街よりよっぽどゴミ捨て場じゃねぇか」
「なんだと!?」
「テメーみてぇな脳みそから性根まで腐りきった奴を置いとくんだからゴミ捨て場だって言ってんだよ」
「兄さんの家でもあるんだぞ! ここで生まれ育ったくせに!」
「だから言ってんだよ。俺も腐ってるからな」

 行くぞと声をかけて出て行こうとするアレンにランドルがその場で地団駄を踏む。

「ゴミが出ていって清々するわ!」
「兄さんがゴミを拾う日が来るとは傑作だ──ヒッ!」

 わざと大声で嫌味ったらしく言い放つランドルの顔を突風が横切ったかと思えばパラパラと床に何かが落ちるのが視界の端に映った。
 何かと視線を落とすと自分と同じ髪色の毛が落ちている。
 玉座の背もたれには兵士が持っていた剣が刺さっていた。

「先出とけ」

 エリスローズに指示すると何も聞かずにロイの手を引いて出ていく。

「あんま調子乗ってんじゃねぇぞ、ランドル。まだそこに座ってたいだろ?」
「わ、私がやめても兄さんに国王は務まらない……!」
「こんな腐った国の王になんざ土下座されてもならねぇよ。この国の国王はテメーみてぇなクズがなるに相応しいもんだろ」
「私たちは同じ血が通った兄弟だ。兄さんがいくら私を嫌おうとそれは変えられない。兄さんにも同じ血が通ってるんだよ!」
「ああ、そうだな。吐き気がするわ。この身体に流れる血を全部抜いて新しい血に入れ替えちまいたいぐらいだ」
「あの子供にも同じ血が流れているんだぞ。逃れられないんだよ、兄さんは」
「ハッ、そうだな。だがな、血じゃ何も決まらねぇよ。テメーはクズで、親もクズだ。それは血のせいじゃなくて、お前がクズの背中を見て、追って、クズになる方法を学んできたからだ。アイツは違う。アイツは立派な親に育てられた、ちゃんとした人間だ。同じだってカウントすんじゃねぇ」

 弟と話していると吐き気がするようになったのはいつからだろうか。
 実力などないも等しいのに虚勢を張ることだけは一人前で、ビビリのくせに反抗する。
 言っても聞かないから拳を振り上げるようになったのはいつからだったか、思い出すこともできない。
 気がつけばいつもランドルを殴っていたし、ランドルは泣きながら親に報告していた。
 腐った親が築き上げた腐った国王の座など欲しくはなく、自分の国がいかに腐っているかを知るために他国を旅しようと考えた。
 そう考えている間に子供ができ、子供と妻と共に世界中を回るのもいいと思っていたが、できなかった。
 怒りと衝撃に襲われながら必死に探し続けた十年間を無駄だったとは思わない。語ってやれることができたから。
 立派に育った息子を誇らしくさえ思う。たとえこの腐った血がロイの身体に流れていようともそれは変わらない。

「エリーナのためにやってきたのだからエリーナのためにもう少しいるべきだ」
「可愛い嫁の尻はテメーらが拭いてやれよ」
「フンッ、ゴミはゴミ箱へ、か。燃やして正解だな。さすがは我が息子だ。あのようなゴミ共が住んだ場所にいくら思い出があろうと汚れてしまった場所で新たな思い出を作ろうとは思わんからな」
「もう一回言ってみろ。今度はテメーの太った身体、真っ二つにしてやるからな」

 あの事件はどれだけエリスローズとロイの心に傷をつけたかわからない。
 辛い時期が終わって、これからようやく家族での幸せな生活に戻れると思っていた彼らの気持ちなど想像さえできない。

「あの場所は最近、どこかからやってきた野良猫やネズミが多く住み着いていると聞いたが、やつらの家族は大丈夫だったのか?」

 ピクリとアレンの眉が動く。

「……まあな。あそこはここから馬車でも三十分はかかる。野良猫が集まるような場所でもねぇだろ」
「そうかそうか。何もなかったならいいんだ。これでやつらはまた、スラム街で貧しく仲良く暮らせるというわけだ。めでたしめでたし、か」

 全ての元凶がここにある。エリスローズとロイを地獄の底に落とした元凶が。
 王家の問題にスラム街の人間が関わっていた証拠を消す必要があったのだろうランドルは多額の現金を受け取ったエリスローズたちをそのまま帰すわけにはいかないと考えた。
 知り合いばかりの場所でなぜそれだけの大金を持っているのか聞かれ、真実を話してしまうことを恐れたのだ。
 それらはアレンの想像でしかないが、間違ってはいないだろう。

「この国もいずれペストが蔓延するかもしれねぇなぁ」
「そのときはスラム街を燃やすだけだ」
「そうか。スラム街の奴らの抗議でこの城が燃えちまわねぇといいな」

 スラム街で捕獲した猫やネズミを放ったのもコイツだと額に青筋を浮かべて拳を震わせるが、腐った人間相手にこれ以上の怒りを燃やしたとてバカを見るだけだと怒りを鎮めるように息を吐き出すだけで怒鳴らないアレンを見てランドルがまた鼻で笑う。
 病原菌を持った動物が既に存在している以上、この国でそれが広がるのは時間の問題だろうに、ランドルは何もわかってはいない。
 自分たちは大丈夫。そう思っているのだろう。

「また新しい家を建てるのにあの土地は消毒せねばならないな」
「ついでにお前も洗浄してもらえ。そこまで腐っちまったら効果はねぇだろうがな。人を蹴落とさねぇ分、お前よりスラム街の人間のがキレイかもな」
「私をあのゴミ共と比べるな!」
「ああ、そりゃ失礼した。テメーはゴミ以下だもんな。テメーらはアイツらよりずっと下の人間なんだよ」
「ふざけるな! 兄だからといってなんでも許されるわけじゃないんだぞ! 侮辱も大概にし──」
「そりゃテメーだ、ランドル。いい加減そのうざってぇ口閉じねぇと殺すぞ。俺はもう怒りが限界まできてんだよ」

 脅すような声と睨みだけでもランドルを怯えさせるにはじゅうぶんだが、兵士の腰から剣を抜いたことで本気だと確信し、尻餅をつくように玉座に腰掛けたランドルをエヴリーヌは嫌悪たっぷりの目で見ている。
 黙って出ていくアレンに安堵したランドルは妻からの冷めた顔を見ることはせず、暫くそこで脱力していた。

「なあ、どこ行くんだよ」
「新しい家だ」
「おっさんの家とか言うんじゃねぇだろうな」
「それも考えたが、せっかくだから新しい家を用意してある。そこで何もかも真っ白な状態でスタートしようぜ」

 誰のなんの思い出もない新しい家で過ごすことに不安はない。
 ロイにとってもエリスローズにとっても気持ち的に楽になるのではないかと思ってのこと。
 どこにいても「家族がいたら」と思ってしまうのはわかっているが、共に過ごした思い出があるよりずっといいと考えた。

「帰るのね、スラム街に」

 馬車の前で待っていたエリーナに皆が足を止めた。
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