愛し方を知らない氷帝の愛し方

永江寧々

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浄化

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 晴れた空を見上げる使用人や兵士たちを見る度にミュゲットも嬉しくなる。

 降り積もった雪は一気に溶けるわけではない。
 景色は未だ一面銀世界だが、それでも空を見上げると雪雲ではなく青空が広がっている。
 太陽の眩しさに目を細める幸せを感じているのはミュゲットだけではなく、外に出て空を見上げる兵士や騎士、使用人たちも同じだった。

「何があったのでしょうね」
「さあな」

 朝食を運んできたシェスターが何かに気付いているように問いかけるもアルフローレンスは知らないフリをする。

「もう指輪をお渡しになられたとは驚きです。陛下のことですからもっと時間がかかるのではと思っていたのですが、そうではなかったみたいですね」
「余を臆病者扱いするつもりか?」
「いえいえ、陛下はなんでも考えすぎる正確ですので時間がかかるのではないかと心配していたまでのこと」
「星空の下でもらったんです」
「なんと! それはロマンチックですね。陛下のお考えではホールに宝石を飾って星空に見立てるという──」
「黙れ」

 ホールに宝石を飾って輝かせる光景を想像するのが怖い。
 どう考えても星空には見えないだろうに星空に固執していたアルフローレンスにとっては名案だったのだろう。
 ただし、その瞬間だけは。今こうしてシェスターに暴露されると妙な考えだと気付いたのか遮った。

「彼がハートの指輪をくれるなんてびっくりです」
「ハートは生命、愛情、幸福の象徴です。込められた意味は永遠の幸福、幸せな結婚などですね」
「やめろシェスター」
「知ってた?」
「……シェスターがそう言ったのだ。知らずにハートなどにするはずがないだろう」

 知らなかったと言うのではないかと思っていたミュゲットの予想は外れ、素直に認めたアルフローレンスの可愛さにミュゲットの口元が緩む。
 永遠の幸せと幸せな結婚を願いながら用意してくれたのだと思うと抱きしめたくなった。

「雪の結晶には意味がありますか?」

 あの宝石の中に見えた雪の結晶。あれだけハッキリとした形を見るのは初めてで、なんにでも意味があるのならとふと気になった。

「雪の結晶には心の浄化という意味があります」
「心の浄化………」
「溶けた雪は水になり、大地にしみこみ、やがて雨になる。その循環が再生と生命を象徴しています」
 
 ミュゲットはシェスターからアルフローレンスへと視線を移す。
 あれが一体なんだったのかはわからないままだが、ミュゲットはアルフローレンスの物だったのではないだろうかと思っている。

「……歴代皇帝の負の感情が心を曇らせ、魔力が作用した結果、空を曇らせ続けていたということはないでしょうか?」
「魔法が使えない皇帝もいた」
「わかってる。こんなの小説じゃないんだから精神が魔力に作用するなんてありえないって思ってるけど、何百年も曇り続けるなんておかしいもの。あなただって言ったじゃない、呪いだって。それって魔力が作用してのことでしょ? それとも信じてない神様がやったと思ってる?」
「何が言いたい」
「あの宝石の中には雪の結晶があった。それが消えたことで晴れるはずのない空が晴れた。それって浄化されたってことじゃないかなって思ったの」
「何を馬鹿なことを──」
「皇帝の心が浄化されたことによって空が本来の姿を取り戻したとミュゲット様はお考えなわけですね?」
「そうです」

 シェスターはミュゲットの意見に賛成なのか頷いている。
 魔法が使えないミュゲットにとってこれがただの妄想にすぎないことはわかっているが、あの宝石が関係しているのは間違いないため考えてしまう。

「雪降る街にの本がそうだったじゃない? ランプが手放せない雪国に暮らす青年がある日、宝石のような小さな石を拾った。売れるかもしれないとあちこち回っても大した値段はつかなくてポケットに入れっぱなしになってた。愛よりお金だって言ってた青年が愛を知ったことによって石が──」
「やめろ、くだらん。ただの創作物の話だ」
「でもロマンチックじゃない? 事実、あなたは変わった。笑うようになったし、身体だって暖かくなった。まるで氷が溶けたようにね。これからグラキエスも変わっていくはず」
「生命も生み出すか?」
「それは話し合いの末だって言ったでしょ」

 アルフローレンスにグラキエスを変えたいという思いがある以上、変わらないはずがない。
 グラキエスがどういう国なのかまだよく知らないミュゲットはこれから知っていくつもりだ。
 国民が皇室にどれだけの関心を抱いているのかさえ知らない。
 エレノアに会いに街に行った際に思ったのはアルフローレンスは怖がられているということ。
 それが少しでも変わっていくことを望んでいる。

「結婚式のことはお決めになられるのですか?」
「資料を集めろ」
「どこでするの?」
「ここ以外に場所などないだろう。外でしたいか?」
「ううん、聞いてみただけ」

 国を挙げての祝いなどアルフローレンスの頭にはないのだろう。
 急に結婚式があると国中に告知を配布しても国民が戸惑うだけなのは目に見えているためミュゲットもしたいとは言わなかった。
 大勢の前で披露するのは舞だけでじゅうぶんだと。

「愚妹を招待したいか?」
「……ううん、しない。エルドレッド様は招待するの?」
「するわけないだろう。招待客など呼ばぬ」
「そう言うと思った」

 フランを呼んでも良い方には向かないと考えた。
 また何か負の感情を抱えるかもしれない。
 結婚したことも伝える必要はないと相手の案に同意する。

「でも、招待客を呼ばないなら式なんていらないんじゃない?」
「ふざけたことを言うな。妻のために結婚式さえしてやらなかった男にするつもりか?」
「そうじゃないけど……」

 そんなに強く言わなくてもいいのにと思うミュゲットだが、シェスターがおかしそうにクスクス笑うため顔を向けると顔を背けて笑っているのが見えた。

「陛下、素直にお伝えしたほうがよろしいですよ。ミュゲット様のドレス姿を見たいんですよね」
「……黙れ」

 照れ臭くて素直に言えない相手の心を理解しているシェスターの言葉にミュゲットが目を細めてニヤつきを見せる。

「なんだその顔は」
「別に? 可愛い人だと思っただけ」
「余を可愛いだと?」

 眉を寄せながら黙り込むのを見て何と返すべきなのか迷っているのをミュゲットとシェスターは理解していた。
 大の男を可愛いというのはおかしなことかもしれないが、ミュゲットは心からアルフローレンスを可愛い人だと思っている。
 上から目線で喋ることは変わらずとも言葉を選ぶことが増えた。
 人の気持ちを考えることを始め、感情的にならないよう努めている。

「だからあなたを好きになったのよね」
「愛しているの間違いだろう」
「頻繁にその言葉は使わないと思うけど」
「そんな決まりはない」
「そうね。決まりはない」

 お手上げだと軽く両手を上げて見せるとシェスターがおかしそうに肩を揺らしながら紅茶を置いて部屋から出ていった。
 
「結婚式、楽しみではないのか?」
「楽しみよ。お母様の結婚式の写真を見てからずっと憧れだったもの」
「ならなぜ喜ばないのだ?」
「まだ現実味がないだけ。だってまだ白紙状態だもの」
「嫌でも現実味を帯びることになる」
「あまり大袈裟にしなくていいからね?」
「一生に一度のことだ、遠慮するな」

 笑顔ではなく苦笑してしまうのは大袈裟という言葉をアルフローレンスが否定しなかったから。
 ミュゲットとしてはウェディングドレスは既製品でもいい。ティアラも借り物でかまわないと思っている。
 一緒に写真を撮って飾る。それだけでいいと思っているのだが、アルフローレンスはそうではないらしい。
 ホール中に宝石を飾ろうと考えたり、ベリライトでハートを作るためにフローラリアまで行ったり、ガラスの靴を作ったりと彼の想像力と行動力には驚かされっぱなし。
 資料を集めたら何を考えるのだろうと楽しみであり、不安でもある。
 大陸の半分をグラキエスの領土となっているため金銭問題の心配はないのだろうが、アルフローレンスの発想に今から緊張していた。
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