愛し方を知らない氷帝の愛し方

永江寧々

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番外編

今更になって

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 ミュゲットと別れて五年が経った頃、エルドレッドが世間話のように軽く口を開いた。

「そういえば知ってるか? アルたち結婚したんだって」
「してないほうが不思議だよ」

 あれだけ想い合っているのだから当然かと思ったエルドレッドだが、ニヤつきながらフランを見た。

「なら子供がいるってことは?」
「……それ、は……知らなかった……けど、いてもおかしくない。ずっと抱かれてたわけだし」

 グリンッと勢いよく向いた顔がすぐに戻っていく。
 鏡の前で自分の体型をチェックするフランはようやく元通りになってきた。
 とはいっても既に二十代。もう十代の頃とは肌の感じが違うと言い続けている。
 肌を見るのではなく踊りを見るのだからと何度も言っているのだが、若さで輝いていた部分もあっただけに今のフランには少ししんどい部分もあるらしい。
 
「子供の名前は?」
「イヴリンとジェラルド」
「へえ」
「双子だって」
「あの二人の子なら可愛いだろうね」
「アルに似たら性格キツいだろうさ」
「そんなこと言っちゃダメなんだー」

 五年目にしてようやくフランは人を注意できるようになった。
 それまでは「相手も悪い」と言って自分の罪を少し軽くしようとする相手に対して同意するような言葉を言っていたが、最近はちゃんと注意をする。
 悪口を言う相手にもこうしてちゃんとできるようになった。

「……いいね、子供」
「欲しいか?」
「ううん。フランが子供持つなんて考えられない。だってフランは親になれるような人間じゃないもん。自分が子供なのに子供育てられるはずない」

 それは否定できないこと。子供が親になっても所詮は形だけで一緒に成長はできない。結局は子供が子育てするから子供も成長できないまま大人になっていく。
 そういう子供がどれほど悲惨な人生を歩むのかエルドレッドは世界中を回って何度も目の当たりにしている。
 
「お兄ちゃんは子供いないの?」
「結婚してないのにいると思う?」
「お兄ちゃんが知らないだけでいると思う」
「怖いこと言うなぁ」

 エルドレッドも否定はできない。一応気をつけてはいたが、絶対ではない。
 自分との子供を望んでいる女性もいたし、この人とならと思った相手がいなかったわけではない。
 だが、いつも行動に移す前に父親の亡霊に縛られて動けなくなってしまった。
 解放された今ならと思っても心のどこかでエルドレッドもフランと同じことを思っている。
 フランの人生を抱え込むことで精一杯で妻や子供の人生を抱え込むことはできない。

「プレゼント贈りたいなぁ。赤ちゃんのって可愛いのたくさんあるよね」
「涎かけとかいいだろうな」
「何個あってもいいって言うよね」
「でも贈らない」
「……だよね」

 謝罪の手紙も送っていないのにプレゼントを送ったところで受け取ってもらえるわけがない。
 ミュゲットは戸惑うだろうし、アルフローレンスは許さないだろう。最悪送り返される可能性だってある。
 兄弟姉妹といえど自分たちの関係は仲良しとは程遠い。
 フランとエルドレッドは謝って仲良くしたいと思っているが、互いにやってしまったほうであるため相手が許してくれるのを待つしかない。
 エルドレッドに至っては許してもらえないとわかっているため誕生日に何かを送ったりもしないのだが、フランはつい欲が出てしまう。

「手紙、書けそうか?」

 一年に一度、エルドレッドはフランに尋ねる。

「書こうかなって思うんだけど、なんて書けばいいかわかんなくて書けてない」 
「お前が伝えたい言葉を書けばいいんだよ。お前の胸の真ん中にあるミュゲットちゃんへの思いをさ」
「……読まれなくても仕方ないって思ってるんだけど、読まれなかったらって思っちゃうし、読んでほしいって思っちゃう」
「当然の思いだよ。せっかく書いた手紙を読まれないのは辛いもんな」
「うん。でも……ミュゲットにはそれよりずっと辛い思いをさせたから、仕方ないのもわかってる」

 思いというのは複雑なもので、理解はしているが望んでしまう。期待しないと思っても期待してしまう。
 心の奥底にある本心までは騙せないのだ。
 だが、フランはそれを口にはするが訴えはしない。
 何年経っても時間が許しを与えてくれるとは思っていないことをエルドレッドはいつも褒める。

「書きたいか?」
「……うん」
「なら書けばいい。読まれるかどうかは出さなきゃ答えは出ないさ。お前が抱えてきたこと全部綴れ。大事なことだ」

 妹に殺されかけたことは一生かかっても忘れられないだろう。それこそ死ぬ瞬間にさえ思い出すかもしれない。
 それでもミュゲットはきっと恨んではいない。だが、読むか読まないかまでは想像できない。
 シェスターがそれをミュゲットではなくアルフローレンスに渡してそのまま処分されてしまう可能性だってある。
 だから期待させるようなことは言わない。

「ま、一つ言っておくと、もう涎かけが必要な歳じゃない」
「え?」
「結婚したのも十代のときだ」
「……いつ知ったの?」
「さあね」
「意地悪」

 エルドレッドが留守にした日がなかったことから結婚式には呼ばれていないのだとフランはどこか安堵した。
 呼ばれると思ってはいない。呼んでほしいとも思わない。呼ばれてもどんな顔して会えばいいのかわからないし、素直に綺麗だと言える自信もなかったから。
 ミュゲットの花嫁姿を見て「ズルい」と言わない自信などなかった。それは今も同じだ。もうミュゲットへの憎悪はないと断言できても、会えばわからない。また復活するかもしれない。
 綺麗になっているミュゲット。夫に愛されているミュゲット。母になっているミュゲット──それらを素直に受け止められるだろうかという不安は残っている。
 だから手紙を書こうと思っても筆が動かない。
 そんな不安を抱えたまま書いてもいいのかと何度も自問し続けていた。

「元気?……は変かな……」

 夜、部屋に戻って机に向かうフランは便箋を前に一時間筆を握り続けている。
 真っ白な便箋にはインク一滴だって落ちてはいない。
 友人に書くような始まり方は違うと却下するも新しい言葉は出てこない。
 相手は姉。謝罪の手紙を書くのに始まり方なんてどうでもいいだろうと自分に言い聞かせるのに筆は動いてはくれない。
 目の前にいるわけではないのだから書きたいままに書けばいいとわかっているのに気にしてしまう。想像してしまうのだ。この手紙をミュゲットが読む姿を。
 始まりの言葉だけで読むのをやめてしまう可能性もあると思うと始まりの言葉を大事に考えすぎてしまう。

「ミュゲットは変に思ったりしない……」

 いつだって優しいお姉ちゃんだった。
 だから始まりがどんな言葉であろうとミュゲットは最後まで読んでくれる。そう言い聞かせても筆が動かないのは、その考えが甘えであることがわかっているから。
 大好きと伝えてくれたからといって許してくれたわけではない。あれは姉としての強がりだとわかっている。
 あのとき、フランも言葉にしたかった。同じ気持ちがちゃんとあるのだと。
 だが、その資格がないとわかっていたから何も言葉にできなかった。
 大好きだと伝える資格なんかない。殺そうとしたくせに調子の良いことを言うなともう一人の自分が言うのだ。
 エルドレッドにはああ言ったが、実際は何度も書いている。何度も書いて何度も捨てた。
 自分がミュゲットだったらどう感じるだろうと想像して読み返すと気分が悪くなったから。
 五年経っても変わっていないと何度絶望したかわからない。
 許してもらおうとする下心が丸出しで吐きそうになった。

「ミュゲットは……」

 ミュゲットが鈍感なのは子供の頃からで、少し周りを見ればフローラリアがどういう国か気付いただろうにミュゲットはいつだって下を向いて歩いていた。
 空を見上げるより砂浜を歩いてシーポティリを探すほうが好きだった。
 友達を十人作ることより本を十冊読むことのほうがミュゲットにとっては大事なことで、誰かと一緒に過ごすことも少なかった。
 そんなミュゲットをフランは変えようとしなかった。あまり他人と仲良くさせないでと母親に言われていたのもあったが、ミュゲットが頼る相手は少ないほうがいいとフラン自身そう思っていたのも事実。
 姉として妹を守らなければと必死に前に出ようとしている姿が鬱陶しいときもあった。何もできないくせに、何も知らないくせに姉というだけで前に出るなと言ってやりたいときもあった。
 それでもフランはこんな思いを抱えているなんて微塵も知らない姉が笑顔を向けてくれることが嬉しかった。
 両親に怒られるとわかっていながらも付き合ってくれたこと。嫌だと思いながらも譲り続けてくれたこと。嘘をついて庇ってくれたこと。
 全部大切に思っていなければできないことだ。
 歪んだ愛を与える父親と残りカスのような愛を与える母親。でも姉だけは真っ直ぐに愛をくれた。
 都合の良いときだけ寄っていって甘える妹を嫌な顔も見せずに甘えさせてくれた。
 なんでも自分が一番でなければ気が済まない妹に呆れることなく、いつだって一番でいさせてくれた。
 ミュゲットが優しいことなんてとっくにわかっていた。ずっとその優しさに甘え続けていたのだから。
 譲ってくれる。ついてきてくれる。わがままだって聞いてくれる。
 それら全て、当たり前のことなんだと傲慢になっていた。
 辛いのは自分で、ミュゲットは何も辛いことなんてない。だからミュゲットは辛い思いをしている妹のために尽力すべきだと。
 それが全て間違いであったことに気付いたのは最近のこと。反省できたのも、謝罪しようと心から思えたのも最近のこと。
 もう子供ではなく大人であるにもかかわらず、そんな当たり前のことさえちゃんとできなかった自分があまりにも情けなくて涙がこぼれる。
 泣く資格なんてないと自分の頬を両側から強く挟んだフランは筆を握り直して便箋に走らせた。

「おめでとう」

 祝われることは嬉しいことだ。
 でもそれは殺そうとした相手から言われてもそう感じるとは限らない。
 わかっている。
 あの事件はフランが一生背負わなければならない罪であり、エルドレッドと同じで許されることではない。
 それでも伝えたかった。

「大好きだよ」

 書きながら言葉にすると熱い涙が頬を伝って便箋へと落ちる。慌ててそれを指で拭おうとするが滲んでしまったものは元には戻らない。
 それがまるで自分たちの関係に見えた。
 涙を落とさなければ字は滲まなかった。憎悪を抑えていれば壊れなかった。
 これから何千回と後悔を続けるだろう。一生、それこそ死ぬ瞬間まであの日のことを思い出して後悔するかもしれない。
 だがそれこそが自分が背負う罪なのだと受け入れている。
  
「ごめんなさい……ッ」

 本当に伝えたかった言葉を書いたフランは唇を噛み締めながら上を向く。
 もっと早く伝えるべきだったのにできなかった。
 簡単な言葉なのに、子供だって言えるのに。
 エルドレッドは言った。自分たちも被害者だと。だが、それを免罪符にしてはいけないとも言った。
 本当にそうだと心から思った。

『フラン』

 名前を呼んでくれた優しい声が聞きたい。

『大好きよ』

 愛を届けてくれる笑顔が見たい。

「なんでフランは……こんなに、バカなんだろうッ」

 会いに行けない距離ではない。
 馬を走らせれば三日で着く距離にいるのに、叶うことはない。
 フランはフロガから出さない。
 それがエルドレッドが二人と交わした約束。
 もし叶うことがあるとすればミュゲットが許したとき。
 両手で顔を押さえながら後悔に震えるフランの涙がまた、便箋の上の文字を滲ませた。
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