愛だ恋だと変化を望まない公爵令嬢がその手を取るまで

永江寧々

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ワガママな幼馴染

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「そんなに焦ってどうしたの?」
「考え事をしてたから」
「どうしてあの主人公はヒロインに優しくしなかったのか、とか? 決まった結末に文句をつけるなんて馬鹿のすることよ。無駄なことに頭使わないでもっとイイことに使いなさいよ」
「顔を変えるほどのメイクの仕方とか?」
「ちょっと! 私が詐欺メイクしてるって言いたいの?」
 
 ティーナとの軽口はいつもアリスの心を楽にしてくれる。小さな悩みも大きな悩みも全てティーナに話してきた。二人の間に隠し事はない。幼い頃からの決め事。だから二人はどんなことだって互いに話してきた。
 ただ一つを除いては———
 
「まだ夜じゃないのに珍しいね。どうしたの?」
「聞いて聞いて! 今日ね、ヴィンセル様と話したの!」
「え? あ、そうなの? 彼と話せるなんてすごいじゃない。私が見たときは追いかけ回されてたけど」
「それがね、ボーッと歩いてたら転んじゃってね、そこに通りがかったヴィンセル様が助けてくれたの! その姿ったらもうまさに王子様って感じだった!」
「そうなんだぁ、よかったね」
 
 二人はよく似ている。まるで双子の姉妹のように。同じドレス、同じアクセサリー、同じ髪型を好み、異性まで同じ人を好きになってしまったのだ。
 最初に好きだと告白したのはティーナから。
 
『私ね、ヴィンセル様が好きなの』
 
 頬を染めたティーナから受けた告白にアリスは衝撃を受けたが、そうなるのではないかと思ってはいたため焦りはしなかった。
 好みが合いすぎるティーナとは男性の好みも同じなのではないかとヴィンセルを好きだと自覚すると同時に受けた不安だったから。
 だからティーナの告白にアリスは思わず『ヴィンセル様ってどんな方だっけ?』と自分はあまり知らない、興味がないフリをしてしまった。
 アリスがティーナに唯一話していない秘密であり、言ってはいけない秘密。
 
「ヴィンセル様の婚約者になりたいなぁ」
「婚約者……」
「だってあのヴィンセル・ブラックバーンよ? 王子でありながら騎士団に所属し、剣の腕は騎士団長にも並ぶって言われてる天性の才能を持ってるのよ。第一王子は病で伏せってるし、それって王位継承権一位って言っても過言じゃないでしょ?」
「でも亡くなったわけじゃないから第二位だと思うよ?」
「わかってるわよ。でも王位を継ぐ可能性は高いほうだと思う」

 騎士団に入団しているのならそのまま騎士道を進むつもりなのではないだろうかとアリスは思うが、王位継承権第一位を持つ兄が病で亡くなれば弟であるヴィンセルが継ぐことになるのは間違いないだろう。
 既にそこまで考えて目を付けているのかと感心してしまう。

「背も高くてガッシリした身体。お姫様抱っこされたいし、あの切長の瞳に見つめられたいなぁ!」

 わからないではない。アリスも何度その妄想をしたかわからない。
 ぶつかって倒れた衝撃で足を挫いたのをヴィンセルが抱き抱えて保健室まで連れて行ってくれる妄想。大丈夫か、痛まないかと間近で見つめながら問いかけられる妄想に何度悶えたことか。

「敵は多いけど、そのほうが負けるか!ってライバル心が燃え上がっちゃうのよね!」
「ティーナはすごいね」
「当然よ! だって私結構モテるし、そこら辺のテクニックと要領は良いほうなんだよねー」
 
 ティーナはアリスと違ってよくモテる。ハキハキしているし、自分を魅せるのが得意で開けっぴろげな笑顔が人を惹きつける。
 相手が男だろうと女だろうと変わらない態度で接することから良い子だと言われているのをアリスもよく耳にする。大好きな親友が褒められているのを聞くのは嬉しかった。
 だが、それと同時に羨ましくもあった。
 
「ねえねえ、アリスも誰か捕まえたら? それでさ、私がヴィンセル様をゲットしたらダブルデートしようよ! 競馬場に行ったり、どこかの庭園を一緒に散歩なんてのも素敵じゃない?」
「お兄様が許さないわ。さっきも十七歳のお前に婚約者はまだ早いって言われたばっかりだし」
「カイル様もヤバイくらい過保護よね~」
「ホントに」
 
 ティーナは令嬢にしては言葉選びが上品ではなく、貴族でありながら『ヤバイ』『マジで』といった庶民の言葉を使う。それが面白いと言っている男子生徒は多い。ティーナの雰囲気に似合っているのだと。
 アリスも自分が使っているのを想像したことはあるものの、あまりのおかしさに誰かに使うことはなかった。母親にでも使おうものなら卒倒ものだ。カイルに使えば家庭教師を呼んで一日中言葉遣いの勉強をさせられるに違いない。
 考えただけでも身を震わせるほどゾッとした。
 
「あー明日もヴィンセル様とお話できたらいいのにな~」
「そうだね」
「ゲイじゃないといいんだけど」
「あはは……」
 
 ゲイ疑惑は当然ティーナの耳にも入っていて、途端に低くなる声に本気でそう願っているのだと伝わってくる。
 
「アリスは恋したくならないの? いくらカイル様が反対するって言っても恋する気持ちは止められないでしょ?」
「私は……小説の中の恋愛で満足しちゃうから」
「でもヒロインはアリスじゃないじゃん。そんなこと言ってたらいつの間にか二十歳超えちゃって行き遅れだよ? そのまま更に時が過ぎたら二十五歳……ババア……うー! 恐ろしい!」
「二十五歳はそんな歳じゃないと思うけど」
 
 何でもハッキリ言ってしまうティーナをすごいとは思うが、ハッキリすぎるが故にアリスはいつも苦笑が滲んでしまう。

「シプリオン伯爵はお元気?」
「元気なんじゃない?」
「会ってないの?」
「四十二歳のオッサンとどんな話しろっていうのよ。親が勝手に決めた婚約者に興味ないし。あんなの一応にもならないんだから」

 ティーナには婚約者がいる。親が勝手に決めてきた婚約者は四十五歳。男爵家であるベルフォルン家にとって伯爵との結婚は望ましいことだが、ティーナはその伯爵という地位も気に入らないらしい。
 自分はもっと上を目指せると豪語しているティーナにとって目標は王位継承権を持つヴィンセルであって四十五歳の伯爵ではない。

「まあ、一応として置いてはいけるけど、在学中にヴィンセル様落とすつもりだから卒業したらバイバイかな」

 ヴィンセルがダメだった時の〝保険〟として婚約者という相手を繋いでいるだけで恋心はない。
 ティーナが恋をしているのはヴィンセル・ブラックバーンただ一人。
 
「私やだからね、アリスがいつまでも恋愛小説の中のヒロインになりきってそのうち妄想なんか言い出すの。心配してるんだよ?」
「そんな、そこまでしないよ」
 
 もう既にそうなっていることは口が裂けても言えない。
 
「恋愛小説なんて作者ができなかった妄想を書いてるイタイ本でしょ?」
「そんなことないよ。こんな物語があったら素敵だなと思って書いてるんだと思う」
「だってさ、急に目の前に王子様が現れて特別扱いされるなんてありえないでしょ。それも可愛くもなんともないフツーの子にさ。小説の中の王子ってみーんな節穴じゃん。読んでてなんかムカつくんだよね」
「ティーナは可愛いからね」
「まあね! フツーの子に豪華なドレス着せたってみっともないだけじゃん? でも私が豪華なドレス着れば連れ歩いたって恥ずかしくないんだから、どうしてそこんとこ考えられないのかなって思うから恋愛小説って嫌い」
 
 モテや異性に縁がないアリスにとって小説の中の普通の少女は感情移入できる相手だった。
 何の特技も特別な美貌も持たない普通の少女の前に現れた王子様は周りの美女には振り向かず普通の少女に興味を持って距離を縮める。相手が王子だからと逃げるヒロインを追いかけて自分のモノにすると誓う王子や天真爛漫に振り回す王子、そして白馬の王子の名に相応しい爽やかな王子と恋に落ちるなど内容は様々。
 小説の中に詰まっているのはイタイ妄想ではなく夢なのだと力説したいのを堪えてティーナに微笑んだ。
 
「ヴィンセル様が女嫌いじゃなかったらアリスに協力してもらうのになぁ」
「私なんか何もできないよ。口下手だし、持ってる話題も少ないし……。ティーナは喋ってないと死んじゃうもんね」
「世の男性は一緒にいて楽しいレディが好きなの」
「ティーナだね」
「えへへ、でしょ? 私もそう思ってるー! 今日も助けてもらったからお礼がしたいって言ったら必要ないって言われてニンジャみたいにどっか行っちゃったし」
「ニンジャ?」
「東の国にいるアサシンみたいなやつだって」
「へー」
「かっこいーよね!」
「う、うん」
 
 恋愛小説にも時折暗殺者は出てくる。王子を暗殺しようとしたり王妃を暗殺しようとしたりする悪い側の人間。欲しいモノを手に入れるためにそこまでする神経が理解できず、アリスはそういう類の話はあまり好きではなかった。

(暗殺者と姫が恋に落ちる話は好きだったけど)

 ティーナは小説なら恋愛よりもアクション・フィクションが好きだと言う。好きな王子は同じでも好きな小説で盛り上がったことは一度もない。
 
「ね、ね、アリスにお願いがあるんだけど」
「ん?」
 
 嫌な予感がした。
 ティーナのお願いは一度だって普通だったことはない。
『宿題のプリント、家に忘れてきちゃったからアリスのちょうだい?』とプリントを奪われたり『キースって女の趣味悪すぎて吐きそうだった』と自分から紹介してほしいと楽しんだアリスの幼馴染を翌日には貶したりと数えだすとキリがないティーナの厄介な“お願い”
 でも嫌そうに顔を歪めないのはそれを受け入れられるほど優しいところがあるから。
 
『これ、すっごく美味しかったからアリスの分も買ってきたよ!』と出来立てのパンを持ってきてくれたり『その子、私の親友なんだけど悪口言うってことはぶっ飛ばされたいってことなんだよね?』と悪口に言い返せないアリスを守ってくれることも多かった。
 何よりティーナの笑顔はアリスに元気をくれる。ティーナの笑顔がアリスは好きだった。
 
「カイル様が一緒にいるときに何か用事作ってランチタイムに参加させてもらえないかな?」
 
 まさかの内容にアリスは時間が止まったように固まった。
 
「カイル様に学校での接近禁止命令出されてるわけじゃないんでしょ?」
「そう、だけど……」
「じゃあ何か渡す物があったとか言ってアリスはカイル様に寄っていく。私は付き添いってことで一緒に行ってヴィンセル様に近付く。で、今日のお礼を改めて言う! これで他の子たちより一歩リードできると思わない? あ、もちろん無理には迫らない。それだけ伝えたかったって言って他の女とは違うって印象与えることからはじめないとね!」
 
 ティーナの頭の中には既に完成したプランがあるらしく、あとはアリスがイエスの返ことをするだけ。『いいでしょ?』を連呼するティーナにアリスは今回ばかりは上手くイエスと返せないでいた。
 
「そうだ! お菓子作れば? まだカイル様に食べさせてない新作! それでさ、お昼の時間に届けるの! 完璧じゃない!?」
「新作って……そんなすぐには出来ないよ」
「えーできるできる! アリスのお菓子いつも美味しいもん! じゃあよろしくね~!」
「え、ちょっと待ってティーナ! すぐには無理だよ! ティーナッ……」
 
 一方的に切られた通信に慌てるも、もう一度かけたところできっとティーナは出ない。
 時間が時間だけに今から新作を考えて作るのは明日に響く。シェフの手を煩わせるのも嫌だが、持っていかなければ延々と嫌味を言われるのは間違いない。
 ティーナに嫌味を言い返すのは平気だが、ティーナの性格はカイルとよく似ていて〝使える者は親でも使え〟の考えがあるだけに自分の努力で掴み取るより、ヴィンセルの友人という立場にいる兄を持つアリスに協力を頼んだ時点でティーナの中にはヴィンセルに好印象を与える物語が出来上がっているのだ。
 カイルはメリットで一緒にいると言っていたが、それでも三年間共に過ごしてきた友人に違いない。

「どうしよう……」

 溜息を吐きながらもアリスは渋々アイデアノートを引っ張り出し、まだ作っていないお菓子のページを開いてシェフに厨房を使わせてほしいとお願いに向かった。
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