6 / 93
ティーナに対する者
しおりを挟む
「アリス! 昨日はどうだった? 大丈夫だった?」
翌日、昨夜は心配の電話一本かけてこなかった、通信機を鳴らすこともなかったティーナが笑顔で寄ってきた。
「う、うん。大丈夫だったよ」
「今日のお昼さ、学校抜け出してパスタ食べに行かない? アークレの絶品クリームパスタ! あれまた食べたいなぁ!」
「学校抜け出して行くのはよくないよ」
「大丈夫だって! 授業始まる前に戻ればいいんだしバレないバレない!」
「そんな早く戻れないし、予約もしてない。それに今日はお金持ってきてないし」
「ツケてもらえばいいじゃん! ね? そうしようよ! 食ーべーたーいー!」
一年前、家族で外食をすると決めていた日に偶然やってきたティーナを両親が誘ってお気に入りのレストランに行った日、ティーナは感動して声を上げながらパスタを食べていた。
アリスもそこのパスタがお気に入りだが、学生の自分たちが制服で気軽に入れるカジュアルな場所ではない。値段も学生のお小遣いで払えるようなものでもない。
ましてや学校を抜け出して両親がお気に入りの店に行くという行為はアリスの中では考えられないものだった。
「今すっごくあそこのパスタが食べたいの!」
「また今度にしよ? ね?」
「やだ! 今日行くの! 今日じゃなきゃや~……だ……?」
ティーナに引っ張られる腕に別の手が添えられたことでアリスだけではなくティーナの動きも止まった。
一斉にザワつく教室。黄色い悲鳴を上げる女子生徒。
光に当たって透ける蜂蜜色の髪がその美しさを際立たせ、皆の視線を集めている。
「アリス、お昼行こう」
「セシ、ル?」
アリスが名前を呼んだことで女子生徒の感情が爆発して窓ガラスを破壊しかねん超音波の如く悲鳴が上がった。
昨日同様約束などしていない。お昼に食べられるようにと作ったランチボックスは朝、最悪の顔をした兄に頼み込んで渡してもらったのを台無しにするようにやってきたセシル・アッシュバートン。
「知り合いだったの?」
誰かの一言がアリスの肩を跳ねさせる。
悪口を言われるのが怖い。嫌味を言われるのが怖い。誰かに敵視されるのが怖い。
アリスの心臓は周りの音を遮断するほど大きくアリスの中で鳴り響く。
「カイル様と仲が良いのに知り合いじゃないわけないでしょ」
「それもそうね」
いつも一緒にいるぐらい仲が良いのだから家にだって呼んでいるはずだと推測する生徒の声に安堵するも今この状況はマズイとセシルの背中を押して一緒に教室を出た。
「兄からランチボックス受け取りませんでしたか?」
「受け取ったよ。すっごい顔して渡された。だから来た」
「だからって……え? え? 約束、して……ない、ですよね?」
セシルが言う「だから」の理由がわからないアリスの戸惑いにセシルが首を傾げる。
「カイルはいつもアポがどうのって言うけどベンフィールド家って誘うのにもアポが必要なの?」
「そ、そうではありません! ただ、その……」
「中身の説明聞きたい」
「あ、それなら———」
今日は昨日とは違うパンを焼いたため説明しようとしたアリスの後方でダンッと床を強く踏みつける音が鳴った。
背中に伝わってくる怒りの感情をアリスは知っている。何度も感じたことがある。
違ってほしいと願いながら恐る恐る振り向くと仁王立ちでひどく冷めた顔をしたティーナが立っていた。
「一緒に行かないって言ったのはセシル様とランチの約束してたからなんだ?」
「違うよ!」
「だったら最初からそう言えばいいじゃない。お金持ってきてないとか嘘ついてさ!」
「嘘じゃない! 本当にお金持ってきてないの!」
「アリスがお金持ってないわけないじゃない! 嘘つき!」
昨日、夜に父親が部屋を訪ねてきて話をした。
「最近、アンドリース地区で貴族を狙ったひったくりが出ているらしい」
「ひったくり、ですか?」
「すぐそこのアンカーズ通りで遭ったらしいんだ。まだ犯人は捕まっていない。馬車だからといって狙われないとは限らない。降りたところを狙われたりするらしい。お前も現金はあまり持ち歩かないようにしなさい。いいね?」
そう言われて今日から現金はカフェテリアで飲み物を買う代金だけしか持たないよう決めたため少額しか持っていない。事情を説明していないといえど親友から吐き捨てるように言われた『嘘つき』はアリスの心に深く突き刺さった。
「親友が持ってないって言ったんだから自分が奢ってあげるって選択肢は出てこないんだ?」
「は?」
間に入ってきたセシルにティーナが眉を寄せる。
「君が行きたい店なら君が金を出すべきなんじゃないの? だって君が食べたいって付き合ってもらうんだから」
「セシル様には関係ないでしょ!」
「人の金で美味しい物お腹いっぱい食べようなんて浅ましいね。乞食みたい」
「ッ~~~~~~! アリス行くよ!」
カアッと赤くなったティーナは羞恥と怒りに身体を震わせながらアリスの腕を掴もうとしたのをセシルが引き寄せて掴ませなかった。
「ちょっと! アリスに何すんのよ!」
「アリスは今から僕とランチ食べるんだ。君は自分の金で好きなパスタ食べに行きなよ」
「アリス! まさかセシル様と食べるなんて言わないわよね? 私と一緒に食べるのよね? 毎日一緒に食べるって約束したもんね!?」
「聞く必要ない」
「キャッ! あのっちょっとっ、セシルッ!?」
うんざりだと言わんばかりの顔でアリスを抱き上げるとセシルはそのままティーナを無視して場を離れた。
「あーッ! 待ちなさいよ! アリス返しなさいよ!」
「待つのはあなたよ、ティーナ・ベルフォルン」
セシル・アッシュバートンに生意気な口を利くティーナを取り囲むファンたちに阻まれて追いかけることができないティーナの怒鳴り声だけが二人の背中にぶつかるもセシルは無視して庭園へと歩いていく。
「セシル! おまっ、お前何やって———今すぐアリスを下ろせ!」
門番に名乗らずとも手で中へ促されるセシルが庭園に入ると待っていたのはいつものメンバー。
セシルが一人ではなかったことはもちろんだが、最も驚いたのはセシルがアリスをお姫様抱っこで連れて来たこと。
いくらセシルであろうと大事な妹がまるでお姫様のように扱われていることが気に入らないカイルは奪い取るようにアリスを引き取って地面に下ろした。
「躾のなってない犬みたいにギャンギャン吠えるから頭痛がする」
「それとアリスを抱えてきたことにどういう関係があるんだ?」
カイルの問いかけを無視して席に着いたセシルが頬杖をついて目を閉じる。
目を閉じるとよくわかるまつ毛の長さ。
まさに美少年だと実感するアリスはカイルに向き直って落ち着いてほしいと両手で促す。
「よくもまあ抱っこできたね」
百七十センチないだろう身長でアリスを抱えてここまで歩いてきたセシルの腕力に皆が驚いていた。
どこからどう見てもセシルは華奢で、そこらの女子よりも女子らしい身体をしているように見えるが、実際は女子一人抱えて歩くぐらいなんでもない筋肉を隠しているのだとアルフレッドは感心していた。
「僕もことバカにしてる?」
「いやいや、感心したんだよ。男の子だなって」
「当たり前でしょ」
誰かを運ぶどころか抱えた経験すらないアリスにとってセシルの行動は驚きでしかなかった。
十歩二十歩の距離ではないのにセシルは一度も立ち止まったり抱え直したりすることなく運んだ。
「彼女、ティーナ・ベルフォルンっていう生徒に乞食に遭いそうになってたよ」
「あー……なあ、アリス? 前々から兄様が言ってること、忘れてないよな?」
「……はい」
セシルの報告にカイルが頭を掻き、可愛い妹の友人関係についてとやかく言いたくはないカイルにとってこれは言い辛い問題だが、言わないわけにもいかない。
前々からそれなりにはやんわりとだが伝えてきたこと。
きっと両親からも兄であるお前から伝えたほうがいいと言われているのだろうとなんとなくではあるが察している。
「ティーナがお前にとって親友なのはわかってる。昔からよく遊んでたしな。でもな、お前とティーナは違いすぎる」
「で、でも、お父様もお母様も違うからこそ互いに全く違う観点から物事を見ることができ──」
「それは互いに尊重し合える関係の場合だ。お前たちは尊重し合ってるか?」
「……それ、は……」
自覚はある。ティーナと一緒にいるのは楽しくとも毎日がそうじゃない。嫌になる日もあるし、離れようと思う日もある。それが年々増えてきていることも。
「ティーナはお前を都合の良いように利用しているようにしか見えないんだがな」
「それはお兄様の意見ですか? それともお父様もお母様もそう思っているのですか?」
「家族全員だ」
ハッキリ告げられた言葉にアリスは目を閉じて俯く。
家を訪ねてきたティーナもついでだからと外食に誘ったあの日、ティーナはベンフィールド夫妻を呆れさせた。
大声で笑ったり、まだ飲み込んでいないのに次々に口に運ぶことだけでも気に入らなかったのだが、それ以上に、店員に向かって『デザートまだ?』と聞いたことが最も許せなかったらしい。
店を出たときも感謝の一言もなく、代わりに『こんな食事が堪能できるなんて最高。美味しい物大好きだから外食するときは呼んでください』と言ったのだ。
それだけでも驚いたのに別れ際、ティーナは『次の外食楽しみにしてますから』と笑顔で言い放った。
それから外食することはあってもティーナを呼ぶことは二度となかった。
ベンフィールド家でティーナは『平民より礼儀がなってない厚かましい女』と認識されている。
それは間違いではないし、ティーナ・ベルフォルンがどういう人間かを説明するときに使える最も正しい言葉ではあるのだが、アリスは苦笑してしまう。
「お前は奥手だから上手く友達を作れなかったし、ティーナに依存する理由もわかるが……友達は選ばないとな」
「はい……」
行けない、ムリだと言っているのを友人の言葉を無視して自分の要求ばかり通そうとするのが親友なのかと何度も思った。
口下手で、人の輪に入っていけないアリスはその間違いに気付いていながらも一人になりたくないからとティーナの傍にいた。
言うことを聞いていれば離れていかない。利用されようと友達でいてくれるならいいと思っていた。
利用していたのは自分も同じだとアリスは自覚があった。
「何も今日縁を切れと言ってるわけじゃない。だが、卒業までに少しずつ距離を取っていくべきだと兄様は思う」
「はい」
「いい返事だ」
迷わずちゃんと返事をしたアリスの頭をカイルが撫でるとそれを見ていたアルフレッドが何度も頷く。
「よし、じゃあランチしながら会議始めようか」
「あ、じゃあ私はこれで!」
立ち上がったアリスにアルフレッドが座るよう手で促す。
「いいよいいよ、座ってなって」
「で、でも私は生徒会の人間じゃないので」
「会長が許してるんだからいいんだよ」
カイルを振り返ると頷いているのを見て座り直したアリスの横にセシルがランチボックスを置いた。
「中身、説明してよ」
ちゃんと包装紙に包んできたパンを一つずつ取り出して本日のパンを説明しては一緒に入れていたクリームの説明も同時に行う。
セシル以外は配置されているシェフが作った食事をとりながらの会議が始まった。
翌日、昨夜は心配の電話一本かけてこなかった、通信機を鳴らすこともなかったティーナが笑顔で寄ってきた。
「う、うん。大丈夫だったよ」
「今日のお昼さ、学校抜け出してパスタ食べに行かない? アークレの絶品クリームパスタ! あれまた食べたいなぁ!」
「学校抜け出して行くのはよくないよ」
「大丈夫だって! 授業始まる前に戻ればいいんだしバレないバレない!」
「そんな早く戻れないし、予約もしてない。それに今日はお金持ってきてないし」
「ツケてもらえばいいじゃん! ね? そうしようよ! 食ーべーたーいー!」
一年前、家族で外食をすると決めていた日に偶然やってきたティーナを両親が誘ってお気に入りのレストランに行った日、ティーナは感動して声を上げながらパスタを食べていた。
アリスもそこのパスタがお気に入りだが、学生の自分たちが制服で気軽に入れるカジュアルな場所ではない。値段も学生のお小遣いで払えるようなものでもない。
ましてや学校を抜け出して両親がお気に入りの店に行くという行為はアリスの中では考えられないものだった。
「今すっごくあそこのパスタが食べたいの!」
「また今度にしよ? ね?」
「やだ! 今日行くの! 今日じゃなきゃや~……だ……?」
ティーナに引っ張られる腕に別の手が添えられたことでアリスだけではなくティーナの動きも止まった。
一斉にザワつく教室。黄色い悲鳴を上げる女子生徒。
光に当たって透ける蜂蜜色の髪がその美しさを際立たせ、皆の視線を集めている。
「アリス、お昼行こう」
「セシ、ル?」
アリスが名前を呼んだことで女子生徒の感情が爆発して窓ガラスを破壊しかねん超音波の如く悲鳴が上がった。
昨日同様約束などしていない。お昼に食べられるようにと作ったランチボックスは朝、最悪の顔をした兄に頼み込んで渡してもらったのを台無しにするようにやってきたセシル・アッシュバートン。
「知り合いだったの?」
誰かの一言がアリスの肩を跳ねさせる。
悪口を言われるのが怖い。嫌味を言われるのが怖い。誰かに敵視されるのが怖い。
アリスの心臓は周りの音を遮断するほど大きくアリスの中で鳴り響く。
「カイル様と仲が良いのに知り合いじゃないわけないでしょ」
「それもそうね」
いつも一緒にいるぐらい仲が良いのだから家にだって呼んでいるはずだと推測する生徒の声に安堵するも今この状況はマズイとセシルの背中を押して一緒に教室を出た。
「兄からランチボックス受け取りませんでしたか?」
「受け取ったよ。すっごい顔して渡された。だから来た」
「だからって……え? え? 約束、して……ない、ですよね?」
セシルが言う「だから」の理由がわからないアリスの戸惑いにセシルが首を傾げる。
「カイルはいつもアポがどうのって言うけどベンフィールド家って誘うのにもアポが必要なの?」
「そ、そうではありません! ただ、その……」
「中身の説明聞きたい」
「あ、それなら———」
今日は昨日とは違うパンを焼いたため説明しようとしたアリスの後方でダンッと床を強く踏みつける音が鳴った。
背中に伝わってくる怒りの感情をアリスは知っている。何度も感じたことがある。
違ってほしいと願いながら恐る恐る振り向くと仁王立ちでひどく冷めた顔をしたティーナが立っていた。
「一緒に行かないって言ったのはセシル様とランチの約束してたからなんだ?」
「違うよ!」
「だったら最初からそう言えばいいじゃない。お金持ってきてないとか嘘ついてさ!」
「嘘じゃない! 本当にお金持ってきてないの!」
「アリスがお金持ってないわけないじゃない! 嘘つき!」
昨日、夜に父親が部屋を訪ねてきて話をした。
「最近、アンドリース地区で貴族を狙ったひったくりが出ているらしい」
「ひったくり、ですか?」
「すぐそこのアンカーズ通りで遭ったらしいんだ。まだ犯人は捕まっていない。馬車だからといって狙われないとは限らない。降りたところを狙われたりするらしい。お前も現金はあまり持ち歩かないようにしなさい。いいね?」
そう言われて今日から現金はカフェテリアで飲み物を買う代金だけしか持たないよう決めたため少額しか持っていない。事情を説明していないといえど親友から吐き捨てるように言われた『嘘つき』はアリスの心に深く突き刺さった。
「親友が持ってないって言ったんだから自分が奢ってあげるって選択肢は出てこないんだ?」
「は?」
間に入ってきたセシルにティーナが眉を寄せる。
「君が行きたい店なら君が金を出すべきなんじゃないの? だって君が食べたいって付き合ってもらうんだから」
「セシル様には関係ないでしょ!」
「人の金で美味しい物お腹いっぱい食べようなんて浅ましいね。乞食みたい」
「ッ~~~~~~! アリス行くよ!」
カアッと赤くなったティーナは羞恥と怒りに身体を震わせながらアリスの腕を掴もうとしたのをセシルが引き寄せて掴ませなかった。
「ちょっと! アリスに何すんのよ!」
「アリスは今から僕とランチ食べるんだ。君は自分の金で好きなパスタ食べに行きなよ」
「アリス! まさかセシル様と食べるなんて言わないわよね? 私と一緒に食べるのよね? 毎日一緒に食べるって約束したもんね!?」
「聞く必要ない」
「キャッ! あのっちょっとっ、セシルッ!?」
うんざりだと言わんばかりの顔でアリスを抱き上げるとセシルはそのままティーナを無視して場を離れた。
「あーッ! 待ちなさいよ! アリス返しなさいよ!」
「待つのはあなたよ、ティーナ・ベルフォルン」
セシル・アッシュバートンに生意気な口を利くティーナを取り囲むファンたちに阻まれて追いかけることができないティーナの怒鳴り声だけが二人の背中にぶつかるもセシルは無視して庭園へと歩いていく。
「セシル! おまっ、お前何やって———今すぐアリスを下ろせ!」
門番に名乗らずとも手で中へ促されるセシルが庭園に入ると待っていたのはいつものメンバー。
セシルが一人ではなかったことはもちろんだが、最も驚いたのはセシルがアリスをお姫様抱っこで連れて来たこと。
いくらセシルであろうと大事な妹がまるでお姫様のように扱われていることが気に入らないカイルは奪い取るようにアリスを引き取って地面に下ろした。
「躾のなってない犬みたいにギャンギャン吠えるから頭痛がする」
「それとアリスを抱えてきたことにどういう関係があるんだ?」
カイルの問いかけを無視して席に着いたセシルが頬杖をついて目を閉じる。
目を閉じるとよくわかるまつ毛の長さ。
まさに美少年だと実感するアリスはカイルに向き直って落ち着いてほしいと両手で促す。
「よくもまあ抱っこできたね」
百七十センチないだろう身長でアリスを抱えてここまで歩いてきたセシルの腕力に皆が驚いていた。
どこからどう見てもセシルは華奢で、そこらの女子よりも女子らしい身体をしているように見えるが、実際は女子一人抱えて歩くぐらいなんでもない筋肉を隠しているのだとアルフレッドは感心していた。
「僕もことバカにしてる?」
「いやいや、感心したんだよ。男の子だなって」
「当たり前でしょ」
誰かを運ぶどころか抱えた経験すらないアリスにとってセシルの行動は驚きでしかなかった。
十歩二十歩の距離ではないのにセシルは一度も立ち止まったり抱え直したりすることなく運んだ。
「彼女、ティーナ・ベルフォルンっていう生徒に乞食に遭いそうになってたよ」
「あー……なあ、アリス? 前々から兄様が言ってること、忘れてないよな?」
「……はい」
セシルの報告にカイルが頭を掻き、可愛い妹の友人関係についてとやかく言いたくはないカイルにとってこれは言い辛い問題だが、言わないわけにもいかない。
前々からそれなりにはやんわりとだが伝えてきたこと。
きっと両親からも兄であるお前から伝えたほうがいいと言われているのだろうとなんとなくではあるが察している。
「ティーナがお前にとって親友なのはわかってる。昔からよく遊んでたしな。でもな、お前とティーナは違いすぎる」
「で、でも、お父様もお母様も違うからこそ互いに全く違う観点から物事を見ることができ──」
「それは互いに尊重し合える関係の場合だ。お前たちは尊重し合ってるか?」
「……それ、は……」
自覚はある。ティーナと一緒にいるのは楽しくとも毎日がそうじゃない。嫌になる日もあるし、離れようと思う日もある。それが年々増えてきていることも。
「ティーナはお前を都合の良いように利用しているようにしか見えないんだがな」
「それはお兄様の意見ですか? それともお父様もお母様もそう思っているのですか?」
「家族全員だ」
ハッキリ告げられた言葉にアリスは目を閉じて俯く。
家を訪ねてきたティーナもついでだからと外食に誘ったあの日、ティーナはベンフィールド夫妻を呆れさせた。
大声で笑ったり、まだ飲み込んでいないのに次々に口に運ぶことだけでも気に入らなかったのだが、それ以上に、店員に向かって『デザートまだ?』と聞いたことが最も許せなかったらしい。
店を出たときも感謝の一言もなく、代わりに『こんな食事が堪能できるなんて最高。美味しい物大好きだから外食するときは呼んでください』と言ったのだ。
それだけでも驚いたのに別れ際、ティーナは『次の外食楽しみにしてますから』と笑顔で言い放った。
それから外食することはあってもティーナを呼ぶことは二度となかった。
ベンフィールド家でティーナは『平民より礼儀がなってない厚かましい女』と認識されている。
それは間違いではないし、ティーナ・ベルフォルンがどういう人間かを説明するときに使える最も正しい言葉ではあるのだが、アリスは苦笑してしまう。
「お前は奥手だから上手く友達を作れなかったし、ティーナに依存する理由もわかるが……友達は選ばないとな」
「はい……」
行けない、ムリだと言っているのを友人の言葉を無視して自分の要求ばかり通そうとするのが親友なのかと何度も思った。
口下手で、人の輪に入っていけないアリスはその間違いに気付いていながらも一人になりたくないからとティーナの傍にいた。
言うことを聞いていれば離れていかない。利用されようと友達でいてくれるならいいと思っていた。
利用していたのは自分も同じだとアリスは自覚があった。
「何も今日縁を切れと言ってるわけじゃない。だが、卒業までに少しずつ距離を取っていくべきだと兄様は思う」
「はい」
「いい返事だ」
迷わずちゃんと返事をしたアリスの頭をカイルが撫でるとそれを見ていたアルフレッドが何度も頷く。
「よし、じゃあランチしながら会議始めようか」
「あ、じゃあ私はこれで!」
立ち上がったアリスにアルフレッドが座るよう手で促す。
「いいよいいよ、座ってなって」
「で、でも私は生徒会の人間じゃないので」
「会長が許してるんだからいいんだよ」
カイルを振り返ると頷いているのを見て座り直したアリスの横にセシルがランチボックスを置いた。
「中身、説明してよ」
ちゃんと包装紙に包んできたパンを一つずつ取り出して本日のパンを説明しては一緒に入れていたクリームの説明も同時に行う。
セシル以外は配置されているシェフが作った食事をとりながらの会議が始まった。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
王女殿下のモラトリアム
あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」
突然、怒鳴られたの。
見知らぬ男子生徒から。
それが余りにも突然で反応できなかったの。
この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの?
わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。
先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。
お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中
白雨 音
恋愛
父親の再婚により、家族から小間使いとして扱われてきた、伯爵令嬢のコレット。
思いがけず結婚が決まるが、義姉クリスティナと偽る様に言われる。
愛を求めるコレットは、結婚に望みを託し、クリスティナとして夫となるアラード卿の館へ
向かうのだが、その先で、この結婚が偽りと知らされる。
アラード卿は、彼女を妻とは見ておらず、曰く付きの塔に閉じ込め、放置した。
そんな彼女を、唯一気遣ってくれたのは、自分よりも年上の義理の息子ランメルトだった___
異世界恋愛 《完結しました》
【完結】ありのままのわたしを愛して
彩華(あやはな)
恋愛
私、ノエルは左目に傷があった。
そのため学園では悪意に晒されている。婚約者であるマルス様は庇ってくれないので、図書館に逃げていた。そんな時、外交官である兄が国外視察から帰ってきたことで、王立大図書館に行けることに。そこで、一人の青年に会うー。
私は好きなことをしてはいけないの?傷があってはいけないの?
自分が自分らしくあるために私は動き出すー。ありのままでいいよね?
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる