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「今日はアリスとランチの予定だったんだけど」
「今日も、だろ。いい加減にしろよ」
「好きな子とランチして何が悪いわけ?」
「やめろやめろやめろやめろ! お前の口からそんな言葉聞きたくない! 蹴り飛ばしたくなる!」
「アリスに嫌われてもいいならどうぞ」
週末のアリスとのデートまで指折り数えながらアリスとランチをする予定だったセシルは生徒会の呼び出しに不満しかなく、カイルが騒ぐのを冷静に見つめながら肩を竦める。
「セシル、カイルを挑発するな」
「カイルは過保護すぎるんだよ。そうやってカイルがなんでも口出しするからアリスはあんなに気弱なんだよ」
「アリスは気弱なんじゃない、優しいだけだ。知ったような口を利くな」
歯を食いしばったまま喋るカイルの我慢の仕方にアルフレッドが苦笑し、ヴィンセルはやれやれと首を振る。
「カイル、わかってないかもしれないからこれだけは言っておくけど、君が卒業しても僕とアリスは一緒だから」
「わかってんだよ、そんなこと」
「それじゃあこれは? 君は今、兄として騎士気取りかもしれないけど、卒業したらその騎士の役目は終わりで、代わりに僕が彼女の騎士になるってこと」
「ッ~~~~~~~!! お前を義弟なんて死んでも認めん!」
「死んだら認められないし、死人の意見なんてどうでもいいしね」
「セシルやめろ。しつこいぞ」
減らず口のセシルにカイルが黒板を叩くと黒板が割れ、破片がテーブルの上へと飛んでいく。
これ以上セシルの挑発が続けばカイルは黒板を粉砕しかねない。そうなると面倒なことが起きるのは間違いないとヴィンセルには未来が見えている。
保健室のドア、音楽室のドアを破壊したカイルは学園長から厳しいお叱りを受けた。
『生徒会長だからといって好き放題し放題というわけにはいかない。君は生徒会長としてこの学園の全生徒の手本にならなければならないというのに、君が器物破損で二度も注意を受けていては示しがつかないだろう。君がこの学園のために心血注いで活動してくれていることは知っているが、たった一度のミスで全てが台無しになるかもしれないんだ。君も君のご両親もそんなことは望んでいないだろう。もう一度気を引き締めて取り組んでほしい」
頭を下げて謝ったカイルだが、内心ははらわたが煮え繰り返って飛び出しそうだった。
誰のおかげで寄付金が集まっていると思っているんだと言ってやりたかったが、全ては自分のためだと言い聞かせて真摯な態度で謝罪した。
だからこれ以上問題を起こすわけにはいかないカイルは見えすいた挑発も堪えるしかない。
だが、頭の中ではセシルの頭はトマトのようにカイルに握り潰されていた。
「ヴィンセルはあれ以来、アリスとは喋ってないんだよね?」
「ああ」
「そっか、じゃあ安心だね。僕、ライバルとか欲しくないんだ。ヴィンセルが相手じゃ勝ち目ないし」
「俺は? 侯爵だからセシルよりアリスちゃんに相応しいんじゃない?」
「カイルが義兄になるってことわかってる?」
「……アリスちゃんは世界一可愛いから俺みたいな男は分不相応だよね!」
横から感じる獲物を狙う肉食獣より鋭い殺気に早口で捲し立てて勢いよく俯いた。
「俺より完璧な男でなければアリスの婚約者として認めるわけにはいかない」
「アリスを不幸にするつもり?」
「俺はアリスを不幸にはしない」
「だってカイルの横にいる限り、アリスは誰のことも好きになれないってことでしょ?」
「そもそも、俺のような完璧な男が傍にいて、お前らみたいなちんちくりんを好きになるわけないだろ」
「僕はアリスの家で食事もしたし、両親に挨拶だってした。毎日アリスの手作り弁当を食べるし、手だって繋ぐ。アリスだって悪くないって思ってるから僕と一緒にいてくれてるわけだし」
饒舌に語るセシルに全身を震わせるカイルからプチッと音が聞こえ、アルフレッドとヴィンセルは慌てて椅子を引いて立ち上がり、隅へと避難する。
その直後、バンッと思いきり強くテーブルが叩かれたことで食器が宙に浮き、そのまま派手な音を立ててテーブルの上へと着地した。
セシルはそれを想定してテーブルクロスを持ち上げていたため、ソースが制服にかからずに済んだ。
「アリスはお前を気に入ってるから一緒に食事をしてるんじゃない。断れないだけだ、優しいからな。お前のようなチビでサボり癖がある生意気な男を好きになる可能性はゼロだ! 俺がお前の妹になるぐらい可能性はない!」
「なにそれ意味わかんない」
「ありえないって意味だ!!」
何度もテーブルを叩いて怒鳴るカイルに二階三階の窓が開き、四階の窓まで開いた。
「盗み聞きとはいい度胸だな!!」
見上げて怒鳴るカイルに生徒たちは慌てて窓を閉めた。
「そうやってすぐ怒鳴る男こそアリスの嫌いなタイプだと思うけどね?」
「……知ったような口を利くな」
「だってアリスは怒鳴り声嫌いだし」
喧嘩しているのを見るのも嫌だし、聞くのも嫌だ。無関係なのにそういう場面を見るだけで怖くなってしまうのだ。
だからカイルは極力アリスの前で怒らないよう努めているのだが、アリスのことになるとつい怒声を上げてしまう。
直さなければと何万回も誓ったのに未だ直る気配はない。
『感情的になる男は勝ち組にはなれない。相手の感情をコントロールできないし、自分の考えを簡単に読ませてしまう。それだけでもう負け組決定よ。情けない負け犬の背中を妹に見せたいなら何百回でも怒りなさい。感情を乱して、失敗して、地の底まで落ちればいいのよ。自分は負け犬だって噛み締めて、天まで伸びる糸さえ掴めず見てるだけ。今のままならあなたを待つ未来はそんなものでしょうね』
嘲笑する母親の言動にも腹を立てた。
リオに向けた怒りがどれほど酷いものだったかはカイルが一番よくわかっている。
階段から突き飛ばされて目を覚ましたアリスは望んでいないと泣いた。アリスのためだと思ってしたことだったが、全部自分のためだった。
可愛い妹が背中からいなくなってしまうのが嫌で、カイルはアリスがいなくなってしまわないようにと守り続けている。
自分がいなければダメで、自分の背中に隠れることによって安堵する妹を作り上げてきた。
だから今更手放せない。これからも自分の背中に隠れていてもらわなければ困る。
守る存在がいることこそ、カイルの原動力なのだ。
それがどれほど過保護で異常性があると言われようともカイルは妹が可愛くて仕方なかった。
「セシル、お前じゃアリスの婚約者には相応しくない」
「僕が伯爵の子だから?」
「そうだ。令嬢は自分より下の爵位の令息とは結婚しない。それは貴族のルールだ」
「僕にはメリットしかないから、そんなルールはクソくらえだよ」
「お前にはそうだろうさ。だがな、ベンフィールド家がアッシュバートン家と手を組むことにはなんのメリットもないんだよ。諦めろ」
「嫌だね」
アリスと出会うまではセシルもカイルが怖かった。だが、アリスを好きになってからは怯えることをやめた。怯えていてはアリスを手に入れることはできない。
太陽を隠す暗雲を吹き飛ばさない限り、太陽は輝かない。邪魔なのだ。
だからセシルはできる限りの反論と反抗を続けるつもり。
「セシル、お前はもっと聞き分けのいい人間だと思っていたんだがな。サボり癖はあっても仕事だけはちゃんとしてくる。だから俺はお前を生徒会メンバーとして置いている」
「別に外してもらってもいいよ。アリスと一緒にいる時間が増えるだけだし」
「……俺は完璧な人間だ。強く、賢く、美しい。誰もが俺に逆らえない。それは俺が有能であり、恐怖だからだ。俺に逆らうことがどういうことかわかって言ってるんだよな、セシル?」
わからないわけがない。
アリスはカイルに嘘をついた。セシルは銃を持ってなどいなかった、自分は何も見ていないと。
だが、カイルは気付いていたはず。三人が呼び出された日、学園長が何を聞いたのか、それは生徒会長であるカイルにも話がいったはずだ。妹のアリスも被害者となっていたのだから。
ティーナが虚言癖持ちであることはわかっていても、あの空っぽの脳みそで銃の所持をでっち上げられるとは思えない。
正直に告白したが、馬車に乗っていた他の二人が知らないと言ったのだからそれを受け入れるしかなかった。ベンフィールド家の令嬢であるアリスと、王子であるヴィンセルが誓ったのだ。
どんなに疑わしくとも、そこでそれ以上の追求は学園長には不可能だった。
疑惑はあれど飲みこむしかない状況にカイルも追求しなかった。彼らは友であること、妹を疑いたくはなかったこともあって。
カイルが追求しようとすれば必ずなんらかの証拠を掴んでからしてくるはず。もし銃の所持を明らかにする証拠を出されればセシルは言い逃れできない。
セシルがどれだけアリスを好きだ、諦めないと言おうと刑務所に入ってしまえばその声はもう届かない。
「脅しってわけ?」
「人聞きの悪いことを言うな。俺はお前に正しい選択をしてほしいだけだ」
「悪いけど、カイルが何をどうしようと僕は僕が正しいと思ったほうへ進む。カイルの言う正しい道には進まない」
「覚悟できてるんだな?」
「そっちこそ、アリスを泣かせてアリスに嫌われる覚悟はできてるんだね?」
「アリスは何があろうと俺を嫌わない」
「だといいね。じゃあ楽しみだ」
まるで確信があるようなセシルの言い方にカイルは少し冷静になる。
ここで全てを明らかにしてしまうのは簡単だが、盗み聞きしているであろう生徒たちに聞かれてしまうのはマズイ。
証言したアリスもヴィンセルも巻き込むことになってしまうのだから。
消えた事件を掘り返して探ることはカイルにとっても不利になる。余計なことに時間を使ってしまうことになるのだから。
セシルはわかっているのだ。カイルのそれが脅しにすぎないことを。
「カイル、お前の気持ちはわかるが、アリスのことで考えすぎるな。セシルもカイルを挑発するな。アリスと結婚したらカイルが義兄になるということなんだぞ。仲良くしろ」
「君は僕の義兄でもないんだから命令しないでよ」
強い言い方にヴィンセルが眉を寄せる。明らかに嫌悪ある言い方。
「セシル、俺はお前に何かした覚えはないぞ」
「そうだね。アリスを泣かせたこと以外は」
「それはカイルから制裁を受けた。お前に当たられることではない」
「パンチ一発じゃん。ま、アリスが避けてるからいいけど」
「ッ」
ヴィンセルはまだアリスと話したいのではないかとセシルは疑っている。
話したいだけならいい。だが、その気持ちがアリスの匂いが目的ではないと言い切れないのであれば近付くことさえ許せない。
カイルのような権限はないが、それでもセシルはずっとアリスが好きだと言い続けている。だからヴィンセルのいい加減な気持ちでアリスを傷つけてほしくなかった。
「ま、僕よりアンダーソンをどうにかすべきだと思うけどね」
「アイツは俺の支配下にある」
「こわっ。それ、魔王の台詞じゃん」
「利口な犬だぞ。ちゃんと我が家の敷居を跨ぐことなく外で待ってるんだからな」
それだけはカイルがリオを評価している点。
「これだけは言っておく。僕はアリスが好きだし、ヴィンセルは僕のライバルにはなれない。カイルはアリスの恋人にはなれないし、所詮は兄でしかない。これは僕とアリスの問題であって君たちは無関係だ。僕はアリスが好きだからアリスに気持ちを伝え続けるし、それに応える応えないはアリスの自由。無理強いするつもりはないし、焦らせるつもりもない。アリスの気持ちが固まるまで何年だって待つし挑む。それは誰に邪魔されようと変わらないから」
そう言って立ち去ったセシルにカイルは唇を噛み締めながら椅子を蹴飛ばし、ヴィンセルは一点を見つめて考え込んでいた。
アルフレッドだけがカイルに近寄って怒りを鎮めるよう宥めている。
(でもそれは、ヴィンセル様が楽になれるからですか? それとも……私のことが、好き……だから、ですか?)
そう聞いてきたアリスに何も答えられなかった。きっと今もう一度同じことを聞かれてもヴィンセルはハッキリと答えることはできないだろう。
好きという感情よりもアリスに傍にいてほしい願いのほうが強い。それはあの香りに運命を感じたからだ。遺伝子レベルで相性が良いと思っているのに、アリスはそれを感じてはいなかった。
自分だけが感じていただけだった。
失敗し、それ以来アリスと話すことはなくなった。
先日見たセシルとのキスシーン。あのときもアリスはヴィンせると目を合わせることなく出て行ってしまった。
自分がキスをしたらどういう顔をするだろう。あの日のように困った顔ではなく、きっとまた泣かせてしまうのだろう。
自分は王子なのだからアリスを婚約者に迎えるには充分なはずなのに、セシルのように言えないからセシルを羨んでしまう。
誰を敵に回しても愛を貫こうとしているセシルにヴィンセルは少し憧れていた。
「今日も、だろ。いい加減にしろよ」
「好きな子とランチして何が悪いわけ?」
「やめろやめろやめろやめろ! お前の口からそんな言葉聞きたくない! 蹴り飛ばしたくなる!」
「アリスに嫌われてもいいならどうぞ」
週末のアリスとのデートまで指折り数えながらアリスとランチをする予定だったセシルは生徒会の呼び出しに不満しかなく、カイルが騒ぐのを冷静に見つめながら肩を竦める。
「セシル、カイルを挑発するな」
「カイルは過保護すぎるんだよ。そうやってカイルがなんでも口出しするからアリスはあんなに気弱なんだよ」
「アリスは気弱なんじゃない、優しいだけだ。知ったような口を利くな」
歯を食いしばったまま喋るカイルの我慢の仕方にアルフレッドが苦笑し、ヴィンセルはやれやれと首を振る。
「カイル、わかってないかもしれないからこれだけは言っておくけど、君が卒業しても僕とアリスは一緒だから」
「わかってんだよ、そんなこと」
「それじゃあこれは? 君は今、兄として騎士気取りかもしれないけど、卒業したらその騎士の役目は終わりで、代わりに僕が彼女の騎士になるってこと」
「ッ~~~~~~~!! お前を義弟なんて死んでも認めん!」
「死んだら認められないし、死人の意見なんてどうでもいいしね」
「セシルやめろ。しつこいぞ」
減らず口のセシルにカイルが黒板を叩くと黒板が割れ、破片がテーブルの上へと飛んでいく。
これ以上セシルの挑発が続けばカイルは黒板を粉砕しかねない。そうなると面倒なことが起きるのは間違いないとヴィンセルには未来が見えている。
保健室のドア、音楽室のドアを破壊したカイルは学園長から厳しいお叱りを受けた。
『生徒会長だからといって好き放題し放題というわけにはいかない。君は生徒会長としてこの学園の全生徒の手本にならなければならないというのに、君が器物破損で二度も注意を受けていては示しがつかないだろう。君がこの学園のために心血注いで活動してくれていることは知っているが、たった一度のミスで全てが台無しになるかもしれないんだ。君も君のご両親もそんなことは望んでいないだろう。もう一度気を引き締めて取り組んでほしい」
頭を下げて謝ったカイルだが、内心ははらわたが煮え繰り返って飛び出しそうだった。
誰のおかげで寄付金が集まっていると思っているんだと言ってやりたかったが、全ては自分のためだと言い聞かせて真摯な態度で謝罪した。
だからこれ以上問題を起こすわけにはいかないカイルは見えすいた挑発も堪えるしかない。
だが、頭の中ではセシルの頭はトマトのようにカイルに握り潰されていた。
「ヴィンセルはあれ以来、アリスとは喋ってないんだよね?」
「ああ」
「そっか、じゃあ安心だね。僕、ライバルとか欲しくないんだ。ヴィンセルが相手じゃ勝ち目ないし」
「俺は? 侯爵だからセシルよりアリスちゃんに相応しいんじゃない?」
「カイルが義兄になるってことわかってる?」
「……アリスちゃんは世界一可愛いから俺みたいな男は分不相応だよね!」
横から感じる獲物を狙う肉食獣より鋭い殺気に早口で捲し立てて勢いよく俯いた。
「俺より完璧な男でなければアリスの婚約者として認めるわけにはいかない」
「アリスを不幸にするつもり?」
「俺はアリスを不幸にはしない」
「だってカイルの横にいる限り、アリスは誰のことも好きになれないってことでしょ?」
「そもそも、俺のような完璧な男が傍にいて、お前らみたいなちんちくりんを好きになるわけないだろ」
「僕はアリスの家で食事もしたし、両親に挨拶だってした。毎日アリスの手作り弁当を食べるし、手だって繋ぐ。アリスだって悪くないって思ってるから僕と一緒にいてくれてるわけだし」
饒舌に語るセシルに全身を震わせるカイルからプチッと音が聞こえ、アルフレッドとヴィンセルは慌てて椅子を引いて立ち上がり、隅へと避難する。
その直後、バンッと思いきり強くテーブルが叩かれたことで食器が宙に浮き、そのまま派手な音を立ててテーブルの上へと着地した。
セシルはそれを想定してテーブルクロスを持ち上げていたため、ソースが制服にかからずに済んだ。
「アリスはお前を気に入ってるから一緒に食事をしてるんじゃない。断れないだけだ、優しいからな。お前のようなチビでサボり癖がある生意気な男を好きになる可能性はゼロだ! 俺がお前の妹になるぐらい可能性はない!」
「なにそれ意味わかんない」
「ありえないって意味だ!!」
何度もテーブルを叩いて怒鳴るカイルに二階三階の窓が開き、四階の窓まで開いた。
「盗み聞きとはいい度胸だな!!」
見上げて怒鳴るカイルに生徒たちは慌てて窓を閉めた。
「そうやってすぐ怒鳴る男こそアリスの嫌いなタイプだと思うけどね?」
「……知ったような口を利くな」
「だってアリスは怒鳴り声嫌いだし」
喧嘩しているのを見るのも嫌だし、聞くのも嫌だ。無関係なのにそういう場面を見るだけで怖くなってしまうのだ。
だからカイルは極力アリスの前で怒らないよう努めているのだが、アリスのことになるとつい怒声を上げてしまう。
直さなければと何万回も誓ったのに未だ直る気配はない。
『感情的になる男は勝ち組にはなれない。相手の感情をコントロールできないし、自分の考えを簡単に読ませてしまう。それだけでもう負け組決定よ。情けない負け犬の背中を妹に見せたいなら何百回でも怒りなさい。感情を乱して、失敗して、地の底まで落ちればいいのよ。自分は負け犬だって噛み締めて、天まで伸びる糸さえ掴めず見てるだけ。今のままならあなたを待つ未来はそんなものでしょうね』
嘲笑する母親の言動にも腹を立てた。
リオに向けた怒りがどれほど酷いものだったかはカイルが一番よくわかっている。
階段から突き飛ばされて目を覚ましたアリスは望んでいないと泣いた。アリスのためだと思ってしたことだったが、全部自分のためだった。
可愛い妹が背中からいなくなってしまうのが嫌で、カイルはアリスがいなくなってしまわないようにと守り続けている。
自分がいなければダメで、自分の背中に隠れることによって安堵する妹を作り上げてきた。
だから今更手放せない。これからも自分の背中に隠れていてもらわなければ困る。
守る存在がいることこそ、カイルの原動力なのだ。
それがどれほど過保護で異常性があると言われようともカイルは妹が可愛くて仕方なかった。
「セシル、お前じゃアリスの婚約者には相応しくない」
「僕が伯爵の子だから?」
「そうだ。令嬢は自分より下の爵位の令息とは結婚しない。それは貴族のルールだ」
「僕にはメリットしかないから、そんなルールはクソくらえだよ」
「お前にはそうだろうさ。だがな、ベンフィールド家がアッシュバートン家と手を組むことにはなんのメリットもないんだよ。諦めろ」
「嫌だね」
アリスと出会うまではセシルもカイルが怖かった。だが、アリスを好きになってからは怯えることをやめた。怯えていてはアリスを手に入れることはできない。
太陽を隠す暗雲を吹き飛ばさない限り、太陽は輝かない。邪魔なのだ。
だからセシルはできる限りの反論と反抗を続けるつもり。
「セシル、お前はもっと聞き分けのいい人間だと思っていたんだがな。サボり癖はあっても仕事だけはちゃんとしてくる。だから俺はお前を生徒会メンバーとして置いている」
「別に外してもらってもいいよ。アリスと一緒にいる時間が増えるだけだし」
「……俺は完璧な人間だ。強く、賢く、美しい。誰もが俺に逆らえない。それは俺が有能であり、恐怖だからだ。俺に逆らうことがどういうことかわかって言ってるんだよな、セシル?」
わからないわけがない。
アリスはカイルに嘘をついた。セシルは銃を持ってなどいなかった、自分は何も見ていないと。
だが、カイルは気付いていたはず。三人が呼び出された日、学園長が何を聞いたのか、それは生徒会長であるカイルにも話がいったはずだ。妹のアリスも被害者となっていたのだから。
ティーナが虚言癖持ちであることはわかっていても、あの空っぽの脳みそで銃の所持をでっち上げられるとは思えない。
正直に告白したが、馬車に乗っていた他の二人が知らないと言ったのだからそれを受け入れるしかなかった。ベンフィールド家の令嬢であるアリスと、王子であるヴィンセルが誓ったのだ。
どんなに疑わしくとも、そこでそれ以上の追求は学園長には不可能だった。
疑惑はあれど飲みこむしかない状況にカイルも追求しなかった。彼らは友であること、妹を疑いたくはなかったこともあって。
カイルが追求しようとすれば必ずなんらかの証拠を掴んでからしてくるはず。もし銃の所持を明らかにする証拠を出されればセシルは言い逃れできない。
セシルがどれだけアリスを好きだ、諦めないと言おうと刑務所に入ってしまえばその声はもう届かない。
「脅しってわけ?」
「人聞きの悪いことを言うな。俺はお前に正しい選択をしてほしいだけだ」
「悪いけど、カイルが何をどうしようと僕は僕が正しいと思ったほうへ進む。カイルの言う正しい道には進まない」
「覚悟できてるんだな?」
「そっちこそ、アリスを泣かせてアリスに嫌われる覚悟はできてるんだね?」
「アリスは何があろうと俺を嫌わない」
「だといいね。じゃあ楽しみだ」
まるで確信があるようなセシルの言い方にカイルは少し冷静になる。
ここで全てを明らかにしてしまうのは簡単だが、盗み聞きしているであろう生徒たちに聞かれてしまうのはマズイ。
証言したアリスもヴィンセルも巻き込むことになってしまうのだから。
消えた事件を掘り返して探ることはカイルにとっても不利になる。余計なことに時間を使ってしまうことになるのだから。
セシルはわかっているのだ。カイルのそれが脅しにすぎないことを。
「カイル、お前の気持ちはわかるが、アリスのことで考えすぎるな。セシルもカイルを挑発するな。アリスと結婚したらカイルが義兄になるということなんだぞ。仲良くしろ」
「君は僕の義兄でもないんだから命令しないでよ」
強い言い方にヴィンセルが眉を寄せる。明らかに嫌悪ある言い方。
「セシル、俺はお前に何かした覚えはないぞ」
「そうだね。アリスを泣かせたこと以外は」
「それはカイルから制裁を受けた。お前に当たられることではない」
「パンチ一発じゃん。ま、アリスが避けてるからいいけど」
「ッ」
ヴィンセルはまだアリスと話したいのではないかとセシルは疑っている。
話したいだけならいい。だが、その気持ちがアリスの匂いが目的ではないと言い切れないのであれば近付くことさえ許せない。
カイルのような権限はないが、それでもセシルはずっとアリスが好きだと言い続けている。だからヴィンセルのいい加減な気持ちでアリスを傷つけてほしくなかった。
「ま、僕よりアンダーソンをどうにかすべきだと思うけどね」
「アイツは俺の支配下にある」
「こわっ。それ、魔王の台詞じゃん」
「利口な犬だぞ。ちゃんと我が家の敷居を跨ぐことなく外で待ってるんだからな」
それだけはカイルがリオを評価している点。
「これだけは言っておく。僕はアリスが好きだし、ヴィンセルは僕のライバルにはなれない。カイルはアリスの恋人にはなれないし、所詮は兄でしかない。これは僕とアリスの問題であって君たちは無関係だ。僕はアリスが好きだからアリスに気持ちを伝え続けるし、それに応える応えないはアリスの自由。無理強いするつもりはないし、焦らせるつもりもない。アリスの気持ちが固まるまで何年だって待つし挑む。それは誰に邪魔されようと変わらないから」
そう言って立ち去ったセシルにカイルは唇を噛み締めながら椅子を蹴飛ばし、ヴィンセルは一点を見つめて考え込んでいた。
アルフレッドだけがカイルに近寄って怒りを鎮めるよう宥めている。
(でもそれは、ヴィンセル様が楽になれるからですか? それとも……私のことが、好き……だから、ですか?)
そう聞いてきたアリスに何も答えられなかった。きっと今もう一度同じことを聞かれてもヴィンセルはハッキリと答えることはできないだろう。
好きという感情よりもアリスに傍にいてほしい願いのほうが強い。それはあの香りに運命を感じたからだ。遺伝子レベルで相性が良いと思っているのに、アリスはそれを感じてはいなかった。
自分だけが感じていただけだった。
失敗し、それ以来アリスと話すことはなくなった。
先日見たセシルとのキスシーン。あのときもアリスはヴィンせると目を合わせることなく出て行ってしまった。
自分がキスをしたらどういう顔をするだろう。あの日のように困った顔ではなく、きっとまた泣かせてしまうのだろう。
自分は王子なのだからアリスを婚約者に迎えるには充分なはずなのに、セシルのように言えないからセシルを羨んでしまう。
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