愛だ恋だと変化を望まない公爵令嬢がその手を取るまで

永江寧々

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ダンスパーティー

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 何年ぶりか思い出せないほど遠い昔の記憶にあるダンスホール。
 その日一番の美しさを身に纏い、パーティーを楽しむ光景は幼い頃に見たものとは全く違う物に見えた。

「こんなにキレイだったかな……」
「知らなかったの? 僕はちゃんと知ってたよ」
「パーティー行かないでしょ?」
「パーティーの話? アリスの話してるのかと思った」

 セシルの笑顔はわかりやすい。からかっているつもりはないのだろうが、悪戯めいた笑みを浮かべるから。
 その笑顔を見ているだけでアリスも笑顔になる。

「カイルが一緒に来なかったのは驚きだね」
「仕事が残ってるから終えたらって」
「バカ真面目だよね、カイルって」
「そこが良いところなんです」
「そうだね。あれで不真面目だったら最悪だよ」

 不真面目な暴君など誰も認めはしないと肩をす竦めるセシル。
 カイルは誰にも文句を言わせないほど動き回り、誰よりも働いている。だから多少の暴君具合は皆が受け入れている。渋々ではあるが。

「僕、ダンスって苦手。しかもあの踊りながらパートナーが変わるのはもっと苦手。ほら、僕すぐ顔に出るから」
「そうだね。私もダンスパーティーの仕組みってよく知らないの」
「じゃあ二人だけで踊ろうよ」
「踊れるの?」
「伯爵の息子だよ? レディに恥はかかせない」

 目を細めてキメ顔を作っているようにしか見えないセシルから顔を逸らして笑いを堪えるアリスの前でセシルが軽く頭を下げた。
 胸に手を当て、手を下から差し出すセシルに再び顔を向ける。

「僕と踊っていただけませんか?」
「はい」

 この一年、ほとんどの時間をセシルと共に過ごしてきたが、あまり紳士らしい姿を見たことはなかった。自由奔放な少年といったイメージばかり。
 今はそれが嘘のように紳士らしい振る舞いと共に彼が貴族の息子であることを思い出させた。
 手を乗せ、始まる音楽に合わせて一曲踊る。
 
「キレイね」
「アリスのこと? 知ってる」
「セシルの顔のこと」
「僕の顔は見慣れたでしょ?」
「まさか」
「じゃあいつもキレイだなってドキドキしながら僕と一緒にいるの?」
「ふふっ、そうかもね」

 否定しなかったアリスにセシルは今すぐにでも真相を聞き出したいが、曲が終わるまで足を止めるわけにはいかない。ダンスを途中で止めることは女性に恥をかかせることになってしまうから。
 ダンスは笑顔で、楽しく、美しく踊るもの。追求することはそれを台無しにしてしまうようで相応しくない。 

「でも今日のアリスは本当にキレイだ。短いから踊ると髪がふわふわしていいね」

 アリスはずっとその感覚が嫌だった。長く重たい髪だからこそ気に入っていた。それなのに今はまとめることも重さを感じることもない。
 だが、今のセシルの言葉で少し胸が軽くなったような気がした。
 自分では見えない姿をセシルは見ている。お世辞は言わない。彼はいつも真っ直ぐに想いを伝えてくれる。だからその言葉を疑う気持ちは一欠片だってない。
 髪を切られてから皆が似合っていると言ってくれる。カイルもリオもアボット姉妹も両親も使用人も。信じなかった自分が悪い。お世辞だと受け取った自分が自分を卑屈にさせていたのだと気付いた。

「嬉しい、ありがとう」

 それでいいんだと笑顔で頷くセシルにアリスもこれでよかったんだと満面の笑みを浮かべる。
 煌びやかな会場で踊ることを二人は初めて楽しいと思えた。
 派手なことや賑やかな場所を苦手とする二人にとって二人で過ごし克服した尊い時間。
 特別な場所ではない。貴族たちが参加するパーティーは毎日どこかしらで開かれている。それでも二人は興味を示すことなく生きてきた。誰に誘われても行かないの一点張りで。
 キッカケ一つでこんなにも変われるのだと二人は知った。

「ダンスが上手い女性って魅力的だよね」
「パンが焼ける女性とどっちが魅力的?」
「パン」

 即答だと吹き出しそうになるのを堪え、セシルらしいと頷いた。
 曲が終わり、ゆっくりと離れて二人で挨拶をする。
 その瞬間を見計らってスッと手が差し出された。

「レディ、俺とも踊っていただけますか?」

 カイルだ。
 サロンに顔は出してもパーティーにはあまり顔を出さない。令嬢たちの相手が面倒だからだ。
 だが今日は特別。前髪を上げて正装に身を包むカイルの姿は妹から見ても美しい男に見えた。

「はい」

 カイルの手を取るとセシルがダンスの輪から外れ、端に用意されている椅子へと向かった。
 兄とのダンスは慣れたもので緊張はない。
 始まった音楽と共にレッスン時同様に踊り始める。
 アリスはカイルと踊ると感じることがある。カイルのリードのおかげだろうが、まるで氷の上を滑っているかのような滑らかさを感じるのだ。氷の上を滑っているようなのに転ぶ心配をしたことは一度もない。

「アリス、今日は来てよかったか?」
「ええ、とても。最高の日になりました」
「そうか。これでお前は会場中の男から目をつけられたな」

 天変地異が起こってもあり得ないことだと笑いながら首を振るアリスをカイルはジッと見つめる。

「キレイだ」
「ありがとうございます」
「アボット姉妹には申し訳ないことをした」
「謝っておいてくださいね」
「そうだな」

 アボット姉妹が手を貸してくれなければアリスは今日もいつも通り部屋にこもっていただろう。それを引っ張り出してくれたのは、前へ進むために背中を押してくれたのはアボット姉妹。心配のあまり無礼なことを言ってしまったと反省する兄の様子にアリスは少し嬉しくなった。

「お兄様は素敵な方です」
「今更気付いたのか?」 
「いいえ、ずーっと前から知っていました。ただ、横暴なだけじゃないって再確認しただけです」
「支配者とは横暴でなければなれないんだよ」
「支配者になりたいのですか?」
「ああ。俺はヴィンセルより上に行きたい」

 それも天変地異が起きてもあり得ない話だと思ったが言わなかった。
 国王が大きな失態を犯したとしてもヴィンセルがいる。ヴィンセルが国王としての信頼を勝ち取ればカイルに出番はない。
 支配者という聞こえの良くない立場になぜなりたいのか、アリスはカイルの考えが理解できなかった。

「お兄様の活躍が楽しみですね」
「そうだろう。楽しみにしていろ」

 疑問は多々あれど、余計なことは言わないに限る。
 カイルの考えを根っこから理解することができる者など存在しないだろう。実の両親でさえそんなことは不可能だと言う。
 セシルが言うように真面目で横暴でもそれだけではない優しさが彼にはある。しかし、やはりそれだけではない物も持っている。
 それを感じるから両親もカイルを矯正しようとはしない。やり方に問題があることはあれど、必ず結果を残しているから。
 ヴィンセルより上に行きたいと言うカイルに何ができるのか、どうしようと考えているのかはわからないが、何かしらの結果を見せるだろうと楽しみにしているのは嘘ではなかった。
 笑顔を見せるカイルに頷いたアリスは曲が終わると手を離して下がっていった。

「素敵なダンスでしたわ」
「ナディア様、アリシア様! わあ……家で見たときも感動しましたけど、やっぱりお美しいですッ」

 聞こえてきた声に振り向くとアボット姉妹が立っていた。
 アリスの家で着替えた二人を見ていたが、煌びやかな会場の中で見ると余計に輝いて見える。
 自分に何が一番似合うのかわかっている二人に隙はなく、大きめの装飾品も背が高いからこそ映える。これが小柄なアリスでは派手なだけでみっともなく見えてしまう。
 アリスにとって二人は憧れの女性像そのものだった。

「あ、えっと……」
「紹介しますわね」

 アリシアから少し話は聞いていたが、本当に双子。それも見分けがつかないほどそっくりだった。
 
「ナディア・アボットの婚約者、エックハルト・ミラネスです」
「アリシア・アボットの婚約者、ディートハルト・ミラネスです」

 そっくりな双子の隣にそっくりな双子。四人とも背が高く、よく目立つ。

「アリス・ベンフィールドです」
「ね? 小さくて可愛いでしょう。小型犬なんかいらないからアリスを飼いたいですわ」
「飼……?」
「あげないよ」
「冗談ですわよ。見せつけないでくださる?」

 アリシアの言葉にフッと笑うセシルがアリスを抱き寄せようとするもその前にカイルが抱き寄せた。
 今にも舌打ちしそうな表情で横目で睨むセシルにアボット姉妹が笑う。

「カイル様!」
「貴方がこんな場所に来ているなんて驚きです!」

 ミラネス兄弟の反応に全員が驚いた。
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