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汗だく
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「雪儿、ちょっと飲んでいくかい?」
「飲みたい!」
「さっきそこに氷売りが来てたんだよ。梅蜜が良い感じに出来たから飲んでいきな」
「ええの!?」
「味見しておくれ」
茹だるような暑さの中、買い出しに出ていた雪儿はお呼ばれしたことに飛び跳ねることで喜びを表しながら店の中へと入る。太陽の下にいるよりは少しひんやりとした店内でホッと息を吐き出した。
「毎日毎日暑いねぇ」
「今年は去年より暑い気ぃするなぁ」
「みーんな毎年そう言ってるよ。基本的にはそこまで変わっちゃいないんだろうけどね」
湯呑みに入って出てきた氷入りの飲み物。自家製の梅蜜を水で薄めた物はどこでも人気だが、氷は貴重品であり容易に手に入る物ではないため大量には買えない。だからどこの家でも買うならその日の分だけ。
氷が入ったことによって器自体が冷え、それを頬や額、首に押し当てて涼を取る。
「でも今年は梅雨も長かったし、やっぱり去年より暑い気ぃする」
「氷売りも言ってたよ。今年は去年よりも氷の溶けるのが速くて商売あがったりだってね」
「夜売ったらええのにな」
「夜はそれほど暑くないから昼より求める人間は少ないんだろうね」
夜は窓を開けていると涼しい風が入ってくる。雪儿のいる一階はそれほどでもないが、三階はよく風が通ることもあって香姫たちが瑞鳳に内緒でこっそり布団を移動させて雑魚寝している日もある。
「紫雫楼に氷室はないのかい?」
「あるけど、お客さん用やから雪儿たちは使たらあかんねん」
厚い石で造られた日光が入らない建物の中には藁やおがくずで包まれた氷が保存してある。夏まで立ち入り禁止で、入っていいのも瑞鳳だけと決められている。
氷は高価な物だからこそ客たちはそのもてなしを喜ぶ。高級店ならではのあからさまな歓迎もまた大事なことだと。
「氷、高かったんちゃう? 雪儿が飲んでよかったん?」
「歳を取ると冷たい飲み物がグイグイ入っていかなくてね。でも夏だし、少し飲みたくなるだろう? 婆さんと相談して買ったんだが、向こうも商売だ。一杯分って売り方はしてなくて余ってしまった。溶けてしまう前で良かったよ」
「ほいたら遠慮なく」
一気に飲み干してしまうのは勿体無いが、一気に飲むと上っていた体内温度が下がった気がしてとても気持ち良い。
「甘酸っぱくて美味しい! 梅婆の梅蜜飲むと夏が来たんやなぁと思う」
「伝えておくよ」
「そういえば、梅婆は?」
長い付き合いの老婆の姿が見えないと辺りを見回す雪儿の顔に少し心配の色が滲んだのを見て店主が笑う。
「梅蜜を持って友人とお茶会に行ったよ」
「元気やなぁ」
この気温で体調を崩しているのではないかと嫌な想像が過っただけに店主の言葉に安堵した。年々、腰は曲がってきているが、歩くのは速い。口達者でよく笑い、よく喋る。涼しい季節になると立ち話をして瑞鳳に怒られることも増える。それでも雪儿は昔から知る彼女たちが元気でいることに毎季節喜びを感じていた。
「ごちそうさま! 身体冷えたから紫雫楼まで頑張れそう」
「それは良かった。気をつけて帰るんだよ」
「はあい! ほなまたね!」
シワだらけの手を振る店主に大きく手を振って紫雫楼まで走り始めた。走るのは得意ではない。背中に荷物を背負っているのは関係なく苦手。だから結局すぐに歩きに変わる。
「美味しかったなぁ」
口内に残る梅蜜の甘酸っぱさに浸りながら上機嫌に呟きにしては大きな感想を漏らした。
「二年前に食べた刨冰美味しかったなぁ」
紫雫楼の皆で茶香里に行ったときに食べた削った氷の上に果物で作った蜜をかけた甘味には全員が感動していた。もう一度食べたい気持ちはあれど、高価であり、今は茶香里に行けない状況。あれをもう一度食べるには、店の前まで店主が来てくれることを願うしかないが、夢物語だとわかっている。
「探せばよかった。あったかもしれんのに」
出店を終えてすぐ高台に向かったため、他の出店を見ることができなかった。瑞成にねだったら買ってくれたかもしれないと終わった夢に目を閉じて妄想を働かせた瞬間、バシャッと顔に衝撃を受けた。
「…………」
驚きに足が止まり、ゆっくりと目を開ける。映ったのは見覚えのある女。水桶と柄杓を手にニヤつきながらこちらを見ている。場所は翡翠楼の前。
(瑞成に指名受けとった人や)
瑞成と腕を組んで歩いていた人物であることを思い出し、雪儿は顔にかかった水を手で払った。
「ごめんねぇ。なんか汚い鼠が通ったと思って水かけちゃったぁ」
謝意のない謝罪。煽るような嘲笑的な声とニヤついた顔が相まって悪意を伝えてくる。下卑た笑みを浮かべる女の顔を見つめながら雪儿はどう対応しようか迷っていた。
これはおそらく瑞成を奪われたことへの嫌がらせだろう。これに対して怒ったところで相手の表情は変わらない。ニヤつきを増すかもしれない。かといって嫌味を返せば同じところまで落ちることになる。
「悪気はないからさぁ、許してくれるよね?」
真っ白な雲が流れる青空を見上げながら雪儿は心から思った。杏儿が一緒じゃなくてよかったと。
「悪気ないあるかないかっちゅーんは、された側が判断することで、した側が言うことやないんやで?」
「……なに?」
表情が怪訝なものへと変わり、それに伴って声もワントーン低くなった。
「悪気ないって自分で言うんはな、その行為に悪意を持って行動しとる人間が使うもんやと思うねん」
「私がわざと水をかけたっていうの?」
「人に誤って水かけてしもた人間は笑ったりせえへんと思う」
「でも本当に悪気ないから」
「せなんや。ほいたらしゃーないな。その言葉信じよか」
ポタポタと雫を落とす前髪を握って絞った雪儿はニコッと笑顔を見せた。
「暑かったら水浴びした気分や。得したなぁ。ありがとぉ」
女は雪儿が嫌いだった。瑞成から『賢くて可愛い子』と話を聞いたのもあって、ライバル視している紅蓮に似た感じも嫌悪感を増す。
「ほいたらね」
バイバイと手を振って駆け出した雪儿の後ろ姿に舌打ちをし、中に入っている水を投げつけるようにかけようと水桶を持ち上げた手が突然、強い力で掴まれた。
「その水でなあにしようとしてんの?」
聞き慣れた声に勢いよく振り返った女の目に瑞成の笑顔が映る。
「ル、瑞成……」
「そういうのやめな? みっともないよ?」
「わ、私ね、あの子があの、あの子に……」
「知ってる。水かけたんだよねぇ?」
「み、見えなかったの! 押し付けられた仕事だから適当に水撒いてたらあの子にかかっちゃって! 悪気はないの! 私わざとそんなことする人間じゃない!」
女は必死に弁明するが、瑞成は少し離れ場所から一部始終を見ていた。女が下卑た笑みを浮かべているのも女の甲高い声での謝罪も聞いていた。ペラペラと飛び出してくる言い訳に瑞成は「ふーん」とだけ返事をする。女はそれがショックだった。
「私が嘘ついてるって思ってる!? 私、瑞成に嘘なんてついたりしない!」
腕に絡みつき、実り豊かな胸を押し付けてくる女に向ける視線に感情はない。鬱陶しいと言わんばかりの勢いで腕を抜いた瑞成は持っていた煙草の灰をあえて女の顔の高さまで上げて灰を落とした。
「俺はさぁ、君が嘘つきかどうかなんてどーだっていいんだよねぇ。押し付けられた仕事が面倒だったのが本当でも、適当に水撒いてたら雪儿にかかったのが嘘でも、どーだっていいんだ。俺が聞いてるのは君が嘘をついてるかどうかじゃなくてさぁ、その持ち上げた水桶をどうしようとしたかってことなんだよねぇ。わかるかなぁ?」
「め、面倒だったから全部投げちゃおうと思って持ち上げただけ!」
「へぇ、君は人がいる方向に水を撒くんだ? それも自分の店の前じゃなくて、他の店舗があるほうにねぇ?」
「そ、それは……」
「それはぁ?」
親指で弾いて煙草を揺らす瑞成の行動が読めず、これ以上言い訳をすれば何をされるかわからない恐怖に女の顔が引き攣り始める。喉が締まり、薄く開けた唇から漏れる息が震える。
「香月街は情報の街って呼ばれるぐらい誰も彼もがいろーんな情報知ってるから、当然これも知ってると思うんだけどねぇ。あの子さぁ、俺のなんだぁ。わかる? 俺が自分の物に馴れ馴れしく触られるの好きじゃないって前に話したから知ってんじゃん? それとも覚えてない? あ、もしかしてこの情報知らなかったとか?」
知らなかったと言えるはずがない。雪儿が瑞成のお気に入りであることは香月街の誰もが知っている。香月街の全ての店の壁がパイプで繋がっているのではないかと思うほど、様々な情報が入ってくる。だからこれも当然知っている。知らなかったは通用しない。それがわかっていて瑞成は聞いている。
「よかったねぇ、あの子が大人でさぁ。あの子はこのあと俺に会ってもきっと君に水をかけられた、なんて口が裂けても言わないだろう。優しいし、賢いからね。俺もああいうとこ見習わなきゃなぁって思ってるんだけどさぁ……無理っぽいんだよねぇ。ほら、俺って甘やかされて育った三男坊だから我慢ってもんを知らないじゃん?」
「ゆ、許して……!」
「ごめんね、無理」
ニッコリ笑った瑞成が水桶を取って女の頭上で逆さまにしたことで女は頭から全身濡れることとなった。瞬きもできずに固まった女は一点を見つめたまま。
「目には目を、水には水を、ってね」
空になった水桶を地面に置くと紫雫楼へ向かって歩き出した。
「杏儿のこと言えませんね」
イタイところを突かれた瑞成は苦笑するだけで返事はしなかった。
「飲みたい!」
「さっきそこに氷売りが来てたんだよ。梅蜜が良い感じに出来たから飲んでいきな」
「ええの!?」
「味見しておくれ」
茹だるような暑さの中、買い出しに出ていた雪儿はお呼ばれしたことに飛び跳ねることで喜びを表しながら店の中へと入る。太陽の下にいるよりは少しひんやりとした店内でホッと息を吐き出した。
「毎日毎日暑いねぇ」
「今年は去年より暑い気ぃするなぁ」
「みーんな毎年そう言ってるよ。基本的にはそこまで変わっちゃいないんだろうけどね」
湯呑みに入って出てきた氷入りの飲み物。自家製の梅蜜を水で薄めた物はどこでも人気だが、氷は貴重品であり容易に手に入る物ではないため大量には買えない。だからどこの家でも買うならその日の分だけ。
氷が入ったことによって器自体が冷え、それを頬や額、首に押し当てて涼を取る。
「でも今年は梅雨も長かったし、やっぱり去年より暑い気ぃする」
「氷売りも言ってたよ。今年は去年よりも氷の溶けるのが速くて商売あがったりだってね」
「夜売ったらええのにな」
「夜はそれほど暑くないから昼より求める人間は少ないんだろうね」
夜は窓を開けていると涼しい風が入ってくる。雪儿のいる一階はそれほどでもないが、三階はよく風が通ることもあって香姫たちが瑞鳳に内緒でこっそり布団を移動させて雑魚寝している日もある。
「紫雫楼に氷室はないのかい?」
「あるけど、お客さん用やから雪儿たちは使たらあかんねん」
厚い石で造られた日光が入らない建物の中には藁やおがくずで包まれた氷が保存してある。夏まで立ち入り禁止で、入っていいのも瑞鳳だけと決められている。
氷は高価な物だからこそ客たちはそのもてなしを喜ぶ。高級店ならではのあからさまな歓迎もまた大事なことだと。
「氷、高かったんちゃう? 雪儿が飲んでよかったん?」
「歳を取ると冷たい飲み物がグイグイ入っていかなくてね。でも夏だし、少し飲みたくなるだろう? 婆さんと相談して買ったんだが、向こうも商売だ。一杯分って売り方はしてなくて余ってしまった。溶けてしまう前で良かったよ」
「ほいたら遠慮なく」
一気に飲み干してしまうのは勿体無いが、一気に飲むと上っていた体内温度が下がった気がしてとても気持ち良い。
「甘酸っぱくて美味しい! 梅婆の梅蜜飲むと夏が来たんやなぁと思う」
「伝えておくよ」
「そういえば、梅婆は?」
長い付き合いの老婆の姿が見えないと辺りを見回す雪儿の顔に少し心配の色が滲んだのを見て店主が笑う。
「梅蜜を持って友人とお茶会に行ったよ」
「元気やなぁ」
この気温で体調を崩しているのではないかと嫌な想像が過っただけに店主の言葉に安堵した。年々、腰は曲がってきているが、歩くのは速い。口達者でよく笑い、よく喋る。涼しい季節になると立ち話をして瑞鳳に怒られることも増える。それでも雪儿は昔から知る彼女たちが元気でいることに毎季節喜びを感じていた。
「ごちそうさま! 身体冷えたから紫雫楼まで頑張れそう」
「それは良かった。気をつけて帰るんだよ」
「はあい! ほなまたね!」
シワだらけの手を振る店主に大きく手を振って紫雫楼まで走り始めた。走るのは得意ではない。背中に荷物を背負っているのは関係なく苦手。だから結局すぐに歩きに変わる。
「美味しかったなぁ」
口内に残る梅蜜の甘酸っぱさに浸りながら上機嫌に呟きにしては大きな感想を漏らした。
「二年前に食べた刨冰美味しかったなぁ」
紫雫楼の皆で茶香里に行ったときに食べた削った氷の上に果物で作った蜜をかけた甘味には全員が感動していた。もう一度食べたい気持ちはあれど、高価であり、今は茶香里に行けない状況。あれをもう一度食べるには、店の前まで店主が来てくれることを願うしかないが、夢物語だとわかっている。
「探せばよかった。あったかもしれんのに」
出店を終えてすぐ高台に向かったため、他の出店を見ることができなかった。瑞成にねだったら買ってくれたかもしれないと終わった夢に目を閉じて妄想を働かせた瞬間、バシャッと顔に衝撃を受けた。
「…………」
驚きに足が止まり、ゆっくりと目を開ける。映ったのは見覚えのある女。水桶と柄杓を手にニヤつきながらこちらを見ている。場所は翡翠楼の前。
(瑞成に指名受けとった人や)
瑞成と腕を組んで歩いていた人物であることを思い出し、雪儿は顔にかかった水を手で払った。
「ごめんねぇ。なんか汚い鼠が通ったと思って水かけちゃったぁ」
謝意のない謝罪。煽るような嘲笑的な声とニヤついた顔が相まって悪意を伝えてくる。下卑た笑みを浮かべる女の顔を見つめながら雪儿はどう対応しようか迷っていた。
これはおそらく瑞成を奪われたことへの嫌がらせだろう。これに対して怒ったところで相手の表情は変わらない。ニヤつきを増すかもしれない。かといって嫌味を返せば同じところまで落ちることになる。
「悪気はないからさぁ、許してくれるよね?」
真っ白な雲が流れる青空を見上げながら雪儿は心から思った。杏儿が一緒じゃなくてよかったと。
「悪気ないあるかないかっちゅーんは、された側が判断することで、した側が言うことやないんやで?」
「……なに?」
表情が怪訝なものへと変わり、それに伴って声もワントーン低くなった。
「悪気ないって自分で言うんはな、その行為に悪意を持って行動しとる人間が使うもんやと思うねん」
「私がわざと水をかけたっていうの?」
「人に誤って水かけてしもた人間は笑ったりせえへんと思う」
「でも本当に悪気ないから」
「せなんや。ほいたらしゃーないな。その言葉信じよか」
ポタポタと雫を落とす前髪を握って絞った雪儿はニコッと笑顔を見せた。
「暑かったら水浴びした気分や。得したなぁ。ありがとぉ」
女は雪儿が嫌いだった。瑞成から『賢くて可愛い子』と話を聞いたのもあって、ライバル視している紅蓮に似た感じも嫌悪感を増す。
「ほいたらね」
バイバイと手を振って駆け出した雪儿の後ろ姿に舌打ちをし、中に入っている水を投げつけるようにかけようと水桶を持ち上げた手が突然、強い力で掴まれた。
「その水でなあにしようとしてんの?」
聞き慣れた声に勢いよく振り返った女の目に瑞成の笑顔が映る。
「ル、瑞成……」
「そういうのやめな? みっともないよ?」
「わ、私ね、あの子があの、あの子に……」
「知ってる。水かけたんだよねぇ?」
「み、見えなかったの! 押し付けられた仕事だから適当に水撒いてたらあの子にかかっちゃって! 悪気はないの! 私わざとそんなことする人間じゃない!」
女は必死に弁明するが、瑞成は少し離れ場所から一部始終を見ていた。女が下卑た笑みを浮かべているのも女の甲高い声での謝罪も聞いていた。ペラペラと飛び出してくる言い訳に瑞成は「ふーん」とだけ返事をする。女はそれがショックだった。
「私が嘘ついてるって思ってる!? 私、瑞成に嘘なんてついたりしない!」
腕に絡みつき、実り豊かな胸を押し付けてくる女に向ける視線に感情はない。鬱陶しいと言わんばかりの勢いで腕を抜いた瑞成は持っていた煙草の灰をあえて女の顔の高さまで上げて灰を落とした。
「俺はさぁ、君が嘘つきかどうかなんてどーだっていいんだよねぇ。押し付けられた仕事が面倒だったのが本当でも、適当に水撒いてたら雪儿にかかったのが嘘でも、どーだっていいんだ。俺が聞いてるのは君が嘘をついてるかどうかじゃなくてさぁ、その持ち上げた水桶をどうしようとしたかってことなんだよねぇ。わかるかなぁ?」
「め、面倒だったから全部投げちゃおうと思って持ち上げただけ!」
「へぇ、君は人がいる方向に水を撒くんだ? それも自分の店の前じゃなくて、他の店舗があるほうにねぇ?」
「そ、それは……」
「それはぁ?」
親指で弾いて煙草を揺らす瑞成の行動が読めず、これ以上言い訳をすれば何をされるかわからない恐怖に女の顔が引き攣り始める。喉が締まり、薄く開けた唇から漏れる息が震える。
「香月街は情報の街って呼ばれるぐらい誰も彼もがいろーんな情報知ってるから、当然これも知ってると思うんだけどねぇ。あの子さぁ、俺のなんだぁ。わかる? 俺が自分の物に馴れ馴れしく触られるの好きじゃないって前に話したから知ってんじゃん? それとも覚えてない? あ、もしかしてこの情報知らなかったとか?」
知らなかったと言えるはずがない。雪儿が瑞成のお気に入りであることは香月街の誰もが知っている。香月街の全ての店の壁がパイプで繋がっているのではないかと思うほど、様々な情報が入ってくる。だからこれも当然知っている。知らなかったは通用しない。それがわかっていて瑞成は聞いている。
「よかったねぇ、あの子が大人でさぁ。あの子はこのあと俺に会ってもきっと君に水をかけられた、なんて口が裂けても言わないだろう。優しいし、賢いからね。俺もああいうとこ見習わなきゃなぁって思ってるんだけどさぁ……無理っぽいんだよねぇ。ほら、俺って甘やかされて育った三男坊だから我慢ってもんを知らないじゃん?」
「ゆ、許して……!」
「ごめんね、無理」
ニッコリ笑った瑞成が水桶を取って女の頭上で逆さまにしたことで女は頭から全身濡れることとなった。瞬きもできずに固まった女は一点を見つめたまま。
「目には目を、水には水を、ってね」
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