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陰キャのくせに忙しい
しおりを挟む長く続いた梅雨は気付けば終わっていた。季節は夏真っ盛り。大学生の歩は既に夏休みに入っていた。
外では蝉が大合唱している。その声は窓もドアも閉め切った涼しいこの部屋にいても聞こえてくる。歩は自室のベッドに仰向けに寝転がり、スマホを睨みつけていた。もうかれこれ一週間は、メッセージアプリの滉とのトーク画面を開いたり閉じたりしている。最後にやり取りしたのは二週間前。
「…はあ」
歩はそのやり取りを読み返しため息を吐いた。歩と滉はだいたい月に一度は遊ぶ仲だ。「そろそろ遊ぼーよ」と歩が連絡したのがニ週間前。常ならば、「いーよ。いつ?」と滉から返ってくる。滉は休日に予定を入れていることがほとんどないし、歩は歩で滉最優先で予定を組むから、すぐに「じゃあ〇月〇日ね」という具合で予定が決まる。しかし、今回はなかなかその予定が決まらないのだ。
(新しいバイトでも始めた?)
滉は倉庫でのピッキング作業のバイトをしている。そのバイトは平日のみのはず。たまに臨時で土日のどちらかシフトに入ったりするが、こんなに予定が合わないなんて未だ嘗てなかったことだ。二週間前のメッセージでのやり取りの最後は、滉の「落ち着いたらメッセ送るわ」に対して歩の「はーい」で締められている。
(もう二週間経つけど…)
歩は開いていたメッセージアプリを閉じてスマホの画面を暗転させると、ベッドに腕ごと放り投げた。その振動で、ベッドの上から飲みかけのペットボトルが、ドッと音を立てて物が散乱した床に落ちる。滉の大学も夏季休暇に入っているはずだし、バイトだってほどほどにやっている滉が、歩に会う時間が取れないほど忙しくしている理由が歩には全くわからない。
「…」
会いたいなと、思わずにはいられない。でもきっと、滉はそうではないんだろうなと考えながら、歩はぼんやりと天井を眺める。こういうことがあるから同じ大学に入学できたらよかった。まあ、滉と同じ大学を受験して落ちてしまったのは自分の学力不足だけれど。歩は高3の冬の悔しさを思い出す。歩だって滉と同じトップクラスの進学校で、その中でもトップクラスの成績だったし、最大限の努力はしたつもりだ。滉と同じ大学に入れなかったのは仕方なのないことだった。それでも同じ大学ならほぼ毎日会えたし、同じ授業を受けることができたし、今のように滉の生活を把握できずに悩むこともなかったのだろうと思うと、後悔が歩を襲う。
「はぁ、」
と、今日何度目かのため息を吐いた時。
「っ!」
手にしていたスマホが震えた。歩は反射的に体をひっくり返して腕を立てた状態になり、スマホを確認する。
「!」
通知はメッセージアプリのもので、それは滉からのメッセージの着信を知らせるものだった。
『急だけど、今週の土日なら空いてる』
「…!」
歩の顔がパアッと明るくなる。歩はすぐに『じゃ、その日空けとくわー』と、なんでもないように返したが、心の中はもうお祭り騒ぎだ。
(やった!)
送ったメッセージはすぐに既読になった。経験上これ以上メッセージが送られて来ることはないことが分かっているので、歩はメッセージアプリを閉じてスマホをぎゅっと抱き込む。今日は木曜日だから土曜日は明後日だ。歩はふふ、と一人で笑う。こうして無事、歩は滉と会う約束を取り付けた。
土曜日の朝。中途半端に開けっ放しだったカーテンから差し込む光で歩は目を覚ました。歩は眩しさに顔を顰めながら、のそりと起き上がり、所々カーテンフックの壊れたカーテンを勢いよく開けた。窓の外は快晴だ。気分が良いから今日は換気でもしようと、最後に開けたのがいつだか思い出せない窓もついでに開けた。スマホで時間を確認すると朝の七時だった。滉が起き出すのは昼前後だからそれまでどうしよう。歩は考えながらぼんやり空を眺める。
(とりあえず一服するか)
歩は煙草の箱に手を伸ばして、ピタリとその手を止める。
(…)
歩は手を引っ込めると、散らかった部屋の隅の山をゴソゴソと漁る。そして目当てのもの、加熱式タバコを見つけると、それを手にベッドの下に座った。
歩はふーっと煙を吐き出した。加熱式タバコを吸いながら、歩が考えるのはやっぱり滉のことだ。今日会ったら何を話そう。何をしよう。そう考えるだけで気分が弾む。歩は最後に大きく一吸いして、仰向けに頭だけベッドに乗せる。
(しの、早く起きないかなあ)
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