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第一章 襲われがちなアラサー女子
第2話 不意にキスされるっ!
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◇◇◇◇
十一年前。
夏休みが間近に迫った時期に突然訪れた凶報。
けたたましい救急車の音、警察の事情聴取。
当時十七歳の柚月にとってはあまりに青天の霹靂と言える出来事だった。
事件の翌日、教室を支配したどんよりした空気を思い出す。
「みんな、おはよう……昨日は、その、大変だったな。俺もあんな事件が起こるなんて思ってなくて、まだ混乱している。もっとも、一番悲しんでいるのはお前たちだろうがな……」
「うぅ……うぅ……」
先生が陰鬱とした表情で話を始めると、女子生徒のすすり泣く声が漏れ始める。
窓際の机に置かれた菊の花の花瓶。
おそらく生徒の誰かが気を利かせて置いたのだろう。
「みんな、今は辛いだろうが聞いてくれ。堂島のことだが……」
「先生、俺信じられねぇよ! 堂島があんなことになるなんて!」
短髪赤髪にピアスとやんちゃな風貌の男子生徒が先生の言葉を遮る。
クラス一のお調子者、峰島大翔。
見た目によらず情に厚いところがあり、事件に対し並々ならぬ思いを抱いていた。
彼が最後に見た光景は、堂島が地面に頭を打ち付け、血溜まりに沈んで動かなくなった姿だったから……。
「峰島、仲間思いなお前には辛いよな。分かってる、辛い気持ちは全部吐き出していいんだ。……それで堂島のことだがな……」
「先生!」
「……」
次に先生の言葉を遮ったのは金髪ギャルだった。
先生は思わず苦笑いをしそうになるのを必死でこらえていた。
「私、堂島っちのことあんま知らないけど、こんなことになるなら、もっと……もっと話しておけばよかった!」
クラスカースト一位の竹内マリナ。
高飛車で少し言動がきついところはあるが、情に厚く、曲がったことはしない思い切りの良さがある。
姉御肌なところがあり、涙ながらに思いを吐露した。
「竹内、お前だけじゃない。俺もこんなことになる前になにかできることがあったんじゃないかと思うと本当に悔しい。だからお前ら、大事なことだから聞いてくれ、堂島のことだがな……」
「先生、俺、堂島のこと苦しめてたのかな……」
「……」
次に先生の言葉を遮ったのは、憔悴した様子の美青年だった。
うーむ。
三度目となり、先生は口を真一文字に結ぶ。
「いつも一人でいる堂島に話しかけたりしてたんだけど、もしかして迷惑……だったのかな。そんな事を考えたら、俺……俺……」
クラス一のイケメン優男、九条涼矢。
物腰が柔らかく、高身長の爽やか青年。
男女問わず人当たりがよくて、誰からも好かれている高スペック男子。
意外と、情に厚い一面もある。
「九条、お前がクラスのことを考えてくれていることは俺が知っている。何も間違っていない、俺はそんなお前を誇りに思う。で、堂島のことなんだけどな……」
「先生! 瑠美も……」
「宝条、少し黙っててくれるか。いま大事な話をしているんだ」
先生は次に喋りだそうとした女子生徒の言葉を封じた。
際限がなさそうな気がしたからだ。
「ひっどーい! 瑠美も堂島くんの話たくさんしたかったのにぃ!」
ツインテールの小柄な少女、宝条瑠美。
自分の話だけを遮られたことに憤慨して、ブンブンと足を振った。
「話は今度聞いてやるから。それで堂島のことなんだがな……」
クラス全員が今度は先生の言葉に耳を傾ける。
昨日起こった一人の生徒を取り巻く事件は、センセーショナルなものだったのだ。
しかし、先生の口から飛び出した言葉は衝撃の一言であった。
「……軽症だった」
教室中がシーンと静まり返る。
最初に反応したのはギャルの竹内だった。
「け、ケイショウ、ケイショウって何、先生。……意味分かってないの私だけ?」
「軽症……つまりはかすり傷だったということだ」
「え、えぇぇぇ!」
竹内同様、クラスの混乱はいよいよ極地に達する。
峰島がガタンと音を立てて勢いよく立ち上がると先生に反論する。
「は、はぁぁ?! 先生、でも俺見たんだぜ! 堂島のやつ、血まみれで倒れてたんだ! そりゃ本当におびただしい量の血が……!」
そう、今でも忘れるはずがない。
堂島は血まみれで倒れていたのだ。
あの血の量は明らかに致死量だった……しかし。
「鼻血だ」
「はなっ……! 鼻……血?」
峰島は先生の言葉が理解できずに、オウム返しのように聞き返す。
「堂島に外傷は殆どなかった。おそらく鼻を打ち付けたのだろう。体温が恐ろしいほど高くなっていたらしい。おそらく熱でも出ていたのだろうな」
峰島は完全に混乱した。
三年の教室は四階なので、堂島が落下したのは四階か屋上とされていた。
いずれにせよその高さから落ちて、軽症でいられるはずがない。
ましてや鼻血だけだなんて。
「ま、まじかよ……どんだけ頑丈なんだあいつ……」
自殺未遂したことの悲しさと、堂島のタフネスにクラス全員が、どう反応して良いものかわからなくなってしまった。
「堂島は、意識を取り戻したんですか?!」
「ああ、今朝意識を取り戻した」
「堂島はなんて言ってましたか……?」
九条が恐る恐る聞き返す。
堂島が一体何に悩んでいたのかは知らない。
だが考えられる理由があるとすれば、それは人間関係の悩み。
「それが……黙秘しているようだ」
「"ようだ"、というのは……?」
九条は先生の奇妙な言い回しにツッコミを入れる。
原因がわからない、というのはひどく九条を不安にさせる。
「本人は"覚えていない"と言っているらしい。だが脳外科医の先生が言うには記憶に欠落は見られないとのことだ」
「それって……堂島が何かを隠してるってことですか……たとえば、イジメとか」
「おいおい九条、このクラスに堂島をイジメるような奴がいるってのか?」
ヘラヘラとした様子で九条に突っかかる生徒が一人。
「不破……」
「お前は良いよな九条、誰にでも優しいってのはこういう時にプラスに働く。警察に何か訊かれたとしても、お前だけはみんなが庇うだろうからな」
「……俺はそんなつもりじゃ」
不破和樹。
堂島ほどではないが、体が大きく男子の中では九条の次に影響力を持った青年。
「どうせお前ら俺のことをチクるんだろ? 堂島のことを弄ってたってなぁ! だが言っておくぜ、俺は何もやってねェ。妙なことチクリやがったら……この先、一生ゆるさねェからな」
不破は低い声で恫喝するように言った。
この学校にいるものは不破がどれほど厄介な存在か知っている。
恋愛絡みで揉めた男子生徒には、「あいつとは一生関わり合いになりたくない」と言わしめるほど。
クラスが不破の一喝に戦々恐々とする中、先生がパシんと手を叩く。
「九条、不破、決めつけるのは早い。これからいろいろ明らかになっていくだろうが、今は堂島が無事だったことを喜ぶべきだろう」
「でも……。いや、そう……ですね」
九条は煮えきらないものを感じながらも、渋々受け入れる姿勢を見せる。
ここで突っ張るのは九条のエゴだと、思い至ったからだ。
調和を重んじる九条らしい選択だと言える。
「……ん、おい、誰だ堂島の席に菊の花を供えたやつは!」
先生が窓際の堂島の席に花瓶が置かれているのを目にする。
なくなった人に対する供養のためのそれだが、生者に対しては極めて失礼に当たる。
「はい、はーい! 瑠美だよー! ほらこういう時ってお供えするじゃん? 映画で見たから瑠美も真似しようと思って!」
宝条は誇らしげに胸を張った。
身長に似合わず、大きく発達した胸部がブルンと主張する。
「堂島を勝手に殺すバカが居るかぁ! 今すぐ片付けてこい!」
「ひゃ、ひゃい! うわーん!」
宝条瑠美は先生に怒鳴られて、涙目になりながら花瓶を片付けに走り出したのだった。
少し方向性は間違っているものの、彼女もまた情に熱いといえよう。
そんな一部始終を柚月は教室の後ろから眺めていた。
「はぁ……清光くん良かった、本当に良かった……清光くん……!」
一人、堂島が生きていたことに心から喜びの声をあげている女子生徒がいたような気がするが、すでに記憶の彼方。
私? 私はね、震えていたよ。
犯罪者が罪の発覚を恐れるかのように震えていた。
前日の放課後、どこで何をしていたのかを聞かれるのが、何より怖かったから。
私はまだ、その時のことを正直に誰かに話したことはない。
話してしまったら私は……。
◇◇◇◇
時刻は既に、二十四時を回ろうかというところ。
何処にでもある五階建てのマンションの前に一人の大男が立っていた。
オフィスカジュアルの女性をお姫様抱っこしながら。
人通りはほとんどないが、このまま立っていたら通報されかねない。
しばらく前から応答のなくなった女性に声を掛ける。
「教えてくれた住所、着いたぞ。……上村さん?」
「……すぴぃ」
「寝てるのか……?」
堂島は困惑した。
上村柚月、偶然に再会した同級生の女性。
十一年も経つ上、学生時代に絡みがあったわけでもない。
さらに言えば、自分は高校時代に問題を起こした厄介者だ。
それにも関わらず、こんなに無防備な姿をさらしている。
「……勘弁してくれ」
堂島も男である以上、理性と本能の間で揺れる。
他の女性ならば一向に構わなかった。
しかし堂島が抱きかかえてる女性というのが、問題だった。
柚月は今も堂島の胸部に頭を寄せ、静かに寝息を立てている。
ゴクリ。
堂島は思わず喉を鳴らす。
偶然再会した時、見間違うはずがなく、すぐに彼女だと分かった。
高校時代と髪型は変わったが、今のハーフアップもよく似合う。
化粧が薄く、控えめなところは変わらない。
白のブラウスは夏らしい透け感のあるもの。
抱っこした拍子に胸元の襟がズレたのか、柚月の乳房の曲線がわずかに見えて……
「くそ、何を考えてるんだ俺は……」
堂島はさっと顔をそらした。
しかしどれほど理性が抗おうとも、五感への刺激が凌駕する。
仕事終わりだったというのもある。
どうしたってごまかせない人の香り、体温の温もりが、堂島の心をかき乱していた。
「……上村さん」
奪ってしまえと、自分の中の何者かが囁く。
誰が見ているわけでもない。
「俺は十一年前からずっと君を……」
堂島はその潤んだ唇に引き寄せられるかのように、顔を、近づけた。
十一年前。
夏休みが間近に迫った時期に突然訪れた凶報。
けたたましい救急車の音、警察の事情聴取。
当時十七歳の柚月にとってはあまりに青天の霹靂と言える出来事だった。
事件の翌日、教室を支配したどんよりした空気を思い出す。
「みんな、おはよう……昨日は、その、大変だったな。俺もあんな事件が起こるなんて思ってなくて、まだ混乱している。もっとも、一番悲しんでいるのはお前たちだろうがな……」
「うぅ……うぅ……」
先生が陰鬱とした表情で話を始めると、女子生徒のすすり泣く声が漏れ始める。
窓際の机に置かれた菊の花の花瓶。
おそらく生徒の誰かが気を利かせて置いたのだろう。
「みんな、今は辛いだろうが聞いてくれ。堂島のことだが……」
「先生、俺信じられねぇよ! 堂島があんなことになるなんて!」
短髪赤髪にピアスとやんちゃな風貌の男子生徒が先生の言葉を遮る。
クラス一のお調子者、峰島大翔。
見た目によらず情に厚いところがあり、事件に対し並々ならぬ思いを抱いていた。
彼が最後に見た光景は、堂島が地面に頭を打ち付け、血溜まりに沈んで動かなくなった姿だったから……。
「峰島、仲間思いなお前には辛いよな。分かってる、辛い気持ちは全部吐き出していいんだ。……それで堂島のことだがな……」
「先生!」
「……」
次に先生の言葉を遮ったのは金髪ギャルだった。
先生は思わず苦笑いをしそうになるのを必死でこらえていた。
「私、堂島っちのことあんま知らないけど、こんなことになるなら、もっと……もっと話しておけばよかった!」
クラスカースト一位の竹内マリナ。
高飛車で少し言動がきついところはあるが、情に厚く、曲がったことはしない思い切りの良さがある。
姉御肌なところがあり、涙ながらに思いを吐露した。
「竹内、お前だけじゃない。俺もこんなことになる前になにかできることがあったんじゃないかと思うと本当に悔しい。だからお前ら、大事なことだから聞いてくれ、堂島のことだがな……」
「先生、俺、堂島のこと苦しめてたのかな……」
「……」
次に先生の言葉を遮ったのは、憔悴した様子の美青年だった。
うーむ。
三度目となり、先生は口を真一文字に結ぶ。
「いつも一人でいる堂島に話しかけたりしてたんだけど、もしかして迷惑……だったのかな。そんな事を考えたら、俺……俺……」
クラス一のイケメン優男、九条涼矢。
物腰が柔らかく、高身長の爽やか青年。
男女問わず人当たりがよくて、誰からも好かれている高スペック男子。
意外と、情に厚い一面もある。
「九条、お前がクラスのことを考えてくれていることは俺が知っている。何も間違っていない、俺はそんなお前を誇りに思う。で、堂島のことなんだけどな……」
「先生! 瑠美も……」
「宝条、少し黙っててくれるか。いま大事な話をしているんだ」
先生は次に喋りだそうとした女子生徒の言葉を封じた。
際限がなさそうな気がしたからだ。
「ひっどーい! 瑠美も堂島くんの話たくさんしたかったのにぃ!」
ツインテールの小柄な少女、宝条瑠美。
自分の話だけを遮られたことに憤慨して、ブンブンと足を振った。
「話は今度聞いてやるから。それで堂島のことなんだがな……」
クラス全員が今度は先生の言葉に耳を傾ける。
昨日起こった一人の生徒を取り巻く事件は、センセーショナルなものだったのだ。
しかし、先生の口から飛び出した言葉は衝撃の一言であった。
「……軽症だった」
教室中がシーンと静まり返る。
最初に反応したのはギャルの竹内だった。
「け、ケイショウ、ケイショウって何、先生。……意味分かってないの私だけ?」
「軽症……つまりはかすり傷だったということだ」
「え、えぇぇぇ!」
竹内同様、クラスの混乱はいよいよ極地に達する。
峰島がガタンと音を立てて勢いよく立ち上がると先生に反論する。
「は、はぁぁ?! 先生、でも俺見たんだぜ! 堂島のやつ、血まみれで倒れてたんだ! そりゃ本当におびただしい量の血が……!」
そう、今でも忘れるはずがない。
堂島は血まみれで倒れていたのだ。
あの血の量は明らかに致死量だった……しかし。
「鼻血だ」
「はなっ……! 鼻……血?」
峰島は先生の言葉が理解できずに、オウム返しのように聞き返す。
「堂島に外傷は殆どなかった。おそらく鼻を打ち付けたのだろう。体温が恐ろしいほど高くなっていたらしい。おそらく熱でも出ていたのだろうな」
峰島は完全に混乱した。
三年の教室は四階なので、堂島が落下したのは四階か屋上とされていた。
いずれにせよその高さから落ちて、軽症でいられるはずがない。
ましてや鼻血だけだなんて。
「ま、まじかよ……どんだけ頑丈なんだあいつ……」
自殺未遂したことの悲しさと、堂島のタフネスにクラス全員が、どう反応して良いものかわからなくなってしまった。
「堂島は、意識を取り戻したんですか?!」
「ああ、今朝意識を取り戻した」
「堂島はなんて言ってましたか……?」
九条が恐る恐る聞き返す。
堂島が一体何に悩んでいたのかは知らない。
だが考えられる理由があるとすれば、それは人間関係の悩み。
「それが……黙秘しているようだ」
「"ようだ"、というのは……?」
九条は先生の奇妙な言い回しにツッコミを入れる。
原因がわからない、というのはひどく九条を不安にさせる。
「本人は"覚えていない"と言っているらしい。だが脳外科医の先生が言うには記憶に欠落は見られないとのことだ」
「それって……堂島が何かを隠してるってことですか……たとえば、イジメとか」
「おいおい九条、このクラスに堂島をイジメるような奴がいるってのか?」
ヘラヘラとした様子で九条に突っかかる生徒が一人。
「不破……」
「お前は良いよな九条、誰にでも優しいってのはこういう時にプラスに働く。警察に何か訊かれたとしても、お前だけはみんなが庇うだろうからな」
「……俺はそんなつもりじゃ」
不破和樹。
堂島ほどではないが、体が大きく男子の中では九条の次に影響力を持った青年。
「どうせお前ら俺のことをチクるんだろ? 堂島のことを弄ってたってなぁ! だが言っておくぜ、俺は何もやってねェ。妙なことチクリやがったら……この先、一生ゆるさねェからな」
不破は低い声で恫喝するように言った。
この学校にいるものは不破がどれほど厄介な存在か知っている。
恋愛絡みで揉めた男子生徒には、「あいつとは一生関わり合いになりたくない」と言わしめるほど。
クラスが不破の一喝に戦々恐々とする中、先生がパシんと手を叩く。
「九条、不破、決めつけるのは早い。これからいろいろ明らかになっていくだろうが、今は堂島が無事だったことを喜ぶべきだろう」
「でも……。いや、そう……ですね」
九条は煮えきらないものを感じながらも、渋々受け入れる姿勢を見せる。
ここで突っ張るのは九条のエゴだと、思い至ったからだ。
調和を重んじる九条らしい選択だと言える。
「……ん、おい、誰だ堂島の席に菊の花を供えたやつは!」
先生が窓際の堂島の席に花瓶が置かれているのを目にする。
なくなった人に対する供養のためのそれだが、生者に対しては極めて失礼に当たる。
「はい、はーい! 瑠美だよー! ほらこういう時ってお供えするじゃん? 映画で見たから瑠美も真似しようと思って!」
宝条は誇らしげに胸を張った。
身長に似合わず、大きく発達した胸部がブルンと主張する。
「堂島を勝手に殺すバカが居るかぁ! 今すぐ片付けてこい!」
「ひゃ、ひゃい! うわーん!」
宝条瑠美は先生に怒鳴られて、涙目になりながら花瓶を片付けに走り出したのだった。
少し方向性は間違っているものの、彼女もまた情に熱いといえよう。
そんな一部始終を柚月は教室の後ろから眺めていた。
「はぁ……清光くん良かった、本当に良かった……清光くん……!」
一人、堂島が生きていたことに心から喜びの声をあげている女子生徒がいたような気がするが、すでに記憶の彼方。
私? 私はね、震えていたよ。
犯罪者が罪の発覚を恐れるかのように震えていた。
前日の放課後、どこで何をしていたのかを聞かれるのが、何より怖かったから。
私はまだ、その時のことを正直に誰かに話したことはない。
話してしまったら私は……。
◇◇◇◇
時刻は既に、二十四時を回ろうかというところ。
何処にでもある五階建てのマンションの前に一人の大男が立っていた。
オフィスカジュアルの女性をお姫様抱っこしながら。
人通りはほとんどないが、このまま立っていたら通報されかねない。
しばらく前から応答のなくなった女性に声を掛ける。
「教えてくれた住所、着いたぞ。……上村さん?」
「……すぴぃ」
「寝てるのか……?」
堂島は困惑した。
上村柚月、偶然に再会した同級生の女性。
十一年も経つ上、学生時代に絡みがあったわけでもない。
さらに言えば、自分は高校時代に問題を起こした厄介者だ。
それにも関わらず、こんなに無防備な姿をさらしている。
「……勘弁してくれ」
堂島も男である以上、理性と本能の間で揺れる。
他の女性ならば一向に構わなかった。
しかし堂島が抱きかかえてる女性というのが、問題だった。
柚月は今も堂島の胸部に頭を寄せ、静かに寝息を立てている。
ゴクリ。
堂島は思わず喉を鳴らす。
偶然再会した時、見間違うはずがなく、すぐに彼女だと分かった。
高校時代と髪型は変わったが、今のハーフアップもよく似合う。
化粧が薄く、控えめなところは変わらない。
白のブラウスは夏らしい透け感のあるもの。
抱っこした拍子に胸元の襟がズレたのか、柚月の乳房の曲線がわずかに見えて……
「くそ、何を考えてるんだ俺は……」
堂島はさっと顔をそらした。
しかしどれほど理性が抗おうとも、五感への刺激が凌駕する。
仕事終わりだったというのもある。
どうしたってごまかせない人の香り、体温の温もりが、堂島の心をかき乱していた。
「……上村さん」
奪ってしまえと、自分の中の何者かが囁く。
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