エロ漫画先生に犯されるっ!

雪見サルサ

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第一章 襲われがちなアラサー女子

第3話 趣味がバレるっ!

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 ◇◇◇◇

 昔から物語が好きだった。
 不幸な出自の姫がつらい時期を乗り越えて、最後は王子様に求婚される話。
 柚月は姫様に憧れ、いつか自分にもそんな日が訪れるんじゃないかと期待に胸を膨らませた。
 お姫様のような長いスカートで踊りたいと思って、バレエを習い始めたのもこの頃。

 しかし、そんな日々も終わりを告げる。
 小学四年生の時、両親が離婚した。

 仲の良い両親だと思っていた二人が離婚したのはショックだった。
 母も父も何も語らなかったが、大人になった今なら分かる。
 父が浮気したのだ。

 その日から柚月の世界は灰色になった。
 どこか虚実を見るような目で、現実を俯瞰するようになったのだと思う。

 幸いだったのは、物語の世界が残されていたことだろうか。
 物語だけは色褪せることなく、彩りに溢れていた。
 それどころか一層の輝きを放ち、柚月を受け入れてくれたのだった。
 それから年を重ねて柚月が立派に淑女の嗜みを覚えるころには、より一層、物語の世界に浸るようになったのは言うまでもない。

 ……だから驚いたのだ。
 熱に浮かされたような表情の端正な青年の顔が、すぐ目の前に迫っていたから……。
 ふぅと息を吐けば、互いに吐息が当たってしまいそうな距離。
 その青年の瞳を覗けば、ゆらゆらと炎のように揺れていた。

(キス、されるの?)

 それはさながら、柚月が思い描いていた物語のクライマックスのよう。
 ただ、それは柚月にとっては思いがけないことで、目の前の青年にとっても同様だった。

「ひゃっ」
「ッ!」

 幕切れはあっけなかった。
 柚月が思わず声を上げてしまったことで、その場を支配していたは鳴りを潜めた。

「ふ、ふぇ? ……あ、ごめん眠っちゃってた」

 柚月は内心の動揺を隠すように、寝ぼけ眼を擦るような仕草をする。
 演技の得点は零点だが、機転を利かせる判断は柚月の処世術の賜物だろう。
 それにしては、心臓がうるさいほど脈打っていた。

「……構わない」

 堂島くんは、プイッと明後日の方向を向いている。
 まるで今の表情を柚月に見せまいとするかのように。

「……ま、まだまだ熱いねぇ。なんか熱帯夜ってより、熱帯って感じ……!」
「……そ、そうだな。これはもう熱帯だな」

 柚月と青年は意味不明なことを言い合った。
 それは「今のは、忘れよう」という合図だったのだろう。


 ◇◇◇◇


 さっきの出来事は忘れることにした。
 正直眠ってしまった私も悪いし、堂島くんを攻めることは出来ない。
 一つ良い面があったとしたら、緊張が一度ピークに達していつもの調子を取り戻せたことだろうか。

「あ、堂島くん、もうちょっと近づいてくれる? あ……そうそう、ありがとう!」

 私は「馬上から失礼」とでも言うかのように、何食わぬ顔でパネルのボタンを押してオートロックを解除する。
 エレベーターのボタンも私が押す。
 堂島くんに運んでもらいながら。

(まるで堂島くんをタクシー代わりにしてるみたいだなぁ……)

 もちろんそんな意識はないし、リスペクトも失っていない。
 しかしこれは仕方ないことなのだ。
 会社では男をたてる風潮が未だに染み付いているし、自分が無理に男性から仕事を奪うような真似をすれば、それはそれで男性社員のプライドを傷つけてしまいかねない。
 ゆえにちゃんと男性社員を頼るという事を徹底している。

「上村さんって、意外と……いや、何でもない」
「?」

 堂島くんが何かを言おうとしてやめた。
 あれ……もしかして図太い女だとか思われてしまったのだろうか。
 遠慮がちに「平気平気~⭐︎」とか言って健気に振る舞った方が良かったのか?
 うーむ、なんだか選択肢を間違えた気がする。

 そんなことを考えて柚月は、挽回とお礼をしたいと言う気持ちからこんな提案をしてしまうのだ。

「家、寄ってく?」
「……っ」

 堂島のきょとんとした顔は見ものだった。
 だんだん冷静になって、みるみる恥ずかしくなってくる。

(な、何言っちゃってるんだ私ぃぃぃ……!)

 まず自分で言うのも何だが、私はお持ち帰りされる側であろう。
 しかも足首をぐねらせた自分で歩けもしない女が、一体何を言っているのか。
 それに一体何を勘違いして、「六本木のバーに出没するやり手ナンパ師」のような手慣れた感を出しているのか。
 よくよく考えれば、私は二十八まで愛だの恋だのを経験していない拗らせ女である。

「えっと……いいのか?」
「う、うん」

 私は、羞恥の念に耐えきれずしおしおと縮こまる。

(くぅ……吐いた唾は飲めねぇ。てやんでい! 我が城に入れてやんよ!)

 一周回って江戸っ子気分で堂島くんを迎えることにした。
 表と裏の情緒がおかしなことになっているが、見なかったことにしよう。
 GW期間中も毎日残業が続いていたせいで、何か生活にゆとりが欲しかったのかもしれない。

「おじゃまし……ガン!……ます」

 堂島くんが天井に頭をぶつけていた。
 何事もなかったように振る舞っているけど、痛覚とかあるのだろうか……。

 2DKのごく普通の部屋。
 一人で住むには十分だが、堂島くんのような体の大きな人が来ると、途端に手狭になる。
 廊下を進めばリビングだが、堂島くんの足が急に止まる。

「ん、これは……」

 その視線は、目の前のブツに向いていた。

「ギャァァァァァァァァ!」

 私は脱兎の如く、堂島くんの腕の中から抜け出し、目の前のブツを床に押し倒しす。

「……見た?」
「よく見えなかったが、もしかして等身……」
「違うよ?」
「いや、でもそれ等身大パネ……」
「そんなものはなかった……いいね?」
「……あ、ああ」

 堂島くんが何か言いかけていたが、私は覇気で対応する。
 言わせない、その一心だけで私は堂島くんを抑えてみせた。

 ……しかしこれは非常にまずいことになった。

(私の部屋が重度のヲタ部屋だったこと、完全に忘れてたぁぁぁぁぁ!)

 普段人を呼んだりしないからつい忘れてしまっていたが、私の部屋は世間一般からはかなりズレている。
 それもかなり。
 さっき押し倒したのは、上半身がはだけた『舐犬彼氏』のペロくんの等身大パネルだ。
 無論、私の部屋にはそれ以上の特級呪物も眠っている……!

「……五分だけ時間をもらえる? ちょっと散らかっているの」
「いや、俺は別に気にしな……」
「ギブミー、ファイブミニッツ!」

 私は高速で飛び出すと、リビングに仁王立ちになる。
 自前のセンサーでリビングにあるブツを全てロックオンし、その全てをクローゼットの中に押し込めていった。

「ゼェ……ハァ……お待たせ、上がっていいよ」
「ああ、悪いな気を使わせて」

 堂島くんはこんな目の前でドタバタする女をどう思っているのだろう。
 その表情から感情は読み取りずらい。

「ううん、気にしないで。麦茶とアイスティーどっちがいい?」
「気持ちはありがたいが、あまり無理をしては……」
「平気平気……! 痛っ」

 私はよろけて倒れそうになると、堂島くんが支えてくれた。
 そのまま体を支えながらベッドに座らせてくれる。

「無理をするなと言っただろう。冷蔵庫、空けるぞ」

 堂島くんはそう言うなりキッチンの方に向かう。
 ポリ袋に氷を入れ、その後水道水を入れて袋の口を縛る。
 最後にポケットからハンカチを取り出すと、氷水の入った袋に被せて私の足に当てた。

「しばらく冷やしておけ」
「う、うん」
「おそらく捻挫だろうが、悪くなる前に医者に見てもらったほうがいい」

 命令口調だが、高圧的な感じはない。
 大きな身体と、この喉奥から響く低い声が私を安心させる。

「飯はもう食べたか?」
「まだだけど」
「なら作ろう」

 そう言って堂島くんは立ち上がる。

「さ、流石に悪いよ……」
「構わん、大船に乗ったつもりでいてくれ」

 堂島くんはそう言ってやる気を見せる。
 もしかして料理が得意だったりするのだろうか。
 堂島くんはまず、私がふるさと納税で買った冷凍の銀鮭に目をつけた。
 私は少し嫌な予感がして、堂島くんを見守る。
 すると案の定というか堂島くんは、いきなりフライパンに乗せて加熱を始めた。
 それでは中に火が通らず外だけ焦げてしまう。

「堂島くん、冷凍の鮭は電子レンジで一回解凍しよっか」
「……なるほど」

 その後、今度は電子レンジの前で固まる。

「"解凍"のボタンを二回押して、スタートを押せばいいよ」
「……な、なるほど」

 電子レンジが回り始めた。
 再び冷蔵庫を探って、今度はハンバーグを見つめていた。

(ハンバーグ食べたいのかな?)

 これもふるさと納税でゲットしたお得なハンバーグだ。
 そこそこ良いお肉を使っているので、たまに自分へのご褒美に食べることにしている。

「ハンバーグも一緒にチンしよっか」
「……っ! そ、そうだな」

 堂島くんは心做しか嬉しそうにしていた。
 こんなに大きな体をしているのだから、きっと食いしん坊なのだろう。
 少し愛らしいなと思った。


 ◇◇◇◇


「「いただきます」」

 私と堂島くんは食卓についた。
 結論から言うと、堂島くんは料理が全くできなかった。
 ご飯を四合で炊いたのも、味噌汁を作ったのも、海苔酢和えを作ったのも、ハンバーグの味付けしたのも私である。

「美味いな」
「良かったぁ」

 堂島くんが淡白な表情で言った。
 心做しかその声音は弾んでいるように見える。
 思えば人と一緒に食卓を囲うというのはいつぶりだろうか。
 私には兄妹はいないから、今の家族は母だけ。
 少しセンチな気分になってくる。

「酎ハイ開けちゃお。堂島くんも飲む? ビールはないけど」
「いや、俺はいい」
「そっか」

 仕事終わりの酎ハイは最高である。
 プシュッと三百五十ミリリットルの缶を開けてグビッと煽る。
 この瞬間が中毒性があるのだ。

「ぷはぁ」
「いい飲みっぷりだな。酒、好きなのか?」
「どうかな。仕事終わりの一杯だけは格別ってだけよ。嫌なことは全部忘れて一日リセットするの」
「そういうものか」

 そのとき、開けた窓からびゅうと風が吹き抜けた。
 涼しくなり始めた夜の風が堂島くんの髪をふわりと浮かせる。
 その時の堂島くんの考え込むような表情に、私は不安を覚えた。
 先程から堂島くんに感じる、迷いと緊張、それが表に出ているようだったから。

「もしかして迷惑だった……?」
「迷惑なんて思っていない」

 私は、半ば流れるように堂島くんを家に招いてしまったことを少し後悔していた。
 彼が戸惑うのも当然だろう。
 今更ながらに、お互いイイ年の社会人であることを思い出していた。

「……もういい時間だし、お開きにしよっか」

 そもそも私は堂島くんのことを詳しく知らない。
 奥さんや、子供がいてもおかしくない年だし、普段どんなことをしているのか気になったけれど、それを聞くのが怖かった。
 知りたいと思うものの、私は傷つくことを恐れたのだ。
 それならばいっそ、何事もなかったようにしてしまえと、無難に終わらせろと自分に言い聞かせた。

 しかし堂島くんは、それに待ったをかける。

「……待ってくれ、もう少し話したいことがあるんだ」
「な、何?」

 私は少しだけ警戒した。

 もしかして高校時代の話だろうか。
 鉄板の話題ではあるが、そこら中に地雷が埋まっているので、安易に立ち入ることは出来ない。
 あるいは今の仕事の話か。
 総合商社で働くしがない会社員の愚痴ならいくらでも聞かせられるが、それは避けたかった。
 愚痴大会になれば、必ず堂島くんの先程の河原での出来事に言及しなければならなくなるからだ。
 もちろん興味はある……しかし堂島くんが抱える禍々しい闇と相対すにはまだ時期尚早な気がする。

 ともかく、何を聞かれても上手いことはぐらかせばよい!

(地雷処理班、上村柚月、行きます!)

 私はそう意気込み、景気づけに一杯グビる。
 そして堂島くんの話に全神経を集中させた。
 しかし堂島くんが踏み抜いたそれは……予想の斜め上を行くものだった。


「上村さんは、その……"舐犬彼氏"、好きなのか?」


 それは、私にとってのであった。


「ブふぅぅぅう!」


 気づけば私は、勢いよく酎ハイを吹き出してしまっていた。




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