エロ漫画先生に犯されるっ!

雪見サルサ

文字の大きさ
8 / 29
第一章 襲われがちなアラサー女子

第8話 警察に行けと言われるっ!

しおりを挟む
 ◇◇◇◇

 瑠美は、柚月の言葉がにわかに信じられなかった。

「へっ……う、嘘だよね?」

 瑠美の想像するところの柚月の人物像というのは「拗らせているオタク女子」であり、自分に自信がなく、恋愛に踏み出せなくなった内気な女子である。
 柚月は気が弱くて、美人という男性が嫌う要素のない女性だが、様々な要素が裏目に出て今の状況に瀕していると認識していた。
 尤も、瑠美が柚月のような”本物の美人”と付き合うのは決まって、”自分がマウントを取れる”状況に限った話なのだが、柚月はそのことを知らない。

「え、嘘じゃないよ」
「あ、わかった。もしかして小さい頃の話ってオチ?」
「そんなわけないでしょ、ちゃんと大人になってからの話」
「……」

 瑠美は柚月の言葉にわずかながら優越感のようなものが混じっているのを察知し、それが事実なのだとわかった。

「……へ、へぇ、すごいじゃん! 相手は誰なの?」

 瑠美は努めて平静を装いながら柚月に問いかける。

「それは内緒……」

 イラり……。

 少し照れながら答える柚月を見て、瑠美の額に青筋が宿る。
 “男性経験がない”というのは瑠美にとっては、柚月に勝る数少ないポイントの一つであった。
 その優位が失われた今、瑠美の心境は穏やかではない。

(……まぁ、それで友情が揺らぐわけじゃないけどさ)

 瑠美にとって柚月は、就活時代を支えてくれた戦友のようなものである。
 柚月と同じ会社の面接を受けることになったものの、右も左もわからなかった瑠美に手を差し伸べてくれたのが柚月だった。

 就職して何もわからなかったときにカフェで一緒に勉強してくれたのも、仕事で失敗したときや、鬼椿課長に叱られた時に慰めてくれたのも柚月であった。

(うーん、それにしても瑠美ってば、ゆずゆずに世話になりすぎじゃね……?)

 瑠美はこのとき初めて、自己を省みるということをしたのだった。
 思えば柚月にはフォローされっぱなしである。

(まぁ、今度は先輩として色々教えてあげちゃおっかな)

 瑠美は柚月の背中を押してあげることにする。

「えー、教えてよ~。瑠美の知ってる人?」
「えー! 内緒だってば」
「大丈夫、誰にも言わないからさぁ」
「や、やだ、恥ずかしいよぉ」

 柚月は顔を赤らめながら頬に手を当て、腰をくねらせる。

(あー、しんどっ!)

 それにしても、お互い二十八の良い大人である。
 恋に浮かれる女子高生のようなやり取りをするのも、ついに負担が生じるようになってしまったらしい。
 瑠美はため息をつきたくなった。

(私も昔はこんなんだったのかなぁ)

 瑠美は二十歳で結婚し、子供を生み、上は小学生、下も保育園を卒業しようかという年齢である。
 若いママと奇異の視線で見られて、萎縮したのは昔の話。
 ベテランママとして成長した今となっては、恋愛に現を抜かしたかつての自分は遠い日の記憶であり、むしろ恥ずかしさすら呼び起こさせる。

 高校の頃のことを思い出したからだろうか、ふと、該当する人物が一人思い当たった。

「……もしかしてさ、その相手って堂島くん?」

 柚月の顔は瞬く間に赤く染まってゆく。

「……え”? ち、ちち、違うよ?」

 柚月は瑠美から視線をそらした。
 その目は不自然に泳いでいる。

(わっかりやすー……)

 呆れ返ってしまうようなわかりやすさ。
 もはや不安になるレベルである。
 こんなチョロい美人がなぜここまで売れ残ったのかと、瑠美はこの世の不思議を感じた。

「ゆずゆず……もう認めて楽になっちゃおうよ」
「うぁ……えぇ?」
「堂島くんとキスしたんだ?」
「……うん」

 柚月はしおらしく白状したのだった。

(何、このかわいい生物)

 誰もが認めるような美人である柚月が、こんなふうに異性関係で思い馳せる姿を見るのは何か尊いものを感じる。
 まるで初恋をした娘を見ているような気分に、瑠美も何だがむず痒くなる。

「それで、ゆずゆずは堂島くんと何処まで行ったのぉ?」
「へっ、どこまでって?」
「キスはしたんだよね?」
「う、うん」
「その先は? ……エッチはしたのぉ?」
「エッッッッ……!」

 瑠美の問いかけに、柚月はエロ漫画を愛読しているとは思えないほど取り乱した。
 何かを思い出しては、頭を抱えたり、思い悩むような表情をしたり。
 コロコロと表情を変える柚月を見て、瑠美は瞳を輝かせる。

(うん、何かあったことは間違いなさそう……!)

 ゴシップは瑠美の大好物である。
 しかも今回は高校の頃のマドンナと、一時期、大きな事件を起こして騒然とさせ、その後学校を去った大男のスキャンダルである。
 瑠美が興味を示さないはずはなかった。

「ゆずゆず、恋愛のことなら瑠美が相談にのるよ? こういうのはね同性に話したほうが色々スッキリするものなんだよ」
「あ、ありがとう。実は……」

 瑠美は柚月から堂島都の一部始終を聞いた。
 柚月は堂島と出会ったところから、自宅に誘い、一緒にご飯を食べ、その後いきなり堂島にベッドに押し倒されるところまで。

 聞けば聞くほど瑠美の表情は険しくなった。
 甘々で赤裸々な初体験を聞けると思ったら、DV男による大DV無双である。
 話を聞く限り、柚月があまりに不用心であるのは否めないが、どう考えても事件である。
 なぜ柚月が今平然としていられるのかわからない。

「……やめてって言ったんだけど、堂島くんが止まらなくて……」
「ゆずゆず、それ警察に行ったほうがいいよ」

 瑠美は珍しく真面目なトーンで柚月に勧める。

「え?! で、でもそこまですることじゃ……」
「でも、じゃないよゆずゆず。それは性的暴っていって犯罪なの! 堂島くんはねDV男! 性犯罪者なの!」

 大声を出してしまったせいか、周囲から注目を集めてしまっているが気にしない。
 瑠美としてもこういう問題は、同性として見過ごせなかったのだ。

「う、うーん。堂島くんはそういう感じじゃないと思うけどなぁ。実際最後はちゃんとやめてくれたし……」
「もし怖かったり、脅されてるとかなら、一緒に警察行くよ?」
「瑠美、本当に大丈夫だから」

 柚月は落ち着いた声で言った。
 瑠美は柚月の言葉で我に返る。
 柚月といると、たまにこういう瞬間がある。
 普段はほわほわとした美人なのだが、妙に迫力を感じる瞬間があるのだ。

(そういえば、高校のときもこんなことあったっけ……)

 高校生の時、瑠美は柚月が怒ったところを一度だけ見たことがある。
 神々しさすら感じたその瞬間に、瑠美は「あっ、敵わないな」と察したほど。

「ゆずゆずって、もしかして堂島くんのこと好きなの?」
「ううん、全然」

 柚月はあっさりと答えた。

「じゃあ、今回のこと許せるの?」
「どっちかというと許せないけど……でも堂島くんも何か事情がありそうだったし、流石に警察沙汰は可哀想かなって……(それに、もし捕まっちゃったら、舐犬彼氏の続き読めなくなっちゃうし……)」

 柚月がそこまで深刻に捉えているわけではないようで、瑠美はひとまず溜飲を抑える。
 ただ柚月の最後の言葉が聞き取れなかったので、瑠美は聞き返す。

「え、何?」
「ううん、なんでもない」

 少し反応が気になったが、大したことではなさそうだと瑠美は判断した。

「そ。ゆずゆずがそこまで言うなら瑠美はもう何も言わないよ」
「うん、心配してくれてありがとう瑠美」

 柚月は瑠美に、微笑みかけた。
 男ならばイチコロだっただろう。

「いいよ、ゆずゆずとはなんだかんだ長い付き合いだしね。……ところで堂島くんって今、何してるの?」
「え、あ、その、えっと……人には言えない感じの仕事?」

 柚月は視線をそらしながら言葉を濁した。
 柚月としては堂島がエロ漫画家であるとは流石に言えなかったのだが、瑠美には不審に映る。
 この同僚は、何かをごまかすときは大抵言葉に詰まるのだ。
 人には言えない感じ……か。


(……ニートか、フリーターだろうな)


 瑠美はそう結論付けた。
 柚月のように倹約家で貯金だけはあるが、結婚を焦る年齢になる女の前に途端に現れるのが、ヒモ男である。

(ゆずゆずもヒモを飼い始める年齢だもんなぁ……。哀れ……ゆずゆず)

 瑠美は柚月に同情の目を向けた。
 ただ今後、堂島のようなヒモDV男が再び柚月に寄生しようと企んでやってくる可能性は大いにある。
 柚月が悲惨な目に遭うのは、高校の頃の瑠美であれば高笑いしただろうが、今となってはそんな気は起きない。

(少し協力してあげようかな)

「ゆずゆずさ、お盆前の九日予定空いてる?」
「九日って"中崎みなと花火"の日だよね? うん空いてるけど」

 広報課にいる以上、柚月も当然のようにイベント情報は仕入れている。

「その日さ、高校の頃の同窓会があるんだけどゆずゆずもどう? うちら就職組だけじゃなく、進学組も来るよ?」

 就職組と進学組とは、高校卒業後に就職したか大学進学したかという区分。
 後者の多くは関東に進学して、そのままそっちで就職したりしているのでお盆と正月くらいにしか会うことはない。

「えっと……どうしようかなぁ」
「花火を見ながら、お酒飲めるお店予約したからさ、気分転換にはいいんじゃない? ゆずゆずが来たら皆喜ぶと思うし」

 柚月はそれでも何やら悩む様子を見せる。
 もしかして苦手な人がいたりするのだろうか。
 ただ、今回は瑠美がお膳立てするので、柚月には嫌な思いはさせないつもりである。
 故に、ここは押すのみ。

「私、ゆずゆずのことが心配なの。このままだと変なDV男とかヒモ男に捕まっちゃって大変なことになっちゃうんじゃないかって」
「えー、それは嫌だなぁ」
「堂島くんのことはさ、忘れた方がいいよ。昔、自殺未遂を起こした人だし、ちょっとヤバい人って分かったし。今回はちゃんとまともな人を呼ぶつもりだからさ。ね? ゆずゆず」

 瑠美はそう言って柚月の手を握った。
 高校の頃の必殺技上目遣いも併用する。

「……うん、わかった」

 瑠美の説得の甲斐あってか、柚月は一ヶ月後の同窓会に参加することが決まったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

幼馴染みのメッセージに打ち間違い返信したらとんでもないことに

家紋武範
恋愛
 となりに住む、幼馴染みの夕夏のことが好きだが、その思いを伝えられずにいた。  ある日、夕夏のメッセージに返信しようとしたら、間違ってとんでもない言葉を送ってしまったのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...