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第一章 襲われがちなアラサー女子
第26話 過去に引き戻されるっ!①
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四国地方の梅雨明けは比較的早く、中崎町もカラッと晴れ、校舎の白い漆喰が忌々しくなるくらい、光を反射する。
校舎裏の特別棟とをつなぐ木造の渡り廊下も、悲鳴をあげるほどに乾燥していた。
私にとっては、すごく懐かしい景色だ。
あの夏は特に暑かった気がする。
(ん、校舎?)
気がつけば目の前に見慣れない青年がいた。
彼は顔を好調させ、緊張の面持ちで私をみている。
「か、上村さん、好きです! 僕と付き合ってください!」
「……ごめんなさい池田くん。私、好きな人がいるので」
いきなりのことで頭がついていかないと思いきや、私は咄嗟に言葉がついて出る。
まるでその言葉を言うことが決まっていたかの様に。
私の定型句であった。
「……そっか、好きな人ってやっぱり……九条とか?」
私はノーコメントを貫いた。
十一年前の私は思い返せば冷めた人間だったと思う。
「……」
「……ははっ、やっぱりイケメンには敵わねぇなぁ」
眼の前の男子は自嘲気味にそんな事を言う。
何も言わなければ、肯定と受け取られても仕方がないと思う。
「まぁ、お似合いだと思うよ。それじゃ」
男子は捨て台詞の様なものを吐いて立ち去った。
私は校舎裏に一人残される。
男子から告白されることがあっても、どうしても恋愛に踏み切ることを選べなかった。
他の女子からしたら嫌味な女に見えていたことだろう。
「……池田フラれたっぽい?」
「……まぁ姫相手じゃね、池田じゃ釣り合わなくない?」
「てか、姫の好きな人って誰なん?」
「やっぱ九条くんじゃない?」
近くの渡り廊下に女子の気配がした。
告白というのは高校生にとって一大イベントであり、一定数このように野次馬化してしまうことは免れない。
(あれ、そもそもなんで高校の頃の制服を着ているの、私は?)
白のブラウスに、ネクタイ、短めのスカート丈。
太ももってこんなに出していたんだっけ。
なんだか股の下がスースーして落ち着かない。
そんなことを考えていたらふと一つの解に思い当たる、
「あ、そっか。これは夢か」
こんな熟成した中身の女子高生なんておかしい。
どうやら私は夢の中にいるようだと理解する。
そう思ったら少し気楽になった。
私は、トボトボと教室に足を運ぶ。
四階に教室があるというのは、地味に苦難である。
「ゼェゼェ……しかし、なんでまたこんな高校時代の夢を見てるんだ私は……」
昔は階段を登るくらい全然わけなかったのに、しんどく感じるのは意識は現実の私だからなのだろう。
全く器用に夢を見るものだと我ながら感心する。
(明晰夢、なのかなぁ)
ガラガラと教室の扉を開けて、スムーズな動きで自分の席につく。
どうやらこの体は全て、過去のことを再現しているらしい。
(一体何を)
夢は何かの暗示だったり、何かしらのメッセージを伝えている場合があると聞く。
しかし今のところはそれらしき、兆候やお告げの類なんかはみられない。
そんなことを考えていたら、突然風景が歪んだ。
「わっ、なになに?」
場面が切り替わった。
昼休みと午後の授業も終わり、放課後前のロングホームルームだろうか。
(夢だからこういうこともあるのか……)
「……今日のロングホームルームだが、今月の球技大会に出場する種目を決める。全員一種目は出場してもらうから、相談しながら名前を埋めていってくれ」
先生が音頭を取ると、クラスメイトたちは各々自由に行動し始める。
高校三年生とあって、その動きはどこか一つの秩序に基づいているというか、各々が自身の立ち位置というものをわきまえたような振る舞い方をしていた。
「俺と凉也はとりあえずサッカーは決まりな」
短髪赤髪の男子が黒板の「サッカー」と書かれた欄に二人分の名前を記入する。
峰島大翔、クラスの中でもスポーツが得意でお調子者。
「おい大翔、そんな勝手に……」
「いいじゃねぇかよ涼也。これでサッカーの優勝は俺達で決まりだな」
峰島はもうひとりの青年に拳を手前に突き出す。
「……ったく、仕方ないなぁ」
その青年、九条涼也はやれやれとばかりに、峰島の拳に自分の拳を爽やかに重ね合わせる。
佇まいから異彩を放つ、その洗練された整った外形は、田舎の高校では不釣り合いに輝いている。
共に華がある男子同士の絡みというのは、やはり尊く映るもので、どこか女子全体にソワソワした空気が流れた。
男子の方は二人を中心にまとまりを見せ、ある程度のメンツは決まり始めていた。
「あとは、堂島をどうするかだな……」
「……そうだね」
二人は緊張感ただよう様子で、窓際の席に視線を向ける。
そこには、窓際の席で居心地悪そうに座っている堂島くんがいた。
いや……というか足が長すぎて、シンプルに窮屈なのだろう。
(わっ……堂島くんだ……!)
私は思わず息を飲んだ。
今の堂島くんと体格はほとんど変わらず、大柄で髪は長めで無造作。
この頃はまだ無精髭を生やしているわけではないので、渋みがない。
昔はどう思っていたかは思い出せないが、皆が感じるほどの圧迫感を感じない。
「なぁ、堂島もこっちこいよ。種目決めようぜ……?」
あの峰島でさえも堂島に対しては、少し態度がぎこちない。
それはそうだ。
二メートル近く身長、まるで金剛力士像のような筋骨隆々とした体躯の男性だ。
どうしたって生物的な差を感じてしまう。
「ああ……ガコンッ!」
堂島くんは、椅子を引いたときに大きな音を立て、膝を机にぶつけてしまう。
机の上にあった筆箱の中のシャーペンやら消しゴムが床に散乱してしまう。
何事かと思い、周囲のクラスメイトは皆堂島くんに視線を向けた。
「す、すまん……」
いたたまれなくなったのか堂島くんはそう、一言謝りの言葉を述べる。
(か、かわいい……!)
堂島くんは身をかがめて、いそいそと散らばった筆箱の中身を拾い始めた。
コロコロと、私のところにも変わった形状のペンが転がって来たことに気づく。
ペン入れのときに使うGペンだろう。
私はそれを拾い上げると、高校生の堂島くんの下へ。
「堂島くん、はい」
「ああ、ありが……」
堂島くんは私の顔を見て固まっていた。
そうかと私は思い出す。
堂島くんが漫画を描き続けるきっかけは、私が堂島くんにかけた言葉だった。
ここは夢なのだし、お姉さんとして高校生の堂島くんにエールを送ってあげることにする。
「堂島くん、漫画書き続けてて偉いね。これからも応援してるよ」
「……っ!」
私は堂島くんの頭を撫でていた。
ザワザワとクラスがにわかに騒がしくなる。
クラスメイトの表情は気にならなかった。
だって夢なのだし。
「上村さんって……」
「?」
口を挟もうとしたのは九条くんだった。
その瞳は驚いた様に私をみている。
「……いや、いいか。上村さんはたしかアルバム委員だったよね?」
「ええ」
九条くんは、何か言葉を飲み込んだ様に見えた。
アルバム委員、そんな役職だったかと、私は古い記憶を思い出す。
四月に新クラスになったとき、クラス役員を決める場で、私は卒業アルバムの委員に任命されたのだ。
三年生のイベント事の際に、クラスメイトの写真を取って回る係である。
「みんなの競技を均等に回らないといけないし、自分の競技の時は撮影、難しいよね?」
「それはまぁ……」
「それじゃ誰かに手伝ってもらわなきゃだな。うーん、あ……瑠美!」
九条が廊下側の席で固まって喋っている女子集団のうち、一人に声を掛ける。
その名前は私のよく知っている少女の名前だ。
自慢のピンクベージュのツインテール、パッチリとした大きな目が庇護欲をそそる。
「……だから瑠美は思うわけ、男女の友情は成立しないって……え、涼也くん?! なになにー? 瑠美に何の用?」
その少女、宝条瑠美は小動物のように人懐っこい笑みを浮かべて駆けつけ、さり気なく九条に肩をピトッとくっつけた。
そんな瑠美を見て、女子たちは一瞬顔を歪める。
この頃の瑠美は恋多き女の子であり、九条にアプローチを掛ける一人だった。
他の女子と違うところは、それを隠すことをせず堂々とやってのけるところだろう。
私はそんな瑠美を見て、素直に同性として尊敬する。
「瑠美、悪いんだけど、上村さんのアルバム委員の仕事、手伝ってくれない?」
「えー! 瑠美も別のことで忙しいんだけどぉー」
「じゃあ何が忙しいのか、言ってみ?」
「えっと、うーん……しゅ、就活とか?」
瑠美は苦し紛れに、一つひねり出してみせるが、それは悪手だった。
「就活、受験があるのはみんな一緒だよ。瑠美は卓球だけだったし、それ以外は空いてるだろ?」
「それは……そうだけどぉ」
「じゃあ、そういうわけだからよろしくね瑠美。上村さんも遠慮せずに瑠美をこき使ってあげて。瑠美もちゃんと頼んだら手伝ってくれるいい子なんだ」
「……ま、まぁね、瑠美ってばやればできる子だし」
瑠美は少し顔を赤くしながら、小さな胸をつーんと張ってみせた。
(二人ってどういう関係なんだろう……)
九条を見たら恋愛関係ではなさそうではある。
しかし友達と言うにはなんだか、距離が近く見える。
後に瑠美が結婚した相手のことを考えると、なんだかむず痒くなってしまう。
「う、うん、よろしくね瑠美」
「瑠美ぃぃ~~? いきなり呼び捨て~~?」
私が瑠美に声を掛けると、瑠美がクワッと突っかかってきた。
そういえば、この頃はまだ瑠美とはそれほど仲良くなってなかったのだったか。
「あ、ごめんごめん、宝条さん」
少しさみしいものがあるが、私は名字で言い直す。
まぁいずれ仲良くなるのだから、気に病む必要はない。
しかし今度は瑠美のほうがなんだかモジモジしだした。
「……瑠美でいいよ」
「えっ?」
「その代わり瑠美も名前で呼ぶからね!……えっと柚月だから……"ゆずゆず"だね。よろしくね、ゆずゆず!」
瑠美は
「うん、よろしくね瑠美!」
私は瑠美と握手を交わす。
強く握りすぎたようで瑠美は悶絶していた。
九条は私達を見てにこりと笑みを向け、その後堂島くんに視線を戻す。
「堂島は、やりたい競技はあるかい?」
「……特にないが、できれば一種目で頼む」
「おいおい、堂島、頼むぜ! お前がこのクラスの切り札なんだぞ! お前が全部の競技に出れば、全種目で優勝だぞ? そうすりゃ中崎高校の伝説になれるんだぜ?」
大翔が堂島の肩を組んで言う。
「……すまん、俺はあまり体力がないんだ」
「そこは、気合でよぉ……!」
「大翔、無理強いはよくないよ。堂島の考えを尊重しよう」
「ちぇっ……じゃあ、堂島はどうする? 優勝狙える種目を選ぼうぜ?」
男子たちがあれこれと頭を悩ませる中、一人の大柄な男子生徒が躍り出る。
「ああ……悪ィけど、堂島はこっちで活用させてもらうから」
堂島くんほどではないが百八十センチを超える身長。
その男子は堂島くんの肩に肘を突きながら言った。
「……不破」
九条くんが、その生徒の名前を呼ぶ。
大柄な青年、不破和樹は邪悪な笑みを浮かべていた。
教室内に不協和音が響き渡った気がした。
校舎裏の特別棟とをつなぐ木造の渡り廊下も、悲鳴をあげるほどに乾燥していた。
私にとっては、すごく懐かしい景色だ。
あの夏は特に暑かった気がする。
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気がつけば目の前に見慣れない青年がいた。
彼は顔を好調させ、緊張の面持ちで私をみている。
「か、上村さん、好きです! 僕と付き合ってください!」
「……ごめんなさい池田くん。私、好きな人がいるので」
いきなりのことで頭がついていかないと思いきや、私は咄嗟に言葉がついて出る。
まるでその言葉を言うことが決まっていたかの様に。
私の定型句であった。
「……そっか、好きな人ってやっぱり……九条とか?」
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「……」
「……ははっ、やっぱりイケメンには敵わねぇなぁ」
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何も言わなければ、肯定と受け取られても仕方がないと思う。
「まぁ、お似合いだと思うよ。それじゃ」
男子は捨て台詞の様なものを吐いて立ち去った。
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他の女子からしたら嫌味な女に見えていたことだろう。
「……池田フラれたっぽい?」
「……まぁ姫相手じゃね、池田じゃ釣り合わなくない?」
「てか、姫の好きな人って誰なん?」
「やっぱ九条くんじゃない?」
近くの渡り廊下に女子の気配がした。
告白というのは高校生にとって一大イベントであり、一定数このように野次馬化してしまうことは免れない。
(あれ、そもそもなんで高校の頃の制服を着ているの、私は?)
白のブラウスに、ネクタイ、短めのスカート丈。
太ももってこんなに出していたんだっけ。
なんだか股の下がスースーして落ち着かない。
そんなことを考えていたらふと一つの解に思い当たる、
「あ、そっか。これは夢か」
こんな熟成した中身の女子高生なんておかしい。
どうやら私は夢の中にいるようだと理解する。
そう思ったら少し気楽になった。
私は、トボトボと教室に足を運ぶ。
四階に教室があるというのは、地味に苦難である。
「ゼェゼェ……しかし、なんでまたこんな高校時代の夢を見てるんだ私は……」
昔は階段を登るくらい全然わけなかったのに、しんどく感じるのは意識は現実の私だからなのだろう。
全く器用に夢を見るものだと我ながら感心する。
(明晰夢、なのかなぁ)
ガラガラと教室の扉を開けて、スムーズな動きで自分の席につく。
どうやらこの体は全て、過去のことを再現しているらしい。
(一体何を)
夢は何かの暗示だったり、何かしらのメッセージを伝えている場合があると聞く。
しかし今のところはそれらしき、兆候やお告げの類なんかはみられない。
そんなことを考えていたら、突然風景が歪んだ。
「わっ、なになに?」
場面が切り替わった。
昼休みと午後の授業も終わり、放課後前のロングホームルームだろうか。
(夢だからこういうこともあるのか……)
「……今日のロングホームルームだが、今月の球技大会に出場する種目を決める。全員一種目は出場してもらうから、相談しながら名前を埋めていってくれ」
先生が音頭を取ると、クラスメイトたちは各々自由に行動し始める。
高校三年生とあって、その動きはどこか一つの秩序に基づいているというか、各々が自身の立ち位置というものをわきまえたような振る舞い方をしていた。
「俺と凉也はとりあえずサッカーは決まりな」
短髪赤髪の男子が黒板の「サッカー」と書かれた欄に二人分の名前を記入する。
峰島大翔、クラスの中でもスポーツが得意でお調子者。
「おい大翔、そんな勝手に……」
「いいじゃねぇかよ涼也。これでサッカーの優勝は俺達で決まりだな」
峰島はもうひとりの青年に拳を手前に突き出す。
「……ったく、仕方ないなぁ」
その青年、九条涼也はやれやれとばかりに、峰島の拳に自分の拳を爽やかに重ね合わせる。
佇まいから異彩を放つ、その洗練された整った外形は、田舎の高校では不釣り合いに輝いている。
共に華がある男子同士の絡みというのは、やはり尊く映るもので、どこか女子全体にソワソワした空気が流れた。
男子の方は二人を中心にまとまりを見せ、ある程度のメンツは決まり始めていた。
「あとは、堂島をどうするかだな……」
「……そうだね」
二人は緊張感ただよう様子で、窓際の席に視線を向ける。
そこには、窓際の席で居心地悪そうに座っている堂島くんがいた。
いや……というか足が長すぎて、シンプルに窮屈なのだろう。
(わっ……堂島くんだ……!)
私は思わず息を飲んだ。
今の堂島くんと体格はほとんど変わらず、大柄で髪は長めで無造作。
この頃はまだ無精髭を生やしているわけではないので、渋みがない。
昔はどう思っていたかは思い出せないが、皆が感じるほどの圧迫感を感じない。
「なぁ、堂島もこっちこいよ。種目決めようぜ……?」
あの峰島でさえも堂島に対しては、少し態度がぎこちない。
それはそうだ。
二メートル近く身長、まるで金剛力士像のような筋骨隆々とした体躯の男性だ。
どうしたって生物的な差を感じてしまう。
「ああ……ガコンッ!」
堂島くんは、椅子を引いたときに大きな音を立て、膝を机にぶつけてしまう。
机の上にあった筆箱の中のシャーペンやら消しゴムが床に散乱してしまう。
何事かと思い、周囲のクラスメイトは皆堂島くんに視線を向けた。
「す、すまん……」
いたたまれなくなったのか堂島くんはそう、一言謝りの言葉を述べる。
(か、かわいい……!)
堂島くんは身をかがめて、いそいそと散らばった筆箱の中身を拾い始めた。
コロコロと、私のところにも変わった形状のペンが転がって来たことに気づく。
ペン入れのときに使うGペンだろう。
私はそれを拾い上げると、高校生の堂島くんの下へ。
「堂島くん、はい」
「ああ、ありが……」
堂島くんは私の顔を見て固まっていた。
そうかと私は思い出す。
堂島くんが漫画を描き続けるきっかけは、私が堂島くんにかけた言葉だった。
ここは夢なのだし、お姉さんとして高校生の堂島くんにエールを送ってあげることにする。
「堂島くん、漫画書き続けてて偉いね。これからも応援してるよ」
「……っ!」
私は堂島くんの頭を撫でていた。
ザワザワとクラスがにわかに騒がしくなる。
クラスメイトの表情は気にならなかった。
だって夢なのだし。
「上村さんって……」
「?」
口を挟もうとしたのは九条くんだった。
その瞳は驚いた様に私をみている。
「……いや、いいか。上村さんはたしかアルバム委員だったよね?」
「ええ」
九条くんは、何か言葉を飲み込んだ様に見えた。
アルバム委員、そんな役職だったかと、私は古い記憶を思い出す。
四月に新クラスになったとき、クラス役員を決める場で、私は卒業アルバムの委員に任命されたのだ。
三年生のイベント事の際に、クラスメイトの写真を取って回る係である。
「みんなの競技を均等に回らないといけないし、自分の競技の時は撮影、難しいよね?」
「それはまぁ……」
「それじゃ誰かに手伝ってもらわなきゃだな。うーん、あ……瑠美!」
九条が廊下側の席で固まって喋っている女子集団のうち、一人に声を掛ける。
その名前は私のよく知っている少女の名前だ。
自慢のピンクベージュのツインテール、パッチリとした大きな目が庇護欲をそそる。
「……だから瑠美は思うわけ、男女の友情は成立しないって……え、涼也くん?! なになにー? 瑠美に何の用?」
その少女、宝条瑠美は小動物のように人懐っこい笑みを浮かべて駆けつけ、さり気なく九条に肩をピトッとくっつけた。
そんな瑠美を見て、女子たちは一瞬顔を歪める。
この頃の瑠美は恋多き女の子であり、九条にアプローチを掛ける一人だった。
他の女子と違うところは、それを隠すことをせず堂々とやってのけるところだろう。
私はそんな瑠美を見て、素直に同性として尊敬する。
「瑠美、悪いんだけど、上村さんのアルバム委員の仕事、手伝ってくれない?」
「えー! 瑠美も別のことで忙しいんだけどぉー」
「じゃあ何が忙しいのか、言ってみ?」
「えっと、うーん……しゅ、就活とか?」
瑠美は苦し紛れに、一つひねり出してみせるが、それは悪手だった。
「就活、受験があるのはみんな一緒だよ。瑠美は卓球だけだったし、それ以外は空いてるだろ?」
「それは……そうだけどぉ」
「じゃあ、そういうわけだからよろしくね瑠美。上村さんも遠慮せずに瑠美をこき使ってあげて。瑠美もちゃんと頼んだら手伝ってくれるいい子なんだ」
「……ま、まぁね、瑠美ってばやればできる子だし」
瑠美は少し顔を赤くしながら、小さな胸をつーんと張ってみせた。
(二人ってどういう関係なんだろう……)
九条を見たら恋愛関係ではなさそうではある。
しかし友達と言うにはなんだか、距離が近く見える。
後に瑠美が結婚した相手のことを考えると、なんだかむず痒くなってしまう。
「う、うん、よろしくね瑠美」
「瑠美ぃぃ~~? いきなり呼び捨て~~?」
私が瑠美に声を掛けると、瑠美がクワッと突っかかってきた。
そういえば、この頃はまだ瑠美とはそれほど仲良くなってなかったのだったか。
「あ、ごめんごめん、宝条さん」
少しさみしいものがあるが、私は名字で言い直す。
まぁいずれ仲良くなるのだから、気に病む必要はない。
しかし今度は瑠美のほうがなんだかモジモジしだした。
「……瑠美でいいよ」
「えっ?」
「その代わり瑠美も名前で呼ぶからね!……えっと柚月だから……"ゆずゆず"だね。よろしくね、ゆずゆず!」
瑠美は
「うん、よろしくね瑠美!」
私は瑠美と握手を交わす。
強く握りすぎたようで瑠美は悶絶していた。
九条は私達を見てにこりと笑みを向け、その後堂島くんに視線を戻す。
「堂島は、やりたい競技はあるかい?」
「……特にないが、できれば一種目で頼む」
「おいおい、堂島、頼むぜ! お前がこのクラスの切り札なんだぞ! お前が全部の競技に出れば、全種目で優勝だぞ? そうすりゃ中崎高校の伝説になれるんだぜ?」
大翔が堂島の肩を組んで言う。
「……すまん、俺はあまり体力がないんだ」
「そこは、気合でよぉ……!」
「大翔、無理強いはよくないよ。堂島の考えを尊重しよう」
「ちぇっ……じゃあ、堂島はどうする? 優勝狙える種目を選ぼうぜ?」
男子たちがあれこれと頭を悩ませる中、一人の大柄な男子生徒が躍り出る。
「ああ……悪ィけど、堂島はこっちで活用させてもらうから」
堂島くんほどではないが百八十センチを超える身長。
その男子は堂島くんの肩に肘を突きながら言った。
「……不破」
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