2.5次元君

KAZEMICHI

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彼女と俺と打ち上げ

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「皆さん、今日は本当にお疲れ様でした。出版社の方々を含め、ボランティアでスタッフをしてくださった方々にも本当に感謝しています。これからもこう言った機会を増やして大勢の方と関わる事が出来ればと思っています。では、かんぱい!」


 そう言いながらグラスを高く上げると、みんなの乾杯が聞こえてその後すぐにしばらくの沈黙…。
やがて拍手がまばらに聞こえて打ち上げの席が始まった。

 俺は何故かこの一連の流れが好きだ。
乾杯の声で盛り上がったにも関わらず、酒に口をつける為に全員が無言で一度静まり返る空間。しかもその後の理由の分からない拍手…。
たぶん日本特有だろうこの風習は俺には未だに謎過ぎて笑える。
ニヤついてしまう口元に気づかれない様に少し俯いて席に腰掛けた。

 ようやく終わった初めてのサイン会。取り敢えず、すごく疲れた…。
サインをし続ける事、約三時間。書いている間も皆んな俺に色々と話しかける。
あの動画が良かったとか、この問題についてはどう思うかとか、一緒に写真を、とか。

 ただ座ってサインをするだけじゃないし、会話とか写真の笑顔とか…、コミュニケーション能力の低い人見知りな俺にはまぁまぁの苦行。
作り笑顔ってやり過ぎると頬の筋肉がおかしくなる事を今日初めて知った。笑

 それでも今日一日、何となく落ち着かない気持ちだった。
何ヶ月か振りに見た彼女の姿をどうしても目で追ってしまう自分がいて、全力で頑張っているのを何度も見ては自然と口角が上がる自分にハッとする。

 細いストライプのスーツ。裾広がりの上品なスカートは彼女が動く度に、長くて綺麗な黒髪と一緒にサラッと揺れる。
スーツなのにかかとが細くて高い靴をコツコツと鳴らすから何処に彼女がいるのか見なくてもだいたい分かってしまった。

 落ち着いた服装でと指定していたから今日来ていたボランティアスタッフはみんな黒のスカートやスラックスなんかの割と子綺麗な服装だったけど、きっちりとスーツを着ていたのは彼女一人だった。

 初めて会った時に感じた〝よく出来た人〟って印象はやっぱり間違っていなかったな。


 隣に座る〝自称歴史マニア〟のおじさんとの話も半分にそんな事を思いながら彼女に目をやる。
長テーブルの一番端、俺から最も遠いけどよく見える対角線上に座る彼女。
唐揚げを指差しながら両隣の二人と何やら楽しそうに話している。何にも聞こえないしやけに楽しそうだし、で何となく面白くない。

 主役の俺は促されるまま上座に座ったけど、その時彼女のそばに居て一緒に座りましょうとか声をかければ良かっただけなんだろうけど…。
まぁ、そんな気の利いた事があの時の俺に浮かぶ筈も無く…。たまに彼女に視線を送るのがやっとで、ただ時間だけが過ぎる。

 心の中で早く終われと思いながら〝お手洗いに…〟と席を立つ。
廊下を歩きながら自分が少し酔っている事に気付いたけど、まだ真っ直ぐ歩けるし意識もはっきりしている。

 手を洗って鏡を見た。

「俺、つまんなそうな顔してんな…。」

 無意識にポツリと口から漏れたその言葉に正直驚いた。
自分がそんな事を思うなんて…。
でもそれって何に対してなんだろうか。

 何でも知ってますと言わんばかりに知識をひけらかしてくるおじさん達のせいか…。
それとも、恋人がいるかを遠回しに聞いて来たり、プライベートを根掘り葉掘り聞きたがるギラギラした目の女性達か…、

 それとも…、彼女が……───、


 亜弥さんが隣に居ないせいなのか───。


 色々考えてみるものの、頭がうまく回らない。
今日一日気を張っていて疲れているのと少し酔っているせいだと思う。
よし、グダグダするよりも話しかけよう。内容なんて何でも良い。
取り敢えず戻ったら飲み物を持って彼女の隣へ行って……────、

 小声でぶつぶつと呟きながら部屋へ戻る。

 亜弥さん…、居ないし。

 挨拶周りを装って…、なんて思っていたのに彼女がいないからまた元の席に座ってしまった。
その後、少しして彼女は戻って来たけど俺はすっかり席を立つタイミングを失ってしまっていた──────。




 それから一時間半後……、俺は店の前にいた。

「皆さん今日は本当にありがとうございました。お帰りの際は充分気をつけて……────、」

 誰かの挨拶と共にみんなが散らばって行く。
女性と二人で歩いて行く彼女の後ろ姿をただ見送るだけの俺…。

 結局、彼女の隣へは行けないまま打ち上げは終わった。声を掛けなければと何度も思ったのに、そんな簡単な事がどうしても出来なかった。

 打ち上げの最中、彼女の周りには入れ替わり立ち替わり男が座っていた。
そりゃあ、あの見た目で社交的な態度…、目立つに決まってる。
分かってはいたけど、デレた顔で彼女に話しかける男達を見ていて心底不愉快で…。何がそんなに気に入らないのか自分でも分からないけれど。
他の人と話していても耳がどうしても違う会話を拾おうとする。
それでも、自分の話を途中で切り上げて彼女の隣へ行くなんて〝不自然なタイミング〟に見える行動に出る事は俺には出来なかった。

 自分で自分が面倒くさい。

 今思えば、道内旅行でもいつも話しかけてくれたのは亜弥さんの方で、俺からは数えられるくらいしか無かったな。

 彼女はいつも周りをよく見ていて、その場に応じたテンション、会話を自然にする人だ。
人見知りな俺が初対面の女性二人と〝意外と楽しかった〟道内旅行の三日間を過ごせたのは本当に彼女のお陰。
それ以外の何でも無かった。


 角を曲がるまで彼女の後姿を見送った後、大きなため息をついた。
こんなにも人の事を考えるなんて今までなかったから、どうして良いのかまるで分からない。

 彼女が歩いて行った方向と逆に歩き出す俺の足取りは少し重く感じた。
数メートル歩いたけど、思っているより足が進まなくて空を見上げて立ち止まる。

 北海道より狭くて黒い都会の空は星なんか見えなくて、ただ俺のモヤモヤする気持ちだけが浮遊する……。

 人通りのそう多くない通り。まばらに歩く人の足音と話し声…。
遠くで微かに聞こえるヒールの音。

 コツコツと聞こえるその音に、軽やかにスカートを翻す彼女の姿が浮かんで彼女がこちらに向かって笑顔で歩いて来る姿を想像した。

 本当に…、追いかけて来てくれないかな……────。




「和也君、大丈夫?」

 笑いを含んだ…、でも心配そうな声と忘れもしない…、あの甘い香りに反射的に体がビクついた。

 振り返った俺の前にいたのは、ただの願望でも妄想でもない…、彼女────。

「亜弥さん…なんでここに……、てっきり帰ったかと───、」

「そうなんだけど…。和也君に挨拶、しそびれたなって…思って……。そしたら上見て立ち止まってたから、酔ってる?笑」

「失礼な。そんなに酔ってませんよ。てか、そんな事の為にわざわざ戻ってきたんですか?」


 笑う彼女の顔が割と明るい街の明かりではっきりと見える。
外灯や店の明かりが大きな目に反射してキラキラと星みたいだ。
照れ臭さと嬉しさを隠す為にいつものように悪態をつく。

 今ぐらい、もう少し気の利いた事言えよ…俺。


「それと、これ…、」

 亜弥さんはそう言って目線を下げ、肩を竦めて手のひらくらいの箱を俺に差し出した。

 白いリボンの付いたその箱を受け取って蓋を取る。

「名刺入れ……────。」

 革素材のレトロなブルーの名刺入れ。開いた裏には俺の名前が型押しされていた。

「本の出版記念と…、初サイン会の成功のお祝い。そろそろ名刺、作らなきゃでしょ? あと、お礼も…。じゃがポックル、ありがとう。」

 彼女が顔の横で携帯を揺らすと、それと一緒に揺れるじゃがポックルのストラップ。
首を傾けて大きな目を目一杯細めて笑う彼女はただ綺麗で…。

 あの北海道の夜と同じ、濃く甘い香りが俺の全身を包んだ。


 心臓が握られたようにぐぅっ、と締まって、それでも少し心地の良い息苦しさと温かくなる心臓、速くなる鼓動…。


 気づけば────…、彼女の腕を掴んで引き寄せていた。


 身構えていなかった彼女は引かれる方へ逆らう事無く体を揺らし、すんなりと俺の腕の中へ収まる。

 彼女の肩は見た目よりもずっと華奢で回した両腕に思わず力を込めた────。


 何かを話す彼女の声が遠くに聞こえる。でも、それが現実かどうかも分からない。





 何となく……、気付いていた。

 亜弥さんが俺に触らないようにしていた事。

 スキンシップの多い自分に戸惑う俺を気遣ってくれていた事。

 それでも変わらず笑顔で優しく声をかけてくれた事…。


 今日、〝お疲れ様〟と掌を重ね合わせた時に分かってしまった。


 彼女が俺にだけ気軽に触らなくなった事に対するモヤモヤと…、



 本当は俺が彼女に触りたかった事…─────。



 自然と目で追ってしまうのも隣りにいて欲しかったのも、他の男性の視線を不快に思うのも…、が理由なら全てに説明がつく。





    たぶん俺…、亜弥さんが好きだ。

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