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48、正妃アンジェの衝撃の告白
しおりを挟むアンジェは気難しい表情をしたままイレーナを見つめる。
そして、彼女は静かに椅子に腰を下ろした。
額に手を当てて俯き、ため息をつく。
「アンジェさま?」
「あなたが心底うらやましいわ」
「えっ……?」
アンジェは目線だけイレーナに向けて、冷静に語る。
「あなたはきっと、愛というものを知って育ったのね」
それに対し、イレーナはどう返答すべきか悩んだ。
その発言から察するに、アンジェはそうではないのだろう。
「わたくしは産みの親を知りません。父でさえ、あんな人です。誰かを愛したり、愛されたりする感情は、わたくしには理解できないのです」
イレーナは複雑な表情でただアンジェの話に耳を傾ける。
両親に大切に育てられたイレーナには、到底アンジェの心を理解することなどできないだろう。
どんな慰めの言葉もアンジェにとっては嫌味でしかない。
黙っているしかなかった。
「わたくしには幼い頃から慕っている方がいたの。だけど、これが相手に対する愛なのかわからなかったわ。遠くでその人を見ているだけで幸せだった」
アンジェが昔好きだった人の話だろうと、イレーナは思った。
「やがて、父はわたくしに皇帝との結婚を命じたの。正直、気が狂いそうだったわ」
ヴァルクとの結婚によって想い人を諦めなければならなかったのだろうと、イレーナは察して胸が痛くなった。
だが、次に衝撃の言葉がアンジェの口から飛び出した。
「幼い頃から慕っていた男のもとへ、政略結婚で嫁げというのよ。わたくしの小さな想いは政治利用されることになったのよ」
イレーナは驚いて目を見開いた。
(えっ!? アンジェさまの想い人は陛下だったの?)
しかし、アンジェは騎士団長と関係を持っている。
一体どういうことなのだろうか。
混乱するイレーナをよそに、アンジェは額に手を当てて俯き加減で話を続ける。
「父は、今の皇帝をよく思っていらっしゃらないの……父のもとには、先代皇帝に忠誠を誓っていた王侯貴族たちがいるわ……すでに、あちこちから傭兵も、集まって……」
アンジェの顔色が悪いことに、イレーナは気づく。
彼女の話を途中で遮ってしまうことになるが、今はそれどころではなかった。
「アンジェさま? どうかしましたか? 顔色が」
「あなたは、何も知らない……この城で起こっていることを……」
アンジェが顔を上げると、そこには顔面蒼白で強張った表情があった。
「アンジェさま! すぐ医者に」
「かまわないわ……もう、間に合わな……」
アンジェはイレーナにすがりつくようにして、そのまま床に崩れ落ちた。
「アンジェさま! 誰か! 誰か来て!!」
イレーナが叫ぶと、部屋の外で待機していた侍女たちがすぐに駆けつけた。
「イレーナさま、どうかなさいまし……」
「アンジェさまあっ!!」
アンジェの侍女がリアを突き飛ばして駆け寄ってきた。
アンジェの顔色は暗い紫色に変化している。
「一体、どういうことですか? これは! イレーナ妃、あなたアンジェさまに何を?」
「わ、私は何も……」
イレーナとて何が起こったのかさっぱりわからないのである。
普通に茶を飲んで会話をしていたら、アンジェが急に倒れたのだから。
そのあいだ、まったく不審な点はなかった。
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