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ヴィランの幕引き
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一番強い魔法使いを作る方法を、知っているだろうか。
俺は知っている。横暴なまま善性を持てない精神と、たくさんの魔力。社会に適合するつもりがなければさらにいい。
結局はそんな簡単な話なのだ。力とは、単純でなければならないのだから。
「無事か、セリオン!」
「ァ……アーノルド……様」
『アーノルド=フィレンツェ』は、下品で横暴で強く──正しくそういう人間であった。
台風が、俺と全く同じ顔をした男を中心に巻き起こっていた。
セリオンが張ったであろう防御膜で今は風を避けているが、それも時期に壊れるだろう。
「お? ……おいおい、オリジナルじゃねぇか! 死んだって聞いたが、なんだあのジジイども、とうとう耄碌したのかね」
「そうかもな」
刺客に罠を仕掛けて送り出し数日が経っていた。
座標が目的地についたのを確認して水晶を叩き割った俺の目に初めに入ってきたのは、脂汗をかいたセリオンが足も喉も潰され倒れ伏す姿だった。
……怒りで体が満たされるのを、どうにか制御する。愚直に挑んで勝てる相手ではない。それは俺が一番、よく知っている……。
「初めまして、アーノルド=フィレンツェ。まずは自己紹介といかないか?」
「意味は?」
「この膜が砕けるまでの暇つぶし」
うめく青年を抱き上げて様子を見つつ、男からは目を離さない。
アーノルド=フィレンツェの力ならよく知っている。俺が得意としているのは土属性であり、空間魔法と重力魔法を主に扱う。
この辺り一体も──精巧に隠されているが、セリオンの行ったような空間魔法が施されている。ここでは彼一人が無条件で精霊の力を借りることが出来るし、その他の人間は自覚することもなくうまく魔法を扱えないだろう。
(だからこそ、大雑把。瞬時に近づく芸当はできない。魔法じゃなくて災害だな……)
そして嘘が上手いのだ。自分を強く見せる事に長けているし、事実ハッタリをかませる強さは持ち得ている。何より──
「お前は、セリオンの盲信と俺の魔力でできた泥人形だな。奪った記憶と魔力を込めて、擬似人格を入れたんだ」
「おっ! よく分かったなぁ。さすがはオリジナル」
人間は、どこまですれば人間なのか。俺たちの存在はどう定義するのだろう?
少なくともこの世界では、他者から見た記憶と自我さえあれば、それをこの土地に生きる生き物だと認める事になる。
思い通りにしたい魔法使いがいて、そいつが処刑寸前で、王宮に裏切り者がいるとすれば、簡単な話だ。
処刑人になればいい。
俺は魔法を、セリオンは俺への信頼の記憶をそれぞれ封印ではなく、剥奪をされたとすれば。
まっさらな器にそれを入れれば、『至高の魔法使い』という役を与えられた魔力の塊が完成する。
そこに残虐な性格を作り完成だ。
他者からの信仰と世界で二番目の魔力量を持つ、最強無敵の魔法使い──人造人間が。
「当然、俺は“成長”をしない。体も心も魔力も、生まれた時からこのままずっと変わりやしねぇ」
「魔神みたいだな。王宮の業もここまでいったか」
セリオンとルースを背に庇いながら、ピキピキとヒビの入る防御膜の様子を眺める。あともうすこし、あとすこしだけ稼げたのなら。
戦場には男以外何もない。この空間を構築するのは岩壁と地面だけで、時折まばらに木が生えている。行われた戦争の記録はもはや残っておらず、巨人に踏み荒らされたかのように痕跡が吹き飛ばされて消えていた。
轟々と風の音がする。腕の中のセリオンは、額に大玉の汗粒を浮かべながら何事かを呟いていた。
おそらく『俺』から逃れる際に喉を潰されたのだろう。言葉は発される事なくひゅうひゅうと空気の抜け出る音がする。
白髪にも見える薄い銀の髪は無惨にも乱暴に斬られていて、痛みに慣れていない彼の目端からは生理的な涙がこぼれ落ちていた。
「ア、アーノルド様、ごめんなさい、僕が役に……立てれば、」
「良いよ」
気絶さえして仕舞えば楽なのだろうが、まだもう少し起きていてほしい。暴風に晒された俺たちの防御膜が今砕ければ一網打尽だ。
助けを求める声は聞こえていた。セリオンに庇われていたらしく傷も少ないルースが震えるので、にこりと分かりやすく微笑んでやる。
「お前たちが生きていて良かった。俺が来るまでよく耐えたな」
『俺』は防御膜が勝手に砕けるのを待っているらしい。ニヤニヤと性根の悪い笑みを浮かべて追い詰められる俺たちを眺めている。
それでも近付かないのは、仮にも同一存在である『俺』を警戒しているためか。それとも──
「魔神を警戒してるのか? アーノルド」
「へぇ?」
「さっきから臭うんだよ。腐った魔力の臭いが」
セリオンをルースに預けると、離れる瞬間ささやかな力で外套を掴まれた。力を弱めているというわけでもなく、もうそこまでの力しかないのだろう。
暖かな体温を放し、ルースに逃げるよう言いつけた。立ち上がる俺を視認し、『俺』は警戒を強めるように組んだ足を解いた。
「あの腐れ魔神、魔力は吸収出来たんだが自我は失ったらしくてなァ。オリジナルが生きてるってこたぁそっちに行ったんだろ?」
寄越せよ、と告げられる。
この『俺』は別に、魔神に対して執着しているわけではない。本能的に知っているのだ、魔神に自我があってこそ『成長』が得られることを……。
『俺』は知っている。だから『俺』も知っている。
同一存在として生まれたコイツは、魔法使いとしての理想を追求した結果、俺の作り上げた俺に仕上がった。裏切り者たちは怖かっただろうな、自分たちも知らない真理を識っている横暴な魔法使いなど。
何かを答えようと口を開けた瞬間、ドグン、と心臓が深く鳴る。
血液がぎゅうぎゅうと流れ耳の奥に響く重い音が鳴り止まない。ルースがその異変に気がつく前に、『俺』が排除しようと手のひらをこちらへ向ける。
ああ。久しぶりだ、この感覚──
口の端が吊り上がる。誰のためでもなく笑うのは、いつぶりか。
「やめっ……」
「制限解除」
その呪文は、俺の身体能力を上げるものではない。
とんでもない量の氷を生み出すものでも、業火で全てを焼き尽くすものでも、永遠に枯れない花を咲かせるような魔法ではなく。
至ってありきたりな、基礎の魔法を組み合わせたような単純な魔法。
けれど一度線を越えた人間にしか使えない──何もかもをひっくり返す、まさに魔法のような呪文。
「アーノルド様、っひゃ」
「ルース、セリオンから手を離すなよ」
小さく悲鳴を上げるルース達の周りに防御壁を貼り直す。俺が創作した魔法なので、たとえ『俺』でも解除は難しいだろう。風の一つも通らない防御壁は頑強で、そこにリソースを割いてなお魔力は有り余っていた。
「ッテメェ……」
「余裕が崩れてるぜ、複製品!」
パチンと指を鳴らせば風が止む。
魔力が溢れて止まらなかった。血液に不思議の力が満ちて身体中に循環する。造られた紫の目が見開かれて、忌々しげに歪んだ。
気が付いたら目の前に同じ顔があり、殺気。視認する前に剣を弾き飛ばし、片手にはいつのまにか長剣が握られていた。
鏡合わせのように同じ体制をとる。型としては王国式剣術として正統なものであり、多少アレンジが入っているとはいえ充分御前試合で披露できるなりかただろう。
「どういうことだ! あのジジイ、テメェの魔力は全部奪ったって……封印はどこいった!?」
「あんまり焦るなよ、負けフラグだぞ」
動き出したのは向こうからだ。滑り込むように顎の下まで刃が届きかけ勢いよく後退する。
金属が擦れ合い火花が散った。
一撃が重く、まともには受けられないだろう。長剣が砕け散ったとしても補充は出来るが、腕の骨は無理だ。
人形として身体能力は強化されてるのか、『俺』の振り下ろした剣はその一振りで地を抉り岩を砕く。ぐらつく足場に見切りをつけ魔力を込めた。
「お前は識ってるだろ、アーノルド! 自我がある生き物はな──成長するんだよ」
「だからなんだ!」
巨きな、巨きな怪物が出来上がる。属性一致の土人形は頑強さが他の比ではない。
が、当然向こうには一瞬で突破されるだろう。胸の中央に穴を開けられたと思えば、巨大な生き物ががっつくようにばくりばくりと消滅していく土塊に思わず笑いが漏れた。
「自我を持つ俺は、三年間魔力を貯めてきた──溜まってきた。お前のような、魂のない人形には出来ない芸当だ」
崩れ落ちた土の山から踏み切った男が剣を振るう。正確に眼球を抉ろうと捩じ込まれる剣先へ咄嗟に目を瞑れば瞼が薄く斬られる。血を拭うと同時に瞼を焼いて止血すれば脳が震える程の痛みが走る。
取り落としそうになる剣を投げ付けて後退したのを確認し、もう一度生成。
一先ず距離は取った。
男には魂がなかった。ただの動く人形で、セリオンの記憶と強者というプログラム通りに動く──。
「封印されてたんじゃねぇのかよ!? それともなんだ、テメェが“正しい”事をしたとでも!」
「いいや」
引きつけながら中心部を目指して走る。この空間に魔法をかけるなら確実に俺はそこに基盤を張る。
いや正直に言おう。視えているのだ。
(俺の目もまた成長する……ってことか)
思わず笑ってしまう。襲いくる凶刃をいなし、魔法を分析して相殺する。
封印で鍵をされて、三年間一切使われずに溜まっていた魔力は、使われないと暴走してしまいそうなほど。
「魔力も精神も腐らせる魔神の魔力を喰って育ったなら、腐蝕の性質も持ってないとおかしいよな?」
封印は、ただ封印しているだけだ。扉を閉めて鍵をかけて魔力の奔流を防いでいるだけ。
だが、ただ魔法を使うだけの人間では器の強度が足りず錠は壊せない。
では、その錠を腐らせれば? 胎内に魔神の魔力を持つ蛇竜を入れれば、不可能なことではない。
一手早く、戦場の中心に剣を突き立てる。首に刃が食い込む。血飛沫が舞う。その瞬間──
パキン、とガラスの割れる音がした。
「ッ、この……!」
忌々しげに吐き捨て、『俺』は俺から離れた。
散った血飛沫が刃となり付近のものを襲う。
「掛かってこいよ、これでイーブンだ」
火傷のない綺麗な顔をした男の眉間に、深く皺が寄る。
コールタールのような臭いがした。
俺は知っている。横暴なまま善性を持てない精神と、たくさんの魔力。社会に適合するつもりがなければさらにいい。
結局はそんな簡単な話なのだ。力とは、単純でなければならないのだから。
「無事か、セリオン!」
「ァ……アーノルド……様」
『アーノルド=フィレンツェ』は、下品で横暴で強く──正しくそういう人間であった。
台風が、俺と全く同じ顔をした男を中心に巻き起こっていた。
セリオンが張ったであろう防御膜で今は風を避けているが、それも時期に壊れるだろう。
「お? ……おいおい、オリジナルじゃねぇか! 死んだって聞いたが、なんだあのジジイども、とうとう耄碌したのかね」
「そうかもな」
刺客に罠を仕掛けて送り出し数日が経っていた。
座標が目的地についたのを確認して水晶を叩き割った俺の目に初めに入ってきたのは、脂汗をかいたセリオンが足も喉も潰され倒れ伏す姿だった。
……怒りで体が満たされるのを、どうにか制御する。愚直に挑んで勝てる相手ではない。それは俺が一番、よく知っている……。
「初めまして、アーノルド=フィレンツェ。まずは自己紹介といかないか?」
「意味は?」
「この膜が砕けるまでの暇つぶし」
うめく青年を抱き上げて様子を見つつ、男からは目を離さない。
アーノルド=フィレンツェの力ならよく知っている。俺が得意としているのは土属性であり、空間魔法と重力魔法を主に扱う。
この辺り一体も──精巧に隠されているが、セリオンの行ったような空間魔法が施されている。ここでは彼一人が無条件で精霊の力を借りることが出来るし、その他の人間は自覚することもなくうまく魔法を扱えないだろう。
(だからこそ、大雑把。瞬時に近づく芸当はできない。魔法じゃなくて災害だな……)
そして嘘が上手いのだ。自分を強く見せる事に長けているし、事実ハッタリをかませる強さは持ち得ている。何より──
「お前は、セリオンの盲信と俺の魔力でできた泥人形だな。奪った記憶と魔力を込めて、擬似人格を入れたんだ」
「おっ! よく分かったなぁ。さすがはオリジナル」
人間は、どこまですれば人間なのか。俺たちの存在はどう定義するのだろう?
少なくともこの世界では、他者から見た記憶と自我さえあれば、それをこの土地に生きる生き物だと認める事になる。
思い通りにしたい魔法使いがいて、そいつが処刑寸前で、王宮に裏切り者がいるとすれば、簡単な話だ。
処刑人になればいい。
俺は魔法を、セリオンは俺への信頼の記憶をそれぞれ封印ではなく、剥奪をされたとすれば。
まっさらな器にそれを入れれば、『至高の魔法使い』という役を与えられた魔力の塊が完成する。
そこに残虐な性格を作り完成だ。
他者からの信仰と世界で二番目の魔力量を持つ、最強無敵の魔法使い──人造人間が。
「当然、俺は“成長”をしない。体も心も魔力も、生まれた時からこのままずっと変わりやしねぇ」
「魔神みたいだな。王宮の業もここまでいったか」
セリオンとルースを背に庇いながら、ピキピキとヒビの入る防御膜の様子を眺める。あともうすこし、あとすこしだけ稼げたのなら。
戦場には男以外何もない。この空間を構築するのは岩壁と地面だけで、時折まばらに木が生えている。行われた戦争の記録はもはや残っておらず、巨人に踏み荒らされたかのように痕跡が吹き飛ばされて消えていた。
轟々と風の音がする。腕の中のセリオンは、額に大玉の汗粒を浮かべながら何事かを呟いていた。
おそらく『俺』から逃れる際に喉を潰されたのだろう。言葉は発される事なくひゅうひゅうと空気の抜け出る音がする。
白髪にも見える薄い銀の髪は無惨にも乱暴に斬られていて、痛みに慣れていない彼の目端からは生理的な涙がこぼれ落ちていた。
「ア、アーノルド様、ごめんなさい、僕が役に……立てれば、」
「良いよ」
気絶さえして仕舞えば楽なのだろうが、まだもう少し起きていてほしい。暴風に晒された俺たちの防御膜が今砕ければ一網打尽だ。
助けを求める声は聞こえていた。セリオンに庇われていたらしく傷も少ないルースが震えるので、にこりと分かりやすく微笑んでやる。
「お前たちが生きていて良かった。俺が来るまでよく耐えたな」
『俺』は防御膜が勝手に砕けるのを待っているらしい。ニヤニヤと性根の悪い笑みを浮かべて追い詰められる俺たちを眺めている。
それでも近付かないのは、仮にも同一存在である『俺』を警戒しているためか。それとも──
「魔神を警戒してるのか? アーノルド」
「へぇ?」
「さっきから臭うんだよ。腐った魔力の臭いが」
セリオンをルースに預けると、離れる瞬間ささやかな力で外套を掴まれた。力を弱めているというわけでもなく、もうそこまでの力しかないのだろう。
暖かな体温を放し、ルースに逃げるよう言いつけた。立ち上がる俺を視認し、『俺』は警戒を強めるように組んだ足を解いた。
「あの腐れ魔神、魔力は吸収出来たんだが自我は失ったらしくてなァ。オリジナルが生きてるってこたぁそっちに行ったんだろ?」
寄越せよ、と告げられる。
この『俺』は別に、魔神に対して執着しているわけではない。本能的に知っているのだ、魔神に自我があってこそ『成長』が得られることを……。
『俺』は知っている。だから『俺』も知っている。
同一存在として生まれたコイツは、魔法使いとしての理想を追求した結果、俺の作り上げた俺に仕上がった。裏切り者たちは怖かっただろうな、自分たちも知らない真理を識っている横暴な魔法使いなど。
何かを答えようと口を開けた瞬間、ドグン、と心臓が深く鳴る。
血液がぎゅうぎゅうと流れ耳の奥に響く重い音が鳴り止まない。ルースがその異変に気がつく前に、『俺』が排除しようと手のひらをこちらへ向ける。
ああ。久しぶりだ、この感覚──
口の端が吊り上がる。誰のためでもなく笑うのは、いつぶりか。
「やめっ……」
「制限解除」
その呪文は、俺の身体能力を上げるものではない。
とんでもない量の氷を生み出すものでも、業火で全てを焼き尽くすものでも、永遠に枯れない花を咲かせるような魔法ではなく。
至ってありきたりな、基礎の魔法を組み合わせたような単純な魔法。
けれど一度線を越えた人間にしか使えない──何もかもをひっくり返す、まさに魔法のような呪文。
「アーノルド様、っひゃ」
「ルース、セリオンから手を離すなよ」
小さく悲鳴を上げるルース達の周りに防御壁を貼り直す。俺が創作した魔法なので、たとえ『俺』でも解除は難しいだろう。風の一つも通らない防御壁は頑強で、そこにリソースを割いてなお魔力は有り余っていた。
「ッテメェ……」
「余裕が崩れてるぜ、複製品!」
パチンと指を鳴らせば風が止む。
魔力が溢れて止まらなかった。血液に不思議の力が満ちて身体中に循環する。造られた紫の目が見開かれて、忌々しげに歪んだ。
気が付いたら目の前に同じ顔があり、殺気。視認する前に剣を弾き飛ばし、片手にはいつのまにか長剣が握られていた。
鏡合わせのように同じ体制をとる。型としては王国式剣術として正統なものであり、多少アレンジが入っているとはいえ充分御前試合で披露できるなりかただろう。
「どういうことだ! あのジジイ、テメェの魔力は全部奪ったって……封印はどこいった!?」
「あんまり焦るなよ、負けフラグだぞ」
動き出したのは向こうからだ。滑り込むように顎の下まで刃が届きかけ勢いよく後退する。
金属が擦れ合い火花が散った。
一撃が重く、まともには受けられないだろう。長剣が砕け散ったとしても補充は出来るが、腕の骨は無理だ。
人形として身体能力は強化されてるのか、『俺』の振り下ろした剣はその一振りで地を抉り岩を砕く。ぐらつく足場に見切りをつけ魔力を込めた。
「お前は識ってるだろ、アーノルド! 自我がある生き物はな──成長するんだよ」
「だからなんだ!」
巨きな、巨きな怪物が出来上がる。属性一致の土人形は頑強さが他の比ではない。
が、当然向こうには一瞬で突破されるだろう。胸の中央に穴を開けられたと思えば、巨大な生き物ががっつくようにばくりばくりと消滅していく土塊に思わず笑いが漏れた。
「自我を持つ俺は、三年間魔力を貯めてきた──溜まってきた。お前のような、魂のない人形には出来ない芸当だ」
崩れ落ちた土の山から踏み切った男が剣を振るう。正確に眼球を抉ろうと捩じ込まれる剣先へ咄嗟に目を瞑れば瞼が薄く斬られる。血を拭うと同時に瞼を焼いて止血すれば脳が震える程の痛みが走る。
取り落としそうになる剣を投げ付けて後退したのを確認し、もう一度生成。
一先ず距離は取った。
男には魂がなかった。ただの動く人形で、セリオンの記憶と強者というプログラム通りに動く──。
「封印されてたんじゃねぇのかよ!? それともなんだ、テメェが“正しい”事をしたとでも!」
「いいや」
引きつけながら中心部を目指して走る。この空間に魔法をかけるなら確実に俺はそこに基盤を張る。
いや正直に言おう。視えているのだ。
(俺の目もまた成長する……ってことか)
思わず笑ってしまう。襲いくる凶刃をいなし、魔法を分析して相殺する。
封印で鍵をされて、三年間一切使われずに溜まっていた魔力は、使われないと暴走してしまいそうなほど。
「魔力も精神も腐らせる魔神の魔力を喰って育ったなら、腐蝕の性質も持ってないとおかしいよな?」
封印は、ただ封印しているだけだ。扉を閉めて鍵をかけて魔力の奔流を防いでいるだけ。
だが、ただ魔法を使うだけの人間では器の強度が足りず錠は壊せない。
では、その錠を腐らせれば? 胎内に魔神の魔力を持つ蛇竜を入れれば、不可能なことではない。
一手早く、戦場の中心に剣を突き立てる。首に刃が食い込む。血飛沫が舞う。その瞬間──
パキン、とガラスの割れる音がした。
「ッ、この……!」
忌々しげに吐き捨て、『俺』は俺から離れた。
散った血飛沫が刃となり付近のものを襲う。
「掛かってこいよ、これでイーブンだ」
火傷のない綺麗な顔をした男の眉間に、深く皺が寄る。
コールタールのような臭いがした。
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