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プロローグ
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さて、実家に帰省した俺の一日はまず弟を起こすことから始まる。
「セリオンくーん、お兄ちゃんだぞー」
俺が起きるところ? いや普通に考えて可愛い弟の寝顔見ないと一日始まらないだろ。それまで俺は目を開けているだけの屍だ。
そんなわけで早朝五時。空が白んできたあたりでセリオンの部屋に侵入する。本当は同部屋が良かったのだが本人にめちゃくちゃ嫌がられてしまった。
「ほらほら、セリオンくん? 朝露回収しに行かなくていいのか?」
メルヘンな理由と侮るなかれ。いや別に弟と会うために適当なこと言ってるわけでもない。
俺たち魔法使いは一度に使える魔力を増やすため、錬金術も嗜んでいる。朝露もその素材に使うものだ。
(俺はただでさえ魔神を封じてるから、魔力のバランス取るのが難しいんだよな……引き出せる量は多いけど、この身体が耐えきれない)
この世界における魔力とは銀行預金のようなもの。どれほど魔力を持っていても、一度に引き出す制限がある。
この制限を超過して引き出せば魔力酔いを起こししばらく使い物にならなくなるのだ。
その苦しみはノロウイルスにかかって三日飯が食えなかったときに似ている。
ちなみに貯金が尽きれば干からびて死ぬぞ。怖いね!
「せーりーおーんーくーん。起きないとお兄ちゃんがちゅうしちゃうぞ~?」
この部屋は使用人室に近いので、少しだけ声を潜めてシーツまんじゅうになっている生き物をゆさゆさと揺らした。
しかしいつ来ても片付けられていない部屋である。本棚はごっちゃごちゃだし足元にも本やなんらかの材料、服、よく分らんゴミが散らばっていた。
俺本って分類で分けないと気が済まないタイプなんだよな。別に他人のものは気になんないけど。そういう人よくいると思う。
「んん……」
「おっ」
ぼんやりとセリオンの部屋を眺めていたら、シーツまんじゅうがもそもそと動いた。
猫っ毛なので、普段と比べて白銀の髪が一層フニャッとしている。よだれで口がカピカピになっているがかわいい。ほっぺがもちもちで時折白目を剥いて眠る俺のスリーピングビューティ……
「……さつゆ……」
「朝露な! そう、取りに行こうと思ってさ。セリオンも来るだろ?」
「……く……」
「行くか! じゃあ準備しようなー」
のっそりと起き上がったセリオンはまだ半分夢の中にいるのか、モチャモチャと口を動かしてはいるもののほとんど口に出せていない。普段のツンは鳴りを潜め、ただただ可愛すぎる弟である。
ギネス、ギネス判定員!! 誰かここに!! いねぇや! じゃあ俺が判定員ってことで! うーんギネス登録!!
「優勝おめでとうございまーす」
「なにが……?」
「世界可愛い選手権。今日もセリオンのぶっちぎり優勝」
「毎日開催なの? ……バカなこと言ってないで、あんたも早く支度すれば」
「まっこの子はお兄ちゃんに向かってあんたとは何よあんたとはー! 俺はもう準備できてまーす」
魔法で生み出した花冠を綿飴みたいな頭に乗せれば、いつの間にか外着のローブに着替えていたセリオンが嫌そうに睨みつけてくる。
そんな顔をしても、俺のお下がりのローブはあまりちもぶかぶかで迫力がない。
「そろそろセリオンも自分のローブを持たないとなー。一着あったら便利だぞ、社交場に着ていっても逆に持て囃されるんだ」
なにしろフィレンツェは魔法使いの一門。国で最も魔力の使いやすい自然豊かで開けた土地を領地にしているが、その実態は国王ですら把握できない隠匿の一族。
普段使ってる作業着みたいな奴じゃなくて、式典用のローブ──ジャージと制服みたいなもの──を着るだけで勝手に何かを読み取ってくれるのでコーデを考えなくていい。あまりに楽。
「別に、持て囃されたくないし……あんたみたいな、魔法を捨てた奴が着るべきものじゃない」
「人聞き悪っ。そんなこと言われてもさー。セリオンみたいに優秀な魔法使いなんて、そうそう産まれないんだからな?」
「同年代に比べても無能のくせに何を……」
「おーーーいなんで知ってるんだ」
なんて口の悪い奴だ。気を付けろよこっちはフィレンツェの救世主様だぞ!
セリオンは生まれつき引き出せる量が常人の数十倍はあり、無限に近い魔力を持つ天才だ。
本編のセリオンといえば、母が嫉妬で壊れた後にその事実を知り、どんな魔法でも治せない心の病に無力感を味わうことになるのだが……。
「! お母様……」
「お」
パッと弟の顔が輝く。こっちを見もせず駆け出していく背中を視線で追えば、その小さな身体を抱き止める女性の姿があった。
腰までの白に近い銀髪。雪原に咲いた花のように密やかな桃色の瞳。ふわふわとした少女のような雰囲気の彼女は、セリオンの母その人だ。
「おはようセリオン。今日も早いのね」
「はい、あっでも、普段はそんなに早くなくて、別に……アイツに起こされただけです」
「まぁ、アイツだなんて」
うーん、相変わらず可憐な人だなぁ。
そう、実はセリオンのママ──オーロラ=フィレンツェは心を壊しておらず、今も元気にこの家の本妻として過ごしている。
こちらをおずおずと見上げるオーロラさんに、とりあえず微笑んでおく。
「おはようございます、オーロラ様。お早いですね」
「ええ、少し……」
俺はオーロラさんにそこまで好かれていない。まぁ本来後継になるべきセリオンが俺のせいで次男に甘んじているし、俺の母がこの夫婦仲を壊したみたいなとこあるしな。
「少しセリオンを借りても? 昼は街に出かける予定ですので、構ってやってください」
「え、ええ。勿論よ。学校から帰ってきたばかりというのに、忙しいのね」
「いえいえ、遊びに行くだけですよ。父上にはどうかご内密に」
軽くウインクもするがめちゃくちゃ怯えられてしまった。本当に悲しいぜ。
弟の母親なのでできれば仲良くしたいけど、弟の母親(俺とは血が繋がってない)っていう字面エグいから無理かも。
「セリオンくーん、お兄ちゃんだぞー」
俺が起きるところ? いや普通に考えて可愛い弟の寝顔見ないと一日始まらないだろ。それまで俺は目を開けているだけの屍だ。
そんなわけで早朝五時。空が白んできたあたりでセリオンの部屋に侵入する。本当は同部屋が良かったのだが本人にめちゃくちゃ嫌がられてしまった。
「ほらほら、セリオンくん? 朝露回収しに行かなくていいのか?」
メルヘンな理由と侮るなかれ。いや別に弟と会うために適当なこと言ってるわけでもない。
俺たち魔法使いは一度に使える魔力を増やすため、錬金術も嗜んでいる。朝露もその素材に使うものだ。
(俺はただでさえ魔神を封じてるから、魔力のバランス取るのが難しいんだよな……引き出せる量は多いけど、この身体が耐えきれない)
この世界における魔力とは銀行預金のようなもの。どれほど魔力を持っていても、一度に引き出す制限がある。
この制限を超過して引き出せば魔力酔いを起こししばらく使い物にならなくなるのだ。
その苦しみはノロウイルスにかかって三日飯が食えなかったときに似ている。
ちなみに貯金が尽きれば干からびて死ぬぞ。怖いね!
「せーりーおーんーくーん。起きないとお兄ちゃんがちゅうしちゃうぞ~?」
この部屋は使用人室に近いので、少しだけ声を潜めてシーツまんじゅうになっている生き物をゆさゆさと揺らした。
しかしいつ来ても片付けられていない部屋である。本棚はごっちゃごちゃだし足元にも本やなんらかの材料、服、よく分らんゴミが散らばっていた。
俺本って分類で分けないと気が済まないタイプなんだよな。別に他人のものは気になんないけど。そういう人よくいると思う。
「んん……」
「おっ」
ぼんやりとセリオンの部屋を眺めていたら、シーツまんじゅうがもそもそと動いた。
猫っ毛なので、普段と比べて白銀の髪が一層フニャッとしている。よだれで口がカピカピになっているがかわいい。ほっぺがもちもちで時折白目を剥いて眠る俺のスリーピングビューティ……
「……さつゆ……」
「朝露な! そう、取りに行こうと思ってさ。セリオンも来るだろ?」
「……く……」
「行くか! じゃあ準備しようなー」
のっそりと起き上がったセリオンはまだ半分夢の中にいるのか、モチャモチャと口を動かしてはいるもののほとんど口に出せていない。普段のツンは鳴りを潜め、ただただ可愛すぎる弟である。
ギネス、ギネス判定員!! 誰かここに!! いねぇや! じゃあ俺が判定員ってことで! うーんギネス登録!!
「優勝おめでとうございまーす」
「なにが……?」
「世界可愛い選手権。今日もセリオンのぶっちぎり優勝」
「毎日開催なの? ……バカなこと言ってないで、あんたも早く支度すれば」
「まっこの子はお兄ちゃんに向かってあんたとは何よあんたとはー! 俺はもう準備できてまーす」
魔法で生み出した花冠を綿飴みたいな頭に乗せれば、いつの間にか外着のローブに着替えていたセリオンが嫌そうに睨みつけてくる。
そんな顔をしても、俺のお下がりのローブはあまりちもぶかぶかで迫力がない。
「そろそろセリオンも自分のローブを持たないとなー。一着あったら便利だぞ、社交場に着ていっても逆に持て囃されるんだ」
なにしろフィレンツェは魔法使いの一門。国で最も魔力の使いやすい自然豊かで開けた土地を領地にしているが、その実態は国王ですら把握できない隠匿の一族。
普段使ってる作業着みたいな奴じゃなくて、式典用のローブ──ジャージと制服みたいなもの──を着るだけで勝手に何かを読み取ってくれるのでコーデを考えなくていい。あまりに楽。
「別に、持て囃されたくないし……あんたみたいな、魔法を捨てた奴が着るべきものじゃない」
「人聞き悪っ。そんなこと言われてもさー。セリオンみたいに優秀な魔法使いなんて、そうそう産まれないんだからな?」
「同年代に比べても無能のくせに何を……」
「おーーーいなんで知ってるんだ」
なんて口の悪い奴だ。気を付けろよこっちはフィレンツェの救世主様だぞ!
セリオンは生まれつき引き出せる量が常人の数十倍はあり、無限に近い魔力を持つ天才だ。
本編のセリオンといえば、母が嫉妬で壊れた後にその事実を知り、どんな魔法でも治せない心の病に無力感を味わうことになるのだが……。
「! お母様……」
「お」
パッと弟の顔が輝く。こっちを見もせず駆け出していく背中を視線で追えば、その小さな身体を抱き止める女性の姿があった。
腰までの白に近い銀髪。雪原に咲いた花のように密やかな桃色の瞳。ふわふわとした少女のような雰囲気の彼女は、セリオンの母その人だ。
「おはようセリオン。今日も早いのね」
「はい、あっでも、普段はそんなに早くなくて、別に……アイツに起こされただけです」
「まぁ、アイツだなんて」
うーん、相変わらず可憐な人だなぁ。
そう、実はセリオンのママ──オーロラ=フィレンツェは心を壊しておらず、今も元気にこの家の本妻として過ごしている。
こちらをおずおずと見上げるオーロラさんに、とりあえず微笑んでおく。
「おはようございます、オーロラ様。お早いですね」
「ええ、少し……」
俺はオーロラさんにそこまで好かれていない。まぁ本来後継になるべきセリオンが俺のせいで次男に甘んじているし、俺の母がこの夫婦仲を壊したみたいなとこあるしな。
「少しセリオンを借りても? 昼は街に出かける予定ですので、構ってやってください」
「え、ええ。勿論よ。学校から帰ってきたばかりというのに、忙しいのね」
「いえいえ、遊びに行くだけですよ。父上にはどうかご内密に」
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