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lets休暇
18.信奉
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初めて会った時は、なんて怖そうな人だろうと思った。
公爵様に拾われ、奉公先として破格の待遇の公爵家。そこにいた息子だというアーノルド様は、お世辞にも完璧に美しいとは言えない見た目をしていた。
「お前がルースか」
柔らかく垂れた目だけを見れば優しげだが、ツンと釣り上がった眉にそばかすの少年。十二歳のルースより三つも年上の彼は、声変わり前の少年のアルトを出来うる限り低めたような威厳ある声をしていた。
少なくとも、公爵様が事前に言っていたような『優しい子』という判定は当てはまらなさそうで。実のところ彼の側仕えとして寄越されたのだけれど、すっかり萎縮してしまっていた。
「……ハァ。どうせまた、父がよこしたんだろう? そう緊張しなくても良い。あの人は気まぐれだからな」
どうやら彼は父のことをよろしく思っていないらしい。素晴らしい方ですよと思わず反論すれば、アーノルド様は──彼の事情を知ってからは、大変寛大なことに──そうだな、と答えるだけであった。
顔立ち自体は美しい人であった。甘い顔を取り繕った威厳で覆っていて、手に持った分厚い本をくる瞳はまばゆい朝焼けのように美しい紫色。けれどその横顔には、広く爛れた火傷があった。
その姿に怯えるルースをアーノルド様は責めることもなく、しかし説明するようなこともなかった。思えば当然だ、アーノルド様は、火傷の原因に関しては口をつぐんだ。
貴族である彼の顔に永遠に消えない傷をつけた相手を、彼は言葉に出さないことで守っていたのだ。さらに言うなら──その相手の愛する息子を。
「俺に側仕えはいらない。生まれが生まれだからな、そもそも一人で自分の世話はする。お前も無駄なことに気を揉まず、精進すると良い……父には俺が適当に言っておく」
言葉は厳しく、声は硬い。さしてこちらに興味もなさそうな態度はルースを萎縮させるのには充分だった。公爵様やその直系の子であるセリオン様のように凄絶で完璧な美しさはない。
「はっ、はい……申し訳ありません」
「気にするな。お前が謝ることじゃない」
ただ。
ただ──少しほころんだその笑顔が、あまりに綺麗だったのだ。
「怯えさせてすまないな。弟と同い年だろう? 表立っては不満が溜まるから……こっそり応援している」
「は、はい……っ」
慌てて出た声は裏返っていただろうか。ふっと綻んだ口元が、柔らかに緩んだ目元が、可憐な花の咲いたような姿だったから。ひそやかな湖畔に咲く秘密の花を見つけたような幸福感があったから。
どきり、と心臓が鳴った。朝焼けの瞳から目が離せないのに、こっちを見て欲しくて、見て欲しくなかった。
それが、アーノルド様との出会いだ。
それからも時折アーノルド様はルースを構った。とはいえ普通の下働き相手から逸脱しすぎないように、少しばかり。けれど彼の吐く言葉は全て、ルースの何かを救ってくれて。
「俺は、お前も家族のようなものだと思っているよ」
ルースには家族がいなかった。記憶を無くし、公爵様に拾われ、天涯孤独の身で女の格好をさせられて。
「お前の瞳は綺麗だな。弟に似ている……おっと、失礼に当たるかな」
時折おどけて見せるのも。綺麗だなんて言われたのも、可愛いだなんて言われたのも、アーノルド様が初めてだ。
彼は時折良い匂いがした。本能がくらりとするような華やかな香り。それをふんだんにつけてルースに構うものだから、時折どうしたら良いかわからなくなる。走り出して叫びたいような、その思いを全てぶつけたいような。
きっと、友人になったセリオンも同じだったのだろう。あの良い匂いはクラクラするし、何よりアーノルド様は密やかに咲く花のような魅力を持つ人だった。
側から見れば大輪のセリオンの方が目を惹かれるが、なんというか──深い信奉者を集めがちと言うか。
時折、神様みたいだと思った。口には出せないけれど。ルースを救わなかった神より余程、何もかもを与えてくれたあの人はルースの神様だ。
「──ルース!」
だから。
朝、枕元にあった招待状を、見られないよう焼却炉に投げ込もうとした懐のそれを、アーノルド様が知っていることに、実は不思議はなくて。
だってセリオンの入学も見事当ててしまったのだ。もしかしたらと思ってしまって。
(ああ、それで、貴方だけが気づいてくれれば)
他の賛辞が要らなかった。みんなルースに優しくて、仲良くしてくれて、きっと招待状の話をすれば祝ってくれるけれど、ルースは言いたくなかった。
初めて口に出してくれるのなら貴方がいいし、貴方が気づいてくれなかったら、永遠にこのままでよくて。
(貴方が気づいてしまったから)
きっとだからこそセリオンは貴方から離れられない。あのいい匂いみたいに、貴方から目が離せなくて、クラクラして。見て欲しくてたまらないのだ。
「おめでとう、ルース! 心から歓迎するよ!」
どうして。
嬉しさと絶望を胸に抱く。これで僕、もう、貴方から離れられない。
貴方への信仰を、もう二度とやめられない。
貴方のためならなんでもする。恋も愛も全て捧げます。僕のかみさま──。
初恋の人。
(どうして今、一番、綺麗な笑顔で笑うんですか)
公爵様に拾われ、奉公先として破格の待遇の公爵家。そこにいた息子だというアーノルド様は、お世辞にも完璧に美しいとは言えない見た目をしていた。
「お前がルースか」
柔らかく垂れた目だけを見れば優しげだが、ツンと釣り上がった眉にそばかすの少年。十二歳のルースより三つも年上の彼は、声変わり前の少年のアルトを出来うる限り低めたような威厳ある声をしていた。
少なくとも、公爵様が事前に言っていたような『優しい子』という判定は当てはまらなさそうで。実のところ彼の側仕えとして寄越されたのだけれど、すっかり萎縮してしまっていた。
「……ハァ。どうせまた、父がよこしたんだろう? そう緊張しなくても良い。あの人は気まぐれだからな」
どうやら彼は父のことをよろしく思っていないらしい。素晴らしい方ですよと思わず反論すれば、アーノルド様は──彼の事情を知ってからは、大変寛大なことに──そうだな、と答えるだけであった。
顔立ち自体は美しい人であった。甘い顔を取り繕った威厳で覆っていて、手に持った分厚い本をくる瞳はまばゆい朝焼けのように美しい紫色。けれどその横顔には、広く爛れた火傷があった。
その姿に怯えるルースをアーノルド様は責めることもなく、しかし説明するようなこともなかった。思えば当然だ、アーノルド様は、火傷の原因に関しては口をつぐんだ。
貴族である彼の顔に永遠に消えない傷をつけた相手を、彼は言葉に出さないことで守っていたのだ。さらに言うなら──その相手の愛する息子を。
「俺に側仕えはいらない。生まれが生まれだからな、そもそも一人で自分の世話はする。お前も無駄なことに気を揉まず、精進すると良い……父には俺が適当に言っておく」
言葉は厳しく、声は硬い。さしてこちらに興味もなさそうな態度はルースを萎縮させるのには充分だった。公爵様やその直系の子であるセリオン様のように凄絶で完璧な美しさはない。
「はっ、はい……申し訳ありません」
「気にするな。お前が謝ることじゃない」
ただ。
ただ──少しほころんだその笑顔が、あまりに綺麗だったのだ。
「怯えさせてすまないな。弟と同い年だろう? 表立っては不満が溜まるから……こっそり応援している」
「は、はい……っ」
慌てて出た声は裏返っていただろうか。ふっと綻んだ口元が、柔らかに緩んだ目元が、可憐な花の咲いたような姿だったから。ひそやかな湖畔に咲く秘密の花を見つけたような幸福感があったから。
どきり、と心臓が鳴った。朝焼けの瞳から目が離せないのに、こっちを見て欲しくて、見て欲しくなかった。
それが、アーノルド様との出会いだ。
それからも時折アーノルド様はルースを構った。とはいえ普通の下働き相手から逸脱しすぎないように、少しばかり。けれど彼の吐く言葉は全て、ルースの何かを救ってくれて。
「俺は、お前も家族のようなものだと思っているよ」
ルースには家族がいなかった。記憶を無くし、公爵様に拾われ、天涯孤独の身で女の格好をさせられて。
「お前の瞳は綺麗だな。弟に似ている……おっと、失礼に当たるかな」
時折おどけて見せるのも。綺麗だなんて言われたのも、可愛いだなんて言われたのも、アーノルド様が初めてだ。
彼は時折良い匂いがした。本能がくらりとするような華やかな香り。それをふんだんにつけてルースに構うものだから、時折どうしたら良いかわからなくなる。走り出して叫びたいような、その思いを全てぶつけたいような。
きっと、友人になったセリオンも同じだったのだろう。あの良い匂いはクラクラするし、何よりアーノルド様は密やかに咲く花のような魅力を持つ人だった。
側から見れば大輪のセリオンの方が目を惹かれるが、なんというか──深い信奉者を集めがちと言うか。
時折、神様みたいだと思った。口には出せないけれど。ルースを救わなかった神より余程、何もかもを与えてくれたあの人はルースの神様だ。
「──ルース!」
だから。
朝、枕元にあった招待状を、見られないよう焼却炉に投げ込もうとした懐のそれを、アーノルド様が知っていることに、実は不思議はなくて。
だってセリオンの入学も見事当ててしまったのだ。もしかしたらと思ってしまって。
(ああ、それで、貴方だけが気づいてくれれば)
他の賛辞が要らなかった。みんなルースに優しくて、仲良くしてくれて、きっと招待状の話をすれば祝ってくれるけれど、ルースは言いたくなかった。
初めて口に出してくれるのなら貴方がいいし、貴方が気づいてくれなかったら、永遠にこのままでよくて。
(貴方が気づいてしまったから)
きっとだからこそセリオンは貴方から離れられない。あのいい匂いみたいに、貴方から目が離せなくて、クラクラして。見て欲しくてたまらないのだ。
「おめでとう、ルース! 心から歓迎するよ!」
どうして。
嬉しさと絶望を胸に抱く。これで僕、もう、貴方から離れられない。
貴方への信仰を、もう二度とやめられない。
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初恋の人。
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