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学院での日々
七限目
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「お、お兄様? お兄様、どうなされたんですの?」
「お兄様ァ?」
殿下と嫌な空気を醸しはじめたリオンを見てエレノアが焦る。けれど発言は火に油を注いでいるし、可愛い妹の可愛い顔が曇ったことでリオンの方もさらに敵意が高まり。
「主人にお兄様呼びさせるなんて、学校外でも相当の態度みたいですね?」
腰元の剣へ手を伸ばす男の手を呪文で縛る。実戦に挑む魔法使いならば必ず身に付けている、簡単な無詠唱魔法だ。
「君に言われたくはないがね、アシュウィンくん。君のエレノアにする態度、婚約者どころかレディへの態度ですらないけれど」
アシュウィン=セルヴァリオ=エルマンドール。この国で二番目に王位へ近い男は、縛られたことに即座に気付き対処して見せる。
しかし──遅い。
「今の隙があれば、俺は二度エレノアを殺せたな。ああ勿論、俺が特別強いわけじゃあないよ。それでもリヒト殿下の弟かい?」
彼が拘束呪文を解いた頃には、エレノアの周囲に蝋燭が浮かんでいた。先端が全て彼女の方を向くそれはただの蝋燭ではなく、簡単な火炎魔法の威力を最上級クラスに増幅させるものだ。
「っひ……!」
仕込みがなければ使えないので厄介だが、それは数瞬の隙すら命取りになる相手の話。
どれほど強くとも、学びのない強さはリオンの──いや、学問を極める魔法使いの敵ではないのだ。
「……このロリコン変態男」
「おお怖い、教師に随分な物言いだな」
睨み付けてくるアシュウィンを簡単にいなせば、眼光はもっと鋭くなる。リオンとしては一度くらい妹を傷つける不届者にひどいことをしても良かったのだが。
「口の悪ーい子には、先生から少しお仕置きを……ん?」
ぶわ、と太陽の光を繊細に溶かし込んだみたいなブロンドが舞う。意志の強い瞳が、誰も寄せ付けない静謐な翠緑をたたえてリオンを見据えていた。
キッと睨みつけるようにアシュウィンを庇ったエレノアを見て、その目にリオンも軽くたじろいだ。
「退きなさい、エレノア。君を傷つけた本人だろう」
「──退けませんわ」
「その王子に君はよく泣かされているのにかい?」
「そんなわたくしを慰めて応援してくださったのはお兄様ではありませんの」
それを言われると弱い。リオンは元々エレノアの恋路のためにこんなところまで教師をやりに来ているので。
でも腹立つもんは腹立つのである。本人は全く気づいていないが、リオンはめちゃくちゃシスコンであった。
「お前のいうことは聞きたいけどね、兄代わりとしては腹も立つだろうよ。お前を好いてくれている人間なんていくらでもいる」
「私が恋をする人間は一人だけよ」
「それはどうかな、お前はまだ若い」
アシュウィンは女好きで、王子の立場でありながらいろんな女に手を出しているという最低男だ。それも婚約者であるエレノアがいながら!
やっぱいいんじゃないか? ちょっとくらい、ちょっと酷い目にあわせても。
「その怒りもわたくしを思えばこそ。わたくしはお兄様の厳しさも優しさもよく知っております、その上で今、このわたくしが、貴方の邪魔をしているのです」
「……」
「未来の恋は未来のわたくしに任せておけばいいのです。お兄様、わたくしは今この時、この方を愛したわたくしを信じておりますわ」
だからお退きになって、と制された言葉に従うしかなかった。優雅に微笑んだ顔だけは変わらず杖を下ろしたリオンに、アシュウィンがほうっと力を抜く。
気を張った精悍な顔立ちが緩むのとエレノアが彼へと駆け寄るのは同時で。
「あ! いたいたセンセっ! 何してたのっ!? 今度こそリス見つけたかもーッ!!」
「ユウキくん。いや、見てただろう」
「星が教えてくれたよ! センセがなんかすごいブザマだった!」
「うん……」
仲良さげにギクシャクとペアワークへと向かう青春カップルを見て、リオンも力が抜ける。ああ、くそ、エレノアが、可愛い妹が遠くへいってしまう。
格好悪いし無様でダメなことなんてわかってたんだ。でもだって、嫌なものは嫌だった。
「あー! もう、なんなんだ! 当て馬みたいじゃないか、俺!」
「みたいっていうかそのものだったよね! センセ!」
ああーーっと声を上げながら頭をわしゃわしゃかくと、ユウキが何の悪意もなく追撃きてきていた。
「お兄様ァ?」
殿下と嫌な空気を醸しはじめたリオンを見てエレノアが焦る。けれど発言は火に油を注いでいるし、可愛い妹の可愛い顔が曇ったことでリオンの方もさらに敵意が高まり。
「主人にお兄様呼びさせるなんて、学校外でも相当の態度みたいですね?」
腰元の剣へ手を伸ばす男の手を呪文で縛る。実戦に挑む魔法使いならば必ず身に付けている、簡単な無詠唱魔法だ。
「君に言われたくはないがね、アシュウィンくん。君のエレノアにする態度、婚約者どころかレディへの態度ですらないけれど」
アシュウィン=セルヴァリオ=エルマンドール。この国で二番目に王位へ近い男は、縛られたことに即座に気付き対処して見せる。
しかし──遅い。
「今の隙があれば、俺は二度エレノアを殺せたな。ああ勿論、俺が特別強いわけじゃあないよ。それでもリヒト殿下の弟かい?」
彼が拘束呪文を解いた頃には、エレノアの周囲に蝋燭が浮かんでいた。先端が全て彼女の方を向くそれはただの蝋燭ではなく、簡単な火炎魔法の威力を最上級クラスに増幅させるものだ。
「っひ……!」
仕込みがなければ使えないので厄介だが、それは数瞬の隙すら命取りになる相手の話。
どれほど強くとも、学びのない強さはリオンの──いや、学問を極める魔法使いの敵ではないのだ。
「……このロリコン変態男」
「おお怖い、教師に随分な物言いだな」
睨み付けてくるアシュウィンを簡単にいなせば、眼光はもっと鋭くなる。リオンとしては一度くらい妹を傷つける不届者にひどいことをしても良かったのだが。
「口の悪ーい子には、先生から少しお仕置きを……ん?」
ぶわ、と太陽の光を繊細に溶かし込んだみたいなブロンドが舞う。意志の強い瞳が、誰も寄せ付けない静謐な翠緑をたたえてリオンを見据えていた。
キッと睨みつけるようにアシュウィンを庇ったエレノアを見て、その目にリオンも軽くたじろいだ。
「退きなさい、エレノア。君を傷つけた本人だろう」
「──退けませんわ」
「その王子に君はよく泣かされているのにかい?」
「そんなわたくしを慰めて応援してくださったのはお兄様ではありませんの」
それを言われると弱い。リオンは元々エレノアの恋路のためにこんなところまで教師をやりに来ているので。
でも腹立つもんは腹立つのである。本人は全く気づいていないが、リオンはめちゃくちゃシスコンであった。
「お前のいうことは聞きたいけどね、兄代わりとしては腹も立つだろうよ。お前を好いてくれている人間なんていくらでもいる」
「私が恋をする人間は一人だけよ」
「それはどうかな、お前はまだ若い」
アシュウィンは女好きで、王子の立場でありながらいろんな女に手を出しているという最低男だ。それも婚約者であるエレノアがいながら!
やっぱいいんじゃないか? ちょっとくらい、ちょっと酷い目にあわせても。
「その怒りもわたくしを思えばこそ。わたくしはお兄様の厳しさも優しさもよく知っております、その上で今、このわたくしが、貴方の邪魔をしているのです」
「……」
「未来の恋は未来のわたくしに任せておけばいいのです。お兄様、わたくしは今この時、この方を愛したわたくしを信じておりますわ」
だからお退きになって、と制された言葉に従うしかなかった。優雅に微笑んだ顔だけは変わらず杖を下ろしたリオンに、アシュウィンがほうっと力を抜く。
気を張った精悍な顔立ちが緩むのとエレノアが彼へと駆け寄るのは同時で。
「あ! いたいたセンセっ! 何してたのっ!? 今度こそリス見つけたかもーッ!!」
「ユウキくん。いや、見てただろう」
「星が教えてくれたよ! センセがなんかすごいブザマだった!」
「うん……」
仲良さげにギクシャクとペアワークへと向かう青春カップルを見て、リオンも力が抜ける。ああ、くそ、エレノアが、可愛い妹が遠くへいってしまう。
格好悪いし無様でダメなことなんてわかってたんだ。でもだって、嫌なものは嫌だった。
「あー! もう、なんなんだ! 当て馬みたいじゃないか、俺!」
「みたいっていうかそのものだったよね! センセ!」
ああーーっと声を上げながら頭をわしゃわしゃかくと、ユウキが何の悪意もなく追撃きてきていた。
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