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12 俺の為だと君は言う
しおりを挟む「何度も電話もLIMEもしたんだよ。」
テーブルに置いた俺の右手の甲に器用そうな長い指を伸ばし這わせて来る本條。
気遣っているようなていを装いながら、明らかに性的な意味合いを含む触れ方だ。
しかし今となってはそれも手管だと思っている俺は、手を引いて膝の上に手を置いた。
一応は本條の言い分も聞くつもりで来てはいるけど、あくまで気持ちは既に別れる前提だ。
本條だってそれはわかってる筈なのに、未だ俺を誑し込んで なあなあに出来るつもりでいるのだろうか。
随分舐められたもんだ、と俺は苦々しい気分で本條から目を逸らした。
此奴は今迄こんな感じで相手の気を引いてたんだろうか。
そして難無く自分への関心を取り戻す事に成功していたんだろうな。
本條はきっと、自分の容姿が他人からどう見えるかを熟知しているのだ。
俺の事も、甘い言葉さえ囁いていれば、御し易く簡単に足を開く便利な相手だと思って恋人という位置に据えただけだろう。
俺は冷えた気持ちで本條に目を戻した。
本條は困ったように眉を下げて、神妙そうに下を向いた。
失礼します、と店員がオーダーした料理とドリンクを運んで来た。
俺はソフトドリンクの緑茶、本條はビール。
万が一にも間違えようがないだろう。
グラスと皿を置いた店員が軽い会釈をして、すっ、と襖を閉めた。
個室のある居酒屋にしたのは、これからの話の内容はラーメン屋や静かなレストランなんかでは出来ない話だからだ。
俺としては、せっかく本條が出向いて来てくれたのなら、明日とは言わず今日で話を終わらせてしまおうと思っている。
ビールを少し口にして目を細めた本條。そういう姿もサマになっている。
多分茶を飲む俺の姿は普通だろう。
「…年末年始は、実家に帰ってた?」
本條がそう聞いてきたので、頷いて答えた。
「うん。夏休みも帰ってなかったからな。」
「はは、俺が我儘言ったもんね。」
そこで一旦会話が途切れ、俺は鰹節が躍る焼きうどんに箸をつけた。
今日は通常より働いた感が凄くて腹が減っている。
本條はたこわさにも山芋短冊にも手を付けず、そんな俺を見詰めている。
これは今日に限った事ではなかった。
本條は俺が何かを食べたり飲んだりする様を見るのが好きなようだった。
以前飼っていたハムスターを思い出すのだと言われた事があるが、よく考えたらそれもどうなんだ。
少なくとも成人男性への褒め言葉ではないし俺の心は複雑だった。
「…ごめんね、ヤス。」
本條の謝罪、軽。
まあ謝るだけマシかもな。
「それは、どの事についての謝罪だ。」
箸を止めずに俺は聞く。
「どの、って…、」
本條が口ごもった。
現段階で、俺が風祭から全てを聞いているのかいないのか、そして聞いた事をどの程度信じているのか、本條にはわからないのかもしれない。
単純にあのキスシーンに浮気を拗ねてるだけだと思われているんだろうな。
本條の中で俺って人間はどんだけ間抜けな設定なのか。
「俺の親友を口止めする為に良からぬ事をしようとした事か?」
只の浮気じゃない事はもう知ってる。
「それとも、浮気相手が不特定多数いた事か?」
「合コンで俺のドリンクすり替えた事かな。」
そこ迄言ってから箸を止めて本條を見ると、表情が無くなっていた。
う~ん、それはどういう感情の顔だ?
「…聞いたの、あの犬に。」
「犬ってまさか、風祭の事?」
「そうだよ。犬だろ、あんな奴。何でもかんでも嗅ぎ回りやがって、ずっとヤスにくっついてて邪魔な犬だ。」
「人の親友を悪く言うなよ。」
反応から察するに、風祭の言ってた事はどうやら真実だったようだ、と俺は思った。残念だ。
「…ヤスはさ、俺よりあんな惰弱な犬の方が好きなの?」
そう言った本條を見て、俺は苦笑した。
やっぱり俺が知っていたのは、本條の上辺のほんの一部だったのだと思い知った。
本條の目は、初めて見る暴力的な迄の虚無さに満ちていた。
日頃の明るさと人当たりの良さは完全になりを潜めている。
尾骶骨の辺りから悪寒が上って来て、少し手が震えた。
「何方が好きとかの問題じゃないよ。 知ってる人が知ってる人を貶める言い方をするのはあまり好きじゃないだけだ。」
勿論、それは風祭にも言える事だ。
風祭が本條の事をあげつらうのを聞いていて平気な訳ではなかった。
例えそれが事実だったとしてもだ。
本條は俺の答えに唇を片方上げるだけの笑い方をして、
「そうだな。ヤスはそういう子だよな。」
と言った。
同じ歳でも経験値が違うからか、本條から見ると俺は幼く見えるらしい。
「ヤスは俺を好きじゃないもんな。」
そう言われて、はぁ?と苛つく俺。
「それは俺のセリフだよ。不特定多数の人間と遊びたいなら無理に俺との付き合いを続けなきゃ良かったのに。」
「遊びたかった訳じゃないよ。ヤスは忙しいし、無理させたくなかっただけだ。」
「そうか。で、それを聞いて俺はどうしたら良い。感謝でもしたら良いか。
お気遣いどうもとでも言えば良いのかな。」
「…悪かったと思ってるんだ、本当に。
ヤスのせいにしたい訳じゃない。」
本條はそう言ったが、俺も今更謝って欲しい訳でもない。
俺が忙しいからとは、つまりセックスで無理をさせない為に他で発散って事なんだろうが、俺はバイトの無い日は殆ど本條宅に入り浸っていたんだが。
つまり、週4ではセックスしていた。一晩に一回で済む事は少なかったし、それなりに回数はこなしてたつもりだが。
足りないか。
お前はどれだけ性欲旺盛なんだ本條。
それが本当なら、それこそ俺では役者不足だ。
益々本條の隣は誰かに譲る事にしたい。
「別れよう。」
もう簡潔に言ってしまおうと思い、そう口にすると、思いの外 本條が動揺した。
「嫌だ。俺はヤスが本気で好きなんだよ?」
「とてもそうは思えない。そんなに好きな人がいるのに、進んで他の人間とセックスしようと思える感覚を、俺は理解してやれそうにない。」
「俺だって好きでそんな事したくなんてなかったよ。ヤスを壊したくなくて、俺は、」
俺は半ば馬鹿らしくなっていた。
これ、水掛け論になっていないか。このままでは不毛な口論が続くだけなのでは。
溜息、溜息。
俺は本條と理解し合えそうにない。
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