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8 今度は失敗しないので(隆慶side)

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 その翌日から暫く、僕は学園を休んだ。ミツクニに何の連絡もしなかった。いや、出来なかった。謝罪の連絡すらしなかった。
 ミツクニに拒絶された、僕は好かれてはいなかった…その事だけが胸の中を占め、酷い裏切りを受けたように思えて塞ぎ込んでしまったのだ。
 
 ミツクニに告白したあの時、僕はそれが受け入れられるなんて思ってはいなかった。だから困った顔をした彼を見て、すぐにすまなかったと言ったのだ。その流れでミツクニは、僕を振ってくれるだけで良かった。そのあとは僕が気持ちの整理をつけて終わり…その筈だった。
 それを引き戻してつき合っても構わないと言ったのは、彼の方だったではないか。
 確かに節度ある学生らしいつき合いをと釘は刺されたが、キスどころではなく体を繋げている高校生カップルなんて巷には溢れていると聞く。それに、想いあっていれば自然と相手を求めてしまうものではないのか。だから僕も彼を求めたかっただけなのに。
 僕の手を跳ね除けて青ざめて震えていたミツクニの姿を思い出しては苦しくなり、ベッドの中でうずくまって泣いた。

 皇太子である僕が食事も取らず、部屋に閉じこもれば、当然それは祖父の耳にも入る。1日や2日ならともかく、それが3日目ともなると流石に心配になったらしい。激務の合間を縫うようにして、侍従を伴って様子を見に来てくれた。
 たった2、3日で憔悴して窶れきった僕を見た祖父は、驚いて理由を問うてきたが、僕は何も答えられなかった。
 だって恥ずかしくて言える訳がない。恋人だと思ってつき合っていた相手が、実はそうではなかったなんて。しかもそれが、祖父もよく知る幼馴染みの少年だなんて。
 そんな情けない事を自分の口から言える訳がない。

 口を閉ざして一向に何も語ろうとしない僕を見て、祖父が諦めたように溜息を吐いたのが聞こえた。僕は布団の中で丸めた体が、ますます縮こまっていくように感じた。
 結局、次の予定が押している祖父は、侍医を呼ぶように侍従に言いつけてから、また来ると言って去っていった。
 祖父を煩わせてしまった事が申し訳無く、それでもすぐに自分を立て直す事が出来なかった僕は、結局その後暫く引き篭ってしまった訳だ。

 そして、やっと少しばかり気力を取り戻し、登校した学園に、ミツクニの姿は無かった。でも僕はそれに驚きはしなかった。数日前、侍従が部屋に届けてくれた手紙。デジタル化の進んだこのご時世に、わざわざ改まった自筆の書を寄越したというところに、何かしらの意図があるのだと思わずにはいられない。
 封蝋を切り、丁寧に端を揃えて折られた便箋を広げると、見慣れた筆跡の文字。それは、ミツクニからの手紙だった。
 
 内容の最初は、謝罪から始まったが、あとは彼の切々とした心情が綴られていた。
 その内容を大まかに言うと、以下の通りになる。

 踏み込んだ関係を拒絶してしまった時、初めて自分がそれ以上の関係を望んでいない事がわかった。
 告白を受けた時には驚いたが、殿下の事は幼少の頃から馴染んでいて、嫌いではなかった。だからつき合っていく内に好きになれるのではないかと安易に受け入れてしまったのは自分の浅はかさだった。申し訳無く思っている。
 しかし、日を追う毎に強くなっていく殿下の執着が恐ろしくなった。次第に息苦しさを感じ始め、近頃ではその状況を拒否できない自分に嫌悪感すら抱いてしまっていた。これ以上一緒に居ても、お互い世界が狭まるだけで得られるものは何も無いように思う。それに自分はベータの男性であり、子を成す機能を持たぬから、この先関係を継続したとしても殿下のお役に立つ事はない。またその資格も無い。
 そんな訳で自分は、この国を出て、母の故郷であるサースリンの叔父宅へ身を寄せて、あちらの学校へ編入する事にした。
 あちらには、以前叔父の家を訪れた時に何度か顔を合わせて親しくなった、同じ年頃の友人達もいる。現在、その中の1人であるサースリン貴族の令嬢との見合い話が持ち上がっている。彼女は跡継ぎの一人娘である為、話が纏まればその家に婿入りを望まれている。
 それを抜きにしても、もう和皇国に戻る予定は無いので殿下の視界に入る事もないから、どうか許してほしい。

―――とまあ、そういった事が丁寧な言葉で書かれていた。

 意外な事なのだが、僕はその衝撃的な内容の手紙を、至極冷静に読んだ。不思議な事に、全く何も響いては来なかった。
 何故なら、ミツクニと離れた数週間の間に僕の彼に対する執着は綺麗さっぱり消えていたからだ。だから僕は、ミツクニからの離別の手紙をあっさりと受け入れた。
 薄情だと思うだろうか?だが、そうなるまでに僕の頭と心の中には、何度も何度も嵐が吹き荒れたのだ。
 泣いて、苦しんで、悲しんで、傷つけてしまったのかと後悔して、それなのに次の瞬間には一心に捧げた恋心を踏み躙られ裏切られたと憎しみが湧いてくる。その繰り返しだった。
 そしてそれに飽きた時、憑き物が落ちたようにミツクニへの気持ちも消えた。
 自分に気持ちが無い相手に執着や依存をしても無駄だと気づいたのも大きかったかもしれない。同時に、自分がミツクニに抱いていた感情が本当に恋心だったのかもわからなくなった。
 何もかも、わからなくなった。
 

 ミツクニとの件は、僕の人間嫌いとコミュ障をますます重篤にした。先は皇位を継ぐべき人間がこんな事ではと、自己嫌悪に陥る事も何度もあった。
 けれど、どうせ僕には別の将来など選べない。
   
 

 18歳になり、成人を迎えた僕は、かねてより予定していた通りに祖父から禪りを受けて皇帝の位に就いた。それは高等部を卒業し大学に進学してすぐの、ただでさえ忙しい最中の事だった。だというのに、皇位を継いだら継いだで今度は皇后をお世継ぎをと周囲がせっつき始める。
 僕は、早々からうんざりした。どんな美しい男や女の写真を見せられても、作ったような微笑みには全く気持ちは動かない。降るような縁談話を、まだ必要無いと一蹴する毎日だった。

 執務室の机の端に積み重ねられていた釣書兼身上書。その横をすり抜ける際に肘をぶつけてしまい、その中から彼を見つけたのは、そんな時だった。
 
 誰もが微笑んだ顔で写っているというのに、その華奢な男性だけは、笑顔ではなかった。それどころか、寂しそうで不安そうに見えて…それでも、綺麗だった。とても、綺麗だった。
 書類に目を通すと、彼はオメガの男性で、側室に応募してきてつい最近入内したらしい。後宮は待遇が良いから、条件等で釣られた類かもしれないが、それでも男である僕の側室に自ら応募してきたのだから、少なくとも同性との関係に嫌悪感を持つタイプではないのだろう。
 容姿、家柄、バース性、おそらくは性格も。全てがミツクニとは全く違い、顔は似ても似つかない。だけど、それが良い。
 過去や関係性に関係無く、僕が純粋な僕の意思で惹かれた初めての人間。

「綺麗だ…」

 思わず呟きが漏れた。名前の欄に指を滑らせて確認する。

「ユウリン…リーランス…。ユウリン…」

 記憶に刻み込むように何度も名前を唱えた。その名はころころと心地良く舌の上を転がり、すぐに僕の耳に、脳に馴染んでいく。まるで昔から知っていたように、滑らかに。

「ユウリン…」



自分に気の無い人間に執着や依存をするのがどれだけ無駄な事か、僕はもう十分に学んだ。

 だから今度こそは、絶対に失敗はしない。

 慎重に、慎重に、彼の中に僕の存在を染み込ませていかなければ。



 


 
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