ノーマルの俺を勝手に婚約者に据えた皇子の婚約破棄イベントを全力で回避する話。

Q矢(Q.➽)

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慶事

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帰り際、ラディスラウスは雪の寝顔を見た。

久々に見るリアルの雪長のあまりに痩せた姿は、ラディスラウスの心の悔恨を更に深くした。

一方通行であったとしても、
もっと、違う愛し方ができた筈なのに。
今ならそう思えるのに。

もっと、大事にしてやれた筈なのに。

血の気の無い顔色で眠る雪長に申し訳無くて、それでもやはり何よりも愛しい…。




草鹿は雪長の寝顔を見つめるラディスラウスを、労しく思った。
見ている方がせつなくなるような、胸に刺ささる程に哀しげな、優しい表情だった。
愛しむまなざしだった。

草鹿は不覚にも目が潤んだ。

そしてわかった。
この青年はもう、雪長に触れまいと決めているのだ。

雪長に赦される期待をとうに捨てながら 贖罪に身を削っている。

そして、彼がこれから起こすというアクションは、おそらく更に彼の心身を削いでいくものなのだろう。

とするならば、雪長はともかくとして、彼自身は、それに耐えられるのだろうか。

知らず、ラディスラウスを案じる気持ちが生まれる。
主である雪長をこんな風にした人間だというのに。


暫く雪を眺めていたラディスラウスは、不意に何かを断ち切るように顔を上げた。
そして寝室の扉を出、玄関に向かった。


「後はよろしく頼む。」


そう言った横顔には、もう何時もの不遜さが張り付けられている。

草鹿は深く礼をして、廊下で彼を見送った。
内々の深夜の訪問故に、従者とふたり、そっと帰っていかねばならない。一国の皇太子が、別れる許嫁の、たかが従者に会うだけの為に、人目を忍んで。


雪とラディスラウス。


権力に左右されない立場で出会っていれば、想いの通じる事もあったのだろうか…と、草鹿は小さくなっていく背中を見送りながら思った。




オディールがラディスラウスの双子の息子を産んだとして、側妃に召し上げられたというニュースが流れたのは、それから半年後の事だった。






雪長がそのニュースをテレビで観たのは、最近の日課である散歩から帰り、リビングにいた時だった。

最近は徐々に体調が良くなって、寮の庭園を草鹿と短い散策を出来る程度には視力も体力も薄らと回復している。

夜中に魘される事も減り、睡眠薬無しでも寝られるようになり、一応の小康状態を保てている。
草鹿も雪長と共に、纏まった時間の睡眠を取れるようになってきた。

まだまだ先は長いだろうが、取り敢えずここ迄来た、と草鹿は嬉しかった。
草鹿が微笑むと雪長も笑う。
それがいたいけな幼子のようで、草鹿はホッコリと胸が暖かくなる。
ユアンに対するものとは違う…言わば庇護欲。
忠誠心の内訳にも種類があるのだな、と草鹿は知った。




テレビの画面には、ラディスラウスの画像と、オディールの画像が半々に映し出され、子供の誕生を寿ぐアナウンサーの声が流れている。

要するに、婚約者である雪長は男性であるので、子を成す事は不可能であり、側妃の出産は暗黙の了解であるのではないかと、勝手に推察して納得しているかのようだった。

国の慶事であるこの出産を、雪長様もお望みであったであろうと。
都合の良いように言うものだ、と草鹿は白々しい気持ちで聞いていた。

そして、当の雪長には寝耳に水である。



(あの夜ラディスラウス殿下が仰っていたのはこの事か…。)

草鹿は呆然と画面を眺め、直ぐにハッと我に返り雪長を見た。

雪長は無表情でテレビの画面を見ていた。そして、


「……ふぅん。」

とだけ言うと、草鹿がテーブルに供していた、兎の形を模してカットされた林檎を一口齧った。

動揺している様子は見受けられない。
ラディスラウスが言っていたように、本当にあまり興味が無いのだろうか。ならば良かった…と、草鹿はホッとした。

ホッとして、雪長のカップに紅茶を注いで、ギョッとした。


雪長は無表情のまま、一筋の涙を流していた。


(…ラディスラウス様…話が違うではないですか…。)


草鹿は内心動揺した。

どう声をかけるべきなのか、迷う。

だが雪長は、草鹿の葛藤を他所に、その後も林檎を半個平らげ、注がれた紅茶を綺麗に飲み、 

「疲れたから昼寝する。」

と、何時ものように昼寝をしに寝室へ戻っていった。


(杞憂だったろうか…?)


それならその方が良いのだが、あの涙が気になる。
しかし、踏み込んではいけないような、そんな気もする。

雪長が去ったリビングで食器を片付けながら、草鹿は小さく息を吐いた。





今回の件については、先に皇室の広報からマスコミに発表があり、オディールの処遇も先にはっきり定められていたせいか、雪長の立場については触れられる事は無かった。
相変わらず雪長は皇太子妃予定の許嫁であるし、皇室からの付け届けなども途切れる事は無く、変わりなく日々は平穏に過ぎていく。

マスコミは定期的に双子の皇子達の成長振りを伝えるが、ラディスラウスが画面に映る事は少なかった。

雪長も、ニュースの内容については特に何も触れない。

本当に無関心なのかもしれない、と草鹿は少しラディスラウスの事が気の毒に思えた。



雪長はゆっくりと、本当にゆっくりと回復していった。
それと共に少しずつ体重も戻り、身長も伸びた。
同級生の中では、相変わらず小さいけれど、とうに170センチは越している。

最終学年に上がる少し前には、調子の良い日なら全ての授業を教室で受けられる程になった。
地頭が良いのか努力の賜物か、はたまた草鹿のフォローが功を奏したのか、奇跡的に留年する事も無かったのは幸いという他ない。

先輩であるアドリア王子達の卒業式には寂しくなるとしょげていたのが微笑ましく、やっとこの年頃の少年の日常を取り戻せたように、草鹿は安堵した。


そして雪長は最終学年に上がった。


ラディスラウスからの連絡は、相変わらず無かった。














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