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深夜の訪問 2
しおりを挟む草鹿は混乱していた。
何故なら、よもやラディスラウスにそんな指摘をされるとは思っていなかったからだ。
確かにユアンと草鹿の間には、主従の契りに加え数回だが体の契りもある。
ユアンが求めたからだ。
年嵩の自分を、ユアンは "にいや"と呼び、 兄のように慕い、大事にしてくれた。
草鹿もそれが嬉しく、ユアンに文字通り身も心も捧げたのだ。
だが、あくまでもユアンと草鹿は主従である。
節度を越えてはならない。
草鹿自身はそう、自分を律している。
なのに、ラディスラウスは2人の関係を悟ったような事を言う。
しかも、ユアンの方が草鹿を想っているなどと。
「隠さずとも。
わかるのだ、それくらいは、俺にも。」
「…」
「誰だって、戦地に愛しい者を連れていきたくはないだろう。俺でも、自分の孤独と引き替えに雪を危険な場所に連れていく事はしない。」
「左様、でございますか…。」
ユアンと自身の事はともかくとして、この皇太子の、雪長への想いは本物であろうに、と 草鹿は2人の現状を思い、切なくなった。
「俺の悋気でユアン殿にも雪にも、そなたにも申し訳無い事をしたと…今は只、自分が恥ずかしい。」
「殿下…。」
このお方も散々悩まれたのだな、と草鹿は気の毒になった。
少しの沈黙の後、ラディスラウスは言葉を発した。
「俺は雪との婚約を解消するつもりだ。」
「…は…、」
驚いた。
驚いたが、何故自分に?
それもあるが、雪をこんな風にしてしまった末に、解消とは。
無責任が過ぎるのではないか、と草鹿は少し眉を寄せた。
それに気づいたのかどうなのか、ラディスラウスは続ける。
「そなたは現状、雪に最も近しく、雪自身の信頼を得ている者だ。だからこそ、伝えておきたい。」
「…私でよろしいのですか。」
「寧ろ、そなた以外に人が無い。」
確かに真心込めて雪長に仕えているつもりではいるが…。
皇太子のこの表情を見るにつけ、よほど切実な内容なのかもしれない。
思えば草鹿は初めて雪長に会った時から、雪長を守る事を誓っている。
何を聞こうが、それが変わる事もない。
「私でよろしいのであれば、承ります。」
草鹿は目を伏せた。
「正式には卒業を待ち、発表するつもりだ。雪長にも折を見て伝える。」
「ご卒業の折に…?」
「うん。…元凶の俺が言うのもなんだが、雪にはそれ迄に少しでも回復して貰うよう、助力は惜しまぬつもりだ。」
「…左様でございますか。」
「雪は元々、婚約を破棄してほしがっていた。」
「…え?」
初耳である。
確かに2人の関係は婚約者同士というには余所余所しいと感じていた。
雪長が入学して来てからラディスラウスと電話やその他の連絡をしているのを見た事が無い。
不仲なのかと感じた事もあったが、その割りには皇太子側からは何かと細かい気遣いがあったので、不思議に思ってはいた。
そうか…雪長にとっては不本意な縁組であったのかもしれない。
それにしたって、身分が下の者が上の者にそういう話を持ち掛けるのは、余程の事だ。
一体この2人の間には何があったというのだろうか。
「雪はな、無理矢理許嫁にした俺を憎んでるんだ。自由と運命を奪われたと、そう思っている。」
「…左様で…。」
ああ、そうか。確か婚約が整ったのは雪長様が僅か10歳の頃。
しかも、雪長は普通の健康な男子だった。何が悲しくて自分が嫁なのか、と、成長して男としての自我が育つ程に、理不尽さを感じ出していたのかもしれない。
「ここに入学する直前には、泣いて訴えられた。それを受け入れず、流していたのは俺だ。
どんなに憎まれても、傍にいてくれるだけで良いと思っていたのに…。」
それなのに、雪長をあんな目に遭わせ、追い詰めてしまった。
「あんな真似をする前に手放してやるべきだったんだろうが、そうするには俺は雪に執着し過ぎてたんだ。
…壊してしまって、やっと覚悟ができるとは…皮肉なものだが。
だが、やっと願いを叶えてやれると思う。」
ラディスラウスの表情は自嘲だった。
雪長は喜んでくれるだろう。
「…これから1、2年の内に状況が変わる。
雪に害が及ぶような事にはならない筈だが、渦中に立たされるのは間違いない。だがそれによって婚約の解消はスムーズに、岩城公爵家側に利のあるように進む筈だ。
…まあ、雪は興味を持たぬだろうがな。」
ーー雪は、俺が嫌いだから。
寂しげに呟いたラディスラウスは、心細げな子供のようだった。
「何かと騒がしくなるのは避けられないだろう。
ここに居るから、殆どシャットアウトされる筈ではあるが、全ての情報の遮断迄をしている訳ではないなら、嫌でも目にも耳には入るだろう。その時雪がそれをどう受け止めるのかはわからないが、どうか、」
雪を頼む。
「只、これだけは言っておく。そなたの胸にだけ、留めておいてくれて構わない。
婚約を解消しようがしまいが、これから起きる事において 俺自身は雪を裏切る行為をした事もする事も無い。」
絞り出すような声だった。
「…何を、なさるおつもりなのですか。」
口にしてしまってから、ハッと手のひらで押さえた。
わざわざ核心を語らないのには、本人なりの理由と事情があるだろうに、つい余計な事を聞いてしまった。
だがそんな草鹿の様子に、ラディスラウスは苦笑するだけだった。
やはり聞くなと、言う事か。
「雪の心の内は、俺には推し量れない。
だが、縁が切れても俺が雪を想う気持ちはこの先も変わらないだろう。…それ迄断ち切れと言われてしまうと…。」
そこ迄言うと、ラディスラウスは続く言葉を途切れさせた。
そして、言った。
「これ迄以上に世話をかけるが…支えてやって欲しい。
俺の、身勝手な願いだが。」
この皇太子が何をしようとしているのか、草鹿にはわからない。
草鹿に出来る事は雪の傍にいる事だけだ。
だが。
「誠心誠意、つとめさせていただきます。」
草鹿にはそう答える事しか、出来なかった。
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