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第一章
夜の訪問
しおりを挟む今夜も、月明りの綺麗な庭で豊穣の魔法をかけていた。妖精の弓を持ち、魔法を使うと身体の周りが淡く光る。
急いで庭を整えないといけない理由もなく、そのせいか、この後宮にいる方が今までよりも穏やかな生活が送れる気がしてきている。
後宮といっても、ここは離宮だしシエラ様と衝突する理由も顔を合わせることもないから、むしろここでスローライフを送っている方がいい気がしてくる。
「……でも、妖精をあの晩餐以降全く見ないのよね。ベルハイム国ではないから、あまりいないのかしら……」
妖精に会えないのは寂しい。
妖精の大好きなハチミツも用意しているのに、いまだにこの離宮には来てくれない。
そう思いながら、魔力を妖精の弓から吸収した。
庭にはリヒト様から頂いたお茶も用意しており、少し休もうと振り向くとリヒト様がゆっくりと歩いて来ていた。
「今のは、何の魔法だ?」
「豊穣の魔法を使ったので、魔力の吸収をしただけです」
「魔力吸収……いるなら、俺のを取ってくれ」
「昨夜に魔力を吸収しましたから、今夜は落ち着いているのではないのですか?」
「まぁ、そうだが……おかげで今日は城で仕事ができた」
身体がずいぶん楽らしい。私の異常な魔法の核が人の役に立つことは初めてで、よかったとホッとする。
「でも、いつもは城で仕事をしないのですか?」
「魔力が貯まると、人には会えないから、あまり城では仕事をしないのだ。今日は、久しぶりに会議にも参加できて皆が驚いていた」
その無表情で、しかも何食わぬ顔で会議に参加する様子を思い浮かべると、みんなの驚く様子が想像でさえおかしくなってしまう。
「なにも変わりないか?」
「はい。リヒト様は何かご用ですか?」
「様子を見に来たのと、今夜も一緒に寝ようかと……」
「……なぜですか?」
「理由がいるか?」
ですよね。離宮とはいえ、ここは後宮なのだから、リヒト様がどこで誰と寝ようと私に拒否権はない。
「とりあえず、お茶をどうぞ」
とはいえ、では、ベッドへ行きましょうとはノリノリで言えず、お茶をすすめた。
庭でもお茶ができるようにとリックが小さいながらもテーブルを用意してくれており、そのテーブルに座りお茶を出すと無言で飲んでくれる。本当に愛想はない。
「リヒト様。茶葉をありがとうございます。凄く美味しいです」
「気に入ってくれて良かった」
「はい。焼き立てのお菓子も本当はご準備できたらいいのですけど……」
「菓子も作れるのか?」
「クッキーとか簡単なものになりますけど……厨房の釜戸が古いので、焼き菓子はできませんね」
本当は、釜戸なども新しくして欲しいけど、いつまでいられるかわからないし、そのために離宮を改装してくれとは言えない。今は、食事を運んできてくれるようになったし。
「離宮での生活は楽しいか?」
「楽しいかもしれません。ずっと一人で働いていたので、こんなにゆっくりと生活することができるなんて少し感激しています」
「一人? ずっと王宮にはいなかったのか?」
「私は貴族の邸で育ちましたから……」
母親がチェンジリングされたことは秘密だから、あまり私の過去のことは言えずに言葉を選びながら話すが、リヒト様は興味があるように聞き返してくる。
「リーゼの存在は、誰も知らなかったが……エクルース国に来たことは無いのか?」
「ありません。今回が初めてです」
「……ベルハイム国の城でエクルース国の人間と会ったことは?」
「ありませんけど……」
これは、私が王女ではないと疑われているのだろうか?
「あの……私は、事情がありまして、城で育ってないのです」
「魔力欠乏みたいな状態だからか?」
「そ、そうですね」
城で育たなかった理由はそれではないけど、もう魔力欠乏でいいと思う。その勘違いに乗っからせてください。
リヒト様は、そのせいで私が隠された王女だと思ったのか、「ふむ」と考えている。時折、私の顔を凝視する意味はわからない。
「歳は、19歳で間違いなかったな?」
「そうです。リヒト様は、25歳ですよね?」
「そうだな……」
何のための年齢確認なのだろうか。絶対に、私が何者か怪しまれている。ジッーと口元をお茶のカップで隠してリヒト様を凝視してしまう。何を考えているのか全く表情にでないからわからない。
彼は、音もなくお茶を飲むと、こちらにやって来て私の手を掬うように取った。
「リーゼ。魔力の吸収は? 今夜は、無理か?」
「先ほど、すでにしましたので……出来ないことはありませんけど」
「次からは俺を呼んでほしい。いつでもかまわない」
いつでもって……リヒト様のスケジュールさえわからないのに、いつでもお呼びすることなどできない。私の魔力が回復しないのは、この国にとってはなんの関係もないことなのだから。
「お仕事のお邪魔はいたしませんよ? リヒト様が来て下さった時だけで十分です」
「……常時呼び出してもいいと許可をしても?」
「今は、魔力の吸収に困っていませんし、リヒト様を振り回すようなことはできません。ですから、私にお会いに来た時だけで十分ですし、リヒト様がお困りの時はいつでも私を呼んでください」
今は、仕事をしているわけでは無いし掃除に魔法をつかっているだけだから、そんな私の都合でリヒト様を呼び出すことなどできない。
「あの……お茶のおかわりを、お淹れしましょうか?」
「あとは、部屋でもらう」
それは、今から寝室へ行こうというお誘い。断ることはできない。私は、リヒト様の後宮にいるのだ。ルーセル様からは、結婚を希望されている。
覚悟はできているけど。
目の前のリヒト様は、なぜか私の指に愛おしそうにキスをしている。
わからない。リヒト様の考えがわからない。
「……私、その……初めてなのです。だから、リヒト様にご満足いただける自信がなくてですね」
改めて誘われると、返答に困ってしまい、取られた手から強張ったまま一生懸命にそう伝えた。
「何もしなくていい。リーゼは、いてくれるだけでいいんだ」
それはそうだ。私は、魔力を吸収できる。
溢れるほどの魔力なら、それを私は勝手に吸収しているのだ。
私も、魔法の核に苦労した。性質の反対のものだけど、リヒト様が苦労しているのは理解できる。
「一緒に寝るだけですか?」
「今はそれだけでいい」
そう言って、彼は昨夜のように私を城の寝室へと連れて行った。
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