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第一章
日常
しおりを挟む街へ行くと、早速鍋やフライパンを買ってくれ、リヒト様は両手に金物を抱えている。
どうやら、私が魔力を吸収したお礼に何かを買いたかったらしい。
彼は、本当に街に降りることがなかったのか、興味深々で周りを見ていた。
「洋服か何かを買うものだと思っていたら……こんなに料理ができるのか?」
「鍋があればジャムも作れますし、フライパンがあればパンケーキも作れますよ」
「今度、馳走してくれるか?」
「もちろんです。買ってくださったお礼に、クリームいっぱいのパンケーキをご馳走します」
街は人が多いが、リヒト様はあまり人前にでないせいか、まったく王太子殿下とは気づかれない。あまりの顔の良さに通りすがる人々が振り向くぐらいだった。
一応女性である私が一緒にいるから、さすがに誰も声はかけて来ないけど、彼は周りの視線など気にもしない。
私は、他に買うものはないかと辺りを見ながら歩いていると、花屋が目に付く。花は欲しいけど、いつまでいられるのかわからないから、買っていいものかと少し悩んでしまう。
「……リヒト様は、いつ頃結婚をされるのですか?」
長くても私がこのエクルース国にいるのは、シエラ様との結婚までだろう。
それとも、魔力を吸収要員としてずっと離宮に居られるのだろうか?
「いきなりなぜそんなことを……?」
驚かせてしまったようだ。さらに睨みつけられる。
「お花を植えようか悩んでいたんですけど、いつまでいられるかわからないから、植えていいものかと……私がいなくなった後に、植えたままだとまた離宮が荒れますので……」
「気にしないで好きに植えろ。リーゼには、ずっといて欲しい」
「そうですか」
魔力の吸収は必須ですからね。
リヒト様は、やけくそになったみたいに大量に花を買い始めた。
「そんなにいりませんよ」と言っても聞かない。
「そんなに持って帰られませんよ」
「では、店の全てを買い、持って来てもらえばいいだろう。その中から選べ」
それは、すでに名乗る気満々ですね!
お忍びとは一体……。
お店の人は、冗談なのか本気なのか分からずに、笑いたいのか引きつりたいのか判断できない表情になってますよ。
「とりあえず、切り花は植えないので苗だけでけっこうです」
なかば強引に苗だけ買うと「それだけでいいのか?」と不思議そうな顔を見せていた。街での買い物はリヒト様にとって、いつもは出来ない視察にもなり、有意義な時間だったようで、帰りの馬車に乗り込むなり感謝された。
「私の方こそたくさん買って頂いてありがとうございます」
「リーゼには、感謝している」
ほんの少しだけ柔らかな笑顔を見せてくれる。その表情にどきりとして、赤ら顔を見られないように顔を背けた。
その私を、大事そうに抱き寄せてくれ、彼の気持ちがわからず戸惑ってしまう。
いい人だと思う。ずっとオルフェーヴル伯爵家で虐げられていたせいか、こんなに優しくされることが不思議だった。
後宮に帰ると、リヒト様がまた直々に私の荷物を抱えて離宮へと持って来てくれ、早速苗を植えようとすると、リヒト様も手伝う気なのか上着を脱いで袖をめくり始めている。
「全て花壇に植えるのか?」
「はい。土も魔法で綺麗になっていますから、きっとすぐに育ちますよ」
さぁ、やりましょうと苗を取ると、後宮のメイドが、すぐさまリヒト様を呼びに来た。どうやら、リヒト様が私のところに来ているのが見えたらしい。後宮の入口を通らないと離宮には来られないから、どこで見られていても不思議ではない。メイドは、今にも泣きそうな様子でリヒト様に来てもらうように懇願しており、彼はいつもの無表情でいってしまった。
「仕方ないわね……私は、彼の婚約者でも何でもないのだし……」
そのまま、一人で苗を植えることに夢中になっていた。
苗が植え終わり、頑張ったと思い背伸びをすると、リヒト様の上着が庭のテーブルの椅子に掛けたままだったことに気付く。
シエラ様のところなら、まだ後宮にいるはず。そう思い、後宮へと上着を持っていくと、サロンで二人がお茶をしていた。
シエラ様は、初日の朝食時のようにリヒト様に垂れかかっている。シエラ様は美人で、リヒト様にはお似合いだ。
その様子にすぐに声をかけられずにいると、女官長が私に気付いたのか「何かご用ですか?」と威圧的にやって来た。
「リヒト様が上着を忘れていかれましたので、お届けに参りました。お渡ししてもらえるかしら?」
「ええ。今は、大事な時間ですからね」
女官長は、勝ち誇ったようにリヒト様の上着を受け取った。
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