36 / 61
別邸へ
翌日。
昨日とは打って変わり機嫌の悪いライラさんと二人で朝食を摂り、終わればリアムとルノアと一緒にグリモワールの塔で仕事をする。
仕事と言っても、クライド様が準備してくださった目録通りにグリモワールや本を並べるだけだ。奥の妖精のいる部屋には入ってはいけないと言われている。
妖精はいたずら好きで、気に入らない人間には特に意地悪をするそうだ。
滞りなく仕事は終わるけど、問題は帰宅してから起こった。
「プリムローズさんは、今日から庭の別邸で過ごしてちょうだい」
「……どうしてですか?」
「あなたがこの邸にいれば、よからぬ人間が来るからよ。ここはレイヴンクロフト次期公爵邸よ。品のない人間を招く気はないの」
クライド様はライラさんのことを少々傲慢だと言ったけれど、絶対に少々の傲慢じゃない。偉そうに見下されている。
「あの……どなたが来られるのですか?」
「あなたの家族よ。プレスコット伯爵家が、お金の事や特にプレスコット伯爵があなたを返せとしょっちゅう来るのよ」
「うそ……ですよね……」
思わず啞然としてしまう。あんなに私を追い出そうとしていたのに、どうして今頃になって私を返せと来るのか。信じられなかった。だけど、ライラさんがウソを言っているように、言う必要もなかった。
「ライラ様! そのことは、内密だったはずです!」
リアムが声を荒げて言った。その様子を見て、事実だと確信する。
「……リアム。本当なのね?」
リアムは勢いで言ったことに、しまったという顔になる。
「……プレスコット伯爵家の方々が来ているのは本当です。だからと言って、庭の別邸にプリムローズ様が移る必要はありません」
「いつから来ていたの? しょっちゅう……という事は、昨日今日だけの話じゃないでしょう? 私がこのレイヴンクロフト次期公爵邸に来たのは昨日だもの」
リアムは悩み何も言えないでいた。その代わりのように、ライラさんが話し出す。
「あなたがクライド様のもとに来てからではなくて? プリムローズさんとクライド様がグリモワールの塔に籠っている間もずっと来ていたのよ? ……本当にクライド様は何もおっしゃらなかったのね」
知らなかった。クライド様は、私がグリモワールの塔から逃げ出すかもしれないと懸念していたのは、こういう事だったのだ。
まだ結婚をしてないから、私がプレスコット伯爵家に連れ戻されるかもと思っていた。私がプレスコット家の家族と出て行けば、グリモワールの塔に入れなくても関係ないのだ。
「……私、ご迷惑を……」
「わかったら、今から庭の別邸に移動してちょうだい」
ライラさんが強い口調で言うと、リアムが反対をする。
「いけません! プリムローズ様は、クライド様の奥方様になられるのですよ!? 結婚も近いのに、そんな方を別邸に追いやることは出来ません!」
それに対して、ライラさんの後ろに控えているベンが冷たく言う。
「リアム。誰に口を聞いている? ライラ様もクライド様の奥方になられる方だぞ。ましてや、ライラ様はレイヴンクロフト公爵様がお選びになった方だ。どちらの立場が上かよく考えなさい。どちらがクライド様に相応しいか、わかるだろう?」
「なんてことを……! プリムローズ様に、そのような口を聞くことはクライド様が許しませんよ!」
執事同士が火花を散らして睨み合う。
ベンに気に入られてないのはわかっていた。この人は、きっとプライドが高いのだ。このレイヴンクロフト公爵家の執事であることを誇りに思っている。格式の高い執事でいたいのかもしれない。
執事がクライド様の婚約者である私にこんな態度は良くないけど、私の家族が迷惑をかけていることも間違いない。
そう思えば、私のすることは一つだ。
「リアム。私は庭の別邸に移ります。……ライラさん、ベン。ご迷惑をおかけしました」
「わかればいいのよ。荷物はすぐに運ばせるわ」
「お願いします。……ベン。よろしくお願いしますね」
ベンは何も言わずにライラさんのあとを当然のように付いて行った。
……私に好意的ではないと思っていたけど、こんなにあからさまな態度を取られるとは思わなかった。
そんな返事もしない執事ベンに、リアムは怒っている。
「……リアム。気にしなくていいからね」
「申し訳ありません……執事といっても、私はまだこの邸が短くて……ベンさんからすれば、ひよっこに見えるのでしょう。ヴェルナーさんには、あんな言い方はしませんから……」
リアムは、ベンを諫められないことを申し訳なく言う。
「……グリモワールの塔にいた方が良かったのかしら? 私が出たがっていたから、クライド様に心配をかけてしまったのね……」
迷惑になるとは思わなかった。グリモワールの塔の部屋から出たがっていたのは、軟禁状態だったからだ。いつでも、好きな時に部屋から出られるのとは違う。
でも、それがクライド様を不安にさせていたのかもしれない。
グリモワールの塔には使用人部屋もないから、リアムもルノアも泊まることは出来ない。この邸なら夜にリアムもルノアもいる。他の使用人もいる。
そう思うと、夜は真っ暗なグリモワールの塔に、私を独り残せないと思ってのことで、この邸に連れてきたのだろうけど、私に寂しい思いをさせないだけではなかった。
(プレスコット伯爵家の人たちが来た時に、私が一緒に出て行くかもと思っていたのね)
ここなら、私が勝手に出られないし、外から誰か来ればすぐにわかるのだ。
「グリモワールの塔は、魔法で出来ていますから、プリムローズ様一人では何かあった時に危険だからでしょう。もし、妖精がいたずらをしてはいけませんし……灯りも、ほとんどが魔法の道具で補っていますから……」
「……妖精が、あの部屋から出てくるの?」
「クライド様がいる時は出て来ませんが……妖精は気まぐれですからね」
「そうなの……でも、私は大人しくしていた方がいいみたいですね。邸からは出かけないので、このまま別邸に案内してくれる?」
「かしこまりました」
そして、私はクライド様の邸の部屋に戻ることなく、庭の別邸に移った。
あなたにおすすめの小説
辺境の侯爵家に嫁いだ引きこもり令嬢は愛される
狭山雪菜
恋愛
ソフィア・ヒルは、病弱だったために社交界デビューもすませておらず、引きこもり生活を送っていた。
ある時ソフィアに舞い降りたのは、キース・ムール侯爵との縁談の話。
ソフィアの状況を見て、嫁に来いと言う話に興味をそそられ、馬車で5日間かけて彼の元へと向かうとーー
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。また、短編集〜リクエストと30日記念〜でも、続編を収録してます。
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
お義兄様に一目惚れした!
よーこ
恋愛
クリステルはギレンセン侯爵家の一人娘。
なのに公爵家嫡男との婚約が決まってしまった。
仕方なくギレンセン家では跡継ぎとして養子をとることに。
そうしてクリステルの前に義兄として現れたのがセドリックだった。
クリステルはセドリックに一目惚れ。
けれども婚約者がいるから義兄のことは諦めるしかない。
クリステルは想いを秘めて、次期侯爵となる兄の役に立てるならと、未来の立派な公爵夫人となるべく夫人教育に励むことに。
ところがある日、公爵邸の庭園を侍女と二人で散策していたクリステルは、茂みの奥から男女の声がすることに気付いた。
その茂みにこっそりと近寄り、侍女が止めるのも聞かずに覗いてみたら……
全38話
令嬢から成り下がったメイドの分際で、侯爵様と目が合ってしまって
真好
恋愛
彼はメイドの私に手を差し出した。「私と、踊っていただけませんか?」
かつては公爵令嬢として、誰もが羨む生活を送っていたエルナ。
しかし、国家反逆罪で家は没落し、今は嫌な貴族の下で働く「身分落ち」のメイド。
二度と表舞台に立つことなどないはずだった。
あの日の豪華絢爛な舞踏会で、彼と目が合うまでは。
アルフォンス・ベルンハルト侯爵。
冷徹な「戦場の英雄」として国中の注目を集める、今もっともホットで、もっとも手が届かない男。
退屈そうに会場を見渡していた彼の視線が、影に徹していた私を捉えて。
彼は真っ直ぐに歩み寄り、埃まみれの私に手を差し出した。
「私と、踊っていただけませんか?」
メイドの分際で、英雄のパートナー!?
前代未聞のスキャンダルから始まる逆転劇。
秘密を隠した護衛騎士は、お嬢様への溺愛を抑えきれない
はるみさ
恋愛
伯爵家の令嬢であるアメリアは、少し男性が苦手。ゆくゆくはローゼンタール伯爵を継ぐ立場なだけに結婚を考えなければならないが、気持ちは重くなるばかり。このままでは私の代でローゼンタール家が途絶えてしまうかもしれない……。そう落ち込んでいる時、友人に「あなたの護衛のセドリックで試してみればいいじゃない?」と提案される。
男性に慣れるため、セドリックの力を借りることにしたアメリア。やがて二人の距離は徐々に縮まり、セドリックに惹かれていくアメリア。でも、セドリックには秘密があって……
男性が苦手な令嬢と、秘密を隠し持った護衛の秘密の恋物語。
※こちらの作品は来春までの期間限定公開となります。
※毎日4話ずつ更新予定です。
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
【完結】私は義兄に嫌われている
春野オカリナ
恋愛
私が5才の時に彼はやって来た。
十歳の義兄、アーネストはクラウディア公爵家の跡継ぎになるべく引き取られた子供。
黒曜石の髪にルビーの瞳の強力な魔力持ちの麗しい男の子。
でも、両親の前では猫を被っていて私の事は「出来損ないの公爵令嬢」と馬鹿にする。
意地悪ばかりする義兄に私は嫌われている。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m