先生、わがまま聞いて

香桐れん

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<一> 年上の男

1 薄暗い場所

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     1 薄暗い場所
 
 昼間の穏やかな陽気が幻だったかのように、すっかり日の暮れた春の夜風がハンドルを握る指先を無情に凍えさせる。
 学校帰りというには遅い時間を、藤代瑛斗ふじしろ・えいとは黙々とペダルを漕ぎ、すっかり真っ暗になった道をひたすら自転車で進んでいた。
 春の夜がこんなに寒いとは知らなかった。つい何週間か前まで寮暮らしをしていて、高校三年生に進学したこの春に自転車通学を始めたばかりだから。
 帰りが遅くなったのには理由があった。付き合い始めて間もない同級生の女の子と些細なことで話がこじれ、そのまま別れ話になってしまったから。
 ことさら寒さが身にみるのは、憂鬱な感情がまとわりついて離れないからなのかもしれない。
 苛立ちと情けなさと、かすかな寂しさを背負いながら進む春の夜道は凍えるほど寒くて、空腹も相俟あいまって人生に絶望したくなる。
 だから学校と親には禁じられているけれど、少しでも人気ひとけのある通りを選んでしまった。
 ほんの少しの、気の迷いだった。
 
 そこはいわゆるホテル街で、天井の低い駐車場が妙なカーテンで視界を遮られ、趣味の悪いネオンがけばけばしく点されている。
 自宅まで一時間近くかかる道のりが億劫で時々この道を通るけれど、日暮れを過ぎるか過ぎないかという頃合いから足早に建物に入っていくふたり連れをしばしば見かける。
 つい先ほど別れた女子とうまくいっていれば、自分もじきにあのカーテンをくぐったのかもしれない。だが、誰がどんなふうに使ったのかわからないようなベッドには少し抵抗があるから、こんな場所でしかデートできない大人にはなりたくないな、と負け惜しみじみたことを考える。
 
 と、今もまさに目の前のホテルに人影が飲み込まれようとしていた。
 進行方向だから必然的に視線がそちらに向いていた。勉強が苦手な分、視力の良さには自信があった。
 だから、それが見知った男女であることに、瞬時に気がついた。
 学校から数十分。まさかこんな場所を在校生が通るとは、彼らは微塵も思わなかっただろう。
 目の前で建物の中に消えていったのは、ふたりとも間違いなく瑛斗の通う私立高校の教員で、男の方は単身赴任中の妻子持ちだった。
 
 
 
 
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