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<四> 傍にいるから
10 嫌な奴
しおりを挟む10 嫌な奴
翌日の金曜日、瑛斗は朝から考え込んでいた。
昨日あんなかたちで英語準備室を出てしまった以上、どんな顔をして三田先生と会えばいいのか――いや、そもそも今までのように会いに行って良いものか、今さらのように迷い始めたのだ。
先生の姿を一度も見かけないまま、昼が過ぎ、授業が終わり、放課後を告げるチャイムが鳴った。
「瑛斗ぉ、お前今日もしゅーちゃんのところ行くんだろ」
鞄に荷物をしまいながら河村が瑛斗に声をかけた。
「俺も一緒に行くわ。集めた宿題しゅーちゃんとこに持って行かなきゃなんない」
今日の日直だった河村の机には、クラス全員から集めたプリントの山が積まれてあった。
河村もまた、朝から冴えない顔をしていた。早く復帰したいばかりに無理をして脚の怪我を悪化させてしまい、これからコーチとともに病院へ向かうことになっていた。
「いいよ、俺が持ってく。お前は早く病院に行けよ」
歩くのもつらそうな河村の元から瑛斗はプリントを取り上げた。
自ら役目を引き受けた以上、行くしかない。
自分を奮起させながらプリントを抱え、勇気を振り絞って英語準備室へ向かった。
気まずいことには変わりがないが、会わないまま週末に突入してしまうもどかしさよりはよっぽどいい。廊下を進みながらそんなことを自分に言い聞かせた。
準備室の前まで来てから、しかし瑛斗は再び躊躇した。
ドアの磨りガラスからはいつものように室内の明かりが透けて見える。
が、いつもとはどことなく雰囲気が違うことを察したのだ。
耳を澄ませると室内からわずかに人の声が漏れ聞こえる。
しかも、男の声だ。
立ち尽くしていると、部屋の内側からドアが開かれた。
瑛斗は声が漏れそうになったのをかろうじて留め、それから激しく後悔した。
ドアを開けたのはよりによって、野球部の副部長担当である松浦だった。
「何やってんだお前」
顔だけがどうにか見えるほど開いたドアの隙間から、松浦が顔をしかめて瑛斗を見る。
そっちこそ、と言いかけたのを瑛斗は再び押し留めた。松浦は一年生の英語を担当している。普段は三田先生しか使っていないが「英語準備室」なので授業に使う教材が多く置いてあるし、他の英語教師が出入りすることだって当然ある。たまたま今まで瑛斗が訪れた時に松浦と遭遇しなかっただけなのだ。
「プリントを持ってきました。三田先生はいますか」
いるならきっと声をかけてくれるはずだから、いないのだろう。わかっているのに尋ねたのはちょっとした反抗心からだ。室内を覗き込もうとしたが、狭い隙間に松浦が立ちはだかっていてよく見えない。ただ、松浦の肩越しに見慣れない大人の女性の長い髪がちらりと見えている。
「三田先生は午後から帰った」
松浦がぶっきらぼうに答えた。早く消えろと言わんばかりの早口で、理由を尋ねさせる気はなさそうだ。
「預かっておこう」
貸せ、と言わんばかりに瑛斗の手からプリントの束を奪い取った。
「ちゃんと渡してくださいね」
教師に対して言う言葉ではないとわかっていたが、今さらこの男に良き生徒を演じたところでメリットがないのは明らかだから、思ったままを言ってやった。室内にいる第三者にも聞こえるようにしっかり声を出したから、いくら嫌われているとはいえ、さすがにきちんと対処してくれるだろう。
暴言を咎める代わりに松浦は「部活がないなら早く家に帰れ」と嫌味とも取れる言葉を吐きながら、言い終わらないうちに瑛斗に背を向け、後ろ手にドアを閉めた。
ドアが閉まるまでの短い間に、瑛斗は室内を素早く観察した。
会議机のいつも瑛斗が座る椅子に名前を知らない若い女教師が顔をあちら側に向けて座っていた。ぺったりくっつくほどすぐ隣に、誰かが立ち上がったばかりの状態で椅子があるのが瑛斗には確かに見えた。
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