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<八> 欲しいのに
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翌日からも毎日、瑛斗は英語準備室に通った。
そして水曜日の夜になると、先生の家へ行った。
これまでの水曜日と同じように、宿題がある時は図書館に向かい、そうでない時には電車の乗換駅で下車して私服に着替え、バッティングセンターへ行った。野球部に戻るつもりはなかったが、「活躍するところをもっと見たかった」という先生の言葉が心の片隅に引っかかっていた。
職員会議が終わったというテキストメッセージが届くと、E町の駅までひとりで帰り、駅の近くで水色の車に拾ってもらって先生の自宅へ向かった。
先生の手料理を一緒に食べ、べったり並んでソファーに座り、手を繋ぎ、時折キスを交わし、二十二時までには先生の車で瑛斗の家の近くまで送ってもらった。
日によっては会議が長引くこともあったから「別の曜日にしようよ」と先生は何度か提案した。だが、瑛斗は頑として譲らなかった。
毎朝駐車場を見ては、すっかり見慣れた水色の軽自動車が停まっているのを見て、安堵する。
車があるということはつまり、先生はどこにも寄らずに――あのけばけばしいネオンの灯る陰気な路地に立ち寄らずに――帰宅してくれる。そう確信することができたし、同時に先生の中における自分の存在価値を認識することができたのだ。
自惚れかもしれないが、先生は瑛斗と過ごすようになってから、時折見せていた無気力とも不機嫌ともいえる表情を授業中に見せなくなったように感じていた。
瑛斗といることで、あのつらい感情を忘れ、新たな方向へ歩き出せているのだと、感動に似たものを覚えてもいた。
それでもふたりきりでいる時、不意に「あの男のことを思い出したのだろうか」と感じる瞬間があった。
それは先生の家で体を密着させてテレビを観ている時であれば、駅の付近で歳の離れた男女のふたりづれを見かけた時でもあった。
そのたびに瑛斗は身を焦がされそうなほどの嫉妬の渦に飲み込まれ、叫び出したい気持ちになった。
何度も何度も別れようとしながら、長い間踏み出せずにいた先生のつらい恋の記憶を、そう簡単に消し去るなんてできないことは想像に難くない。
そうだ。理解している。
理解しているのに、歯痒さは容易に消すことができず、そのたびに自分の年齢を疎ましく思うのだった。
先生は学校ではけっして「瑛斗」と名前で呼ぶことはなかったし、瑛斗が「しゅーちゃん」と呼ぶことも許さなかった。
だが、先生の家にいる間だけは、ひとりの女の子として瑛斗に寄り添い、甘えてくれた。
瑛斗のことを信頼し、心の拠り所としてくれていることをひしひしと感じ取ることもできた。
それでも、年齢の壁、立場の壁を苦々しく感じなければならないことが何度もあった。
初めて家を訪れた日以降、先生は体を繋げることをけっして許してくれなかった。
かろうじてキスはさせてくれた。最初はキスさえ拒まれたが、「英語を使う国ではキスは挨拶代わりでしょ」と駄々みたいなことを訴え続けて、やっとのことで説得できたのだ。
それでも体が熱を帯びるほどにはさせてくれなかったし、そういう意図で肌に触れることも許さなかった。
万が一のことがあるから。責任のかかるようなことはさせられない。先生は頑なにそう言い張った。
言いたいことはわかる。痛いほどわかっている。
瑛斗自身はまだ学生で、自立さえしていない、未成年なのだ。
だけど……。
どんな言葉をもらっても、言葉と視線だけで愛情を交わし合っても、ひとつになれない現実が瑛斗の心に果てしなく深い溝を生み出し、裂け目を広げていくのだった。
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