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<八> 欲しいのに
22 将来のこと
しおりを挟む22 将来のこと
梅雨が明け、蒸し暑い夏がやってくる頃。
七月の初めに期末試験があり、それに伴って先生と会える時間が減った。
まず、六月の半ば頃から英語準備室に入れてもらえなくなった。
試験前に生徒を準備室に長居させることを案じた先生に禁じられたのだ。
試験期間の一週間前には家に行くこともできなくなった。
「代わりに、試験が終わったら、ふたりでゆっくりしようよ」
だから我慢して、しっかり試験勉強してね――。最後に先生の家で過ごした雨の日の夜、先生はいつもより少しだけ濃密なキスをしてくれながら、瑛斗にそうささやき、言い聞かせた。
試験期間中には先生の誕生日があった。そして夏休みの最中、八月には瑛斗の誕生日もある。先生は夏休み中は研修などが立て込んで多忙だということで、試験期間が終わった後に会って、お互いの誕生日を一緒に祝う約束をした。
瑛斗はこれまでの人生では経験がなかったほど真剣に試験勉強に取り組んだ。小学生から野球のことばかり考えて、学業は二の次で生きてきたし、野球の成績が良かったうちは両親からも何も言われなかった。
二年の終わりに野球部を辞めたと告げた時はずいぶんと失望されたし、今まで野球の練習に明け暮れていてほとんど家にいなかったから、家族とリビングにいてもどことなく居たたまれない気持ちになった。
毎日寄り道するのにも限界がある。だから、自分の部屋にこもって教科書や参考書を開くことで時間をやり過ごした。時間だけはたっぷりあった。
少しでも成績を良くして、先生に褒められたいという気持ちもあった。テストの結果がことごとく悪ければ、先生のことだから「もう会わない」と言い出しかねないと思ってもいた。
テストで結果を出そうとすればおのずと授業にも身が入った。同級生たちは目を丸くしたし、河村には「お前、大学受けることにしたんか?」と尋ねられもした。
進路について瑛斗は真剣に考えるようになった。
小さな頃からずっと「将来は野球の道へ進む」とおぼろげにしか考えていなかったが、野球部を辞めてからは何もかもが投げやりな気持ちになっていた。卒業して就職し、草野球チームで趣味として野球ができればいい。あるいはもうグローブやバットを使うことはないかもしれない。なるようになればいい。その程度にしか考えることができなくなっていた。
しかし、先生の傍に通い始めて間もない頃に言われた言葉は、事あるごとに瑛斗の脳裏に蘇った。
――四番で活躍するところ、もっと見たかったから残念。
就職よりも大学進学の方が野球ができる可能性が高い。だが、部活を辞めてしまった今となっては、スポーツ推薦での進学は難しい。今の学力での一般入試は相当の勉強が必要だろう。
だけど……。
小学生の時に始めた野球は、瑛斗の生き甲斐だった。
チームの主力として打席に立った時のスタンドから響く声援、ヒットやホームランを打ってダイヤモンドを駆け巡り、チームを勝利に導いた時のあの歓声、チームメイトと喜びを分かち合う時の高揚は、他では味わうことがけっしてできない格別の瞬間だった。
六月に入ってから河村が野球部の練習に復帰した。怪我はすっかり良くなり、夏の地方大会にはどうにか間に合いそうだという。瑛斗に遠慮して口には出さないが、表情がぐっと明るくなり、毎日活き活きとしているのが近くで見ていても伝わってきた。
羨ましいな、と感じた。
本当だったら今頃は試験勉強なんてほっぽり出して、炎天下で真っ黒に日焼けしながら甲子園出場へ向けて全力疾走しているはずだった。
やっぱり、野球、やりたいよな。
夜更けの自室でペンを片手に机に向かいながら、瑛斗は気がつけばそんなことを考えるようになっていた。
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