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<十一> 声を聞かせて
31 いつもの場所で
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校舎の中は既に閑散としていた。補習に来ていた生徒はみんなとっくに帰ってしまったようだった。
下足室から外に出ると、グラウンドでは運動部の部員たちがところどころで軽い運動をしながら大きな声を出していた。奥のグラウンドでは野球部がキャッチボールをしているのか、小さな白い物が宙を行き交っているのが見える。
しかし今の瑛斗にとって、それらはなんの意味ももたないし、普段のように感情が揺さぶられることもない。
自転車にまたがると、いつもの倍以上の時間をかけてのろのろと進んだ。途中ですれ違ったどこかの学校の生徒が「遅っ!」と呆れた声を上げたのが聞こえてきたが気に留めなかった。
気がつけばE町の駅前に辿り着いていた。
自転車でE町まで来たのは初めてだった。いつもは乗換駅に駐輪して、そこから電車で来ていたからだ。
自転車を駐輪場に預け、駅前のベンチに座った。大きな木の根元に置かれたこのベンチは駅の改札からは半分ほどが死角になっていて、瑛斗のお気に入りの場所だった。先生と待ち合わせをする時に、ここでぼんやりと行き交う人の波を眺めながら時間を潰したことが幾度もあった。
駅から吐き出される人の流れはせわしなく、皆がそれぞれに家路を急いでいることがわかる。
陽の光はいつの間にかすっかりオレンジ色に変わっていて、着実に夜が近づいていることを告げている。
そういえば、昼ご飯を食べていなかったな、と瑛斗は今さらのように気がついた。
ただ、空腹はまったく感じなかった。
ベンチの横には花火大会のポスターが貼ってあった。日時はお盆の時期が記されている。掲示されてからそれほど経過していないはずなのに、ありがちな打ち上げ花火の写真は風雨に晒されてすっかり色褪せている。
日焼けしたのか腕の皮膚がちりちりと痛む。
手のひらで自分の腕をさすりながら、瑛斗はそれでもベンチに座ったまま、人々の姿をただ漠然と眺めていた。
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