先生、わがまま聞いて

香桐れん

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<十二> 記憶にすがる

33 復帰

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     33 復帰
 
 翌日、河村から連絡があった。
 河村は「部活に戻れるんだろ」、「今日からでも来いよ」、「みんな待ってる」とかなり熱心に誘ってくれた。
 正直に言えばあまりそういう気分ではなかった。が、家にいてもろくなことを考えないから気を紛らわすべきだと思い直し、翌日から行くと返事をした。
 昨晩はほとんど眠れなかったし、号泣したわけでもないのに瞼が腫れていたから、こんな姿でみんなの前に顔を出すのは格好悪くて嫌だった。
 涙はまったく出なかったわけではない。
 だがどういうわけか、襲われた喪失感ほどには泣き濡れることはなかった。
 ただ何も手につかず、ぼんやりと壁を見ていたら朝になっていた。
 その夜も結局なかなか寝つけなかった。だが、朝起きて、道具や練習着を詰め込んだ鞄を肩に担ぐと、とたんに気分が高揚した。弁当を包んでくれる母親の表情がどことなく嬉しそうに見えたのも原因だろうか、と鞄の重みが肩に食い込む感覚に懐かしさを覚えながら考えた。
 
 約五ヶ月ぶりの部室は、相変わらず汗と埃の臭いで充満していた。中に踏み込むなり、懐かしいというよりは「帰ってきた」という感情が湧き上がり、胸が熱くなった。
 練習着に着替える前に監督や部長のところに挨拶に向かった。
 河村と、瑛斗の後を継いで主将を務める市原いちはらがついてきてくれた。瑛斗は「ひとりで行くから」と断ったが、ふたりが「一緒に行く」と言って聞かなかった。
 監督も部長担当の教員もそれぞれが「すまなかったな」と頭を下げてくれた。監督は目を掛けていた元教え子を失ったのだし、部長は面目を潰されたかたちになり、ふたりとも内心では思うところも大いにあるはずなのに、おくびにも出さなかったのは、おそらく佐上が根回ししてくれたからなのだろうと瑛斗は考えた。
 実際、職員室で部長と話している時、佐上は会話が聞こえる距離にいながら、不自然なほどに一度も瑛斗に目を向けなかった。
 いざ練習に参加するのは、どことなく気恥ずかしいものがあった。
 顔も名前も知らない一年生たちからは「こいつ何者だ」という空気がありありと出ていたが、二年生と三年生は、のこのこと戻ってきたことを面白く思わない者もいるはずなのに、皆が歓迎してくれたおかげで瑛斗はすんなりとチームに溶け込むことができた。
 部内の雰囲気は格段に良くなっていた。嘆願書を作るまでにはさまざまな苦悩があったはずだが、それらを乗り越えて得たものの大きさは計り知れないのだろうと瑛斗には思え、同時に彼らの努力に心から敬服し、感謝した。
 
 復帰初日から手のひらにまめができるほどバットを振った。自分以外の誰かと野球をできる喜びが身に沁みるようだった。
 帰宅するとへとへとで、久しぶりに熟睡できた。
 瑛斗は寮には戻らずに自宅から通うことになった。その分朝晩が大変だが、あと一、二ヶ月もすれば引退することを考えると、再入寮の手間よりはましだという両親の判断だった。
 瑛斗は毎日必死になって練習に取り組んだ。
 もう一度みんなと野球をやれることの嬉しさが当然あったし、過去の栄光と言われたくないからブランクを取り戻さねばならないという強い決意もあった。
 だがそれ以上に、他のことを忘れるぐらい何かに夢中になっていたい、没頭していたいという気持ちがあまりにも強かった。
 
 
 
 
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