先生、わがまま聞いて

香桐れん

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<十二> 記憶にすがる

34 誕生日

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     34 誕生日
 
 夏休み最後の週に瑛斗は誕生日を迎えた。
 後期の補習期間に突入していたが、ひとりで過ごしたかったし、わがままを言いたい気分だったから、補習も部活も休むことにした。健康だけが取り柄だと笑われるタイプの瑛斗が学校と野球の練習を自主的に休むのは初めてのことだった。
 両親がふたりとも仕事に出かけて自宅にひとりきりになると、瑛斗は近所のレンタルショップへ行き、洋画のDVDを二本借りた。
 一本は白黒映画の名作をリメイクしたもので、大富豪の御曹司に恋をする使用人の娘が、時を経て外見も内面も美しく成長し、御曹司を振り向かせて結ばれるシンデレラ・ストーリーと呼ばれるものだった。
 瑛斗に「シンデレラ・ストーリー」という言葉を教えたのは、この作品のことが大好きだと語った三田先生だった。
 水曜日の夜にふたりで過ごしていた頃、先生に尋ねたことがあった。「どうして英語を好きになったの?」と。
 先生は視線を遠くに向けてしばらく考えてから、「映画がきっかけかなぁ」と答えた。
 胸に響く洋画と出会い、好きな俳優ができて、その人の声と演技に集中したくて、映画を字幕も吹き替えもなしで観られたらいいなと思ったのがきっかけだ、と先生は大きな瞳をきらきらと輝かせながら語ったのだった。
 映画の話自体はシンプルで展開が読めたから、瑛斗は視線を画面に向けたまま、途中から別のことに意識を囚われていた。
 この身分違いの恋を描いた作品に、先生は自分自身を重ねていたのかもしれない。一度でもそんなことを想像してしまうと、その考えが頭から離れなくなった。
 もやもやした気持ちを抱えたまま、二本目を再生した。
 その作品は先生が「好きな映画だ」と瑛斗に語った数本の中には含まれなかったものだ。
 しかし瑛斗が初めて家を訪れた時から、DVDのパッケージが本棚の片隅に大切そうに収められているのが目に留まっていた。
 いつも見える場所に置いてあるのに、先生が一度も口に出さなかったからかえって気になっていたのだ。
 映像が始まって間もなく、瑛斗はたまらない気持ちになった。
 十代半ばの少年が親子ほど離れた女性と恋に落ち、肉体関係を結び、そして罪の意識に苛まれた女が少年の前から姿を消す、という悲恋ものだった。
 映像は美しかったが、物語は瑛斗にとって、あまりにも残酷だった。
 淡々と流れる映像の前に座ったまま、瑛斗の目は最早画面を捉えていなかった。
 瑛斗はここ何年かの間で初めて、声を上げて泣いた。
 
 
 
 
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