魔王の事情と贄の思惑

みぃ

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 自室に向かう途中で、ヴィン、と声をかけられる。足を止め振り向くと、いつもなら執務室に詰めている男がいた。

「僕に、急ぎの用?」
「いや、時間が空いたから、双子誘ってお茶でもと思ってるんだけど、ヴィンもどうだ? という誘いだな」
「リュディガーがこの時間に? 仕事はいいの」
「じゃまが入ったんだ」
「じゃま?」
「くだらない内容の飛び込み謁見」
「へぇ」
「サラザン侯爵家が、色々断ってんのにあきらめなくてさ。すでに答えが出ていることで足を運んでも無駄だし、魔王の執務の邪魔してるって考える頭のない、無能な家門が野心だけで出世できるわけないのにな」

 つらつらと文句を並べ、面倒くさそうにリュディガーが肩をすくめる。
 便宜上爵位はあるが、家門の優越はほとんどない。公爵家二家に限り、退位した魔王の家なのでそれなりに敬われている。だがそれ以下になると、治める領地の場所、広さに差がある程度だ。

 人の世の序列とは違い、家よりも個が強い。侯爵家よりも、魔王城に居を構えている側近の方が上だ。それが面白くないサラザン侯爵家が、どうにかして上に立とうと画策しているらしい。本当に、くだらない。どこにでも分不相応なことを望む、身の程知らずがいるものだ。

「今は平和だから、ひまなんだろうな」
「平和じゃないことがあるの?」

 六歳からこの地でヴィンは暮らしているが、知る限りで大きな諍い事はない。多少の小競り合いに関しては、あると耳にしたことはある。誰もが仲良くなんてこと自体、ありえるわけがない。とはいえ、気の合わない者同士、個人レベルのケンカに近いものだ。

「まあ、長く生きてるとあるんだ」
「へぇ」

 魔族は、魔王を頂点とした実力主義だ。序列があり、上位は側近、幹部として魔王を補佐し、揺るがない忠誠を捧げていた。幹部ではなくても、魔王への忠誠心は他の魔族たちも変わらない。それなのに、どういった不穏な動きをするのか、ヴィンは少し興味を持った。

「ただ今回は、本当にくだらないんだよな」
「くだらないって?」

 ちらり、とリュディガーはヴィンを見る。ひと呼吸措いて、口を開いた。

「魔族は寿命が長いとはいえ、その寿命は魔力量によるとこがあるだろ」

 それは、知っている。だから側近の顔ぶれは、ずっと変わらない。ほとんどの者が、正確な歳はわからなかった。

「今日来ているサラザン家は、まあ、あれだ。ちょっと長生きだなーくらいの家門で、色々無知なんだよ。世代交代が早いからな。無知なら無知なりに、ひっそりと今の平和な生活を享受していればいいのに、娘をアーティスにあてがい、魔王の伴侶の親、ゆくゆくは次代の魔王の親族になろうなんてくだらない野心もって近づいてくるから、うっとうしいことこのうえない」

 それは初耳かもしれない。
 興味がなくて、ヴィンが聞き流していただけという可能性もあるけれど。

「あの人はなんて」
「まったく相手にしてないよ」
「そう」

 少しだけ、ヴィンは安堵を覚える。疑うわけではないが、恋人に縁談が持ち込まれれば気持ちのいいものではない。それに魔王であるアーティスに、魔王としての責務を全うしろと迫り、それが正当のものなら受け入れると知っている。役目をないがしろにする性格ではなかった。

「いつもばっさり断ってるんだけど、あきらめないんだなぁ」
 げんなり、という顔だ。
「来たの、何度目?」
「三度目。長寿の魔族は魔力が多いせいで子ができにくい、だから子沢山の我が家から正妃を娶るべきだ、がアレの主張だけど」

 あながち間違ってはいない主張ではあるが、リュディガーの声はため息混じりだ。側近として、友人として、サラザン侯爵の提案を歓迎していないことがわかった。

「けど?」
「魔力が少なく、人間より少し長生き程度じゃ、魔王の器じゃないって矛盾な」
「ああ、実力主義の国で、魔力も少ない無能は魔王になれないってこと」
「そーいうこと」

 魔力量は目に見えないとはいえ、瞳の色でなんとなくわかる。赤みが強く濃い方が、魔力量が多い。側近幹部は、赤に近い色をしている。対してサラザン家は、薄いピンクに近い瞳の色をしていた。

「それに魔王は、世襲制ってわけじゃないからな」
「そうなの?」
「ええ、滅多に世代交代はしないので、知らない者も多いのですが。魔族は細かいこと気にしないし」

 次代の魔王が、どう選ばれるのか公にはなっていない。
 ごく一部、それこそ歴代魔王とその最側近くらいしか、知らないのではないかとヴィンは予想した。リュディガーは、たぶん知っている。

「だから、本当に無駄でしかない野望なんだ」
「教えてあげたら?」
「え、いやだけど」
「ああ、そう」
「自分で学ぶ気のないバカに、かまいたくない」

 容赦ない台詞に、ヴィンは笑う。
 本当にこういうところが、魔族らしい。

「それに、長く見た夢の後の絶望、見ものだろ?」

 リュディガーは、サラザン侯爵が嫌いなのだと、ヴィンは察する。怒らせたか、不快にさせることを何かしたのだろう。こうやって、アーティスを無駄に拘束し、執務時間を無駄にしている時点で、心証は最悪だ。

 ヴィンとしても、面白くない。くだらないことで侯爵に拘束されているなら、今日も手合わせはむりだ。

「てことで、」
「おい、そこの」

 会話を遮り割って入った不遜な声が、無駄に大きく響く。
 普段からこの城にいるものに、最低限の礼儀すらない者はいない。ヴィンがちらりとリュディガーへ視線を送ると、軽く頷いた。

「ば、息子も来てる」

 馬鹿と言いかけている。心の声がダダ漏れだ。
 隠す必要もないと、思ってのことだ。

「おい、おまえらだよ」

 ふたりの冷ややかな対応を見ても、態度を変えない。
 代わりに、威圧的に声を荒げた。身の程知らず、リュディガーが言っていた意味がよくわった。わかりやすく、無能だ。

 または、破滅主義なのかもしれない。
 実力主義の魔族は、本能なのかそういうスキルがあるのか、相手の力量を測るのがうまい。決して、無駄に上位とわかる者にたてつくことはなかった。

 無視を決め込むヴィンに、リュディガーが嫌々とわかる顔で男に向き直る。感情をきれいに隠すのを得意としているのに、珍しかった。

「城内を勝手に歩き回らないように。特にこの先は、立ち入れないところだ」
「それなら、おまえたちだってそうだろう」

 注意したのに言い返され、唖然とする。少し考えればわかりそうなものなのに、考える頭もなく、自分の価値観でしか物事を見られないと言っているようなものだ。注意にすら耳を貸そうとはしない態度に、ヴィンの中でたたきのめしてもいいクズ認定された。
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