一瞬の夏~My Momentary Lover~

clumsy uncle

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第3章 ふたたび、一瞬の夏

雨の日のデート

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 お盆最後の日。健太郎は朝早くから髪を整え、身なりを整え、奈緒とのデートに出発した。
 今年、奈緒に会えるのはこれが最後になる。
 健太郎は、幸次郎から借りた車高の低いスカイラインのエンジンをかけた。
 その瞬間、耳をつんざくような大爆音が響き、車体が震え上がり、何とも生きた心地がしない。
 おまけに、幸次郎から貸してもらったアロハシャツは、黒地に龍のイラストが施されており、はた目から見たら柄が悪いとしか言いようがない。
 去年借りたアロハシャツも派手だったが、今回はそれに輪をかけて柄が悪い。
 
 車は、二人がいつも待ち合わせするコンビニの前に停車した。
 すると、店の陰から、ぴょんと飛び出すように奈緒が姿を現した。
 奈緒は、つばの広い麦藁帽子をかぶり、白地に色とりどりの花柄をあしらった可愛らしいサマードレス姿だった。
 ドレスは肩紐を首の後ろで結ぶデザインで、華奢な背中を半分以上も露出し、おまけに丈が短いので、少しかがむだけで下着が見えてしまいそうだった。

「奈緒……今日の洋服、刺激強くねえか?」

 健太郎は、赤面して真正面から奈緒を見れなかった。

「フフフ、今日は泣いても笑っても最後のデートなんだもん。だから、私が一番お気に入りの『勝負服』で来たの。いつもよりちょっと刺激強いかもね?」

 奈緒は満面の笑みでスカイラインの助手席に座った。
 椅子に座ると、露わになった奈緒の太ももが目に入ってしまい、運転に集中できないので、健太郎は真正面を見据えながらハンドルを握った。

「健太郎くんも、カッコいいアロハ着てるじゃん。今日は健太郎くんも、勝負服で来たんだ?」
「勝負服?まさか、こんなの俺の趣味じゃないよ。この車もな。全部弟の持ち物だからね、あらかじめ言っておくけど」
「何で隠そうとしてるの?似合ってるのになあ。さ、出発しんこーう!」
 奈緒は片手を突き上げると、健太郎はエンジンをかけ、マフラーの大爆音が車内に響き渡った。

「わあ~怖い!カッコいいけど、ちょっと怖いかも。去年も同じ車だったよね、この音は何とかならないの?」
 奈緒は、耳を押さえながら健太郎をちょっと睨みつけた。

「とりあえず、今日は我慢して。今度、ちゃんと自分の車を買うから」
 健太郎は、決まりの悪い顔でアクセルを踏み、ハンドルを回した。

 出発した時は真っ青な夏空が広がっていたものの、車を美根浜へ向かって走らせているうちに、次第に黒い雲が空を覆いつくしてきた。
 そして、海が眼下に見えてきた時には、ポツポツと雨が降りだしてきた。

「え~ん……この天気じゃ、泳げないよ。折角水着用意してきたのに」

 奈緒は、ガッカリした顔で窓の外を見つめていた。
 海辺にいた海水浴客も、徐々に車に戻り、帰る支度を始めていた。

「奈緒、泳げないのは残念だけど、せっかく来たんだし、永遠の鐘まで歩いていこうか」
「うん!」

 車を駐車場に停めると、二人は車を降りて、雨に濡れながらも砂浜を歩き、名所である『永遠の鐘』にたどり着いた。
 県内外からカップルが押し寄せる場所であり、去年来た時には何分も並んでやっと鳴らすことが出来た。
 しかし、この日は待つこともなく、そして後ろに待つ人を気にすることもなく、心行くまで鳴らすことが出来た。
 二人で一緒に、鐘に繋がる紐を引くと、カランカラン……と、鐘の音が雨雲の広がる海に響き渡った。

「また、二人でこの鐘を鳴らすことができたね」
「うん……そうだね」

 健太郎がそう言うと、奈緒はニコッと笑ったが、気のせいか、どこか浮かない顔をしていた。
 紐を引く奈緒の表情に、去年見せてくれたような満面の笑みがなかった。

「ねえ、もう行こうよ、さっきより雨が強くなってきたよ。車に戻りましょ」
 奈緒に急かされると、健太郎は一歩ずつ歩き始めた。
 雨で服が濡れていたが、健太郎に腕を絡めて、寄り添ってくる奈緒の体温が服を通して伝わってきて、それほど寒さを感じなかった。
 やがて二人は車に乗り込むと、奈緒はタオルで自分の髪や服を拭い、その後、そのタオルを健太郎に渡した。

「健太郎くん、全身ずぶぬれだよ。ちゃんと拭かないと風邪ひいちゃうよ」
「す、すまねえな」

 健太郎はタオルで髪や服を拭い、最後に顔を拭いた。

「ごめんな。はい、タオル」
「ありがと。でも、なんかつまんないね。折角ここまで来たのに」

 奈緒は寂しそうな表情で、窓の外を眺めていた。
 その時、何か気になるものを見つけたようで、健太郎の肩を叩きながら指さした。

「ねえ、あそこに『カラオケボックス うなぎいぬ』って看板がある!健太郎くん、カラオケしない?」
「カラオケ?いいけど、俺、歌うの久しぶりだな。めったにカラオケ行かないしさ」
「そんなの私も一緒だよ。さ、行こ行こ!」

 健太郎は、奈緒に急かされるまま、カラオケボックスの前に車を停めた。
 この日は、健太郎たちと同じように、海水浴を諦めたであろうグループやカップルが沢山押し寄せたようで、中に入ると順番待ちを言い渡された。
 10分程度待つと、呼び出しがかかり、奥の4~5人入れる程度の小さな部屋に案内された。

「小さい部屋だね。でも、俺たちからすれば、この広さで充分かな?。」
「そうだね。さ、何を歌おかな~」

 奈緒は、早速選曲ブックをめくり、機械に番号を打ち込んでいた。

「は、早くねえか?もう決まったのか?」

 モニターの画面には、yuiの『CHE,R,RY』という表示が現れた。
 奈緒は立ち上がり、ドレスを揺らしながらマイクを両手で持ち、にこやかに唄いだした。
 今でも時々耳にするが、もう12年も前の曲であり、今の若い子がこの歌をカラオケで唄うのはあまり見かけない。
 まあ、奈緒にとっては、最新のヒット曲なのかもしれないけど。
 ただ、この曲のポップな曲調が、奈緒の高音でキュートな声色に見事にマッチしていた。

「はあ~唄い終わった~。さあ、次は健太郎くんだよ。何唄うのかなあ~楽しみだなあ」

 健太郎は、お気に入りの星野源の『恋』を選曲した。
 合コンで若い女の子にもウケるよう、振り付けもしっかりマスターしているつもりである。
 早速、奈緒の前で振り付けを入れながらこの歌を熱唱したが、奈緒はしらけ切った顔でじっと聞いていた。

「あれ?つまらなかった?」
「うん。というか、誰の曲?これ」
「星野源さんの曲だよ。この振り付けも凄く流行ったんだよ」
「星野…ゲン?どこのゲンさん?」

 奈緒の知る世界が10年前でストップしていることは承知しているといえ、自分の十八番をしらけた表情で終始見られるのは、正直寂しいものがあった。
 それならば、と、健太郎は10年前、学生時代に良く唄っていた『羞恥心』を熱唱した。
 すると、奈緒は隣で手拍子しながら大いに盛り上がり、サビの部分は一緒に合唱していた。
 そして、奈緒はかねてから自分の大好きな曲だと公言していた、『手紙~拝啓・15の君へ』を唄い始めた。
 普段は高めのトーンの声の奈緒だが、この曲は少し低めのトーンでゆったりと唄い上げた。
 唄っている時の奈緒は、いつものほんわかした笑顔でなく、真剣なまなざしで、何かに対し自分の気持ちをぶつけているように感じた。
 最後まで唄い終わると、奈緒は安堵した表情で笑みを浮かべ、機械に備え付けられているもう1本のマイクを引き抜き、健太郎に渡した。

「ねえ、最後に1曲デュエットしようか?」
 奈緒は、選曲ブックをめくると、健太郎の知らぬ間に予約を完了させてしまった。

「私たちの合唱部の十八番といえば、この曲だったよね」

 奈緒がそう言うと、モニターには『翼をください』の文字が浮かび上がった。

「わあ~、な、懐かしい!あの頃、よく練習したなこの曲」
「合唱部の時のパートで歌おうよ。健太郎くんはテナーやって。私はソプラノで、高音の部分歌うから」

 合唱部で練習した時のように、二人でそれぞれのパートを別々に歌いあげた。
 奈緒は、透き通った声で、トーンを上げながら歌いだしの部分を唄った。
 健太郎は次の部分を、トーンを下げ、ゆっくり、そして重々しく唄った。
 そして、最後のサビの部分は、二人で声を重ねて高音と低音のハーモニーを奏でながら唄った。
 
 その瞬間、健太郎は十数年前の合唱部の練習風景が目の前に蘇った。
 普段は、パートに別れて練習するものの、週二回程度、ソプラノとテナーが合同で音合わせを行った。
 奈緒と健太郎は違うバートなので、顔を合わす時間は短かったが、音合わせの時間帯、二人は、同じ練習室の中にいた。

 無事歌い終えると、奈緒は感極まったの表情を見せた。

「この曲を、また一緒に歌える時が来るなんて、夢にも思わなかった。合唱部の素敵な思い出がよみがえって、すごく嬉しかった」

 奈緒はハンカチで目頭を押さえ、しばらく静寂が室内を包んだ。

「私の夢を叶えてくれてありがとう」
 奈緒は一言そういうと、健太郎の手をとった。

「ねえ、健太郎くん。今日、もう1か所だけ、一緒に行ってほしい場所があるんだ」
「え、どこ?」
「確か中川町への帰り道の途中にあったと思う。その場所が近くなったら、教えるからね」
「??」

 健太郎は精算を済ませると、奈緒と共に車に乗り込んだ。
 バケツをひっくり返したかのような大雨がフロントガラスを叩きつけるように降り続く中、健太郎は中川へと続く県道をひた走った。
 峠を越え、『中川町』の標識が見えると、坂の真下に塀で囲まれた建物が姿を現した。

「あ、ここだよ、健太郎くん。ここで停まってくれる?」
「奈緒、お前、ここって……」

 奈緒が指さしたのは、『ホテル アンタッチャブル』という名前の、西洋風の城壁に囲まれた大きなモーテルだった。
 町で唯一のモーテルであり、長距離トラックの運転手が休むため利用することもあるが、利用者のほとんどが、地元のカップルである。

「一緒に行ってくれる?健太郎くん」
「本当に、いいのか?」
「うん。さ、早く」

 健太郎は、入り口まで車で乗り付けると、奈緒は車から降り、雨の中そそくさと受付棟に歩き去っていった。
 健太郎は、緊張した表情で奈緒の後を追っていった。
 生まれてから32年間、ずっと彼女が居なかった健太郎。
 そんな健太郎にも、お盆だけの「期間限定」ではあるものの、奈緒という彼女ができた。
 そして、二人が本当の意味で結ばれる瞬間がついに訪れた。
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