メダカのキモチ

clumsy uncle

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キューピット

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梅雨が終わり、暑かった夏もあっという間に終わり、初秋の澄み切った空気が溢れてきた9月の東京。
仕事帰りのサラリーマンでごった返す週末、金曜夜の西武新宿線。
揺られながら、恭介は疲れた体に鞭打ってつり革につかまり、やっとの思いで西武柳沢駅に降り立った。
改札を出て、自転車乗り場に向かおうとしたその時、店主が行方不明となった後、ずっとシャッターが閉まっていたアクアショップ「コーラル」に、明かりが灯っていたのを発見した。

「あれ?ここって…」

恭介は、恐る恐る、ドアのノブを押した。

ギイっと湿り気のある音を上げてドアが開くと、その中には、熱帯魚の泳ぐ水槽が所狭しと並べられていた。

「いらっしゃい」

すると、奥から1人の男性がふらふらと歩きながら登場した。

「あ、あんたはウチでメダカを買った人だね」
「店主さん!」

店主は、腕と額に包帯を巻いていた。

「どうしちゃったんですか?突然、店を閉めて、おまけに、腕と額…」
「ああ、気にするこたあねえよ」
「気になりますよ!こないだは警察が店の周りを捜査していたし」
「そうか」

そういうと、店主はしばらく考え込み、やがて、まっすぐ恭介を見つめながら、

「俺は、昔から熱帯魚が大好きでね。自分で飼ってるだけじゃ物足りなくなって、自分で店を開いて、売るようにもなった。けど、なかなか売れなくてね。借金もじゃんじゃん増えちゃってさ。元々は墨田区で営業してたんだけど、最近は借金取りから姿を隠すために、あっちこっち転々としながら商売していたんだ」
「そうですか、僕の知り合いは千葉のお店でメダカを買ったみたいです。そこも突然閉店して、どこかへ行ってしまったようですけど」
「ああ、千葉でも半年くらい営業したよ。まあ、すぐ借金取りに見つかって、逃げちゃったけどね」
「やっぱり、そうなんですか」
「その後、大宮行って、そしてこの場所に来て、さらに横浜に行った。そこで営業しようとした矢先に借金取りに捕まって、ご覧の通りボコボコだよ」

店主は笑いながら、額の包帯を指さした。

「うわあ、大丈夫ですか?顔に青あざも残ってるし」
「ああ、大丈夫。2週間入院して、少しは良くなった。俺を殴った連中は警察に逮捕されたし、警察もしばらくはこの辺をパトロールしてくれるみたいだし。ただ、借金は残ってるから、危険が去ったわけじゃあないけどね」

店主は髪をかきむしりながら笑い声を上げ、やがて天井を見上げながら語りだした。

「けどさ、好きなんだよ。熱帯魚が。こいつらを置いて逃げるとか、誰かに店ごと売り渡して返済して、俺だけどこかに逃げるなんて出来ない。行くときはこいつらと一緒だって、心に決めていたんだ」
「店主さん…」
「メダカ、元気にしてるか?」
「いや、ここで買ったメダカは1匹だけになっちゃって。でも、千葉に住む、同じようにメダカが好きな子が、生き残ってたメダカを持ってきてくれて。そして…」
「そして?」
「その2匹、仲良くなって、最近、メスのほうが卵を産んだんですよ。ここで買って、唯一生き残った子が」
「そうなんだ!そりゃ良かったな。卵、きちんと隔離しろよ?メダカは、腹が減ったら卵とか稚魚とか、口に入るものは見境なく食べちゃうからな」
「そ、そうなんですか?そりゃまずい!早速、隔離しますね」

店主は、しょうがないなあと言いたげな表情をしていたが、やがて、何かを思い出したようで、カッと目を開いて、恭介に語りかけた。

「あ、そうそう。俺、謝るよ。あんたがヒメダカをここで買った時にさ、釣りのエサにしかならないヒメダカが良いのか?とか言っちゃって」
「あはは、気にしてませんよ」

恭介は笑って答えたものの、店主に言われた当時は、正直ちょっと馬鹿にされたような気分であった。

「確かに、僕が買ったのは釣りのエサにしかならないヒメダカですけど、彼らは、僕にたくさんのことを教え、もたらしてくれたんです」
「ほう?何を?」

店主は、興味深そうな表情で恭介を見つめた。

「小さなメダカでもそれぞれ性格があって、生き様があって、人間みたいに出会いと別れがあるってことを。そんな彼らを見てるうちにすごく愛おしくなって、慣れないながらも、大事に大事に育てたんです。そして…」
「そして…?まだ、何かあるのか?」

店主は、大きく見開いた目を、さらに大きく開いて、恭介を凝視した。

「彼らは、僕と、僕の彼女のキューピットになってくれたんです」
「彼女??あんた、彼女居たのか?そんな風には見えないけど」

店主は、そんなわけあるか、と言いたげな表情で、大声を上げて爆笑した。

「今、僕のアパートに週末遊びに来て、一緒に泊まったりしてます。こないだ、あちらの両親にも会ってきました」
「マ、マジかよ?」

店主は大きく目を見開き、口があんぐり開いたまま、固まって動けなくなってしまった。

「店主さんが居なければ、僕も、彼女もメダカに出会えませんでしたし、メダカを通してお互い出会うこともありませんでした。本当に、本当に感謝してます。今度、彼女を連れて、挨拶に来ますね。あ、彼女から、今日は僕の家に来て、夕飯の支度をしてるって言うLINEが来たから、そろそろ帰らないと!それじゃ、また」

恭介は店主に一礼し、笑顔で手を振ってそそくさと店を出た。

「俺…何て言えばいいんだ?」

あまりにも突然知らされた事実に、店主はしばらく何も言えず、固まったままであった。
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