メダカのキモチ

clumsy uncle

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ギクシャク

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幕張のホテルのレストラン。秋の夜も更ける頃、さよりはいつものように、ピアノの演奏を始めた。
レストランでは、勤め帰りのサラリーマンやOL、外国人観光客などが入り混じり、楽しそうに酒やディナーを楽しんでいた。
ピアノで奏でられるスタンダード・ジャズナンバーの数々。
その日の雰囲気を覗いながら、さより自身が選曲し、演奏している。
この日は、ターコイズブルーの、肩を露出したオフショルダー風のワンピース。
ドレスと同じ色の可愛らしいコサージュを付け、ちょっと高めのヒールの靴を履いた。

客が徐々に席を立ち、空席が目立ち始めた頃、大きな花束を持った男が、さよりに近づいた。
男は長身でガッシリした体格で、一歩一歩、カツカツと靴の音を鳴らし、さよりへと近づいた。
さよりが演奏を終え、立ち上がった所で、男はさよりに花束を渡した。

「お疲れ様、さより。今日も素敵だったよ」
「え、徹也くん?」

さよりは男の方を振り向いた。

「どうしたの、こんなに大きな花束」
「久しく仕事で千葉を離れていたんだ。仕事が終わって帰ってきたんだけど、さよりが、このホテルでの演奏を辞めるって聞いて。慌てて、聴きにきたんだ」
「そうだったんだ。久しぶりだね。元気だった?」
「うん。シンガポールでのプロジェクトが無事終わって、先月帰ってきた。で、このホテルに久しぶりに飲みに来たら、さよりが近々ここを辞めるって聞いたんだ」
「ごめんね。徹也くん、こちらに居たときは、しょっちゅう聴きに来てくれてたもんね。何もお知らせしなくてごめんね」
「辞める理由って何なの?もうここで大分長く続いてたし、違う場所で演奏するから?」

さよりは、頭を横に振った。

「徹也くん、違うんだ。私、結婚するんだ」
「結婚?え??」
「千葉を離れて、西東京に住んでる彼の所へ引っ越すんだ。ここまで通えなくはないけど、今までみたいに頻繁に演奏できなくなるし。ピアノを弾きたくて始めたこの仕事、なんだかんだで学生時代から5年続けてきたけど、これを機会に一区切り置こうと思って」

徹也はしばらく考え込んだ上、口を開いた。

「さより、忘れたのか?いつか俺のために、最高のピアノの演奏をしたいって、その日のために、ここでピアノを弾いて、俺の帰りを待ってるよって」
「まだ、覚えてるけど。でも…」
「約束しただろ?俺はその言葉を胸に、遠く離れてもずっと頑張ってこれた。それなのに、結婚だって?いつそんなことになったんだ。ふざけるなよ!」

徹也の突然の激昂に、レストランの和やかな雰囲気が一気に凍りついた。
徹也は、花束をピアノの上に置くと、さよりを睨みつけるように見つめ、やがて、さよりの肩に手を置いた。

「俺とさよりは、学生のときからずっと一緒だったよな?俺と一緒に居る時、俺と一緒に話をしてる時が一番楽しいって言ってたよな?このレストランでピアノを弾きながら、いつかは俺のために、最高の演奏をしたいって、言ってたよな?」
「ごめんね。徹也くん、本当に、ごめんね」

突然の事態に客が戸惑う中、不穏な空気を察した何人かのホテル関係者がレストランに入ってきて、
「お客様、まだ演奏中ですので、お引取り下さいませ」と言うと、徹也からさよりを引き離した。

「さより、今日はこれで帰る。相手の男はどんなヤツだか知らないけど、俺はすごく裏切られた気分だ。正直言うと、そいつをぶっ飛ばしてやりたいよ」
「やめて、それだけはやめて!私が彼を好きになったんだから」
「俺はいつまでも、待ってるからな!じゃあな!」

徹也はさよりの悲痛な叫びを聞く間もなく、足早にレストランから去っていった。

真っ青な秋空が広がった日曜日、さよりと恭介は、都内の結婚式場で、式に着るドレスやタキシードを選んでいた。
いつもなら、楽しく、時には冗談を言いながら、恭介と結婚式の準備をしてきた。
しかし、この日は気分が乗らない。
恭介に問いかけられても、無表情のまま、黙々とドレスを選んでいた。
恭介は、そんなさよりの浮かない様子に気づき、

「どうしたの、さより……気分でも、悪いのか?」
「ううん。違う。大丈夫よ」
「でもさ、いつもはもっと、元気だよね?」
「ううん、いつも、こんなものよ」
「いや・・違う、元気が無いよ。表情も、言葉も」
「気のせいじゃない?様子がおかしいのは、恭介くんの方だよ」
「お、俺が?何でだよ、いつもと同じだよ、ご覧の通り」

何かがおかしい、こんなに無表情で、時々突っかかってくる感じのさよりは、見たことがない。

「今日はもういいや、さよりも、そして俺も、お互い疲れてるし、また今度改めて衣装を選びに来ようか」
「うん」

さよりは立ち上がり、バッグを抱えて真っ先に式場を出ていった。
その後を追いかけるように、恭介も足場に会場を去った。

式場近くのカフェで、二人はコーヒーを飲んだ。
しかし、時折恭介が話しかける以外、お互い会話は殆どなく、沈黙が続いた。
「何だよ、さより。一体どうしたんだ?あまり聞いちゃまずいのかもしれないけど、今日は本当に、何だか変だぞ」
「だから、いつもと同じだよ。いつもこんな感じよ」
「違うよ!いつもならメダカの話で盛り上がるだろ?今日はそんな話題は何一つ出ないし。メダカのこと・・気にならないのか?」
「気になるよ、でも……」
「でも?」
「いつもと同じく、変わらず元気なんだろうなあって思うから、聞くまでも無いと思って、話に出さなかったの。いつもメダカちゃん達のことを話さないといけないの?」
「まあ、元気だけど」
「でしょ?だったら話題にしなくていいじゃん」

そう言うと、さよりは、黙々とコーヒーを飲み干した。
冷めたような目つきで、そして、真正面から恭介を見ようとせず、視線が合いそうになると、意図的にそらそうとしていた。

「さより…悪いけど、俺、今日は帰るね。」
「え?」
「何というか、今日は俺とは、話をしたくないのかなって思って」
「そ、そんなことは無いけど。」
「目をそらして言われても。正直俺、気持ちが辛くて。だから、悪いけど、帰るね」

そう言うと、恭介はレシートを持って会計へ歩いていった。

「恭介くん、待って!」

さよりはそう言いかけたが、途中で言葉が止まった。
その後、恭介は会計を済ますと、何も言わず、店を出て行った。

恭介は家に帰ると、LINEを通してさよりにメダカの写真を送ろうと、水槽を覗いた。
ジョリーとたえ子の間に生まれた子どもが成長したので、水槽を買い替え、サイズをより大きくし、バケツで育てていた子ども達と親2匹を一緒に移し替えた。
今は親子合わせて、11匹のメダカ達が水槽の中で暮らしている。
いつもは親子仲睦まじく、喧嘩したり餌の奪い合いをすることも少ないのだが、今日は、いつものメダカ達と様子が違う、と感じた。
ジョリーが来てから活発に動いていたたえ子が、以前のようにずっと底の方でじっとしているのだ。
そして、ジョリーが餌を次々と奪い取るようについばみ、他のメダカ達が餌を取ろうとすると、猛スピードで追いかけて来る有様であった。
ジョリーとたえ子は一緒に泳ぐ姿もなく、互いに離れたところで泳いでいた。
しばらく平穏だったメダカの水槽の中は、何やら不穏な空気が漂いはじめていた。
一体何が起きているのか?メダカ達に、そして、さよりに。
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