ガーベラの栞で挟んで

月代 斑

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本当の自分

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   俺は家どころか、自分の部屋からも滅多に出なくなった。不良っぽいことをしていた時、母さんは少し心配していたが、警察に世話になるほどのワルではなかったから、ヤンチャな時期なのだろうとさほど深刻そうな顔はしていなかった。でも、学校に行かないと伝えた時は、あんなに楽しそうに学校に通っていたのに、何かあったの?としつこく聞かれた。それでも俺は頑なに理由を話さなかったし、絶対に颯悟にも会わないと決めていた。

 ピンポーン

(うわ来た!)

 俺は反射的に布団の中にうずくまった。

「こんばんはー。」

「颯悟くんいらっしゃい!いつもありがとね。部屋に璃人いるけど、上がっていく?」

「…いえ、結構です。お邪魔しました。」

それだけ言うと、丁寧にお辞儀をして帰って行った。

(俺は何に毎日ビクビクしてんだ。まったく…。颯悟が家に上がって来たことなんてないだろうが。)

「璃人、颯悟くん今日も学校の手紙届けてくれたわよ。」

「…知ってる。」

「会って話さなくて良かったの?」

「…うん、いい。」

 そりゃ、本当は会って話したい。颯悟に嫌われるかも、呆れられるかも、どんな顔をしたらいいか…なんて言い訳を並べているが、ただ意地を張っているだけだ。

 颯悟はどんな顔をしても多分笑ってくれるし、嫌ったりもしない。どんなに呆れても、怒っても、最後には許してくれるだろう。でも、ただの一度でも会ってしまえば、俺はその優しさに甘えてしまう。それじゃダメなんだ。お前の隣に居るのは、俺なんかじゃ…。

「釣り合わねぇって…。」

 颯悟が最後に思いっきり笑っているのを見たのはいつ頃だろう?確かあれは小三の時だった。



「あ~、あちぃ~。」

「何してんだ?璃人。新しい遊びか?」

「遊んでねぇよ!母さんに花の水やりを頼まれたんだよ。」

「あぁ、お前のお袋が好きだもんな、そのボーリング?」

「ガーデニングな笑。でも、この蛇口が固くて開かねぇんだよ。誰だよ、こんなバカみてぇに強い力で閉めたやつ。」

「俺だが?」

「…嫌味って知ってるか?」

「代われよ。俺が開けてやる。」

「そうだな。こういう時は脳筋に任せよう。」

「…ほら、空いたぞ。」

「おっ、サンキュー。」

 そして一度蛇口を閉めた時、悪魔的にいい事を思いついた。

「あ、そういえばここの蛇口の所、たまに変な音がするんだよ。故障かな?」

「んー?どれだ?」

 颯悟が蛇口を上向きにして覗き込んだ瞬間、俺は勢いよく蛇口を捻った。

「うわぁ!!お前はめたな?!」

「あはははは!!簡単に騙され過ぎだろ!あー、腹いてー笑。…ぐわ!!」

「お返しだ!」

 いつの間にか颯悟は蛇口にホースを繋いで、俺の顔目掛けて水を噴射していた。

「てめぇ!やったな?ホース返せっ!」

「やなこった!さっきはよくも言ってくれたなぁ!」

「うわ!気づいてたのかよ!悪かったって笑!」

「許さん!」

「マジの顔だ…。逃げろっ!」

「あっはははは!!待てコラ!逃がすか!」


 それから全身びしょびしょになっても颯悟に水をぶっかけられた。そして、母さんのカミナリによって救われた。

(笑いながら追っかけてくる颯悟、めちゃくちゃ怖かったなぁ笑。)

 あの時は、誰かに認められたいとか、友達に嫌われたくないとか、そういう不純な心なんてこれっぽっちもなかった。ただただ、颯悟と過ごす時間があっという間だった。

 こんなに笑ったのは久々だ。

(昔の俺はどんなやつだったって?周りをよく見てて?繊細で?優しい目をしてて?)

 鏡の前に顔を近づけて自分の顔をまじまじと見る。びっくりするくらい切れ長でつり上がった目。引きこもってクマだらけになり、痩せこけた頬。血の気がなさそうな薄い唇。こっちを機嫌悪そうに睨んでいる。

「誰だお前。怖。…寝るか。」

 俺は布団に潜って突っ伏したまま眠りについた。



 次の日は雨だった。何だか今日は雨に打たれたい気分だ。

 俺はジャージ姿のまま、傘もささずに歩き始めた。一ヶ月ぶりの外出だった。

(どこに行くか決めてなかったな。)

 あてもなく、ただひたすら歩いた。

「ガルルゥゥゥッ。」

「?」

遠くから犬の声がする。威嚇してるのか?野良犬かな?

「ワンワン!ガルゥゥッ。」

(やっぱり野良だ。)

「おいお前、仲間とはぐれちまったのか?雨が降ってるのに、風邪ひくぞ?こんな泥だらけで―!」

 その大型犬が俺に見向きもしない理由(ワケ)がわかった。視線の先には、怪我をした子猫が怯えていたのだ。

「…おい。お前がやったのか。」

「ガルルゥゥゥッ。」

 俺はその犬を睨みつけた。そいつの歯には赤い鮮血が滴り落ちていた。

「失せろ!!」

「……クゥン。」

 しばらく睨み合っていたが、大型犬は怯えた様子でその場を後にした。

「この顔も役に立つもんだな。」

(あの犬も生きるために必死だったんだもんな。でも今は…。)

「大丈夫か?そんなに怯えるな。大丈夫、大丈夫だから。痛っ…!」

 子猫はさっきの出来事がトラウマなのか、触らせようともしてくれない。

(参ったな…。早く止血をしないと、このままじゃ…。仕方ない。)

 俺は子猫を包むように抱き上げた。勿論大人しく従うはずもなく、暴れまくっていたが、無理やり抱きしめて走った。



 俺は家に着くなり、救急箱を持って風呂場に直行した。暴れる子猫をなるべく優しく押さえつけて、傷口を洗い流した。

「痛いか?ごめんな。すぐ終わらせるから、もう少し我慢してくれ。」

 そこで初めて、自分の腕も噛み跡や爪の切り傷でダラダラと血が流れていることに気づいた。

「チッ。邪魔だな。」

 一旦子猫を足で挟んで、急いで自分の腕を洗い流し、適当に包帯でぐるぐる巻きにした。

(これでこいつに血はつかねぇだろ。良かった、こいつ自体はそんなに傷は深くない。)

 突然襲われた恐怖で、パニックになっているのだろう。俺は傷口に触らないように子猫の体を拭き、よく傷口が分かるように毛を少しカットし、ガーゼを貼った。子猫は少し落ち着いたものの、まだ目は爛々としていて、今にも襲いかかって来そうだ。

(やっぱり、病院で診てもらった方がいいよな…。)

 携帯で調べると、ここから1km圏内に夜間でもやっている動物病院があることがわかった。

 俺は猫をブランケットで覆い、レインコートの中に猫を忍ばせて、病院まで走った。

(急げ…!もっと早く走らないと!)

「すみません!この子が…!犬に噛まれて!」

「犬に…!それは大変だ。傷口が小さくても、細菌感染を起こしているかもしれない。すぐに…。すごい出血だ。これは一体どうしたんだ!」

「だから犬に噛まれて…。」

「猫じゃない!君だ!どう見たって君の方が重症だろう!」

「それは…。この子に…。噛まれたり、引っ掻かれたりで…。」

そういえば腕が熱い。必死で気づかなかったが、ジンジン、ズキズキとした痛みが段々と強くなっていく。

(それに…。何か…、頭がクラクラ…。これやべぇ、か…も。)

バタンッ。

「おい!君!大丈夫か?…すごい熱だ!急いで救急車を…!」

「………子猫は?」

「え?あぁ、大丈夫だよ。ちゃんと責任を持って私が診ておくから、今は自分のことだけを考えていなさい。」

「そう…。」

 俺は獣医師の白衣の袖を握りしめたまま、静かに目を閉じた。




 目覚めた時、俺は病室のベッドで仰向けになっていた。右手に違和感を感じる。視線を落とすと、腕は腫れ上がり、化膿してしまっていた。そこから点滴で管が繋がれている。時計の針が夜中の三時を指していた。

(あれ?ここどこだ?)

 辺りを見回すと、ベッドが幾つも並んでいる。どうやらここは病室のようだ。隣を見ると、医者らしき人物と母さんが真剣な顔をして話している。

「お子さんは恐らく、猫に噛まれて感染症を起こしています。熱はまだ高いですが、幸い処置に至るまでが早かったので、大事には至らないでしょう。ですが、二日程は入院して様子を見ましょう。後から酷くなる場合もありますので。」

「分かりました。」

 母さんはホッとしたのか、目を覚ました俺に気づいた。

「璃人?目が覚めたのね!体はどう?」

「…まだダルい。あと腕がズキズキする。」

「そう…。明後日くらいに退院出来るそうだけど、とにかく安静にしてるのよ。」

「分かってる。」

「君が連れてきた猫のことだが、獣医師から連絡が来たぞ。痛み止めと抗生物質を注射したら、段々薬が効いてきて痛みが治まったのかぐっすり眠ったそうだ。腫れも酷くないから、4週間もすれば、殆ど完全に治るらしい。」

「そうですか。良かった。」

「母さん、着替えとか取りに一度戻るけど、何か欲しいものは無い?」

「…本。俺の部屋の机の上にあるやつ。」
「わかったわ。今日は母さん仕事休んで病院にいるから。」

「は?そんな事しなくても、俺は大丈夫だから!心配すんなって。中三にもなって付き添いとかありえないから!」

「そう?ならいいけど…。」

 母さんは荷物を取りに帰って届けた後、家に戻って行った。

(流石に疲れた…。)

 目を閉じるとすぐに睡魔に襲われ、深い深い眠りへと沈んでいった。



 入院一日目。

(んー!久々によく寝た!)

「ふわぁぁ。」

 俺は伸びをした後、大きなあくびをした。

「いい朝だなぁ。」

「もう昼だぞ。」

「そうかー。もう昼か。…ん?」

「どうした?アホ丸出しの顔して。」 

「はぁぁぁぁ?!?!」

(ちょっと待て!何故ここに颯悟がいる!俺が入院してるのなんて……母さんだな。)

 俺は目一杯のため息をついた。

「おい、病院では静かにしろ。」

「…何で来たんだよ。」

「何でって見舞いに決まってんだろ?ほら、見舞いの花だ。」

そう言って笑う颯悟の右手には、鮮やかなオレンジのガーベラが握られていた。

「…勘弁してくれ。」

 寝ぼけた頭と準備不足の心が追いつかず、俺は頭を抱えた。


 
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