【完結】死に戻り令嬢は千夜一夜を詠わない

里見透

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第二章

6.

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赤洟テン熱……。東の方で聞いたことがあるね。ルクサナ。おまえ、詳しいのかい」
 シャイマにそう問われ、ルクサナは一瞬迷ってから、しかし恐る恐る頷いた。
「お医者様のような知識はないのよ。ただ、その、……わたくしが知っているでも、赤洟テン熱が流行ったから、耳にすることはよくあったの。ええと、確か熱が上がるのと同時に、鼻の奥や喉が真っ赤にれ上がって、酷く苦しむのが特徴で……、とても伝染うつりやすいから気をつけなきゃいけないわ。栄養状態が良くなかったり、元々身体が弱かったりすると、死に至ることもある……。だけどよく効く薬があるから、それを早めに飲めば良くなるはずよ。薬があれば、怖い病気ではないの」
 「未来って」と口をはさんだのはイブラヒムだ。
「まだその設定で話を進めるつもりか? おまえの戯言ざれごとに付き合っている暇なんて、もう──」
「その薬ってのは、どこへ行けば手に入る?」
 シャイマの発したその問いが、イブラヒムの言葉を遮った。きっぱりとした彼女の物言いに驚いて、ルクサナは数回まばたきしてから、「施療院に」となんとか言葉をひねり出す。
「施療院へ行けば、少しはたくわえがあるはずよ。それでも足りなければ、わたくしが入手してきます」
 その薬のなら、ルクサナはよく心得ている。
(お母様のご実家、クラバトのナフラ家は薬学の長。都で赤洟テン熱が流行り始めた頃、お父様はクラバトから大量に薬を仕入れて、町人達の手にも届くよう、それを安価におろしていたわ。数人分の薬なら、宰相家の邸宅リアドにだって蓄えがあったはず)
「おいおい、こいつの言うことをに受けたのか?」
 正気を疑うような口調でイブラヒムが問うたが、シャイマはもはや取り合うふうもない。
「ハサン、あんたは今すぐ一座へ戻り、他にも体調をくずしている者がいないか、徹底的に調べるんだ。症状が出ている者達を連れて、すぐ施療院へ向かうよ。イブリ、道案内を頼めるかい」
 「わかった」と答えるイブラヒムは、躊躇ためらう様子を見せながらも、既に席を立っている。次いでシャイマはルクサナへ視線を向け、「あんたもおいで」と声をかけた。
「あんたの事情をすべて信じたわけじゃあないが、長く旅の暮らしをしていれば、世の不可思議にも時々出会うものさ。あんたのこともひとまずは、そういう不可思議のうちのひとつだとでも思っておこうかね」
 シャイマの言葉は温かい。ルクサナはひとつ頷くと、「きっとお役に立ってみせるわ」と張り切った。
(病人がいると聞けば、お父様もお母様も、こころよく薬をゆずってくださるはず)
 ルクサナの身の上に起きた、夢物語のような出来事を、両親が信じてくれるかどうかはわからない。けれど、それとこれとは話が別だ。民が苦しんでいるとなれば、きっと助けてくれるはず。
 そう思う。それなのに。
──本当なのかな。旦那様が民に配られるべき物資を着服して、私腹をやしていたって話は。
 あの春の日の夜。兇刃きょうじんに倒れ伏す直前に耳にしたその言葉を、何故だか今、思い出す。
(そんなわけがない。きっと何かの間違いよ。お父様もお母様も、誠実で優しい人達だもの──)
 胸に手を当て、ルクサナは、深く大きく息を吐いた。
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