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第四章
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すぐには心を決められずにいたルクサナに、それでもヤツガシラの人々は優しかった。眠る場所を与え、食事を与え、そして仕事を与えてくれた。
(宰相家の邸宅には帰れない。帰ったところでわたくしには、己がルクサナであるのだと、証明する手立てもないのだもの。邸宅にいるルクサナとは、ろくに会話もできそうにないし──)
邸宅でのことを思い返すと、今も空恐ろしい何かが、ルクサナの臆病心を揺り動かす。できればもう、あんな思いは味わいたくない。けれど。
(このままいけば半年後には、宰相家の人々はまたしても、悲惨な運命を迎えることになるのかしら。私はそれを知りながら、のうのうと、新たな人生を歩んでゆける?)
だが彼らのために、何ができるというのだろう。
学もない、力もない、ちっぽけなルクサナに、できることなど何もない。
「──宰相家の邸宅に行ってから、おまえさん、なんだか大人しくなっちまったよな。何があった? なあ、俺に話してみなよ」
ヤツガシラの人々と暮らし始めたルクサナのもとへ、イブラヒムは時折こうして話をしに来る。イブラヒムなりに、ルクサナのことを心配してくれているのだろう。だが今は、彼の軽口に付き合う気にはなれない。
「そういや調べたんだけど、宰相家のお嬢様、本当にルクサナって名前らしいな。つまりおまえさんは、その場しのぎのでまかせを言ったわけじゃなく、始めからお嬢様の名前を知っていたわけだ」
ルクサナは、「そうね」と気の乗らぬまま返事した。だからなんだというのだろう。そんなこと、ルクサナはとっくに知っている。
「宰相家のお嬢様といえば、十も年上の王子殿下と、幼い頃から婚約してたよな。そんな年上が相手で、嫌じゃないのかねえって思ってたんだ。王子殿下だって、お子様が相手じゃ物足りないよなあ。うん」
「王子殿下のお気持ちは知らないけど、だいたいそんなものじゃない? 私の両親だって、十五も年が離れているわ。……まあ、でも、私が知っている未来では、王子殿下には婚約を破棄されたけれど」
「婚約破棄? ああ、宰相が罪に問われたんじゃ、そういうことになるかもな。時の寵姫は大臣家の出身だし、前の后の子の王子殿下には、現状、何の権力もない。……それにしたって、婚約破棄かあ。ただのお子様ならまだしも、こんなに面白いお嬢様を后にしそびれるなんて、王子殿下もお気の毒に」
「──あなた、私の言う事なんて、信じていないんじゃなかったかしら?」
(宰相家の邸宅には帰れない。帰ったところでわたくしには、己がルクサナであるのだと、証明する手立てもないのだもの。邸宅にいるルクサナとは、ろくに会話もできそうにないし──)
邸宅でのことを思い返すと、今も空恐ろしい何かが、ルクサナの臆病心を揺り動かす。できればもう、あんな思いは味わいたくない。けれど。
(このままいけば半年後には、宰相家の人々はまたしても、悲惨な運命を迎えることになるのかしら。私はそれを知りながら、のうのうと、新たな人生を歩んでゆける?)
だが彼らのために、何ができるというのだろう。
学もない、力もない、ちっぽけなルクサナに、できることなど何もない。
「──宰相家の邸宅に行ってから、おまえさん、なんだか大人しくなっちまったよな。何があった? なあ、俺に話してみなよ」
ヤツガシラの人々と暮らし始めたルクサナのもとへ、イブラヒムは時折こうして話をしに来る。イブラヒムなりに、ルクサナのことを心配してくれているのだろう。だが今は、彼の軽口に付き合う気にはなれない。
「そういや調べたんだけど、宰相家のお嬢様、本当にルクサナって名前らしいな。つまりおまえさんは、その場しのぎのでまかせを言ったわけじゃなく、始めからお嬢様の名前を知っていたわけだ」
ルクサナは、「そうね」と気の乗らぬまま返事した。だからなんだというのだろう。そんなこと、ルクサナはとっくに知っている。
「宰相家のお嬢様といえば、十も年上の王子殿下と、幼い頃から婚約してたよな。そんな年上が相手で、嫌じゃないのかねえって思ってたんだ。王子殿下だって、お子様が相手じゃ物足りないよなあ。うん」
「王子殿下のお気持ちは知らないけど、だいたいそんなものじゃない? 私の両親だって、十五も年が離れているわ。……まあ、でも、私が知っている未来では、王子殿下には婚約を破棄されたけれど」
「婚約破棄? ああ、宰相が罪に問われたんじゃ、そういうことになるかもな。時の寵姫は大臣家の出身だし、前の后の子の王子殿下には、現状、何の権力もない。……それにしたって、婚約破棄かあ。ただのお子様ならまだしも、こんなに面白いお嬢様を后にしそびれるなんて、王子殿下もお気の毒に」
「──あなた、私の言う事なんて、信じていないんじゃなかったかしら?」
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