【完結】死に戻り令嬢は千夜一夜を詠わない

里見透

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第四章

5.

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 イブラヒムが何を言いたいのか、ルクサナにはわからなかった。
 ルクサナがぴたりと足を止めれば、イブラヒムもそこへ荷台を止めた。そして、こう言い換える。
「未来は、と思うか?」
「何が言いたいの」
 理解できぬまま問えば、イブラヒムは警戒するように視線を動かして、周囲に人がいないことを確認してから、ルクサナに対し真っ向からこう告げた。
「おまえさんのおかげでヤツガシラの一座は助かったが、ちまたでは赤洟テン熱の患者が増え続けてる。おまえさんが知る未来のとおり、月と花アヤラヴァみやこ蔓延まんえんしそうな勢いだ。だがいまだに──、薬は民衆の手に届いちゃいない」
 その話に、ルクサナは眉をひそめた。
「そんなはずないわ。赤洟テン熱が流行のきざしを見せてすぐ、お父様は手をうっていたはずよ。クラバトから薬を仕入れて、町の人々へ安価におろしたと言っていたわ」
 病の流行自体はとめられなくとも、薬の恩恵おんけいにあずかる人間は多いはず。しかしイブラヒムはかぶりを振ると、「宰相は、そう考えているかもな」と言葉をにごす。
「宮殿にもそういう報告は上がってる。実際、市場スークに薬は出回ってるんだ。ただし、かなりの高値で」
「そんな……、赤洟テン熱の薬というのは、元々そんなに高価なものなの?」
「いいや、違う。何者かが、利益をピンハネしてるのさ。調べてみると今のところ、宰相こそがその犯人、と考えるのが一番妥当だとうそうだがね」
 聞いてとっさに、否定が口を突いて出た。
「そんなわけない」
 だが同時に思い出したのは、半年先ののことだ。あの日、ルクサナ達が突然の憂き目にあったのは、その口実は、一体何であっただろう。
──本当なのかな。旦那様が民に配られるべき物資を着服して、私腹をやしていたって話は。
「お父様が、そ、そんなことするわけないわ。お父様は清廉せいれんな方よ。民が苦しんでいるのに、彼らに与えるべき物資をもちいて利益を着服するだなんて、そんなこと、ありえない」
「清廉なばかりで宰相がつとまるとも思わんが……、まあ、今回のことに限っては、俺もおまえさんの言葉を疑おうとは思ってない」
 イブラヒムが、ずいとルクサナに顔を寄せる。
「おまえさんから話を聞いてなきゃ、調べようとも思わなかったけど──、どうも、薬の商流に不可解なところがある。思うに、宰相はめられたんじゃないか?」
「……何者かが、お父様に罪を着せたということ?」
「そう。恐らく狙いは、宰相を失脚させることだろう。だが重要なのは、このくわだてがじゃないってところだ。宰相に罪を着せるべく、まさに今、何者かが暗躍している。これがどういうことか、わかるか?」
 とん、とん、と、ルクサナの胸を叩く音がする。
 気づけばひどく赤面していた。
 恥じらいのためではない。怒りのためでもない。だがその時、胸中に去来きょらいした何か力のかたまりのようなものが、ルクサナの肌を染め上げていた。顔が熱い。耳の先までもが、すっかり熱で染まっている。
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